第71話 変わる関係。
一週間ぶりに仮面を被り、リーヴァとして外へと出た俺は、周囲の空気が以前とは明らかに違っていることを、肌で強く感じ取っていた。
どこを歩いても視線が集まり、その一つ一つに意味が込められているのが分かる。
「‥‥リーヴァさんだ。」
「リーヴァさんとリタさんもいるぞ。」
「皆さん、元気になったんだ。」
そんな声が、最初は小さく、しかし確実に広がりながら耳に届いてくるが、俺はそれらに反応することなく歩みを止めず、堂島さんと神崎さんの姿を探して人混みの中を進み続けた。
すると、その人の流れをかき分けるようにして中野さんが近づいてきて、俺の前に立つと安心したような顔を浮かべながら声を掛けてくる。
「おぉ!!リーヴァ!!心配してたんだぜ!?元気になったのか?」
「あんたは堂島さんの仲間の、たしか‥‥中野さんだったか?」
「そうだ!!ぶっ倒れたって聞いた時はマジで焦ったんだぞ!?もう動いていいのか?」
「問題ない。それより堂島さんと神崎さんを探しているんだが、見てないか?」
「堂島さんはさっきまで一緒にいたんだが、どこか行っちまったな。神崎さんは怪我人のところだ、あの人はここに来てから一度も休まずにずっと働きっぱなしだ。」
「そうか、助かった。」
そう短く言って立ち去ろうとした瞬間、中野さんの声が背後から強く響いた。
「あのよ!!俺達を助けてくれて、本当にありがとうな!!」
その言葉は決して大声ではなかったが、妙に重く、そして真っ直ぐだったために、その場の空気を一瞬で止める力を持っていた。
その一言をきっかけに、周囲にいた人間たちの視線が一斉にこちらへ向き、誰もが何かを言いかけては躊躇い、しかし堰を切ったように次々と言葉を溢れさせていく。
「ありがとう。」
「助けてくれて、本当に」
「もう駄目だと思ってたんだ」
それは最初こそ小さく、押し殺すような声だったが、やがてそれぞれの感情が抑えきれなくなり、声は次第に大きくなりながら重なり合っていく。
「ありがとう!!」
「本当に助かった!!」
「生きててよかったって思えた!!」
その場にいた全員の想いが、波のように一つにまとまり、俺へと押し寄せてくる。
俺はその全てを受け止めながらも言葉を返すことはせず、ただ軽く手を振るだけで応えたが、それだけで十分だった。
胸の奥に、今まで感じたことのない温かさが静かに広がっていく。
人に感謝されるというのは、こんなにも重く、そして心を満たすものなのかと初めて知り、仮面の下では自然と笑みが零れていた。
その表情は誰にも見えていないはずだったが、隣を歩く祈はそれを感じ取ったかのように、柔らかく微笑みながら小さく呟いた。
「良かったね。」
その一言だけで、全てが報われたような気がした。
そうして感謝の言葉を背に受けながら歩き続け、やがて神崎さんのいるテントへと辿り着くと、中では神崎さんが怪我人の手当てを行い、それを堂島さんが手際よく補助しており、二人は作業に集中しているためかこちらの存在には気付いていない様子だった。
そこで俺は声を掛けることでようやく二人の意識をこちらへ向けさせる。
「二人ともお疲れ様。」
その言葉に反応して二人は同時に顔を上げ、こちらを見た瞬間に驚いたように目を見開いた。
「もう体はいいのか?何度か見舞いに行こうとしたんだが‥‥止められてな。」
「怪我はしてないのね?」
一斉に投げかけられる言葉に軽く肩をすくめながらも、それを制するように口を開く。
「同時に聞かれても困る。一人ずつゆっくりと頼む。」
そう返すと二人はそれぞれ苦笑しながら謝罪し、場の空気はわずかに和らいだ。
「でも、こうして全員無事にたどり着けたわけだし、その辺の話とこれからの話もしたい。少し時間をもらえるか?」
その提案に二人は迷うことなく頷き、共にマンションへ戻るため歩き出した。
だが、その道中で――
「祈!!」
背後から鋭く名前を呼ぶ声が響き、全員が足を止めて振り返ると、そこには祈と同年代の男子が立っており、そのまま迷いなく近づいてきて祈の手を強く掴んだ。
「どうして俺達と一緒にいないんだよ!!なんで何も言わずにどこか行くんだよ!!」
怒りの奥に焦りと不安が混ざったその声を受けながら、祈は手を振りほどこうとしつつも、強い意志を込めて言葉を返す。
「何度も言ってるでしょ‥‥その理由は話せないって。だから、手を離して。」
しかし男は一切引くことなく、むしろさらに踏み込むように声を荒げる。
「なんで話せないんだよ!!俺達は仲間で友達だろ!?それなのにどうしてなんだよ!!」
その言葉に、祈は一切表情を変えることなくはっきりと答える。
「友達で、仲間だよ。でもね、今はそれよりも大事なものがあるの。」
その言葉と同時に、祈の視線が一瞬だけこちらへ向き、それに気付いた男が俺を強く睨みつけてくるが、その視線には敵意よりも理解できないことへの苛立ちが色濃く滲んでいた。
このままでは拗れると分かっていながらも、俺は口を出さない。
変わったのは祈自身であり、その選択もまた祈の意思によるものだからこそ、ここで介入するのは違うと理解していた。
その時だった。
「祈さんの手を離しなさい。」
リルが前に出て男の手首を掴み、そのまま力を込めたことで男の顔が歪み、苦痛に耐えきれず膝を折ると同時に祈の手を離した。
「リルちゃん、もういいよ。離してあげて。」
祈の言葉に従いリルが手を離すと、祈はゆっくりと亮太の方へ向き直り、かつてと同じ呼び方で名前を呼びながらも、その声に宿るものは明確に変わっていた。
「亮太。」
逃げることなく正面から見据え、静かに、しかし確固たる意思を込めて続ける。
「私は変わったの。もう、誰かに守られるだけの弱い私じゃないし、今の私は――リーヴァの隣で、一緒に戦ってる。」
その事実を突きつけるように告げた後、ほんのわずかに表情を緩めながらも、その奥にある覚悟を隠すことなく言葉を重ねる。
「だから、ごめんね。」
そして――
「もう、一緒にはいられない。」
その言葉は、静かでありながらも、確実に全てを断ち切る強さを持っていた。




