─ 午前の談話、太陽ってなに? ─
さあ、説明しなさい。そう言って用意されたソファに宏朔は腰をかける。
掃除以外で立ち寄ることのない共有スペースのリビング。
もとい、ファンシーなグッズで固められたパステルカラーな乙女の園。
ラメや芳香剤の臭いが染みついた彼女たちの領域で、宏朔はおさまりが悪いのか、足の置き場でさえはっきりとしないまま、尋問官の顔色を窺っていた。
「別にとって食おうってわけじゃないんだからさ。リラックスしなよ」
「まだ慣れないとは……不甲斐ないっス……」
「なーに硬くなってんだか。今更でしょ?」
ミルツェラはホットコーヒーをマグカップに、宏朔には熱い緑茶を湯のみで差し出す。彼はそれを持ち上げると、吐息をついて、この座りの悪さと共に飲み下した。
「せっかくだし、朝レコでも流しながら話そっか」
彼女のそんな提案を承諾した彼は、ソファから立ち上がって、彼女が朝レコをセッティングするのを間近で見るため、レコード台の近くに向かう。機械のことになれば、部屋の臭いなどまるで気にならなくなる。
いつもの調子に戻った宏朔を見て安心したミルツェラは、朝レコをフィルムから取り出すと、指紋をつけないようにゆっくりと中の穴に指を通して、レコード台の上に朝レコをセッティングした。
ダイヤルで時間を合わせると、その時間を担当している映像が、レコード台の上に用意された立方体の水晶の中に映り込んだ。
『おはようございます。今日は仏歴2570年、第九潮巡、十三日です。朝七時のニュースをお届けします』
宏朔は時計を見た。もう朝の八時はとっくに過ぎていた。
「博士、今から朝七時のニュース見れるんですか?」
「アンタ朝レコの仕組みまで忘れてるの……? って、そっか。いい加減、私も慣れないとねー……」
「ん……というと?」
「アンタが世間知らずだってこと。私も大概だとは思ってたけど、下には下がいて安心したわ」
「下が下を見て安心するの、良くないなぁ……」
『今週は敷島全土、晴れる日が多くなるとのことなので、素敵な一日をお過ごしください』
立方体の水晶の中では、キャスターのお姉さんが天気予報を伝えている。
『続いては、愛知県名古屋から豊田市にかけての外国人特区に関するお天気です。最高気温は18℃、最低気温は10℃と少し肌寒い日となるでしょう。長袖ニットを着る際は、イオンブロワーをお忘れなく。気になる帯電濃度ですが、今日の濃度は30%前後と低めとなっております。尻尾の着用で、十分に電位差を調整することが出来るかと思われます。……ということでね、肌寒い日が続きますが、体を温めて───』
レコード台のボリュームを下げて、立ち上がるミルツェラ。必要な情報は聞けたと言わんばかりに、後は後ろで聞き流す程度の音量となるニュースを放置して、彼女は壁に折り畳まれた卓球台を展開した。
どうやら体を動かしたい気分らしいと宏朔は察知して、ラケットの具合を確かめた。
「それで、太陽ってなに?」
ラリーが始まった。最初から直球で攻めてくるミルツェラに、華麗なサーブで宏朔は対応して行く。
「水素の塊……っスかね。あれ、ヘリウムもあるんだっけ? ともかく、水素の核融合で熱くなってる玉っス」
「核融合……! あなた、核融合の原理を知っているの⁉」
驚きの余りミルツェラはピンポン玉を落とした。宏朔の一ポイント先取で、ゲームは始まった。
「はあ。みたいっスね。どこで得た知見なのかはサッパリっスけど。もしかしてそういうところで働いていたんスかね。……なワケないか。今思えば、ジブンそんな学歴なかったっス!」
彼が新たに思い出したのは十六歳頃の記憶。彼は既に現場に入って仕事をしていた。
そんなうだるような暑い夏の記憶を、この一球に込めサーブを打ち込んだ。
「じゃあその知識は独学!?」
またもやミルツェラは驚き、ピンポン玉を浮かせてしまった。彼はその隙を見つけた途端に、スパンッ、と音を立ててスマッシュを打ち込んだ。
「図書館で勉強したっス。クーラーなかったんで、休日はずっと図書館いたんスよ」
「ていうか、アンタ卓球のプロ?」
「一応、温泉上がりの卓球じゃ負けなしっスね」
宏朔は図書館で読み齧ったような知識を語るようで気が引けたが、あくまでも信頼性の無い異世界人の戯言であると前置きして、ポツリポツリ、と核融合の仕組みについての概要を、卓球のラリーを続けながら彼女に話すことにした。
