FAW探検! ワクワク旅行記 ~教会と神~
内装の構成はセイクレート王国のものと対して変わらないが、土汚れ、埃、破壊されて放置された椅子等、荒れ具合は見るに堪えない。何より、大きな相違点が一つ。それは祀られた神像。
小柄な少女を象ったマニアックな像なんかではなく、女神らしさが詰まった大人の女性の姿だ。相も変わらず衣装は布一枚の芸術スタイルなのは良いとして、……変態が造ったとしか思えない魅力的な肢体も置いといて、置いといてだ。一際目を引くのは髪の毛。
なんだっけ、あの物語。えーと、確か、――あ、そうだ。セイクレイト物語。あれに載っていたエヘネメキの姿の描写はこれだ。
――重力に逆らうように、太陽に引き付けられるように、紅い毛先が持ち上がっている女性。
炎のようなそれに見合った情熱的な性格で、ヒズミルと、それこそ情熱に溢れた関係を保っていた。瞳孔が縦に細長いのが特徴。
……確かに、よく見れば瞳孔が細長い気もする。が、サイズのでかい神像は特に注目しなければ気付けない。
「ほんと、いい目はしてるんだけどな、エヘネメキ様」
……俺も偏見が過ぎるか。だが、更に偏見を拗らせてもらえれば、注意したくなるのはやはり髪の毛だ。
「……あいつ、嘘ついたんかなあ」
まだシンミンとは二回しか話していない仲なので判断しかねるが、悪戯好きそうなキャラではあるので、俺が慌てふためくのを期待している可能性はある。……煽り過ぎたかもな。
「あいつ? 誰の事だ?」
「よく分からない知り合いだよ」
「は?」
「詳しく話した所で混乱するだけだから、『よく分からない知り合い』のまんまがいいと思うぜ。最近変な友人が増えてきた、ってだけの愚痴さ」
「……それ、俺も含まれてないよな?」
「含まれてない。キリキリとなら一夜を静かに過ごせそうだ」
「まじでどんな奴とつるんでんだよ……」
「アマとかセウとか」
「……」
何も言わなかった。
「――それで、お前は此処で祈りに来たんだよな?」
話題を元に戻す形でそらされた。
「うーん、そうだな。そのつもりで来たんだが……」
「だが?」
「この調子じゃ来なくても良かったかもな」
シンミン同様、神像の近くならあちらから接触してくるのではないかと考えていたんだが……外れかもしれない。
「変なことに付き合わせて悪かったな。一旦戻ってセウ達と合流してから王様の所に向かおう」
右目に何も反応はない。周囲にも特に異変は……。
「……ん?」
神像に一番近い長椅子、つまり先頭にある長椅子が一部分だけ黄色に染まっている。椅子自体ではなく、その部分だけ俺の視界に黄色のフィルターがかかっているようだ。
「キリキリ……あれ、見えるか」
「あれ?」
「一番奥、左の長椅子だ。黄色く見えないか」
「黄色く、は見えないけどな」
一応、右目を閉じて同じ場所を見てみる。――やっぱり、黄色は見えない。赤茶と茶色が視界を構成している。
「あそこ、何かあるな」
「何か?」
「何かと言われれば、……あまり分からない」
正体の気になるばかり。何だ? 何があるんだ? 俺はつい歩きだした。
「市郎、危険じゃないの?」
「そうかもしんないけどよ、あれを放置するのもまた心残りで気持ち悪いんだ。ここはいっそ突っ込んでみるのはありじゃないか」
「おい、一人で何ぶつぶつ言いながら歩いてんだ?」
キリキリは俺の少し後ろについて歩いていた。
「いや、何があるのか気になったんだ」
「気になる、って。そもそも、俺はそこに何かあることすら分かってなかったんだ。どうして分かったんだ?」
「勘みたいなものさ」
「曖昧だな」
「曖昧過ぎるんだよ、これは」
黄色のエリアへと近付いていくと、少しずつだが、ペンキをぶちまけたように染まっていた黄色が変わっていることに気付いた。今は……橙よりの色になっている。
