第79話 最短ルートの選択。
目的も定まり、そのルートも決まり、全員の装備も準備万端となった。
「ようやくだね。今日からが私達のスタートだね。」
祈のその言葉には、これまで積み上げてきた準備の重みと、これから踏み出す未知への期待が混じっていた。
「そうだな。じゃあ、行くか。」
「うん!!」
短い言葉を交わした後、俺達四人は拠点の門を後にする。向かう先はもちろん「国立感染症研究所」。その所在地は人の集積地である新宿だ。
エンジンに火を入れた瞬間、低く震える振動が車体を通して伝わり、静まり返った街の中に機械音がわずかに広がる。音を極力抑えながら慎重に発進すると、二台のバイクは間隔を取りつつ、一定の速度で街路を滑るように進んでいった。
四人での移動となるため、先頭はリルとリタの二人、後方に俺と祈が続く形で隊列を組み、周囲の状況確認と進行判断は前方の二人に任せつつ、細かい指示や調整は念話でリアルタイムに共有する体制を取っている。
発進からしばらくは、拠点周辺ということもありゾンビの数は少なく、道路上に放置された車両もほとんど見られなかったため、ハンドル操作に集中できる余裕があり、路面の状態を見ながらアクセルを調整することで、無駄な減速を挟まずスムーズに距離を稼ぐことが出来ていた。
だが、それも長くは続かない。
もう少し進めば、そこはまだ手の入っていない未開拓領域となる。視界不良、障害物、ゾンビの密度とあらゆる要素が一気に悪化することは目に見えている。
だからこそ、進めるうちに進んでおく。
その判断は全員の共通認識だった。
『リタ。もう少し速度を上げられるか?昼食前に未開拓領域の手前まで進んでおきたい。』
念話で指示を送ると、即座に返答が返ってくる。
『はい、マスター。路面状況、視界ともに問題ありません。速度を上げます。』
前方の二台がわずかに加速し、それに合わせてこちらもスロットルを開く。風圧が強まり、周囲の景色が流れる速度が一段階上がるが、ライン取りと車間距離は崩さないように細心の注意を払う。
そうして走行を続けた結果、予定通り昼食前には未開拓領域の手前まで到達することが出来たため、これ以上無理に進まず、一度安全な建物内部へと入り、ルート確認と休憩を兼ねて昼食を取ることにした。
建物の中は静まり返っており、窓から差し込む光と、微かに舞う埃だけが時間の経過を感じさせる。入口付近を軽く確認した後、俺達は簡易的に周囲を確保し、円を作るようにして座り込んだ。
「さてと。ここまでは順調だな。」
地図を広げながら、現在位置を指でなぞる。
「問題はここからだ。ここから新宿までの最短ルートは、東名高速道路に入り、そこから首都高速3号渋谷線へ接続してから首都高速4号新宿線に乗り換えて新宿出口で降りるルートになる。距離的に見れば、およそ五時間前後ってところだな。」
「でも、そのルートだと高速道路を使うことになるから、もし車で完全に詰まっていたら進めなくなるって話だったよね?」
祈の言葉に、俺は小さく頷く。
「その通りだ。パンデミックが発生した場合、最初に機能不全に陥るのは交通機関だと考えられる。特に高速道路は一斉に人が逃げ出す関係で、事故や放置車両が連鎖的に発生して、短時間で完全に麻痺する可能性が高い。」
一度言葉を区切り、視線を三人へと向ける。
「つまり、通れる保証はないし、むしろ通れない前提で考えた方がいい。それでも――俺としては最短ルートを取りたい。一刻も早く目的地に到達することが、今回の任務では何よりも重要だからな。賭けにはなるが、高速を使う選択をしたいと思ってる。」
その言葉を受けて、祈が少しだけ考え込むように視線を落とした後、顔を上げる。
「まぁ、正人が言うなら私は大丈夫だけど‥‥リタちゃんとリルちゃんはどう?ここではマスターとかの立場は関係なしに、自分の意見をちゃんと言ってね。」
その一言で場の空気が少しだけ変わった。命を預け合う以上、遠慮は不要だという意思表示でもあった。
「もちろんです。」
リルは即座に答え、わずかに間を置いてから続ける。
「私もマスターの意見に賛成です。今回の任務において最大の敵は“時間”です。仮に安全性を優先して下道を選んだとしても、そのルートが実際に通行可能である保証はありませんし、ゾンビの密度が局所的に高いエリアに突入するリスクも無視できません。」
淡々と、しかし的確に状況を整理していく。
「それならば、リスクは同等と考えた上で、最短距離である高速ルートを選択した方が、成功時のリターンは明確に大きいと判断します。リタはどうですか?」
「私もリルと同じ意見です。時間を優先するべきだと思います。」
3人の意見が揃ったので、一度全員の顔を見渡してその決断が共有されていることを確認した。
「よし。それなら高速ルートで行こう。」
地図を折り畳みながらそう言い切る。
「ここから先は状況が一気に変わる。今までみたいにスムーズには進めない可能性が高いから、それぞれが周囲の状況を常に把握して動くこと。何かあれば即座に共有、独断行動は禁止だ。」
短く、だが重く言葉を落とす。
「了解。」
三人の声が重なり静かな建物の中で、その声だけがはっきりと響いた。
「じゃあ、さっさと飯を食って出発するぞ。」
「「「はい」」」
簡単な食事を済ませながらも、それぞれが次の行動を頭の中で組み立てているのが分かる。先ほどまでの穏やかな空気は消え、代わりに張り詰めた緊張感がゆっくりと場を満たしていった。




