FAW探検! ワクワク旅行記 ~ホラー~
建付けの悪くなった扉を開く。外は変わらず喉が乾いてくる風景だった。命の危機を感じるレベルではないが、それでも暑い。体感35℃はある。
「……この辺りって涼しい場所とかないのか? もうそろ感覚がおかしくなってきそうなんだが」
「ハルも最初はそんなこと言ってたな。その涼しいってのを知らない俺からしたら、そんなに欲しいもんなのか疑問しかないが」
「例えるなら、涼しいはエデン、もしくは理想郷と呼ぶべき存在だ。厭離穢土欣求浄土とは言うが源信と同調したのは初めてだぜ」
「えん……ああ?」
「簡単に言えばあの世に幸せがあると信じてる思想なんだが……」「怖っ! この世を生きる気ないじゃねえか!」
「そんぐらい今いる場所に苦痛を伴っていたんだよ」
「ああ……ティピカルからするとそういう認識なんだな、暑さってのは」
「ほんと、キンキンに冷えた飲み物を流し込みたい気分なんだよ」
「へえ」
心底他人事、という返事だ。実際、他人事なんだろうし、それこそ嘘をつくような人ではない。……アナザーに戻って冷房が利きまくったコックピットに籠りたい。
ソフィアの声が脳内で反響する。「二度と外に出なくても良いように、やることはやっといた方が良いんじゃない?」
確かに、一度楽を知ってもう一度苦を楽しむのはそういう領域の人間じゃなきゃ難しい。ここは先に向かうべき場所へ行っておくことにした。俺はキリキリに城の場所を聞いてみる。彼は特に嫌な顔をせずに答えた。
「こっからなら……城はこの道を直進した後、突き当たりを左に曲がったら着くな」
「分かった。案内してくれないか?」
「勿論。着いてきな」
俺とキリキリは歩き出す。幸い今回通った道はそれ程複雑ではなかったし、初めて来た俺でも覚えることは出来るぐらいの距離だった。まあ、壊れた教会への道が分かったところで宿へ戻れるかは別ではある。
前を歩いていたキリキリが大通りに出た所で歩みを止め、「ここだ」と坂道を示す。坂は上りではなく下り。つまりは地下へと向かっている。
「……えーと、本当にここなのか?」
「ああ。ここを下りていけば城がある」
俺は道を覗いてみる。確かに道は続いており、少なくとも行き止まりではなさそうだ。しかし天日は入り口近辺にしか入っておらず所々にある松明の明かり程度の光量では最奥までは確認できない。
「ここから宿は……」
「この大通りを真っ直ぐ進めば見えてくる。道中でハルが劇やってる広場も見えると思うから、そのまま観るのが良いと思うぞ」
「分かった、そうしてみる。……教えてくれて助かるよ。色々ありがとな」
「おせっかいが好きなだけさ。城までついていった方が良いか? 一本道だし迷うことはないと思うが」
「強いて言うなら、いきなり身元不明の俺が来て怪しまれないかぐらいだな。キリキリが居たらある程度は担保されるだろうけど」
「それに関しちゃあの証明書を見せれば問題ないと思うぜ」
「あ、そう言えばそうだったな。……んじゃ、俺は一人で行くよ。これ以上付き合わせるのもあれだし」
「おうよ。俺は宿に居るから嬢ちゃんのことは安心しな」
「助かる」
キリキリはこちらに手を振りながら宿に戻った。俺も手を振って彼の姿をある程度見届けてから背後の道に視点を移す。地面を掘り抜かれる形で出来たそれは、先程も見たように足元しか確認できないぐらいの最低限の明かりしか置かれていない。
「結構雰囲気あるわね……。大丈夫? 怖くない?」
ソフィアの声色にはかなり心配の色味が強い。いつの間にか入り口の横にソフィアのイメージが見えている。
「ソフィア、俺はそこまで子供じゃないから」
「でも、ミシュも市郎も凄くビビリでしょ?」
「……これくらいだったら怖くないって」
「えぇ~? 本当~?」
「何だそのムーブメント」
「こ~んなに小さい時からずっと怖がりなのにぃ?」
ソフィアはわざとらしく地面から五十センチもないくらいの高さに手をかざす。
「お母さんかよ」
「あらやだ、反抗期なんて! お母さん嬉しくなっちゃうわ」
整った肢体をくねくねとくねらせながら両頬に手を添えるソフィア。
「……」俺は坂道を下る。
「あっ、ちょっと! 人の渾身のギャグを無視しないの!」
背後から聞こえるソフィアの声が足音と共に近づいて聞こえる。これも俺にしか聞こえていないのだろう。
「……ソフィアのセンスは変に単純というか、古風なんだよなあ」
「おばさん呼ばわりは私、泣いちゃうわよ?」
「言ってないって。自意識過剰」
