―電気は禁忌、蒸気第一主義―
part2になります。
【まず、何にしても電気は禁忌、蒸気第一主義であるべし】
そんな警句が聞こえてきそうなテキストから顔を上げた宏朔は、部屋の前に立っている存在に気づいた。
足音というより気配めいたものをドアの前から感じる。
『どっちだ……?』
野生の勘で処理できない彼は、ベッドに横臥状態のまま、目を細めてドアを透視した。
『あれは博士だな……』
ドアの前にはノックをしようと、佇んでいる少女の影が一つ。
なにやらどんな言葉をかけてよいやら思案中らしい。
「───」
宏朔は再びテキストに視線を戻したが、五分以上も扉の前に立っていられると、さすがの彼も気にはなる。これ以上は読書の邪魔であると判断して、テキストをベッドの端に置くと、義足の調子を確認してから、立ち上がった。
「なんスか。人の部屋の前で」
扉を開けると、扉の前でウジウジとしている少女がやはり立っていた。ジャージとメイド服が合体したような服を着ている。名札もついていることから、何処かの学校の体操着だろう。奇抜なデザインだと思いつつ目線を上げると、彼女と目が合った。
「いや、えっと。でかした? じゃなくて、グッジョブ……でもなくて。あの、えー」
いつも流暢な敷島語は、今日に限っては妙に聞き取り辛い。というよりも、言葉の出力以前に脳で処理が終わっていないようにみえた。彼は扉の枠に寄りかかって、彼女が正しい出力を済ませるのを待つことにした。
「えーっと、とにかく感謝。すごーく感謝なんだよ。分かる?」
「ええ。犬の件でお礼に来たんスよね」
「そうそう。黙っててくれて、好都合だったっていうか。小間使いの本領発揮を見せてもらった、って感じ?」
「致命的に言葉選び間違えると思うっスけど。とりあえず、搾り出した気持ちが感謝なんスよね? だいじょうぶ、ちゃんと伝わってるっスよ」
「ホント? アハハ、……焦ったー。なんで突然開けちゃうかな。参るよね。全く。心の準備ってやつがあるのにさ」
彼女は照れ笑いしながら、目線を上げる。耳まで蒸気して赤くなった彼女は、パタパタと顔を扇いで、すぐに目線を逸らした。
「お礼の本も楽しんでるっス。……読むのは、専門用語の解説に専門用語使われてるせいで大変っスけど。読み応えはあるっス。なんでジブンがこっち系の本が好きって分かったんスか?」
「視線……かな。こんな美少女が近くにいんのにさぁ、ずっと機械ばっか見てんだもん。絶対オタクじゃん。って」
目線を逸らしたまま、ミルツェラはヘラヘラと笑う。人と話す時は壁か地面を見ている彼女だが、意外によく見ていると宏朔は感心した。
「技術書読むほどじゃなかったんでしょ? だから入門書。『蒸核なんか初めて見た』みたいな反応してたし。一体どんな田舎から来たんだか……」
やれやれ困ったものです、という彼女は、どこか得意げに語る。
「まぁ、その蒸核? とかは存在しない世界から来た感じっスかね」
「え~? 何それ。馬鹿も休み休みYeah~!」
感謝を伝え終えて上機嫌なのか、ミルツェラは笑顔で話かけてくる。睡眠前に相手をするのは少々骨が折れるその快活さに、宏朔は目を細めて、小さく欠伸を噛み殺しながら対応した。
「眠いの?」
宏朔の眠たげな顔を見て、スンッ、とテンションを下げるミルツェラ。宏朔はそんな彼女を再び元気づけようとは思わなかった。
「一応、深夜ではあるんスよ」
宏朔は振り返らずに後ろの時計を指す。部屋の奥にある時計は十二時を越えていた。
ミルツェラも当然そんなことは知っている。知った上で、今日のことを忘れられず、寝間着のまま扉の前に立っていたのだから。
「物置だったけど……凄いじゃん。綺麗にしたんだ」
華麗に彼の話を無視したミルツェラは、どさくさに紛れて部屋の中に入ってこようとする。彼の部屋には一応鍵がかかるというのに、それを意にも介さず入ってこようとする彼女の不用心さに、宏朔は呆れながら肩を掴んだ。
「勝手に入るなー」
「そこは『入らないでほしいっス』。じゃないんだ」
妙な沈黙が二人の間に漂う。完全に目が覚めた宏朔は、この悪ガキを部屋から追い出す方法を考えた。
「……入っちゃダメです。ミルツェラ博士」
「私が家主なんですけど?」
「襲われるっすよ」
「誰に?」
「誰とかはないっスけど」
そう言うと、ミルツェラはサササーと笑顔で、部屋の前に移動する。そこまでの覚悟と度胸は持ち合わせていないようだった。
「見るだけなら部屋の外からでも見えるでしょ? ガラクタとか踏んだら怪我するんで、入るなら許可取ってください。そんなら、もうちょっと丁寧に部屋の掃除するんで」
「あぁそういうこと? ビックリしたー。見境無い男だったらどうしようかと」
「医者に診てもらうっスよ」
「え? どこを? まさか目?」
「頭っス」
part3は、2026年 9月 11日 19:00に配信予定!




