─ 半球建築のパイオニア ─
「ナメック星じゃん……」
緑色の空を見て、開口一番に宏朔は自分でも驚くほど陳腐な例えを口にした。
子供の戯言のようだと自嘲する。だが的確に言うなら、緑のペンキをぶちまけたような空か、森の緑が茫洋と空に漏れ出したような空、としか言いようがない。
ただ、そんな気取った言葉を口にする方が、らしくないし、恥ずべきことだとすら思えた。
『なんか腹の底からぶるぶるしてくるなぁー』
電気に対する恐怖心? それとも降って湧いた未知への興味? あるいはその両方か。
───なにはともあれ、宏朔は薄く笑ったままそこに立ち尽くすことになった。
「初めて外の世界を見た赤ちゃんみたい」
隣で、マスクの上の目元だけで笑うミルツェラを余所に、宏朔は好奇心に突き動かされるように、庭先に足を踏み出していた。振り返ると、外から見たミルツェラ邸は、真球を真っ二つにしたようなドーム型で、横にはリシェル先生の診療所が見えた。
見た目をそのまま憚らずに言うのであれば、パイオツだ。
ファラデーケージの網がドーム状の家を囲むように張られ、網タイツのようにも見える。
ふと、評論家気取りで、この芸術を論じたくなった。
「おっぱいに網タイツ。なるほど素晴らしいパイオニアがいたものだね。うーむ実によいアングルだ……何かを想起させるような……」
そんな論評が、気づけば口をついて出ていた。
だが次の瞬間───
───ヒュ、ドスッ。
お尻に炸裂したミルツェラの蹴りで、感想は忘却の彼方へ吹き飛び、星になった。
「イテッ!……なんスか。今いいところだったのに」
「馬鹿の評論家にでもなるつもり?」
「相変わらず言葉がキツイっス。でも、せっかくの外っス。確かに今はそれどころじゃないっスね。堪能しないと」
気を取り直してまずは肺を膨らませた。鼻を叩くオゾン臭に、思わず顔が弛緩してしまった宏朔。傍から見れば、紛うことなき変人だろう。
「スーハー……うーん、オゾン。ほんとに吸って大丈夫な空気っスかコレ」
「まぁ。あんまり体にはよくないかもね」
ピタッと止まる呼吸。
目が合う。
ミルツェラの目元が、悪びれもせずに笑っている。
「……普通に止めて欲しいっス」
ダバー、と宏朔は肺の空気を吐き出した。
「別に病気になっても薬で治るし。医者いるし? 初体験に水を差すのも違うかなって」
「うはー! いらねえ気遣いっス!」
それからまた宏朔は大きく息を吐き、辺りを見渡した。
向かいも隣も、同じような半球形の家ばかりだ。この街の建築様式なのだろう。
その構造から、宏朔の忘れていた記憶がまた一つ掘り起こされた。
『……そういやジブン、躯体業者だったこともあったな……インパクトソケットとかハンマー後ろにぶら下げて、よく登ってたわ……懐かしい……』
「四角い家はないんスね」
郷愁に引っ張られ、つい口が滑った。彼自身、家の素材から大方の予想はついていたが、聞かずにはいられなかった。
「放電って電位差のあるところからすんじゃん? 家に角があると、そこから放電しちゃうのよ」
「へ~。なるべく角が立たないようにみんな生きてるんスね~」
「そういうこと。……とまあ、冗談はさておき、なにか新しく思い出したことはある? ちょうど、あそこから落ちてきたわけだけど」
ミルツェラは邸の上空に浮かぶ分厚く重なる緑の雲を指差しながら宏朔に視線を向けた。
「いや全然。というか、この世界って、どこからでも放電するんスか……?」
庭先を歩くたびに、足音に混じって聞こえる微かな異音を耳が拾う。冬の朝に霜の上を歩くとザク、ザクと小気味よく踏み砕いていくあの快感と似た、癖になる放電音だ。
「あなたの世界とは違った?」
「ジブンのいた世界じゃ、あんな雲はないっスよ。空は青色って相場が決まってるっス」
「空が青色? 確かに雲に反射されなければ、光は青になるかも知れないけれど……」
「夜になったら雲がないから、ずっと遠くまで星が見えるっスよ。寒いところとか、人工の光がないところとかは特に」
カラッと乾いた今日のような日は特にね、と宏朔は空を見て呟いた。
雲の切れ間からは光の線が、地面に降り注いでいる。あの向こうに太陽があるのだろうと、宏朔は口の端を上げた。
「星……? 星ってなに?」
「ジブンたちが立ってるココとは、違う大地?って言うんスかね。太陽とか、見たこと無いっスか?」
「なにそれ……スピリチュアル?」
「違うっスよ。まあ、いいや。……ホントそれでよくこの心臓つくれたっスね……」
ボソッと宏朔が呟くと、ミルツェラの目の色が途端に変わり、外を見やる彼の義手を引っ張った。
「アンタ今、なんて言った⁉」
「え? だから、この心臓よく作れたなって」
「その心臓がどうやってできてるか、知ってるの?」
「……動かすのに、アマテラスって蒸核使ってるっスよね」
「え、ええ」
「アマテラスって、ジブンがさっきいった太陽の原理で動いてるっスよ?」
彼女は時が止まったかのように、唖然として彼の顔を見つめた。
「ど、ど、ど、ど、どういうこと? ちょっと家に入りましょうか。詳しく聞かせなさい! 今、すぐに!」
せっかくの感動も束の間、ミルツェラは嫌がる宏朔の手を曳き、家へ連れ帰るのだった。
コッソリタイトルを変えました。やっぱり時代は見やすさなのか……どうなのか。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