「それは言い過ぎじゃない?」
通り過ぎる度に、松明の炎の熱を肌へ直に感じる。どれも消える様子はなくかっかと燃え、暗い道を照らしてくれていた。
「もしかして、これも魔法だったりするのかしらね?」
「どうなんだろうな。魔力でも感じられればそういうのも分かる気はするけど」
「うーん……。魔力を感じるってどんな感覚なのかしら」
「所謂第六感みたいなもんなんじゃないのか。ほら、夜に曲がり道を通り過ぎた時にふと、何か居る気配を感じるみたいな」
「幽霊ってこと?」
「幽霊単体って訳でもないんだけど……」
「それじゃ、生命エネルギーが具現化してヴィジョンが見えているイメージ?」
「側に立つ波紋ではないが……言おうとしてることは近いっちゃ近いのか」
「まあ、アプローチを科学的にするなら何か特定の元素、今回でいう魔素の感知を出来るようになっているんだとは思うけどね」
「そういう生物って居るのか」
「あら、人間だってそうでしょ」
後ろからソフィアが俺の頬をつつく。
「異性のうなじを嗅いだことはない?」
「そんな変態じみた告白をするとお思いで?」
「亜人好きの時点で今更だと思うわよ」
「それは勘違いだ」
「恥ずかしいなら良いんだけど、要はフェロモンの話よ」
「羞恥心とかの話じゃなくてな……。まあいい。フェロモン?」
「そうよ。あれも本質的には特定の物質の感知だもの」
「あー、……言われてみれば。それで言うなら免疫もそういうものか」
「学校で教わったりしないの?」
「しない訳じゃないが、免疫の仕組みなんて高校の生物の授業以来しっかり聞いたことないんだよな」
「覚えていた方が損はないと思うけど」
「覚えてられる程脳のメモリに余裕が無いんだ」
「じゃあ脳のメモリ増やしてみる? 一応アナザーにスペアがあったと思うわ」
「本当に増やせば良いって訳じゃないけどな? さらっとメモリ増設の案が出たことに俺はびっくりしちゃったけどな? てかスペア?」
「ええ。ミシュが使ってるのと同じだからハードサイズは問題ないわよ。第十四条って言われる前の合法品しかないけど」
真横の松明、その炎が通り過ぎる風で揺れる。
「……なんつうか、久々にお前らが異世界人だってことを意識したよ。倫理観とか、そういうの」
「ちょっと何言ってるのか分かんない」
「何で分かんねえんだよ」
「リンリカンって大統領? それとも猫ちゃん?」
「どっちでもないし振った流れ適当にぶった切んな」
「やあねえ、本気で聞いてるのよ?」
「こっわぁ……」
「AIジョーク♡」
「だから怖いって言ってるんだわ」
俺は頭を抱える。ソフィアはあっけらかんとした物言いで続けた。
「そんな今更な話してないで、私達はここの倫理観を学ばなくちゃね。何処かのタイミングで魔素の解析をちゃんとしておかなくちゃいけないかも」
「専門外なのでお任せします」
「はーい。――それでさ、市郎」
「何だよ」
「進むの遅くない?」
「……」
確かに俺の足取りは少しずつ遅くなっていた。秒速三段、秒速二段、秒速コンマ三段。
「確かに外からの陽が入らなくなってきて、だんだん暗くなり松明だけが足場を照らしまるでホラーゲームの地下に潜る時のようになっているけど、一体全体市郎君はどうしてそんなに遅いのかしら?」
「全部言ってるな、おい。……悪いか、ビビりなんだよ」
「いんやぁ? ただ、人が焦ってる様子を見るのって楽しいでしょ?」
「そんな人だとは思いませんでした。失望です」
「ミシュがビビってるのを見た時は?」
「果てしなき天を辿った時のような絶頂に至りますね」
「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだからね?」
「うるさい! 俺に害をなす奴が悪い!」
「ビビりすぎてキャラクター安定してないよ?」
……いや、しょうがないじゃん。暗いんだよこの道。本当に階段降りる気あんのかってくらい足元は見えない。足滑らしたらどうしてくれるって言うんだ。
「この先に幽霊が居る訳じゃないんだから落ち着いて……」「そんな話はしとらんぜ! 怖いのはワニだワニ! 俺が怖がってるのはそんなのじゃない!」
「本当に落ち着いて市郎! もう言ってることがめちゃくちゃなんだけど!」
「もう、ゴールしてもいいよね……?」
「何処に!?」
「何処にだっていい! 俺達はあの場所へ……」「どちら様で?」「カヒュッ」
「うわぁ!? なんか落ちてきて……って、人!?」
俺の意識は唐突に現れたワニ顔にぶっちぎられた。




