― アマテラス ―
「家に蒸核とかないっスか? 見てみたいんスけど」
「軍用ならともかく、市販品ならガレージの車に予備バッテリーで積んであるけど、取りに行くの? 今から?」
時刻は夜の一時を過ぎていた。ここから隣のガレージまで移動して、車から予備バッテリーを運んでくるのは、流石の彼も面倒が勝った。
「確かに……。他は? ちょっとでいいから見てみたいんだけど」
謎のモフ構造の正体。宏朔は一体どんな方法で気体を吸着させているのか、その原理を解明したくなったが、……彼女の反応は芳しくなかった。
「それがさぁ……軍用以上の蒸核は敷島の国家機密なのね? だから、まったく分からないというのが現状ってとこ」
「分解するのは?」
「市販品以外だと持ち出し禁止が原則。あと何より少しでも割れたらその亀裂から、爆発するようになってるせいで、内部構造は全く見当がつかないんだよね~。資料とかもクリアランス高い研究員しか閲覧できないし。私もそこまで偉くなれたらなぁー……」
「てっきり裏ルートとかでもう手に入れてるもんだと」
宏朔は何気ない一言を呟いた。
「……何のこと?」
視線を逸らして、彼女は壁を見た。どうやら嘘をつくのが苦手なようだった。
「別に今さら驚かないっスよ」
僅かな沈黙。宏朔からの追及に逃れられないと分かったのか、彼女は小さく溜息をついた。
「右手の黒い義手の中に『型落ち』が一つと、心臓部には最上位のヤツが一つ入ってる」
「話が分かるね」
彼は自らの義手と心臓を交互に見た。蒸核は音もなく、彼の中に寄生していた。
蒸気で命を繋いでいる、その感覚が指先から肘、肩から心臓、そこから全身に流れて行くような感覚。
違和感はない。むしろ生身の肉体では感じる事の出来ない安定性のようなものを、彼は右手から感じとっていた。
「解体してみよう」
「ちょっと」
「どうかしたっスか?」
「ちゃんと直せる?」
「もちろん」
宏朔は三角ピックを段ボールの中から拾い上げ、脈を測る時のように腕を差し出し、掌を上に向けた。蒸核があるという肘の辺りに、細い線が見えた。そこにピックをスライドするように滑らせ、粘着テープを取りさえすれば、カバーは簡単に外れた。
「初めてみた……」
「義手の解体がっスか?」
「それもあるけど……軍用の蒸核が稼働しているところなんて、戦場が基本だし。一般人がお目にかかるなんて、まずないんだから」
彼女は好奇の目で、机上で行われる義手の解体を眺めていた。
これがただの義手ならば、これ以上の興味はなかったかも知れない。
ただこの『黒の義手』は遺留品であり、盗品だ。
彼はその魔性に彼女が魅入られるのも仕方のないことだと、彼女の好奇心を歓迎した。
それから二人はいわく付きのパンドラの箱、その臓腑を解析し、
「「───」」
思わず二人は息を呑んだ。
青く脈打つ流体素子回路と超高分子量ポリエチレンで作られた人工筋肉の奥で、赤ちゃんの握り拳ほどの蒸核は息を顰め、エネルギーを義手全体に送っていたからか。それとも芸術的ともいえる技術の集積に、心が震えたか。はたまたそのどちらもか。
彼は細心の注意を払い、ゆっくりと動力源である蒸核をピンセットの先で抓んだ。さらにヌルヌルとした人工筋肉の奥から、てらてらと光る真球をニュルッと取り出し、机の上に置いた。
「このヌルヌルはグリスなんスかね」
「そうよ、熱伝導グリス。四十度ぐらいだけど、酷使したらちょっと温度が上がるから、その熱を分散させるためのヤツね。あっ、あとこの状況、サツに見つかったら一発で死刑だから。よろしく」
「げっ……なんで止めなかったんスか」
「止めて欲しかった?」
「……いや、これでよかったっス」
彼も同意して、彼女と一緒にその無骨な真球に目を眇めた。
「……これ一つで量産型の五倍以上のパワーがあるわ」
