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何でも直せる記憶喪失の男が、生活能力ゼロの天才博士に拾われました ~電気のない蒸気の世界の同居ラブコメ~  作者: 星島新吾


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― 蒸核 ―

part3になります。

二階の一番奥にある部屋、収納に使われていた部屋を宏朔(こうさく)はあてがわれていた。

カベのレバーで光量を調整すると、部屋の奥まで天井の瓦斯(ガス)灯が暖色の光で覆い尽くす。


「……ウッ、眩し……」


隅の埃(ほこり)だって視界に入るぐらいの光に眉を寄せ、目を眇(すが)めてレバーを下ろす。天井に設置されたすりガラスの瓦斯灯は、彼の手によって減光して見せた。


「うわ~。男の子の部屋だわ~」


「キモいこと言わないでもらっていいっスか」


「別に私がどう思うと勝手だろうが」


「でも口に出すのは、マナーとしてどうなんスか」


「それはそう。……良い部屋だね」


「あざス」


瓦斯灯に照らされた部屋は、質素そのもので、ベッドと机、後は小さな本棚。後は、地面に段ボール箱が数点、ジャンク部品が乱雑に入っている。その周りには爪先ぐらいのネジが小袋に袋詰めされて、投げられていた。


「工具とかさ、何か欲しいものがあったら言ってね? 外にはまだ出せないけど、取り寄せるとかはできるし」


「それじゃあもっと基礎の……小学校とか中学校で習う、理科の教科書とかあれば」


道具は、欲を言えばインパクトソケットだとか。ドリルとか、ワイヤーカッターとか欲しいところではあったが、そもそもそんなものがこの世界にあるのかも謎な宏朔にとって、この世界に何があるのかを調べることが先だった。


「基礎の基礎からサッパリって感じなのね。……臨時講師とかいる?」


「へぇー、教えてくれるんスか?」


「一応こう見えて、一年だけ、特別講師として大学で教えていた経験もあります」


フラットな胸をトンと叩いて、胸を張るミルツェラ。華奢(きゃしゃ)なその体で、講師など体力のいる仕事が出来たのか疑問に思う彼だったが、ともかくこれは僥倖(ぎょうこう)な知らせだ。


「飛び級でもしてるんスか? 若すぎでしょ」


「二十歳で大学教授ですから。実はウチ、エリートなんです」


そうやってミルツェラはエア眼鏡をクイクイする。全くそういう人種と関わり合いを持った記憶のない宏朔にとって、いまいち実感の持てない凄さだった。


「へぇー……賢いんスね。じゃあ、お願いしてもいいっスか?」


「じゃあ部屋に入るけど?」


「あー……掃除するんで、二十分欲しいっス」


「……はいよー。その間にお菓子とジュース持ってくるわ」




───勉強を始めて一時間後。専門用語のオンパレードであった大学のテキストも、何とか読めるようになった彼は、その内容の密度に感嘆の声を漏らしていた。


「……蒸核(じょうかく)、なるほど。これは大発明っスね」


持ち運ばれたホワイトボードには、この世界のエネルギー事情に関する内容がびっしりと書き記されている。


この世界では石炭から石油、そこから核分裂に至り、現在ではガスがメインエネルギーになっているようだった。その過程で蒸気の熱を貯め込むために進化してきたのが、『蒸核(じょうかく)』という、この世界の蒸気版電池だった。


「大発明……確かに。蒸気を持ち運びするなんて、それまでは出来なかったしね。それにしても、案外物覚えいい方じゃん。もっと時間かかるかと思ったけど」


「教え方が上手いっスよ。おかげで随分早く情報を整理できたっス」


「ありがと。……にしても、知ってるところと知らないところの境界線歪過ぎない? なんで、熱流体力学とか導気論理学(どうきろんりがく)はサッパリな癖にマイナーな電子工学の方は完璧なわけ? これ、地下とか電荷の偏りがないところでしか使わないでしょ?」


「だから、これも異世界の知識っスよ」


「アホくさ……。私がそんな子供だましに引っ掛かると思ってるのが心外だわ。人間一人が別次元に体ごと移動するのに、どれだけのエネルギーが必要か知らないわけ? 」


宏朔もそれには同意するが、起きてしまった以上、認めないワケにはいかなかった。


「ったく……。にしたって蒸核すら知らないとか。ホント、どこの野蛮人……」


「水を圧縮して持ち歩くとしたら、重くなりそうなものだけど……まさか半重力とかあるんスか?」


「アンタの周りにもエネルギー保存の法則ぐらいはあったでしょ。つまりはそういうこと」


───ナンセンスだわ。と、言い残して彼女はホワイトボードの内容を消した。


「けどそれなら大変じゃないっスか? 蒸気を圧縮して貯めたら重くなるじゃないっスか。 あと、内部の圧力に耐えるなら外殻(がいかく)素材だって、難しくなるっスよ。超頑丈な合金とか使わないとダメだろうし。そんなロケットとかに使うような素材じゃ採算が……」


「ロケット……? なにそれ」


「……乗り物っス」


二人の間に沈黙が流れる。この世界にはこれだけ発展していそうなのに、ロケットという概念がそもそもないと知り、彼は、「ンー」と納得いかない様子で眉間を軽く押した。


「異世界の乗り物ってやつ? 聴いてるこっちの頭がおかしくなりそう。まぁとにかく。蒸核の外殻は安価なものなら、高耐食ステンレス鋼とかで出来てるわ。あと、アンタが危惧してる気圧の問題は、Metal-Organic Frameworks、通称MOF(モフ)技術で既に解決済みよ。こっちは比較的新しい技術だから、知らないのも無理はないけど」


「モフ……なんか柔らかそうな名前っスね」


「そうね。それで作られた市販の蒸核は、握りこぶしぐらい(500g)の大きさなら、中身の詰まった500mlのペットボトルぐらいの重さで。大体二ヵ月半は車を動かせるエネルギーになるかしら」


「車はあるんだ」


「何を言ってるの?」


「ゴメンなさい。本当に常識がないんスよ。許してください」


その後も蒸核の説明を軽く受けた宏朔は、結局は俄かには信じられないと言った様子で、不承不承と言った感じで頷くことしかできなかった。


「破裂とかしないんスね」


「だから、無理やり圧縮しているんじゃなくて、吸着しているイメージなの。圧力だってかからないし、外殻は供給する時の圧力にだけ耐えられればいいんだから」


「そんな自然に分子が整列するような、スーパー技術があるんすねぇ。SFみたいっス」


「別世界からワープしてきたー、なんて言う人のセリフとは思えないんだけど」


「ンァー……おっしゃる通りで」


◆検閲済み◆

ミルツェラ博士の用語メモ:『導気論理学』ってな~に?

「電気で計算できないなら、空気と蒸気で計算すればいいじゃない!」という考えから生まれた学問よ。配管の弁をカチカチ開閉して『0と1』を再現するわけ。 地下に引きこもって■■■■■■を弄るエリートじゃあるまいし、地上で暮らすならこれくらい常識! ……なのに、どこかのフランケンシュタインは電子工学ばっかり詳しくて、導気論理学はサッパリなんだから参っちゃうよね。





【後書き】

次回の配信は2026年 9月 15日になります。お楽しみに。

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