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何でも直せる記憶喪失の男が、生活能力ゼロの天才博士に拾われました ~電気のない蒸気の世界の同居ラブコメ~  作者: 星島新吾


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10/21

─ 思い違い ─

広告の張り替えを終え、そのあともいくつか雑務をこなしているうちに、時間はあっという間に朝の7時を過ぎていた。


開院は7時半から。


それまでに正装をしていない宏朔は、退室しておく必要があった。


「ふぅ……」


辛うじて仕事は全て終えていた宏朔(こうさく)は、受付をクラリスに任せ、ミルツェラ邸に戻ることにした。


「最後に……こっちの重い水を運んでもらってもいいですか?」


「ん? ……遠慮しないで任せて下さいよ、なんでもやるっスよ?」


「……な、なんかタダ働きさせてるのが申し訳なくって。ごめんなさい」


「良いっス、良いっス。こっちも良いトレーニングになるんで」


蒸気で動くウォーターサーバーに重い水の入ったタンクを追加し終わると、最後に水が出るか、冷水側のバルブを捻った。


出て来た水を紙コップで受け止めると、

「よし。問題なし」

紙コップに入った水を一杯飲み干して、クシャと握り潰した。


「───それじゃあ、クラリスさん。お仕事頑張って」


宏朔に反応するように、クラリスは窓口から小さい体を乗り出して頭を下げた。


「コウさんもお仕事探し、頑張ってくださいね」


「ハハッ。こりゃ一本取られたっス。……それじゃ、またね」


「また来てくださいね」


「困った時はまた手伝いにくるから。重いものとか、困ったら言って欲しいっス」


バイバーイと手を振って、宏朔は別れを告げると、ミルツェラ邸に繋がる扉へ向かった。

待合室を横切るその道すがら、外界と診療所を隔(へだ)てる三重扉の前を通りかかる。


───ふと吸い寄せられる視線。


近寄ると、なぜか産毛が逆立つような気がして、宏朔はすぐにその扉から離れた。


『な、なんだ……?』


無意識に後ろへ下がると、

「おわっ!」

ドシン。

瞬間、足が絡まって宏朔は後ろに尻もちをついてしまう。


「アイテテテ……」


お尻の痛みに悶えるのも束の間、転んだ衝撃で左足が取れてしまう。


「あらら……」


宏朔は繋ぎ目を抑えながら立ち上がろうとするが、片足では立つのに心もとない。

なんとか壁のある側へ這って移動する必要があった。

だがそこへ、異変を感じたクラリスが出てきた。


「何か凄い物音しましたけど、って、……コウさん?」

「あっ、ゴメン。転んだだけ」

「……」


宏朔の取れた足を見て、唖然(あぜん)とするクラリス。

それまであまりにも自然に振る舞っていたせいで見逃していたが、宏朔の体の異常に、彼女は今になってようやく気づいたようだった。


「だ、大丈夫ですか⁉」

「ビックリさせちゃったっすね。だいじょうぶっスよ。手、貸してもらえる?」


なぜか自分より慌てているクラリスを見て冷静になった彼は、彼女に手を借りて、何とか立ち上がることができた。


「ごめんなさい、まさか義足だなんて……」

「え? ジブン、なんか謝られるようなことされたっけ?」


宏朔が訊き返すように顔を向けると、クラリスはハッと息を呑んで口ごもる。


「……う、ううん。そうですね、ごめんなさい。なんでもないです」

「そうっスか? じゃあ……その、とりあえず足を返して貰えると───」


「あっ、ハイッ! どうぞ!」


押し付けられるように義足を手渡されると、宏朔はそれを脇に抱えて一礼した。


「どうも。ありがとうね。それじゃあまた」

「え、ええ。また……」


小さく手を振るクラリスの視線がどこかチクチクとして、宏朔には痛かった。


『怖がらせたかもしれないっスね……』


そんなことを思いながら、宏朔はミルツェラ邸に続くドアノブを捻った。


◇


邸へ戻ると、丁度一階の玄関でサンダルを脱いだミルツェラと鉢合わせした。淡いミントグリーン色の髪が、ピョンピョンと跳ねている。


寝起きなのは間違いないようだった。


ジャージメイド姿にヤブイヌのスリッパを履いて、手には水滴のついた、黒く平たいカバーケースを抱えている。


「えっ。足折れたの? まじ? ウケる」


食べかけのチュッパチャップスを口から出して微笑(わら)うミルツェラ。低血糖なのか、朝は笑い方も大人しい。


「ちょっと転んで外れたんスよ」

「へー……アホだねぇ……」


”これはこれで、あんまりな対応だな……”と宏朔は思いつつ、ミルツェラの抱えているものに視線が動いた。


「それ、外からきたものっスか?」


「あぁ、そう言えば記憶ないんだっけ? これも忘れるなんて難儀だねぇー。これはね、〈朝刊レコード〉っていって、"朝レコ"とかって呼ばれてる情報媒体。朝のニュースとか、バラエティー番組とか。全部コレに入ってんの。一緒にみる?」


宏朔はもちろん、と頷いた。

外の世界の情報は、今の彼にとって貴重な資源(リソース)だ。


「だったら朝食は任せた。もちろんあんたとウチのね。出来たらリビング来て。それまでに私が番組選んどくから」


ミルツェラはカバーケースの水滴を払い、リビングへ向かった。


『労いで椅子とか持ってきてくれてもいいと思うんだけどなァ……』


片手に抱えた義足を一瞥したあと、宏朔はどこかにソファがないかと辺りに視線を巡らせると、締まり掛けの玄関先に垣間見えた、奇妙な長い尻尾に意識が向いた。


「そういえば博士、博士って尻尾ってつけたことあるっスかー?」


少し声を張って訊いてみた。

すると、遠のいていた彼女の足音が"トトトトトッ"と、戻ってきた。

レコードを置いて来たのか、少し焦ったような顔つきで───


「ま、まさか尻尾まで忘れた、なんてこと言わないよね? 命に関わるから、嘘はつかないでよ?」


焦りの滲(にじ)む目でミルツェラは宏朔を睨(にら)んだ。


「ほ、本当に知らないっス。尻尾ってなんスか」

「……アンタって本当に異世界人?」

「そうっスよ? ……あと足はめるんで、椅子持ってきてくれません?」


宏朔が尻尾の存在すら知らないことに、彼女は"えぇー嘘でしょー……信じられない"と小声で漏らしながら、椅子を探しにリビングへ歩いていった。



少し書き方を変えてみました。

読みやすくなっていれば幸いです。(=゜ω゜)ノ

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