11話 赤い海
「セイレーンはずっと東にある死の海と呼ばれる赤い海に生息していて、上半身は人で下半身は魚のような身体をした魔物なんだ。ランクの高い魔物には僕たち人間が使う五属性の魔法のどれにも当てはまらない、術を使うものもいる。これらはスキルと呼ばれている。セイレーンはスキルを持っていて、精神干渉系のスキルらしい」
「精神干渉系ということは、その術をかけられると、おかしくなっちゃうということですか?」
「そう!精神干渉を解くには、何かしらの物理的な刺激を与える必要があるんだ。だから、複数人での討伐が義務となっているんだ」
「なるほど!もし、ラートさんが精神攻撃を受けたら、私が叩いてあげればいいということですね!」
手を横にぶんと振り、素振りをするテオ。なかなかいいものを持っている。できれば、叩かれたくないな…。
「その時はお願いね。逆にテオがスキルをくらったら、僕が何とかするから」
「痛いのは嫌ですよ」
「僕だって嫌だよ」
「ちゃんと加減しますよ〜。ほんとですよ、ほんと」
「それに、二人同時にかかったら、どうしようもなくなるしね。スキルを食らわないようにするのが1番だね」
「そんなことできるんですか?」
「実は精神干渉系のスキルを持っていると知ってはいるけど、どのようなスキルなのか具体的には分からないんだよね」
「海の方まで行くことなんてまずないですからね」
「海は魔物の巣窟だからね」
「では、何でセイレーンの討伐依頼なんてあるんでしょうね?」
「どこかの富豪が不老不死の噂を確かめたいのかもね。セイレーンの肉の納品も必要とのことだったからね」
「たしかに、気になりますもんね」
「そうだね。もしかしたら、魔人病にも効果があるかもしれないし、がんばろー!」
「おー!」
ーー
「あっあれ!」
一足先を行くテオが前を指差している。丘の上に立ち、その指先に視線を向けると、真っ赤な水面が延々と続いていた。月明かりを反射し、キラキラと光っており、どこか幻想的な風景に胸が躍った。
「死の海と聞いていたから、どんなところかと思ったけど、綺麗だな」
「そうですね。この景色を見れただけでも、三日かけて来た甲斐がありましたね」
「そうだね。今日はこの辺りで、休もうか」
「はい!テントなどの準備をしますので、料理をお願いします」
道中で拾ったハーブと持参して来た干し肉をサッと炒め香りをつけたものをパンに挟んで、サンドイッチの完成だ。
「テントの準備ありがとう。ご飯食べようか」
テオにサンドイッチを手渡す。
「美味しそうですねー」
「同じようなメニューが続いて申し訳ない」
「いえ!気にしないでください。とても美味しいですよ」
「そんなことはないよ。父さんに比べたら、全然…」
「ラートさんのお父様は料理が上手だったんですか?」
「あぁ。田舎の小さなお店だったけど、飲食店をやってたんだよ」
「すごい!それでラートさんも料理が上手なんですね!いつか行ってみたいです!案内してくださいよ」
「ごめん。もう店はないんだ」
「そう…だったんですね。すみません。でも、いつかお父様の料理食べてみたいです。そのためにも、早く薬を見つけないとですね」
「そうだね。久しぶりにお父さんの料理食べたいなぁ」
二人の間に沈黙が流れた。草花が風で静かに揺れる音だけが聞こえる。
「聞いていいものか…迷ったのですが…以前に冒険者をしているのは、魔人病の薬を創るためと言ってましたよね。どうして、冒険者という危険な仕事をしてまで、魔人病の研究をなさっているのですか?どこかでひっそりと暮らすこともできると思うのですが…もっもちろん、話したくなかったら、話さなくていいですからね」
恐る恐る聞いてくるテオに僕は優しく、話しかける。
「テオはなんで冒険者になったんだっけ?」
「それは弟によくなってもらいたくて…」
「どうして、よくなってもらいたいの?」
「そっそれは…普通に生きていて欲しいから…」
「僕も一緒さ。普通に暮らしたい。ただそれだけなんだ。僕の父さんが飲食店をやっていたと言ったね」
「はい」
「どうして店を畳むことになったのか、分かるかい?実は僕のせいなんだ」
「えっ…」
「ある日僕が魔人病であることが村人にバレてしまったんだ。小さな田舎町だったからね…。噂なんて一瞬で広がったよ。昨日まで、常連さんで賑わっていた店が嘘のように静かになっていた。あそこの料理を食べると魔人になるぞーってさ」
「そんな…」
