FAW探検! ワクワク旅行記 ~トークtoトーク~
カエズと違って異世界の存在を確信している訳ではない相手ではあったが、ソフィアのプロンプトをそのまま出力していった結果不信感を抱かせることなく理解させることが出来た。ただ、やはり驚愕は消しきれない。
「……まぁ、イチロウ殿の目的、そこからカエズ殿の要求も理解しました。が、少し整理をする時間をください。やはりいきなり異世界と言われても困惑するしかないので……」
「『それはよく分かってる。連れの休養のためにも一日は滞在するつもりだから、俺に返事をするなら翌日でも。そもそも俺に言わずとも返事は使いを介してカエズに伝えてもいい』」
「……分かりました。それほど娯楽があるわけでもありませんが、イテウをお楽しみいただければ嬉しいです」
「あぁ。どうやら劇団なんかが居るらしいしな。楽しませてもらうよ」
――疲れたな。ソフィアの言葉を繰り返しているだけとはいえ、一時間ないくらいは口を動かしていたのだ。いつまで経ってもこの作業は疲れる。たまにはミシュにやってもらいたいもんだ。俺は席を立ち、部屋から去る。そして、ふと思い至ったことを聞いてみる。
「ギタケタ。あんた、カエズと違って近衛兵とか居ないのか? 王様である以上、そういうのは必要だろ」
「……それは、民に私が害されるということですかな?」
「そういうんじゃない。この街の奴らは総じていいやつだと思う。根拠がたった二人だが、この世界全体から見てそんなことの方がないのだろうと言える。ただ、俺みたいな余所者がギタケタ、あんたを刺すかもしんないだろっていう話だ」
「あぁ、そんなことですか」
俺の言葉が最初は民からの信頼についての言及だと思ったのだろう。ただの心配だということが分かってからは表情が明らかに柔らかくなった。そして、彼を纏う覇気のようなものが一層強くなったように思えた。
「……俺に傷をつけられるやつはいねえさ」
魔力ではないのだろう。ただ、生物として感じる危険信号、プレッシャー。ギタケタは一瞬だがそれを漏らした。
「……なんか、余計なこと言ったな。悪かった。本当に悪かった」
「いえいえ、イチロウ殿とはまた会えると嬉しいです」
俺はその笑顔に内心怯えつつ、そそくさと去ることにした。
真っ暗な階段を通り過ぎ、大きな通りへ。抜け出した俺は頭を掻きながらソフィアへと話しかける。
「……なぁ、俺やらかしたか?」
「別に、あれはそういう自負ってだけだと思うわよ。気になるならあの王様に言ってみれば?」
「バカバカ。さっさとミシュの元に戻るぞ」
「高性能AIを馬鹿呼ばわりしないの!」
「自分で言うな」
「嘘じゃないもん! 嘘じゃないもん!」
「ミシュにソフィアが駄々っ子のモノマネしてたって伝えとくから」
「ちょっ! それはなんか恥ずかしいっていうか……」
「うるさい。もうちょっとおねーさんらしくしろ。最初に会った頃の大人らしさ失うの速すぎるわ」
「いいもんねっ! 私にも考えがあるもんねっ!」
「高性能AIの看板を投げ飛ばすなよ」
……まあいい。確か大通りを真っ直ぐに、だったか。あんまりミシュと話せてなくておかしくなってるんだろう。本来の主はミシュだしな。
「……ミシュか」
大通りを歩く中、俺はそう呟いた。カイヤ・ミシュール。俺が通常でない生き方をすることになった要因。アナザーの統括管理システム兼、同乗者ヘルスケアAI、ソフィアを姉と呼びやけに敬う少女。……何故?
