第76話 努力の一撃。
『世界を統べた覇王と一心同体になった俺は最強の仲間【駒】を揃える』
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新連載です。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
荒い呼吸を繰り返しながら、祈はその場に力尽きたように地面へと倒れ込んでいた。
無理もない。ついさっきまで俺と近接戦の模擬戦を何試合も繰り返していたのだから、全身に蓄積した疲労が限界を迎えているのは当然であり、腕も足も思うように動かせない状態になっているのが見て取れた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥どうだった?私は成長してた?」
息を整えきれないまま、それでもこちらを見上げて問いかけてくるその目には、不安と期待が入り混じっている。
「あぁ、ちゃんと成長してた。何発か惜しい攻撃もあったし、あのタイミングで踏み込めていたのは大したもんだ。このまましっかり訓練を続けていけば、俺なんてあっという間に超えられるはずだ。」
その言葉に偽りはなかった。
俺は異世界では体を動かすよりも頭を使うことの方が圧倒的に多く、戦闘そのものに特化した技術で言えば胸を張れるほどのものではないため、このまま祈が順当に成長を続けていけば、いずれ俺を追い抜く日が来るのは間違いない。
もっとも、それが現実になる瞬間を想像すると、嬉しさと同時にどこか複雑な感情が胸の奥に残るのも事実ではあるが、そこに関しては割り切るしかないだろう。
「もう十分休憩したでしょ?周りも暗くなってきたし、そろそろ家に帰ろう。」
空を見上げると、いつの間にか日が傾き、街全体が薄暗さに包まれ始めているのが分かる。
「そうね。あぁーー早くお風呂に入りたいわ。」
疲労と汗にまみれた身体を思い出したのか、祈は小さくため息を吐きながら立ち上がろうとする。
その場を離れようとした――まさにその時だった。
風に紛れるようにして、遠くから微かに人の叫び声が耳に届いた。
「ねえ、今‥‥声がしたわよね?」
「うん、俺も聞こえた。」
反射的に視線を巡らせ、空間から改良版の双眼鏡を取り出して声のした方向へと向けると、レンズ越しに映し出されたのは、必死に走り続ける一組の親子と、それを追い詰める複数のゾンビの姿だった。
転びそうになりながらも子供の手を引いて走る親と、その背後から距離を詰める異形の影。その光景だけで状況は一目瞭然だった。
「人がゾンビに襲われているぞ!!」
「え?じゃあ早く助けないと!!」
「あぁ、分かってる。」
即座に状況を把握しながらも、頭の中では同時に距離と時間の計算が行われる。
ここから全力で走ったとしても間に合わない。ならば、この場から仕留めるしかないが――
俺は一瞬、舌打ちしそうになる。
狙撃用の魔銃を持ってきていないのだ。あの戦闘を経て改良の必要性を感じ、調整のために拠点へ置いてきてしまったのが完全に裏目に出ていた。
今この場で使える武器は――祈のクロスボウのみ。
「‥‥祈。あの親子は祈が救え。俺の武器は拠点に置いてきてしまった。ここにある武器は祈のクロスボウだけだ。」
「私のクロスボウじゃあ届く距離じゃないよ?」
焦りを含んだ声だったが、それは当然の反応だ。
「分かってる。だから、爆発の矢を使う。火薬の爆発を推進力にして、射程を無理やり伸ばす。」
「爆発の矢を推進力に?いや、でもそれ、ホーミング機能が全く役に立たないじゃない。」
「そうだ。だから、距離と風は俺が計測する。祈は純粋な射撃能力だけで射貫け。」
短く言い切り、そのまま続ける。
「大丈夫だ。祈なら出来るし、これから先、同じような状況に直面することもある。そのために今まで技術を磨いてきたんだろ?」
一瞬の沈黙の後――
「‥‥そうだね。分かった。やるよ。」
覚悟を決めた声だった。
祈はゆっくりと姿勢を整え、クロスボウを構えると、先ほどまでの疲労を感じさせないほどの集中力を一気に引き上げ、呼吸を静かに整えながら標的へと意識を研ぎ澄ませていく。
「ここからゾンビまでの距離は1240メートル、風は西から6m/sだ。」
「了解。撃つわ!!」
――バシュ!!
放たれた矢は空気を切り裂きながら放物線を描き、重力に引かれて落ちかけたその瞬間、矢に仕込まれた爆発が発動して一気に加速し、軌道を修正するようにして一直線に伸びていくと、そのまま一体目のゾンビの頭部を正確に撃ち抜いた。
「ヒット!!残り一体だ。距離は同じだ。」
「分かったわ。」
間を置かず、二射目が放たれる。
同じ軌道、同じタイミングで爆発を利用した加速が行われ、今度は迷いなく残ったゾンビの頭部を貫いた。二体のゾンビはほぼ同時に崩れ落ち、追われていた親子の背後から完全に脅威が消える。
こうして、祈の手によって親子は無事に救われたのだった。




