─尻尾の修理─
黒須と宏朔は蹲ったお婆さんを見て、とりあえず担架か何かで運ぶ準備だけでもしておくかと貌を見合わせる。現場は混乱こそしていないが騒然としている。全員具合が悪くて相手を気遣う暇がない、というのがかえって事態を鎮静化していた。
宏朔はとりあえずお婆さんをどうにかしなければ、と近づいたが、そこで扉の奥から声がした。
「触らないで!」
リシェルだった。
彼女はすぐさま診察室の通路から待合室へ駆け寄ると、お婆さんの腰に触れず、まずは瞳孔と手足の先を指で押さえて反応を確認する。一瞬の判断だった。
「脊椎をやっているかもしれない。誰か、硬い板か、せめて毛布を畳んで持ってきて。首を動かさないよう固定します」
それからはあっという間の出来事だった。お婆さんはそれほど大変な怪我ではなかったようで、お婆さんは担架に乗せられ、すぐに診察室の奥にある処置室へ運ばれた。
「F-01、これを預かっておいて」
リシェルから宏朔へ渡されたのは、お婆さんの腰につけられ、お婆さんが倒れるのにクッションの役割を果たして壊れた尻尾。
転倒防止のためにある程度の加重には耐えられるように出来ていたようだが、突き飛ばしは考慮に入れられていなかったようで、あらぬ方向に内部のパーツが曲がってしまっている、という状態だった。
「こっちは大丈夫だから、貴方は黒須と一緒に現場を落ち着かせるのと、掃除屋の手配をしてもらえる? 料金は向こうに払わせて頂戴。以上」
リシェルは最後に必要最低限のことを宏朔に伝え、処置室へ消えた。
その後も応援の警察が来たり、清掃屋が来たりと院内は人の出入りが激しかったが、警察が現場にいたということもあり、待合室にいた客は慌てふためく様子もなく、粛々と進められる清掃を呆然と眺めていた。
宏朔はというと、彼も渡された尻尾をどうしようか悩んだ挙句、クラリスに尻尾の処理について、対応を求めていた。
「壊れた尻尾の後処理ですか? 基本的に3Dプリンターで作ったものですから修理とかはないので、確認を取った後は破棄になると思いますが……」
「勝手に修理したらマズいっスかね?」
「直せるんですか?」
「構造見た感じ……そんな複雑でもないんで。いけると思うっス」
「だったら私がお婆さんに確認を取ってきますよ。意識はあるみたいなので」
「助かるっス」
数分後。
「確認取れました。帰り道に間に合うかと聞いています。お婆さん、タクシーも呼ばず、歩いて帰るみたいですけど……どうですか?修理間に合いそうですかね」
「時間はどのぐらい待ってもらえそうっスかね。修理は三十分あったらいけるっス」
「あ、そのぐらいであれば、全然まだいらっしゃると思いますよ。というより、リシェル先生が許さないと思います」
「了解っス。それじゃあまた三十分後にここ来るっスね」
尻尾を抱えて、宏朔はミルツェラ邸へ足を向けた。
◇
邸に帰ってきたら、ミルツェラはリビングで水戸黄門を見終わったところだった。彼女はソファに寝転がったまま、首だけ廊下へ向ける。宏朔と抱えられた尻尾を見て、視線を数秒左上にやった後、焦点を彼に戻した。
「事故?」
彼女の視線の先、宏朔は魚を抱えた漁師のような笑顔で頷く。何がそんなに喜ばしいのか分からないミルツェラだったが、彼がご機嫌であることは間違いない。
「まあそんなとこっス。地下のラボ借りるっスね」
振り返って地下へ向かおうとする足取り。
彼女はそんな彼の背中を呼び止める。
「私も見ていい?」
「別に楽しくないっスよ?」
廊下から声だけが帰ってきた。
「ひーまーなーのー」
このままレコードの前で時間を潰していては、せっかくの休日も無駄に終わってしまう。彼女は体を起こし、有意義な一日とするために、彼の作業を見物することにした。
廊下をでて、カーペットを捲ると、地下一階へ繋がるハッチがある。
いつもは誰かが開けっ放しの通路だが、今日に限っては誰も降りていないため、蓋は閉じられたまま。彼女は足先で蓋を蹴り上げると、先に階段を降りて電気をつけて行く。
