第78話 日本最後の希望へ。
電車を運転していた人の名前と医者を担当している人の名前が同じになっていることを、今になって気づきました。
なので医療の人はこのまま神崎で行きます。電車を運転してくれた人を関崎にします。ややこしいとは思いますが、すいません。
「祈、リタ、リル。俺達もそろそろ出発の準備をしよう。」
それは堂島さんたちが出発してから一日が経過した頃のことだった。
探索班は無事に編成を終え、既に最初の任務へと向かっている一方で、拠点内部の体制もこの短期間で大きく整えられていた。
神崎さんたち医療班は、マンションの一棟を丸ごと医療施設として転用し、簡易ベッドや点滴設備、消毒エリアなどを区画ごとに分けて配置することで、負傷者や病人を一箇所に集約して管理・治療が出来る体制を構築している。
さらに、これまで空白だった内職班についても人員の選考は無事に終了し、リーダーには電車の運転を担ってくれた関崎さんを抜擢した。
本人は当初こそ強く辞退していたものの、内職班の役割は探索班や医療班のように前線で指揮を執るものではなく、こちらで決定した拠点内の運用方針や作業指示を各人へ正確に伝達し、全体の流れを円滑に保つことが主目的であると説明すると、最終的には納得して引き受けてくれた。
こうして全ての班にリーダーが配置され、役割分担は明確化され、それぞれが自分の役目を理解した上で動き始めている。
高校生以下の子供たちは、教員免許を持つ者を中心に仮設の教室へと集められ、基礎的な学習を継続できる環境が整えられたほか、大工や建築関係の職に就いていた者たちは、俺が錬金術で用意した資材をもとに居住区の補強や新たな設備の建設に着手しており、主婦など家事に慣れている人たちは食事の準備や洗濯といった生活基盤の維持を担っている。
それ以外にも、それぞれが持つ技能や経験に応じて役割が細かく振り分けられており、その結果として、たった数日という短期間にも関わらず、この拠点は単なる避難所から“機能する共同体”へと確実に進化を遂げていた。
であれば、俺たちがこの場に留まり続ける理由はもうない。
拠点の基盤は整った。人員も揃った。ならば次にやるべきことは――外へ出て、この世界そのものをどうにかするための行動に移ることだ。
そう判断し、今日をその出発の日とすることを決めた。
俺の言葉を受けて、祈、リタ、リルの三人は迷いなく頷き、それぞれが覚悟を共有していることがその表情からはっきりと読み取れた。
だが、出発すると決めた以上、行き当たりばったりで動くわけにはいかない。まず最初にやるべきことは、どこへ向かうのか、その目的地を明確に定めることだ。
「俺たちが向かうべき場所は決まっている。」
そう言って俺は地図を広げ、その一点を指で示す。
「東京にある“国立感染症研究所”だ。」
この施設は、日本における感染症対策の中枢を担う機関であり、平時から有事に至るまで、あらゆる感染症に対する研究・監視・対応の基盤を支えてきた場所でもある。
施設内部には、病原体の取り扱いレベルに応じて区分された複数の研究エリアが存在しており、特に危険度の高いウイルスを扱うためのバイオセーフティレベル3(BSL-3)およびバイオセーフティレベル4(BSL-4)相当の封じ込め設備が整備されているとされている。
これらの区画では、気圧差による空気の逆流防止、HEPAフィルターによる完全ろ過、外部との物理的隔離、さらには研究員が専用の防護スーツを着用した上での作業が義務付けられており、外部への病原体漏出を防ぐための多重の安全機構が施されている。
また、研究設備だけでなく、大規模なサンプル保管庫や超低温フリーザー、遺伝子解析装置、ワクチン開発用の実験設備なども備えられているため、未知の病原体であっても解析・対策を進めるための環境としては国内最高峰と言っていい。
その業務内容も多岐にわたる。
① 基礎・応用研究
ウイルス・細菌・寄生虫などの詳細な解析と、それらに対する治療法やワクチンの開発、さらには感染メカニズムの解明を担う中核研究。
② サーベイランス(監視)
全国の医療機関から集められる膨大なデータをもとに、感染症の発生状況や流行の兆候をリアルタイムで把握し、拡大を未然に防ぐための監視体制。
③ レファレンス機能(診断の最終機関)
地方では判別が難しい未知・新型の病原体を最終的に同定し、診断基準を確立する役割。
④ 国家検定・検査
ワクチンや抗生物質、生物製剤の品質や安全性を国として保証するための検査機能。
⑤ 情報発信・政策支援
厚労省や政府に対して科学的根拠に基づく助言を行い、感染症対策の指針を決定するための中枢的役割。
⑥ 国際連携・人材育成
WHOなどの国際機関と連携しながら情報共有を行い、同時に専門人材の育成を担う教育拠点としての機能。
これら全てを踏まえれば、この施設が日本における感染症対策の“司令塔”であり、科学的判断の最終拠点であることは疑いようがない。
――だからこそ。
「もし、この施設が完全に機能を失っていたとしたら‥‥」
その先は言うまでもない。
ゾンビという未知の脅威に対して、日本が組織的な研究も対策も行えていないということを意味し、同時に、そこに所属していたであろう優秀な研究者や医療従事者たちも失われている可能性が高いということになる。
考えたくはないが、現実として十分に起こり得る最悪のシナリオだ。
「だからこそ、早めに確認する必要がある。」
俺は静かに言い切る。
「目的は二つ。生存者の確保と――研究施設の奪還だ。」
この任務が成功すれば、ゾンビという存在に対して根本的な対策へと踏み込む足掛かりが得られる。
そしてそれは、この世界を元に戻すための第一歩にもなり得る。
「さて‥‥」
小さく息を吐き、前を見据える。
「ここからが、俺たちの本当のスタートラインだ。」
全てはここから始まる。
覚悟を胸に――俺たちは、その一歩を踏み出そうとしていた。




