第58話 譲れない想い。
リタとリルには持てる全ての物を渡した。武器、防具はもちろん”高純度の魔石”も渡した。
ホムンクルスに魔石を渡すということがどういう意味を指すのかは俺も理解している。だが、それでもこの場を乗り越えるにはやるしかなかった。
ホムンクルスに命という概念はない。復活させようと思えばいくらでも素材さえあれば復活させることは出来るが、俺にとって二人はただのホムンクルスではなく、家族の一員だ。
ここまで共にやってきたし、家族の一員を死なせるわけにはいかない。全員で誰も欠けることなくこの危機を突破する。それが、マスターとしての役目だ。
俺はリタとリルが前線を抑えている間に力を溜める。
全てのゾンビを殺す一撃を放つ為の準備を整えているわけだが、徐々にゾンビの群れはゆっくり俺に近づきつつあった。二人は強い。それは誰が見ても明らかではあったが、それでも数という暴力と、ただ相手を食するという食欲によってずるずると押されつつあった。
このままじゃ、間に合わない。
そう思った時だった。背後から――
「正人!!」
声がした方を振り返ると、そこには”祈”の姿があった。
「な、何で‥‥祈が‥‥ここにいる。」
リルは俺の意図をしっかりと理解していて「鍵はしました」と言っていた。なら、なぜだ。いや、今はそんなことはどうでもよくて、この場から祈を離すことが一番大事だ。
「今すぐ家に戻れ!!」
と叫ぶが、祈はその場から一歩も動こうとはしなかった。
「いやだ。私はどこにも行かない。私もみんなと共に‥‥戦う。」
その声に迷いはなかった。震えもない。ただ、真っ直ぐに俺を見据えている。
「ダメだ!!そんなことをさせるわけにはいかない!!」
ここは戦場だ。少しの判断ミスが命を奪う場所だ。それを分かっているからこそ、ここに祈を立たせるわけにはいかなかった。
「嫌だよ!!私だってみんなと一緒に戦いたい!!一杯、戦う為の訓練だってした!!もう、あの時みたいにただみんなの影に隠れてるなんて嫌なの!!」
その言葉に、あの時の光景が一瞬だけ脳裏を過る。何も出来ずに、ただ守られていた祈の姿。
「私だって戦える!!足手まといなんかじゃない!!」
祈はクロスボウを強く握りしめたまま、一歩踏み出した。
「‥‥クッ!!クソが!!――錬金!!」
地面がうねり、祈の周囲を囲うようにして壁が形成される。逃げ道を塞ぐ檻のような壁だった。
「祈‥‥君を行かせるわけにはいかないんだ。」
壁越しにそう告げながら、正人は言葉を続ける。
「確かに祈は強くなった。ゾンビに恐怖することもなくなった。祈のことだから、俺がいない間もずっと訓練してたんだろう。」
一度言葉を区切り、わずかに視線を落とす。
「それでもだ。ここは“死ぬ場所”なんだ。祈が傷ついて、もし死んだら‥‥俺が、俺たちがここで戦っている意味がなくなる。」
声のトーンがわずかに低くなる。
「‥‥頼む。今だけは大人しくしていてくれ。」
だが――
「そんなの無理だよ。」
返ってきた声は静かだった。だが、その意思は揺らがない。
「正人が言っていることは分かるよ。私を守りたいって思ってくれてることも、すごく分かる。」
一歩、壁へと近づく。
「でもね、それ全部――私も同じこと思ってる。正人やリタちゃんやリルちゃんが傷つくとこなんて見たくない。みんなが血まみれで戦ってるのに、私だけ安全なところにいるなんて、そんなの無理だよ。」
クロスボウを強く握り締める。
「戦うことは確かに怖いけど、何もせずにただ時が終わるのを待つ方がよっぽど怖い。私もみんなと共に戦いたい。逃げないで死ぬ時まで、みんなと一緒にいたい。」
顔を上げる。
「好きな人と一緒に死にたい。」
その言葉は、心の奥底から出た言葉だった。