「……赤色に変わっていっているわね。これ、あの神様が言ってた通りの危険区域じゃないの?」
かもしれない。だが、赤になりきる前に何があるかだけは知りたい。
更に近づき、件の椅子の斜め後ろに立った。領域は黄色から橙に全て置換されているが、その中心は背もたれでまだ見えない。
「……」
「どうした?」
……何故か、唐突に恐怖が脳味噌を駆け巡る。この先に何を感じているんだ、俺は。――いや、赤に染まったこの視界に恐怖しているのか。警戒色である、赤に近い、橙色に。
「おい、大丈夫かよ?」
……いいや、ここは思い切り、さっさと見てさっさと帰ろう。俺は足に力を入れる。背もたれの縁に手を掛け、覗き込んだ。
「な……」
俺は言葉を失った。そりゃそうだ。誰だって、こんな光景を見れば驚嘆してしまう。
「おーい、イチロウ。何があったんだ?」
何があったのか。あったのは人だ。リザードマンではなく、ティピカル。勿論死んでなんかおらず、生きている。ただ、寝息を立てていた。
何処かで見つけたのだろうか、ぼろぼろの黒布を布団のように、縮こまって、丸くなって眠っている。布に浮き出たシルエットはアマと同じくらいの小柄で、顔はかなり綺麗だが中性的で性別は判別しづらく、耳が少し尖っているが、所謂エルフとかで想像するような耳ではない。あくまで個人的な成長差だろう。小さな胸を拡大、縮小させて、静かに息が漏れていた。
そんな子供が、こんなところで寝ていることにも当然驚いたのだが、俺が釘付けにされた、ロマンチックに表現するなら、心を奪われていたのは別だ。
少年(少女)の傍ら、縮こまっていることで空いたスペースに、刃渡り90センチはあるだろう、巨大な鎌が立て掛けられていた。
少年の体躯よりも少し長い持ち手から、角度を付けて折れ曲がった先端、そこから横に切り裂くように半分三日月型のパーツが伸びている。カバーが付いており事故で自分に刺さる、なんてことはなさそうだが、一応の配慮か、刃先は少年の逆を向いていた。
「――お? ああ……」
凶器らしい凶器がいきなり登場し、俺はつい動揺してしまった。格闘やらタックルやら魔法の杖やら、命の危機に瀕した凶器はあるものの、外見からビビったのはこれが初めて。
ただ、気になる点は、『危機察知』で染まっている範囲が鎌ではなく、この少年の周囲になっていることだ。それはつまり、あからさまな凶器ではなく、殺意の権化ではなく、この少年にこそ危機は埋まっているのだろう。少しゲーム的に捉えるならば、見た目で判断してはいけない人食い宝箱パターンなのだろう。
なら、少年が起きる前にさっさとここを出よう。そういう旨を伝えようとした時だった。キリキリは暫く何も言わない俺に苛立ったのか、横を通り過ぎてしまった。
「ちょっとおい、何があったって……うおお!?」
「――ばっ、キリキリ、声がでけえよ!」
「いや、お前も……」「んぅ……」
少年は苦しそうな、生理現象からの声を漏らしながら身じろぐ。反射的に俺は声を潜め、キリキリの口を掴んで強制閉口させる。鱗で手が滑りそうになったが、口を開けようとしたことで逆撫で、反射行動を阻止する。キリキリも流石に意図を理解し、物音を抑えるために一切の動きを制止する。
……唾を飲む。その音さえ大きすぎるように錯覚してしまう。
「……」
身体をもぞもぞと動かし、椅子の上で器用に寝返りを打つ。美顔が俺からでは見えない位置に移動し、肉体の挙動のみに注視する。……だが、それだけだった。少年の目が開く様子はない。
「……」
……俺は安堵の息を漏らす。なんとかなったみたいだ。少年は変わらず寝ている。――と、安心した。
視界が変わる。色が変わった。橙から、赤に。急速に、即座に。さっきよりも強い、恐怖!
「市郎! その子起きてるわ!」
「バックだ、キリキリ!」