「凄いな……。値段はどれぐらいするっスか?」
「一個で二百万円くらいかな。車と同じか、それよりちょっと高いぐらい。でも、今の軍用と比べたらこれでも安い方よ? 今の軍用は、国防とかに使われてるヤツで、一億とか余裕で超えるし」
「胸の方に入ってるのってもしかして……」
「ああ、そっちは───もっと特別なヤツよ」
彼女は彼の胸を笑顔で叩いた。
自分の生命線が億以上の装置によって稼働していると聞かされ、しばらく硬直した後に、彼は眉を上げて口笛を吹いた。
「なるほど。しばらくはこの心臓も動いてくれそうっスね。安心したっス」
「脱走なんて考えたらダメだからね? 定期的にウチにある重水素用のパイプに繋がないと、そっちの蒸核はエネルギーを取り込めないんだから」
宏朔は逃亡の意図はないと溜息をついた。
それと彼女の言うパイプには、実は何度か既にお世話になっている。
地下二階に設置された彼専用のスタンドで、座ったまま心臓にパイプを挿せば準備完了。
パイプの先から重水素が体の中に注入されて、彼の脳みそはいつだってそれでクリアに動いた。
そんな生命線を、彼自身放棄するような選択は取れないというのが実情だった。
「しかしそうなると、この蒸核一つに色んな技術が詰まってそうっスね」
宏朔はおもむろに天井の瓦斯灯へ義手から引き抜いた蒸核を掲げた。
「そだよ。一番グレードの高い蒸核───私たちは〈アマテラス〉と呼ぶその蒸核の製造技術は、世界中が狙ってる」
彼女の声音が変わった。
「私以外にも、この外人特区にいる世界中から集まった科学者たちはみんな───〈アマテラス〉に魅了されて、この技術を祖国に持ち帰るために、ここにいるんだ」
真剣な面持ちで、彼の胸に埋め込まれた〈アマテラス〉に手を置く彼女の瞳は、科学者のそれだった。
宏朔は彼女の話の規模について行けず、息を呑んだ。
『世界中が敷島の技術を狙っている……? この技術って敷島が独占しているのか……』
───宏朔はそんな考えに至ると、いよいよその国家機密の中身を知りたくなる。しかし、彼の心臓に埋め込まれているものを取れば、心肺機能は停止───つまりは死んでしまうのは目に見えている。
どうにか見れないかと考えた挙句、彼は鏡を持ってきて自分の透視能力を反射できないか検証した。手鏡で自分の心臓部分の皮膚を、服の上から見ながら、透視を行った瞬間。
───彼は言葉を失った。
「なに? 鏡なんて持ち出して。埋め込んであるんだから、鏡じゃ見えないけど?」
彼女の声に思考の海から帰還すると、嘆息を漏らしながら彼は微笑を浮かべた。
「いやー。ハハッ。まあそうっスね。過ぎた宝船でした」
「……? ともかく、蒸核には色々バリエーションがあるって授業でした。はい、授業オシマイ」
「勉強になったっス。おかげでジブン、きっとこれを作るために、ココに来たんだなって分かったっスよ」
「何言ってんだか。それが出来たら苦労しないんだって」
ミルツェラは蒸核を義手に埋め込み、蓋を閉めた。
「もう朝になっちゃったじゃん。あー……ねむ」
時計を見てミルツェラは立ち上がると、腰を曲げてウンと伸びをした。
「おかげで視野が広くなった気がするっス」
「いいってべつに。それに、宏朔もすぐに蒸核の作り方が分かるようになるよ。あと五~六年もすればね」
「どうして?」
「蒸核は私の研究分野だからね。宏朔が作る前に、私が先に作るから」
「えっ? じゃあ、どういう理屈か大体わかってるんスか?」
「もちろん。───でも今は教えてやんない。でも、論文が出来たら一番に見せてあげるね」
ミルツェラはそんな野心的な笑みを残して、宏朔の部屋を去って行った。
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