第69話 仮面を外した場所。
「あぁ‥‥ようやく思うように体が動く。」
ゾンビの大群を退けた代償として、俺の魔力は完全に底を突いた。
魔力がゼロの状態で無理に力を使えば、本来魔力として消費されるはずのものが生命力で代替されることになる。その結果、体は限界を迎え、意識を手放すように眠りへと落ち、その後も満足に体を動かすことすら出来ない状態が続いていた。
だからこそ、この数日間はずっと部屋に籠もることになっていたが、その間、祈が付きっきりで身の回りの世話をしてくれていたおかげで、こうして無事に回復することが出来た。
体を大きく伸ばしながらゆっくりとストレッチをしていると、部屋の扉が開き、祈が静かに入って来る。
「‥‥もう、動いていいの?体は大丈夫なの?」
その表情には隠しきれない心配が滲んでいた。
「うん。もう大丈夫だよ。色々とありがとうな。今日からちゃんと動ける。」
そう答えると、祈はほっとしたように表情を緩め、
「うん、じゃあ、一緒にご飯食べよ?」
と、どこか嬉しそうに言った。
こうして二人で食卓に着き、改めて食事を口にする。向こうでは“リーヴァ”として仮面を被り続け、常に張り詰めた状態で動き続けていたため、気を抜ける瞬間など一度もなかったが、今はようやくその糸を緩めることが出来る。
祈の前では、もうその仮面を被る必要はない。ここにいるのはリーヴァではなく――ただの正人だ。
「ずぅぅぅ‥‥はぁ、久しぶりの味噌汁だ~~美味い。」
長い間口にすることが出来なかった味噌汁の温もりと優しい味が、体の芯までじんわりと染み渡っていく。
「ふふ。正人‥‥おじさんみたい。」
「日本人の体は米と味噌汁で出来てるんだよ。誰だってこうなるって。それに、ずっと食べられなくて我慢してたから、余計に美味く感じるんだ。」
「ふふ。その気持ちは分かるよ。私も久しぶりにお米を食べた時、涙が出るほど美味しく感じて、つい食べ過ぎちゃったもん。」
いや、祈は普段からよく食べている気がするけど――そんなことを思いながらも口には出さずにいると、祈はじっとこちらを見つめてきた。
「正人。今、何か失礼なこと考えたでしょ?言葉にしなくても分かるんだからね?」
「い、いや、ソンナコトハカンガエテイマセン。」
そんな他愛のないやり取りを交わしながら、久しぶりの穏やかな朝食は静かに終わりを迎えた。
その後、俺は祈から、俺が眠っている間に起こった出来事について話を聞くことにした。
「まずね、色んな人が正人の様子を見に来たよ。堂島さんや神崎さんとか‥‥みんなお礼を言いたいって。でも、今はまだ無理だって伝えて帰ってもらった。それから、仕事の割り振りだけど、動ける人にはマンションの片付けをしてもらってる。子供たちはいつも通り、仕事と勉強の両方をやってもらってるよ。」
「なるほどな。で、トラブルは?」
「大きなものはないかな。ただ、これだけの人数で集団生活をしてるから、待遇の違いとか部屋の割り振りで揉めたりはしてるけど、今は我慢してもらってる感じ。」
「それ以外は問題なさそうか?」
「うーーん‥‥まぁ、大丈夫かな。」
どこか含みを持たせた言い方だったが、ここで言わないということは祈の中で処理出来る範囲の話なのだろうと判断し、俺はそれ以上踏み込むことはしなかった。
「なら、とりあえず今日はリタとリルの調整をする。ちゃんと動けるようにしてやらないとな。あいつらも、早く起きたいだろうし。」
「うん!!」
俺を助けるために命を懸けて戦ってくれたリタとリルは、もはや仲間ではなく家族だ。ここで見捨てるような選択肢は存在しないし、何よりも優先すべき存在だった。
部屋の片隅で静かに眠るリタとリル。その小さな体は傷だらけで、身に纏っている専用の服もところどころ破れている。
その姿を見下ろしながら、俺は心の中で強く誓った。
――今、ちゃんと全部直してやるからな。




