─ 敷島尻尾の技術 ─
彼は修理を始めるといって、宏朔は上に羽織った赤いシャツをミルツェラに渡す。ノースリーブになった彼は肩を回しながら、早速ネジを外し始める。
まるでマグロの解体ショーでもするみたいに、尻尾の外骨格を外して中身を切り開いていく───その手際はまるで精密な外科手術を行うベテランのようで、見たこともない(と彼は言っていた)機械を、まるで見知った玩具のように解体していく。その様子に彼女は息を呑み、気づけば身を乗り出して机の縁を強く握っていた。
『彼の集中している吐息が聞こえる……喜んでるみたい』
無意識に、彼女もまた同じリズムで息を止めていた。
宏朔の僅かに継ぎ接ぎの残る顔には鋭い眼光が獲物を睨みつけている。
雷によって白色に近いグレーの髪色になった髪を時折りどかしながら、彼は分解したパーツを、レイヤーごとにペレットにまとめて乗せて行く。
内側に行けば行くほどネジは小さくなり、外れるパーツは数を増す。
分解が進むにつれ、復元が難しくなる精密作業は、そのはらわたを見せる度に彼の手を止めさせる。指先のわずかな迷いが、見ているだけの彼女にまで伝わってきた。
「大丈夫?」
「流体素子って、まだよく分かってないんスけど。設計意図は分かるんで、たぶん何とかなりそうっスねー……」
「設計意図が分かるって、どうやって?」
「たとえジブンの知らない技術だとしても、熱を移動させたいとか、錆させたくないとか、人の意志がそこにあるなら、必然的に同じ構造に行き着くっぽいっスよ」
「つまり?」
「……」
ミルツェラの質問に、宏朔は沈黙で返した。いつの間にか、深い思考の海に落ちているようだった。破損した歯車や細い管を溶接したり、代替パーツを段ボールから漁っては加工し、取り付けたりを繰り返すこと二十分。あっという間の修復に、ミルツェラは思わず小さく拍手をした。
「昔は尻尾の製作者だったの?」
「中身を見たのはこれで二回目っスよ」
一回目は、ミルツェラの尻尾だ。彼はあそこで内部構造を透視によって見ていた。
それとこの尻尾を比べれば、機能美は一目瞭然だ。
今机にあるのは、ある意味『壊れる事を想定した装備』、安全性を一番に据えた高齢者用の尻尾だ。そのため無駄な装飾・機能など一切なく、整備性もまた考えられた既製品で、修理屋を喜ばせる規格化されたパーツで組み立てられた一品だったため、彼は迷わなかった。
「設計者の意図が手に取るように分かったっス。敷島の技術は凄いっスね」
テストをするため、地下二階にあった予備の尻尾をつけるためのベルトを装着すると、腰にお婆さんの直した尻尾を装着する。作ったものをテストして、初めてそれは直ったといえる。彼の指が留め具の上で一瞬だけ止まった。
「どう、良い感じ?」
視線の先で、宏朔は尻尾を椅子にして凭れる。ステッキチェアの代わりとして、どんなにバランスを崩そうとしても、尻尾が先読みしてバランスをとり、歩行者の負担を最小限に抑えて、宏朔の歩行をサポートしていく。
電気も無しに蒸気で動く歯車仕掛けの先読み技術。その秘密は、足腰の些細な変化を伝える腰につけられたベルトにあるようだ。
「このベルトが足とかの筋肉の動きを感知して、尻尾に伝達してるんすねぇ。……凄い技術だ」
尻尾をつけて動き回る宏朔。大きな動きには反応しないが、軽い寄りかかりなどの僅かな動きに反応して、伸縮したり曲がったりする尻尾を見て、彼は研究室を出て、パブリックセクターを歩き始めた。
「でも所詮、突発的な追突事故には無力な代物だし、過信は禁物だから気を付けてよ」
「そりゃその通りっスけど。椅子と歩行器代わりになって、姿勢制御もできるんだったら十分多機能的っスよ」
「一番大事なのは、体内に溜まった微弱な余剰電荷(電気)を地面へ逃がして、周囲との電位差を調整・同期させる効果ってところ。それを忘れちゃ駄目だからね。まぁ、もっとも最初は、高齢者向けに開発されていたみたいだけど」
「みたいだけど? 辞めちゃったんスか?」
「資金が集まらなかったみたい。歩行器とかが既にあったから、わざわざオールインワンの商品を買うって発想にならなかったっていうか。みんな緊急性のないものにはお金を出し渋るから」
「なるほど……それで体の電荷を放出する機能をつけて販売っスか。診療所でみたお客さん、皆腰に巻いてましたよ。すごい売れ行きっスね」
「ウチの発明を褒めてくれてどうもありがとう」
「は、博士が作ったんスか?」
「電荷をあつめて放出する仕組みはね。尻尾自体は別の企業。まぁ、そういうわけで居候が一人ぐらい増えても生活は困らないってわけ」
「毎日お世話になっております……と。そろそろお婆さんが起きる頃かな。診療所に戻るっスね」
「修理代、ちゃんと取りなさいよ」
「え? 取らないっスよ。別に新しいパーツを発注したわけでもないっスし。ガス代ぐらいなもんっスよ」
「アンタね……ちょっとは家主のためにお金を貢ぐぐらい、殊勝な心行きがあって然るべきじゃない?」
「それはまた別にバイトでも探してくるっスよ。それにこの尻尾、勝手にお婆さんが倒れている間に持ち出したものっスから。───それじゃ!」
颯爽と背を向けて去っていく背中に、ミルツェラの手から預かっていた赤いシャツが滑り落ちる。
「えっ? ちょっと、アンタそれじゃあ直らなかったどうする気だったの───!」
「そん時は謝ったっス!」
「ちょっとそれどういうこと……⁉」
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