「一億度のプラズマを磁石で宙に浮かせる……凄い。こっちのやり方と一緒だ……」
「なんだ、知ってたんスか」
「ありえない話よ。こっちじゃその情報は敷島の国家機密。この外国人特区の中でも、極一部の人間しか知らされていない方法よ? なんで研究者でもないアンタがそんなこと知ってんだか……」
「そりゃあネットで知識の共有が出来てるからじゃないっスか?」
「ネットって……聞いた感じ何かの略称っぽいな。網じゃなさそうだけど?」
彼女の質問に思わず、宏朔はラケットからピンポン玉を零した。
「……インターネットっていう、全世界の人間と知識を共有できる場所っス」
「……なにそのマジヤバ装置。そっちじゃ神様とか生まれてる?」
「いたかも知れないっスけど。沈黙してたっス。神だけに」
ウハハハ、と笑った後に、自分しか笑っていない事に気づいた。
ミルツェラにピンポン玉を渡すと、彼女は思い切りスライスをかけて、ピンポン玉をサーブした。
「あー……ほんと、神様なんかいるんスかね。ジブンをこんな世界に連れてきておいて。一体何黙ってんだか!」
「貴方の記憶が全て戻らないのも神のせいってこと⁉」
「けど、こういう縁に巡り合ったのも神のおかげっス! なんで、今のところはプラマイゼロってところっスね!」
信じるか信じないかは貴女次第、といったところでラリーは途切れた。
宏朔の義足が、彼のステップについて行けず、外れかけてしまったからだった。
「うはぁ……まいったな……これは……」
彼は一旦休憩と合図を送って、ソファに腰を掛けた。
「こっちじゃ知識の共有は紙媒体で?」
視線は汗を拭いながら、宏朔はおもむろにそんな話を訊いた。
「アンタの世界じゃ、そのインターネットに頭を繋いでお勉強できたりしたの?」
「物理的に線を繋いで学習するって感じじゃないっスけど。勉強はできたっスね。もっとも、勉強で使ってる人の方が少なかったっスけど」
「どういうこと? そんな装置があるのに、学ばないなんてありえる?」
「沢山情報があるとかえって取捨選択が大変ってヤツ」
二人の戦場は一時休戦、義足を固定し直しても、宏朔は意外にも自分の息が上がっていることに気が付いた。落ち着くために、ソファの前に設置された机の上にある緑茶を手に取る。
「それよりも核融合でしょ? 博士はどのぐらい進んでるんスか? まさか実用段階まで?」
「残念ながら私の理論じゃまだ、実用化には程遠いかなー。どしたって、エネルギー効率が悪すぎんのよ。どうしたって、核融合を起こすために必要なプラズマを、一億度に維持するのが不可能だし。アンタの言ってたことがマジなら、〈アマテラス〉はその人工心臓の中で、プラズマを発生させて、尚且つ制御していることになる。その百倍の大きさがあったって、私には無理な芸当よ。まったく、敷島の技術力には頭が下がるわ」
ミルツェラは早口で、ソファの上で楽しそうに体を揺らしながら話した。
たまに宏朔の理解できない深さの話をすることもあったが、彼女はその都度注釈を加えて、三時間ほど。彼女との楽しいおしゃべりは続いた。
「もう十二時過ぎてるっス。お腹空きません?」
立ち上がろうとする宏朔の袖をミルツェラは掴む。
「全然? それでね───」
彼女のマシンガントークが再開するかと思いきや、彼女のお腹がそれよりも先にキュ~と返事をした。
「……聞こえた?」
若干恥ずかしかったのか、ポリポリと頬を掻くミルツェラ。
運動もしたし、沢山お喋りをした後だ。
体がエネルギーを求めるのも不思議ではなかった。
「ジブンもお腹減ったっス。食事にしましょう?何食べたいっスか?」
「うーん、化学調味料?」
「……なんでもいいと。なら、ビーツも冷蔵庫にあったし、ちょっと寒いんで、ボルシチでも作りますか。クラスナヤの郷土料理でしょ?」
「ハラショー! 早く作って! そんで食べたら、また続きね!」
「リシェル先生の分を持って行ったあとでよければ、付き合うっスよ」
そう言って厨房へエプロンをつけて立つ宏朔。一人暮らしが長かった分、ある程度の料理であれば数分の内にできてしまう。彼の悲しい特技の披露には、うってつけのタイミングだった。
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