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「異世界帰りの錬金術師は、祈る彼女と契約関係を交わして――世界を救う。」  作者: Lark224a


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第84話 見過ごさないという決断。

堂島さんの話を聞き終えた後も、俺の思考はすぐには現実へと戻ってこなかった。


会議室の空気は静まり返っているはずなのに、耳の奥ではまだ医療現場の喧騒が鳴り続けているような感覚が残っている。血の匂い、荒い呼吸、押し殺された呻き声――それらが断片的に脳裏へと蘇り、そのすべてが今回の事態の重さを何度も突き付けてくる。


そして、その原因へと思考が向いた瞬間、自然と結論は一つに収束していた。


今回のこの事件に関しては堂島さんは自分の責任だと言っていたが、それは違う。なら、誰が悪かったのかと聞かれれば――迷う余地もなく、俺は自分の名を挙げる。


だって、この問題は俺が予期して備えていれば回避することができたものなのだから。


俺はずっと言っていた。パンデミックによって世界の秩序が崩壊した時に最も警戒するべきは“人”であると。理性を失った存在よりも、理性を持ったまま牙を剥く存在の方が遥かに厄介で、そして残酷だと。


それなのに俺は、目の前の脅威であるゾンビの対策にばかり意識を割き、人に対する備えを後回しにした。いや、後回しにしたというよりも――どこかで「まだ起きない」と高を括っていたのかもしれない。


それは怠惰以外の何ものでもない。


もしあの時、対人戦を想定した立ち回りを少しでも共有していれば。接触時の距離、視線、配置、逃走経路の確保――戦闘技術に至る以前の“判断”だけでも教えていれば、あの一瞬の遅れは生まれなかったかもしれない。


だが、事は既に起こってしまった。


時すでに遅く、今さら後悔しても意味がない。ならば俺がやるべきことは一つ――同じ過ちを二度と繰り返さないこと、そして人としての最低限すら踏み外した連中を、確実に潰すことだ。


胸の奥に、じわりと熱を持った感情が広がっていく。


怒りだ。


だがそれは爆発するようなものではなく、むしろ静かに、ゆっくりと、確実に温度を上げていく種類のものだった。冷静さを失うほどではない――だが、決して消えることもない、芯に残る怒り。


俺はそれを、意識的に押し込める。


この場で、それを外に出すわけにはいかない。


この怒りを見せれば、きっと皆は引きずられる。感情に飲まれ、復讐という一点に全てを傾けてしまうだろう。そうなれば、俺達はあいつらと同じ場所に堕ちることになる。


それだけは、絶対に避けなければならない。


「ふぅ~~」


ゆっくりと息を吐き出す。


肺の奥に溜まっていたものをすべて押し出すように、時間をかけて呼吸を整え、思考と感情を一度切り離す。


そして、視線を堂島さんへと向けた。


彼は椅子に腰掛けたまま俯き、拳を強く握りしめている。指の関節が白くなるほど力が入っており、その震えが内側に溜め込まれた感情の大きさを物語っていた。


――自分を責めている。


その事実が、言葉を交わさずともはっきりと伝わってくる。


だからこそ、ここで掛けるべき言葉は決まっていた。


「堂島さん。自分を責める必要はない。」


静かに、だがはっきりとした声で告げる。


「あなたは自分の出来る限りのことをして、誰も死なせることなくこの場所に戻って来た。それだけで立派だと俺は思うぞ。」


一切の迷いを含めず、断言する。


評価とは曖昧なものでは意味がない。曖昧な肯定は、結局のところ相手の中の否定を消すことが出来ないからだ。だからこそ、ここでは“結果”を基準に、明確に肯定する。


「今日はもう休め。よくやった。」


その一言を最後に、俺はそれ以上余計な言葉を重ねることなく踵を返し、背中越しに突き刺さるような視線を感じながらも振り返ることはしなかった。


この言葉で堂島さんが自分を責めることを止めるとは思っていないし、むしろしばらくはその思いを引きずるだろうが、それでも構わないと割り切る。


トップである俺が明確に評価を下すことで、“あの行動は間違いではなかった”という揺るがない軸だけを残しておけば、それがいずれ彼自身を支える支柱となるはずであり、あとは時間と同じ現場にいた仲間達が少しずつその感情を解していくだろうと判断していた。


そうして思考を切り替え、今まで蓋をしていたものを静かに解放する。


『リア。』


喉の奥から出た声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。


怒りが消えたわけではない。ただ、それが熱ではなく“温度のない刃”のような形に変わっているだけだと理解する。


『はい、マスター。』


『堂島さんたちに付けていた小型ドローンの解析は終わったか?』


感情を排した声音で問う。


『はい、既に終わっています。堂島さんも仰ってましたが、奴らは顔を隠しておりその素性は分かりませんでしたが、その人数、装備品、車の汚れ具合から逆算して拠点の位置の可能エリアを割り出しました。今、マスターに送ります。』


視界に展開された情報を確認する。


表示されたエリアは広く、点在しており、しらみつぶしに当たるには現実的ではない数だった。


――効率が悪い。


瞬時に結論を出す。


『この数をしらみつぶしに調べるのは時間効率がクソすぎる。だから、罠を張るぞ。そして、あの親子に小型ドローンを付けて24時間ずっと監視させろ。』


言葉に迷いはない。


可能性が低かろうが関係ない。疑うべき要素がある以上、全て潰す。それが今回の失敗から導き出した答えだった。


『はい、直ぐに行動します。』


リアとの念話を終えた俺は、足を止めることなくそのまま歩き出す。


二度と同じ失敗を繰り返さない為に、どれだけ可能性が低くとも見過ごさないと決め、そして――必要であれば、人であることを捨てた連中を排除する覚悟を胸の内で静かに固める。


親子がスパイである可能性すら切り捨てず、あらゆる可能性を前提に据えた上で、俺は次の行動へと移るのだった。

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