―犬と、内緒の恩返し―
「博士~、脱いだ服はちゃんと洗濯機に放り込んで欲しいっス」
包帯を取り外されてから更に三カ月。こちらに来て半年が経過したころ、宏朔はリハビリを兼ねた雑用に従事していた。
術後、リシェル率いる非合法の医者集団によって、両膝と、両肘までを奇跡的に残せた宏朔は現在、新しい腕と足を使い慣らすトレーニングに苦戦していた。
『機械の腕なのに普通の腕みたいな布の感触が伝わってくる……どういう仕組みだろう』
握りしめられたまだ生暖かい白のキャミソールを見つめながら、宏朔は思案する。
彼に取り付けられた右手の義手の外殻は黒染め処理のされた真鍮で説明がついたが、内部で筋肉の役割を果たしている未知の金属の詳細についてはサッパリだった。
女医のリシェル曰く───
「これは〈超伝導・流体人工筋肉〉。外人特区で死んだばかりの軍人の死体から剥ぎ取った超高級品で……民間で所有するのは違法の代物よ」
───とのこと。つまり彼にとってそれは呪いの装備も同義だった。
リシェルは"一年は外出禁止"と、宏朔にお触れを出しているが、その意図を汲み取れるぐらいには、この義手がとんでもない代物であることを、彼はもう実感していた。
超高級品の義手の感触は違和感なく、彼の手に馴染んでいる加えて左腕は一般的に普及しているという既製品を使っているからか、なおのことその性能差をハッキリと彼は体感していた。
『左腕は腕の先から出される僅かな信号をキャッチして、動いてくれているみたいだ……もちろんダイレクトに『温かい』とか、『柔らかい』とかも感じない。だけどこの右腕はどうだ。触感が伝わってくる』
洗濯かごにキャミソールを入れて、手ぶらになった右手を軽く握る。
1mmの誤差もなく、龍の鱗の彫刻が施されている新たな腕。
たまに排熱でもしているのか、鱗の間から青白い輝きが漏れることはあるが、それ以外には手袋をしていれば普通の腕と勘違いしてしまうほどに、その腕は完璧な律動によって制御されていた。
「パーフェクトだ」
ただ技術と反して、彼の体は寝たきり生活から蘇ったばかり。
階段を登れば、それだけで息が上がった。
「……クソッ、ここの階段、田舎のおばあちゃんち思い出すな。めっちゃ段差あって、平気で人殺しに来てるんだよ」
転んだら絶対に死ぬ、というような段差を息絶え絶えになりながら籠を持って上がる。何度繰り返しても慣れない苦行を無心で登りきると、やっと洗面脱衣所のある階に到着した。
すると、何やら俯いているミルツェラ博士の姿がそこにはあった。
「どうしたっスか。博士って、ワァ……」
ミルツェラが手にしていたのは、犬型のカラクリ人形…の残骸だった。
たしかそれは、リシェルが大切に使っていたはずの珍品だ。そう思い、宏朔は青ざめているミルツェラ博士の方を向いた。
「宏朔……これ、何処に隠そう」
焦燥を隠すように、作り笑いを浮かべるミルツェラ。見つかれば殺される、そんな鬼気迫る彼女を見て、宏朔は自分の両腕に視線を落とした。
「博士、できるか分かんないっすけど。それ……ジブンが直すっスよ」
「いけんの? ……お尻で潰して粉々だけど?」
「大丈夫っスよ。姐さんには秘密にしておくっスから」
ミントグリーンの髪が挙動不審に頷いた。
なるべくネジやバネが落ちないように、そっと渡される残骸。見るも無残な凹み具合に、宏朔は思わず口を隠して笑った。
「……無理だったら地下二階の倉庫にある段ボールの中にさ、もっと粉々にして入れておいて。リシェルが上にいるから、今ちょっと持ち出せないんだよね」
狡猾な方法で不正の隠蔽をしようと画策する造物主に、宏朔は苦笑交じりに頷いて、それを地下二階に持ち帰った。
「さてと……洗濯も仕掛けたし……リハビリがてら直してみますか」
地下二階への階段を降りると、全面ガラス張りのラボが彼の前に姿を現す。
邸よりも大きな地下室は、〈パブリックセクター〉、〈オペレーションセクター〉、〈セキュアセクター〉の三つに区分けされる。宏朔に手渡されたクリアランス1の身分証で入室を許可されているのは、その一番手前の〈パブリックセクター〉までだった。
〈パブリックセクター〉には、申請すれば誰でも使える完全防音の研究室が一つあるため、彼はそこでバラバラになった犬の修理をすることにした。