コンクリートの無骨な地下一階のフローリングには今回要はない。そのまま下に繋がる階段を降りれば、目的地である地下二階に二人は降り立つ。受付人形に利用人数と利用目的を空白にして、提出すれば鍵が却って来る。彼女はパブリックセクターに当たる受付で、社員証をかざした。
宏朔が持っているぺらぺら紙の借り証明ではなく、本物の黒いカードだ。
『ミルツェラお帰りなさい。きょうはよい研究日和ですね』
人形の声が天井から聞こえてきた。宏朔はそんな彼女専用の特殊ボイスに、眉を上げてミルツェラを見た。
「これ、わざわざ実装したんスか?」
「この声を吹き込んでくれた子が、この邸を用意してくれた時に遊び心でつけたみたい。私が頼んだわけじゃないよ」
彼女の脳裏には快活にスパナを振り回す友人の姿が映った。そして彼女と宏朔ならずいぶん話が弾みそうだと、そう思うとなんだかすごく肩が重くなった。
『なに一人で落ち込んでんだ私。アホくさ……』
「どうしたっスか?」
こちらの顔を伺ってくる宏朔の顔を手で押しのける。全神経を手に持った尻尾に向けていればいいのに、余計な心配をされると返ってこちらも深く考えてしまう。ミルツェラはこの高感度なセンサーを取り付けた男を、とにもかくにも早急に研究室に突っ込むことにした。
「なんでもない。ほら部屋の鍵」
「開けてくんないっスか。両手塞がってて」
「ったく……しょうがないな……」
魚の解体でもするみたいに、体に抱えられた尻尾を持って宏朔は扉の端に尻尾の両端がぶつからないように、体を横にして、ぶつけないよう慎重に体を中へ。
後ろからミルツェラも続いて部屋に入った。
ガラス張りで無味無臭の研究室には休日のため誰もいない。明日になれば、またパーキングエリアから車で出勤してくる職員を見る事が出来るが、休日までやってきて働くことは、所長であるミルツェラが許可していない。そのため今日はこの延床7万㎡の研究所を、二人っきりで満喫することができた。
「それにしてもデッカイ研究所っスよねぇ。ジブンが入れるパブリックセクターだけでも、ジムとかビリヤード台とか。シャワー室まであるじゃないっスか。休みの日とか、ココに漫画持ち込んで、ジムで筋トレするだけで、充実した一日を過ごせそうっス」
様々な角度で尻尾を分析しつつ、真剣な表情の彼だが、ミルツェラが暇をしないような気遣いのつもりか、手を動かしながらそんな話題を振る。
「こんな閉鎖的な場所でしょ? 外の空気も吸えないし、職員が病むと思って作ったの。あとアンタは職員じゃないんだから、地下一階の方を使ってね。作業とかだったらしても良いけど。維持費とか職員の給料から自動徴収して運営してるし」
「給料から自動徴収って……よく反発起きなかったすね」
「みんな研究第一だからねぇ。それにうちの研究員って、結構実家が太いヤツ多いから。それもあるかもね。お金に執着ないって言うか。使い道が分かんないヤツ多そうなのはあるかも」
「博士って結構偉い人なんス?」
「一応所長ではあるよ。ウチ」
作業の手を止めて、こちらを見る宏朔。
「……なにその目。アタシが子供っぽいから、偉そうには見えなかった?」
「いや、えーと……まぁ……」
「正直で結構。けどそれには深―いワケがあるんですわ。……ココが出来たばかりの時は、それはもう、所長の席は揉めに揉めたんだから。私が選ばれたのも、一番幼くて偏見がないって理由だしね。『優秀な人間』って計りじゃ、誰も席を譲ろうとしなかったからさ。まぁ『仕方なくウチで行くか?』みたいな現場の流れで、たまたま所長になってるみたいなところはあるよ、ぶっちゃけるとね」
「そんなノリで決まったんっスね。所長って」
「信じられないでしょ。これでも外国人特区で一番大きな研究所よ? まぁ、それぐらい対立が酷かったって話でもあるんだけど……」
「対立?」
「ううんなんでもない。それより手が止まってるんじゃないの? それとも異世界人にはその精密な尻尾の機構はお手上げ?」
「もう全部解析終わったんで、今から作業に移るっスよ。外しちゃダメなパーツとか、いっぱいありそうなんで、慎重にね」
「へぇ、お手並み拝見ね」
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




