プロローグ.part3
「とにかく、ありがとうございます。先生」
首しか動かないが、出来る限りの礼を行う。そんな彼を見て、リシェル首を傾けた。
「……そんな言葉で済まされては困るわね。わざわざ高値で調達した皮膚を移植までしたのだもの。この恩は、死ぬギリギリまで働いて、返済してもらわないと困るわ」
パキッ、と青年の表情筋が崩れる音がした。
『あれ、このパターンさっきもやったような』
さっきまでとても親切なお姉さんだと思ったのに、今じゃ問診票に情報を書き足す彼女のクールな横顔が、債権者の顔に見えてくる。だが、ただ働けというのであれば、まだ先の展望は明るいような気がした。
「働くって......雇ってくれるっスか?」
そんな彼の思惑とは裏腹に。
「何を言っているのF-01? 貴方は生まれてこの方私たちの共用の財産よ」
「おい、美人だからって記憶喪失でも分かる嘘つくなっス。さすがに騙されないっスよ」
「……あら、まさかそちらの記憶までなくしてしまったの? 貴方は私たちの所へ喜び勇んで奴隷───ではなく、小間使いとして奉仕にきたのよ」
リシェルはあたかも、そんなことも忘れたなんて、というような顔で口に手を当てる。
記憶喪失の人間に対してやってはいけない最低な暗示の一種だった。
「ぜ、絶対嘘っス……。ジブンがそんな美人目当てでこんな怪我を負うなんて……グッ、ちゃんとした記憶さえあればこんなことには……」
「残念なことに今の貴方には記憶がない。なればこそ、命の恩人である私の言葉を鵜呑みにするのが賢い選択だと、私は思うけれど」
「なるほど分かったっス。クールの顔を被った鬼畜天然お姉さんなんスね。ジブン、絶対騙されないっス」
「騙すもなにも、貴方に選択権はないのよF-01。体という財産の使用貸借権なら、既にこちらの手の内にあるのだから」
財産と言われて一瞬頭が『?』になったが、小間使いに任命された彼は何故だか少し喜んでいる自分に気づき、困惑した。
『あれ、なんでジブン感動してるんだ? ......あれ? ……そうだ、そういえばジブン、大切にされなかったんだっけ......』
新たに思い出した記憶、それは色んな町工場を転々とする不良青年の記憶だった。
言われたことに納得できなければ、テコでも動かない頑固者。
派遣で入っては、すぐに現場の闇に気づき、現場監督に楯突くヤバいヤツ。ピンハネに気づいて、クレームを入れたことさえあった。
そんな三カ月で現場を転々としていた男の、ろくでもない記憶がフラッシュバックした。
(グぇ......なんでこんな十六とかの若い黒歴史から思い出すっスか! こっちに来る直前の記憶プリーズ!)
ブンブンと首を振って、陰気なオーラを脳内から消去する。すると、驚くべきことに彼の脳みそは三秒後にはその記憶を綺麗さっぱり忘却の彼方に追いやってしまった。
『あれ? ジブン、何考えてたっけ? ま、いっか』
偉大な鳥頭によって、彼の精神は平穏に保たれていた。
「ところでF-01。名前はまだ思い出せない?」
「名前は特に拘りないっス。先生が付けて欲しいっス」
「アタシに? ……困ったわね、そういうのはミルツェラの方が得意だし。あの子ならきっとカッコいい名前をつけてくれると思うわ。犬とか」
「犬って。思いの丈はぶちまける質っスか? もちろん却下っス」
「拘りはないって言った癖に、ワガママな人...... 何でもいいなんて無責任だわ」
彼もそれには同意だった。ただ犬とこれから一生涯呼ばれると思えば、無責任な事もいえなかった。
「そう言えば、ジブンのことF-01とかって呼んでたっスけど。アレは製造番号的なアレっスか?」
「ええ、フランケンシュタイン一号だから、F-01。私は今後、アナタのことをそう呼ぶことにしたから」
「非常に困るっス。あとフランケンシュタインじゃないっスよ。ジブン」
何ならこのやり取りも二回目だ。
「見解の相違ね」
そんな会話をしていると、噂の命名の達人が階段を降りてやってきた。
「えーなになに。二人で盛り上がってるの? 私も混ぜてよ」
ミルツェラは笑顔で、包帯を変える一輪車人形に持たれ掛かった。
気になって様子を見に来たようだった。
「……ふぅーむ。な・る・ほ・ど……。名前を造物主に求めるなんて、君は粋なフランケンシュタイン君だね。良いでしょう、私が君に名前をつけてあげましょう。でも、仮にあなたがこれから名前を思い出したからって、改名はナシだかんね?」
彼女はそう告げた後に、考える人みたいなポーズで、思考をし始めた。彼女が考えごとをする際に現れる癖のようだった。
「F-01なんてどう⁉」
ミルツェラの提案に白目をむいて、青年は天を仰いだ。
「それさっき、フランケンシュタイン一号って先生から聞いたっス。なんすかこの流れ。割とココのテンプレだったりするんすか。人名をなんだと思ってるんスか」
頼むからまともな名前にしてくれ。そう願う彼に災難は続いた。
「せっかく造物主が付けてやった名前を有り難がるならいざ知らず、異論があるだって?」
“調子に乗るな”、とでも言わんばかりに彼が繋がれている生命維持装置に手をかけるミルツェラ。
『今すぐこの管を抜いて、心肺停止だってできるんだぞ』という警告に、死滅したはずの発汗機能が自然と蘇る。それと同時に、彼は追い詰められたストレスによって新しい記憶を思い出した。
「あ、思いだした......。ジブン、鶴ヶ峰宏朔って名前だ。ツル君とか、こうさくちゃんって呼ばれてたっス......」
「そう。贅沢な名だね。では貴方の名前はフランケン・コウサクにします」
ビシッと、鶏ガラみたいな細い指の先が宏朔の眉間に突き刺さった。
「フランケンの後ろに、ちゃんと名前をつけてあげたの。喜びなさい、宏朔」
得意げに笑うミルツェラは、鼻先に指を押しつけた。
「これは、私が拾って、私が創った証。忘れちゃダメだからね」
そんな売れないピン芸人みたいな名前はあんまりだ───という彼の主張はもちろん却下された。
「じょ、冗談じゃないっスよぉ……」
次回の更新は火曜日になります。