彼は階段を降りてすぐの所にある受付に顔をだし、研究所の利用申請書を記入すると、受付窓口にその書類を提出する。しばらくの後、人形が彼の書類を審査し、部屋に空きがあることを確認すると、部屋のキーが窓口から出された。
『ラブホの窓口みたいっス……』
絶対にそんなわけはないのだが、彼はそんな部屋のキーを受け取ると、研究室に入室し、早速パーツとツールボックスを置き、構造解析に移った。
「中身は単純な歯車・バネ・カムの塊だな……。ゼンマイを回したら尻尾と頭が動く機構みたいだけど……? ───なるほど、限界まで回したら丁度三分測れる機能つき……フムフム……」
バラバラのパーツを見ながら、完成予想図を図面化して行く宏朔。人知を超えた能力なんて使わずとも、この程度であれば問題なく修理できると安堵した彼は、まずもって足りないパーツの存在に気づいた。
「あー……倉庫にガラクタがあったっけ。拝借するか」
研究室をでて廊下を歩き、倉庫から壊れて放置されていたミキサーを持ってくる。ドライバーでバラバラにすると、使えそうなパーツを幾つか抜き出した。
「ドリルで穴開けて……やすりで歯車の歯先削って……トーチで、パーツ同士をロウつけしてあげて……ほい、完成」
所要時間は約20分。ゼンマイ式の犬は、しっかりゼンマイを巻き切ると、三分間、しっかり頭と尻尾をカクカクと動かすようになった。
「こっそり博士に渡しに行くか……」
ツールボックスをしまって、早速ミルツェラに会いに向かうと、その前にバッタリとリシェルと出会った。どこか落ち着きがない彼女に、彼はバツの悪そうな顔で目をやった。
「F-01……何か用?」
彼はミルツェラがなぜ地下一階から上がってこないのかを完全に失念していた。
「……えっと、探してるのって、もしかしてこれっスか?」
まるで事情を知らないと言った様子でゼンマイ式の犬を手渡す。探し物が見つかったことで、彼女は喜んだが、すぐにその表情は不快な色に染まった。
「……!勝手に触らないで!!」
掌サイズの犬を奪い返すと、どこにも傷がないか確認するように、彼女はどこか思い入れのある宝物を見るような瞳で、その犬を観察した。
「ゴメンっス。大切なものだったんスね」
ギュッと握りしめられた歯車仕掛けの犬を見て、ミルツェラがなぜあれほど慌てふためいていたのか理解する。
『きっとその犬はリシェルにとって大切なものなんだな』
知れば知るほど、そんなリシェルの大切な宝物を、尻に敷いて粉々にしたミルツェラの迂闊さに腹が立つが、ここで怒ったところで彼女を庇うと決めた以上、犯人を明かすわけにはいかない。宏朔はタフにこの状況を乗り越える決意を固めた。
「ゴメンなさい……取り乱したわ。大事なものだったから」
リシェルは大きな胸に犬の人形を抱きしめ、悲しそうに顔を伏せる。その光景が彼にとっては痛ましく、感じるはずのない痛みが胸の奥でチクチクと疼く。半年以上お世話になっている主治医の悲しむ顔を見たのは、これが初めてのことだった。
「……こっちも配慮が足りてなかったっス」
「私のものには触らないで。これは命令よ、F-01」
「……分かったっス」
◇
……その後、お風呂上りに就寝のため、二階へ上がった彼の部屋の前に、小さな箱と手紙が置かれていることに彼は気づいた。
『アレ……どう見てもジブン宛っスよね?』
こっそり持ち帰って、部屋の中で封筒を開けると、手紙には短いメッセージで、「ゴメンなさい、ありがとう」とだけ。箱の中身には、技術書が一冊入っていた。パラパラと捲ると、どうやら蒸気工学に関する入門書らしい。
『おぉ……ほとんど何書いてるか分かんない技術書だ。なんでジブンがこういう系の本が好きって分かったんだろ、博士』
ミルツェラの謝礼にもらった入門書を片手に、浮足立って部屋へ戻る。義手の確認ついでに邸の平穏は守れたし、技術書は手に入れた。我ながらよい一日だったと振り返る宏朔の脳裏には、一人悲しむリシェルの顔が思い出された。
『……明日何か作ってあげよう。ああ、それがいいや。お詫びは早い方がいい』
目次のページを捲りながら、彼は小さく頷いた。
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