そもそも、それも何故? な案件だ。俺は自分事でありながら株式会社IT始動からの二年間の記憶が全て朧気になっている。ミシュと共に生きていたということのみが確かに存在する夢のような、いや、まさに夢と言うべき夢の二年間。ソフィアすら知らない空白の二年間。
「一応もう一回聞いとくが、ソフィアは本当に夢の二年間について知らないんだよな?」
「ええ、知らない。マザーであるアナザーが動いていなかったからね。というかその呼び名固定でいくの?」
「ああ。別にソフィア以外とこの話することないし、分かればいいだろ」
ソフィアはいつの間にか真面目モードに戻っていた。そういうところの察しは本当に鋭い。俺は丁寧に状況を整理することにした。
「俺はあいつに従っている理由としてあるものの一つ、それがシールだ」
首元に貼られたシール。これにより遠隔起動式の毒が体内に仕込まれている。と、ミシュは言っていた。そう、言っていた。結局はソフィアが第三者の保証がない以上、根拠のない妄言とも考えられるのだ。三年間もあればその不信感を俺が抱く可能性は非常に高い。だが、それは毒が本物である可能性を否定するものではないのも理解できる。実際のところ俺はミシュと共に居るし、たいしてミシュに不信感というものは抱いていない。
「ソフィア、体内にあるものって解析出来ないのか?」
「うーむ……出来なくはないのだけれど、体内への干渉は私が宿る親機からの許可を貰わないといけないの」
「それなら俺が……。いや、駄目なのか」
「そう。あくまで市郎の腕に付いているWITHは子機であり、親機はミシュが持っているから体内検査はミシュが許可しないと検査自体ブロックされるわ」
やはり簡単にはいかないか。
「まあ、シールの解除は元々考えてなかったからいい。問題は俺自身だ」
「市郎自身。要はミシュに対する心象のことよね」
「ミシュのことを悪いとは一ミリも思っていない。毒を仕込まれ、三年間共に何をしていたのかを忘れている相手を疑うどころか家族のように慕っている」
「……そこにミシュが隠しているものがあると?」
「ああ。あいつはシールとは別に何か仕込んだんじゃないか。シールはあの時予期しない俺との遭遇、警戒による対策だ。だが、協力者となった以上必要なのは忠誠。自分以外に味方の居ない状況で確実に信頼できる仲間。ソフィアが復旧するまでの間、使いやすい手足を形成することとは重要だ」
「――市郎。それは既に不信感って奴じゃないの? それどころか、ミシュの裏を探ろうと」
「してるさ。それは否定しない。だが、それは不信感ってより探求心だ。不信感は相手を信じられないことだが、それは相手に騙されてもいいという覚悟だ。俺はミシュに騙されても構わないと思ってる」
「……なるほど」
そう。この根拠なき有り余るまでの信頼。これがミシュによって植え付けられているものだと解釈すれば、納得がいくところがある。なんともなく俺がミシュに従う理由、ミシュと共に居るべきだと思っている理由、そして空白の三年間。その三年間で、何かがあった。
ソフィアのイメージが現れる。その顔は何かを押し黙るようでいて、心の痛みに耐えているような顔だった。
「あなたはミシュの真意を知って、どうするつもり? ――ミシュを、どうしたいの」
俺に問うソフィアの瞳は揺れていた。疑念、予期による心配、そこから生まれる葛藤。ソフィアはわざわざイメージを現したのもこれを見せるためなのだろう。対等な立場で、俺の言葉を得る為に。
「……ソフィアが心配するようなことはするつもりは毛頭ないよ。ミシュに会ってあれやこれやしていることは俺にとっても楽しいことなんだ。技術を極めて俺好みのロボットを完成させる。実現できたかどうかは別として、そんな俺が想定していた人生は奇想天外、荒唐無稽なものになった」
「いい風には聞こえないけど」
「そりゃ思った通りの方が良いことは多い。身構えておいた方が安心できるし、何より大きく外れることはないしな。けど、学生気分の抜けない俺にはハチャメチャの方が好みなんだよ」
変に遠回しに話しても意味はないしな。簡単に言えば……。
「俺はあいつが好きだ。気に入ってる」
「……へっ?」
「あいつの為なら命を燃やしたってかまわないさ。あいつの思惑がなんだろうが、今更計画から降りれる立場じゃないしな」
「あ、え? そんなさくっと言っちゃうもんなの? え? 市郎って案外大胆?」
「ん?」
ソフィアが黄色い声を上げて困惑しながらこちらを見開いた瞳で見ている。当たり前のことを言っただけなのだが。……ああ、そういや二年後の飲み会の帰り道、あの時のミシュも似たような反応をした気が……。
「……あれ?」
『一つだけ聞きたいんです。――なぜ、あなたは協力してくれるのか』
――そういやあん時、ミシュが俺に手伝ってくれる理由とか聞かれたな。信頼を埋め込んでる奴があんなこと聞くか?
「……なんだかんだ言ったが、結局裏なんてないかもな」
なんかすごく見悶えていたソフィアがこちらの言葉にきょとんとした顔で静止する。
「急に話の腰折るのね。びっくり」
「要点を破壊してるが、実際そんな気がしたんだよ」
裏というより、ミシュ自体の変化。そんなものがあるのだという気がした。ソフィアはころころ変わる俺の話に眉を顰める。が、別に悪気があったりする訳じゃないこと、特にミシュに相対するつもりはないことは伝わっていたのか安心したような微笑みを浮かべた。
「……まあ、それでいいならいいんじゃない?」
「やっぱり高性能AIにしちゃ、人間味が強すぎるだろ」
「そうかな……そうかも……」
「適当にそれっぽいの引っ張り出してくんなよ。……っと、着いたな」
目の前には見覚えのある建物、キリキリの宿。……なんだか久々に見たような気がする。
教会での遭遇、王様との対話。心労の多い出来事ばっかりだったからな。一日滞在する予定ではあるし、今日はゆっくりしよう。俺は戸に手をかけ、スライドした。
「よお、帰ったぞキリキリ。起きたか、ミs――」「こんのっ……アホ!」「え?」
見えたのは大きなキリキリの背中。が、それは咄嗟に身を翻しその向こうにあるものが見える。拳。コースは俺の顔面ストレート。速度の乗ったそれを回避するのは全くもって不可能な話だった。
――ああ、こんなことはドッヂボール以来かなぁ。完全にとばっちりの一撃。テュテュの拳で俺の身体は頭をのけぞらせながら後方へ数メートル吹き飛んだのだった。




