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「異世界帰りの錬金術師は、祈る彼女と契約関係を交わして――世界を救う。」  作者: Lark224a


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第86話 その手を離さない。

祈の泣く声を聞いた瞬間、俺の身体は考えるよりも先に反応し、アクセルを握る手が緩んだことでバイクは自然と減速し、そのまま路肩へと滑り込むようにして止まっていた。


どうして止めたのかは自分でも分からないが、ただ――あの声だけは、無視することが出来なかった。


なぜ祈が泣いているのか、その理由が分からなかった。俺の行ったことはみんなを守る為の行動であり、それは祈の為でもあったはずなのに、振り返った先にあったのは笑顔ではなく、胸を締め付けるような悲壮な表情だった。


「‥‥どうしてだ。」


口から零れ落ちたのは、その一言だけで、本当はもっと他に掛けるべき言葉があるはずなのに何一つ浮かんでこず、ただ分からなかったからこそ――理由が知りたかった。


そして、その問いに返ってきた祈の言葉は――


「‥‥何でそうなっちゃうの。」


それは責めるでも怒るでもなく、ただ全てを諦めたような静かな絶望を含んだ声で、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に引っ掛かる違和感が生まれ――何かを決定的に見誤っていると、ようやく気付く。


祈は、正人に強くなって欲しいとは一度も思っていなかった。むしろ彼女が好きだったのは、初めて出会った頃の、どこか頼りなくて、それでも必死に前を向こうとしていた“正人”そのものだったのだ。


だが、拠点が大きくなり人の数が増え、背負うものが増えていくにつれて、その“正人”は少しずつ薄れていき、言葉を交わしていてもどこか一枚隔てたような距離が生まれ、その違和感は時間と共に確かなものへと変わっていった。


だから祈は、リーヴァとしてではなく“正人”として自分の隣にいてほしいと願い告白をし、その想いは確かに届いて、少しずつではあったが祈の前では以前のような正人が戻り始めていた――それがどれほど嬉しく、どれほど大切なものだったのかを思い出す。


だが――人の襲撃という現実が、それをすべて壊した。


正人は自分自身を押し殺し、“リーヴァ”として生きることを選び、その決意を祈は本人の口から直接聞かされることになったが――それがどれほど残酷なことかを理解してしまったからこそ、祈は涙を流した。


もう、自分が一番好きだった表情も言葉も、二度と触れることが出来ないと悟ってしまったが故の涙だった。


「私は‥‥リーヴァとして過ごす正人じゃなく、正人として過ごす正人が好きなの!!もちろん、私が言っていることがどれだけ我儘なのかも知ってる‥‥でも、私は正人が好きなの。」


絞り出すような声だった。


だが、その一言一言には誤魔化しのない本心が込められていた。


それでも――


「それは‥‥無理だよ。」


自然と口から出た言葉は、自分でも驚くほどあっさりとしていた。


だが、その奥にあるものは決して軽くない。


「だって、俺には守らなきゃいけない人がたくさんいる。前までは、俺と祈とリタたちだけだったから、俺も俺でいられた。でも、今は‥‥それじゃダメなんだ。」


視線を落としながら、言葉を紡ぐ。


「俺の一つの油断とミスで、誰かが死ぬかもしれないんだ。リーダーになった以上、そう言った仕方がない場面っていうのはあると思うし、それを受け入れる必要もあるって分かってはいるけど――それを黙って受け入れることなんて、俺には出来ない。」


拳が、無意識に強く握られる。


「俺は誰も死なせたくない。失いたくない。だから、みんなを守る為に‥‥仮面を被り続けることにしたんだ。もう、弱い自分を見せない為にな。」


それは確かな決意だった――だが同時に、自分一人で全てを背負おうとする歪んだ覚悟でもあった。


どれだけ強くなろうとしても人間一人に出来ることには限界があり、どれだけ手を伸ばしても零れ落ちるものは必ずあると分かっていながら、それでも正人はその手を引こうとはせず、限りなく犠牲をゼロにする為に無理だと理解した上で全てを掴もうとし続けていた。


だからこそ祈は納得出来なかったし、それがどれほど危うく、自分自身を壊していく選択なのかを理解しているからこそ、ゆっくりと正人へと歩み寄り、その手をそっと包み込む。


その温もりは、冷えかけていた思考を現実へと引き戻すように優しかった。


「何で、正人は自分一人で背負うの?私たちは仲間じゃないの?私だって、拠点の人を守りたいって思ってるよ?」


震える声。


それでも、逃げずに言葉を重ねる。


「なのに、何で正人だけが本当の自分を捨てて‥‥私達にはそのままでいろって言うの?」


「それは、だって‥‥リーダーである俺の役目だから。」


そう答えた瞬間、祈はゆっくりと首を横に振った。


「リーダーとか関係ないでしょ。」


その言葉は、はっきりとしていた。


「誰かを守りたいとか、誰を救いたいっていう気持ちに、リーダーもリーダーじゃないも関係ないよ。」


一歩も引かず、真っ直ぐにぶつける。


「今回の襲撃は、正人だけのミスじゃあない。私達、全員のミスなのよ。全員がこの現状に浮かれて、誰かに任せておけばいいって思った――その怠惰が原因で起こったことなの。」


その言葉は、優しさではなく“事実”だった。


「だから、正人だけのせいじゃない。私たち、全員のせいなの。」


ゆっくりと、だが確実に言い切る。


「だから、正人一人で全部を背負うのはやめて。私達にも同じものを背負わせて欲しい。」


その手に、僅かに力が込められる。


「みんなで手を取り合って、全員を救おう‥‥正人。」


その表情には、もう悲しみはなく、ただまっすぐな強さと優しさだけがあった。


視線を上げると、リタとリルもこちらを見て頷いており――自分は一人ではないのだと、その当たり前の事実をようやく実感する。


思い返せば、堂島さんに言った言葉と同じことを、自分自身が出来ていなかっただけで、本当は最初から一人で背負う必要などなかったのだと理解した瞬間、胸の奥にあった重さが静かにほどけていくのを感じた。


そのことに気付いた正人は、祈の手をしっかりと握り返し――


「じゃあ、手伝ってもらっていいか?」


と、仮面を外した“正人”としての言葉を口にするのだった。


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