「そんなわけないのにね。笑っちゃうよ。それで、そこで暮らしていけなくなって、店を畳み、他の町へ引っ越した。だけど、成長とともにこの角と尻尾もどんどんデカくなる。隠し通すことは不可能だった。生活は困窮した。でも、両親は決して僕のことを見捨てなかった。愛してくれていた。だからこそ、辛かった。大好きな両親が僕のせいで、思うように生きれないのを見るのは。テオの言う通り、どこかでひっそりと生きていく、そんな道もあっただろう。でも、僕はまた店でお客さんに料理を振る舞う父の姿が見たかったんだ。そこで、決心したんだ。絶対、治してみせると。そして、普通に生きていきたいと」
「そうだったんですね…」
「覚悟が揺らいだかい?」
「いえ、そういうわけでは…。何と言ったらいいか分からなくて」
「何も言わなくてもいいよ。側にいてくれるだけで、どれだけ救われているか。不思議だよね。人の心を傷つけるのも人なんだけど、その傷を癒したり、安心させてくれるのも人だけなんだよ」
テオがそっと僕の右手に手を重ねてくる。その手に左手を重ねる。温かい。なんて温かいんだろうか。
「私は何があっても側にいますよ」
「ありがとう」
僕の中でテオという存在がどんどんと大きくなっていた。彼女も魔人病の被害者だ。彼女のためにも早く薬を創らなくては。より一層決意は固くなった。
朝になり、移動を開始する。赤い海に少しずつ近づいて行く。丘を下ると、砂浜になっていた。海は魔物の巣窟という話だったが、見渡す限り魔物は見当たらない。
「うわー!すごい広いし、きれい。弟は砂遊びが好きだったんです。弟を連れて来たら喜びそう」
「いつか連れて来たらいいさ。必要なら、護衛をしてあげてもいい」
「お金は出せませんよ」
楽しく砂浜を散策するも、特に何もなく、果てしなく続く水平線が見えるばかり。浅瀬には、魔物はあまり出ないのだろうか。
「セイレーンいませんね」
「下半身が魚ということだから、陸ではなく、水中を移動するのだろう。もっと深いところまで行かないといけないのかもね」
「空を飛んだり、水の上を歩けたりできたら、いいんですけどね」
「そうだね。僕にいっそのこと翼も生えていればな」
「翼ですか?」
「あれ?まだ話してなかったっけ?魔人病研究の第一人者のモード・ガレットによると、魔人病は大きく分けて、三つのパターンに分類できるらしい。I型は角のみ、II型は角と尻尾、III型は角と尻尾に翼まで生えているらしい。そして、その型は使える魔法の種類の数でだいたい決まるんだって。I型は二種類。II型は三種類。III型は四種類。テオの弟は角だけだからI型。僕はII型に分類されるね。僕がIII型だったら、翼で空を飛べてたかもしれない」
「空を自由に飛べたら、楽しそうですね!それに、使える魔法の種類で型が決まるとは驚きです。なら、弟は二種類の魔法を使えるってことですか?」
「おそらくは。僕も僕以外の魔人病に会ったことないし、モードさんの研究もかなり昔の文献だから、正直どこまでが真実かは分からないけどね。その研究によると、使える魔法の種類が多いほど、自然と魔力量も増えてしまうらしい。前にも言ったけど、人の魔蔵は魔力を蓄える力がそんなに強くない。生まれ持った魔力量が多いと魔蔵だけでは、処理しきれなくなり、角を第二の魔蔵のようにすることで、命を取り留める。これが生まれ持った魔力量が多い人が魔人病になってしまう仕組みだとされている。当然、使える種類が多いほど、魔力量は増えるため、種類が多ければ多いほど、尻尾や翼が生え、人から見た目がどんどん遠ざかってしまうというわけだ」
「そうなんですね。でも、魔法って遺伝なんですよね?母が私と同じ雷魔法を使えますが、父は魔法を使えません。なのに、弟は二種類の魔法を使えるというのは、どうしてなんでしょうか?」
「いわゆる隔世遺伝というものだね。両親ではなく、おじいちゃんやおばあちゃん、ご先祖の誰かの性質を引き継ぐことを隔世遺伝と言うんだ。ご先祖様を辿れば、だいたいどの属性の人もいるだろう。つまり、魔法を使えない両親から、III型の魔人病の子が生まれる可能性だってあるということなんだよ」
「そうだったんですね。モードさんの研究はすごいですね!その人の研究成果などには、薬については何か書かれていなかったんですか?」
「少なくとも僕が入手したものにはなかったね。どうして魔人病が発生するのかについての研究結果しか見つけられていないんだ。もしかしたら、薬についても研究はしていた可能性はあるけどね。もし、薬が完成していたら、もっと広まっていると思うし、少なくとも完成には至らなかったんだと思うよ」
「そっか〜、それは残念」
とテオは悔しそうに砂を蹴り上げる。舞った砂が風に乗って、どこか遠くへと飛ばされて行く。その風に乗ってどこからか、歌声のような音が耳に届く。
「テオ!」
意識がだんだんと遠ざかっていく…
つづく




