第七話 ぶり大根
通信機器から視線を上げて、ほっと一息。些細な修正だから、こちらで直しておくとの連絡。
「大将、戻らなくてよくなったみたい」
「それはよかったです」
珍しく一度目の提出で報告書を受理してもらえたのだが、一箇所だけ確認漏れがあり、問い合わせが来てしまった。しかし、返信を何度かすることで局へ戻らずに済んだのだった。
すでにお酒も少し飲み始めてしまっていたので、気まずくなってしまうところだった。
「じゃあお料理は作っても?」
「うん、お願い」
少しの安堵を感じながら、付き出しのポテトサラダに箸を伸ばし一口。
付き出しの中ではわりとよくみる一品だが、シンプルに美味しい。特別なところはないのだが、逆にそれがいい。奇を衒ってないからこその安心感。
かぐらの大将は、昔高級料亭で修行していたらしい。そういったお店では出さなかった料理。そんな身近なものを出すお店をやりたくて、親交のあった先代から引き継いだこのお店をやっているのだとか。
柊太にとってはありがたいことである。付き合いで他のお店に行くこともあるけれど、やはりここがホームグラウンド。帰ってくる場所なのだ。
「それじゃ、ぶり大根です」
トンと大きなお皿が置かれる。大根が美味しくなってきた季節。これを頼まずにはいられない。
琥珀色になるまでしっかり味を染み込ませた大根と、身がギュッと詰まった姿になっている鰤。添えられた絹さやが、鮮やかな緑色を放っている。
見た目がすでに芸術品ではないだろうか。
はやる気持ちを抑え、まずは鰤を少しほぐしていただく。
脂が乗り過ぎているのではなく、少し繊維を強く感じる食感。しっかりと染み渡った甘み。ほんのりと奥のほうに生姜の辛味と香りもある。
小さく切り分けて食べるだけでも濃厚な甘辛を堪能できてしまう。まずはこれで一杯。
「うーん。合うなぁ」
じんわりと混じり合い、酒の旨さがさらに際立つ。
少し変化球で、絹さやにも箸を伸ばす。彩りをよくするために添えられているものなので、味はしっかりとついていない。しかし抜かりはない。
シャキッとした歯応えに素材本来の甘み。少し青臭い風味も感じられるが、味の変化をもたらす楽しさ。
そして大本命の大根。もうすぐやってくる冬定番のメニューとは少し味が異なり、こちらは鰤に合わせて少し濃いめ。琥珀色もどっしりとした色合い。
箸を入れると、スッと切れる。もうこの時点で完璧。
断面を見れば全くムラ無く煮汁が染み渡っていることがわかる。
大きく切り分けたそれを思い切りよく口へ放り込むと、溶けてしまいそうな柔らかさと、溢れ出てくる汁。
「はぁ、うめぇ」
寒いのは嫌いだが、食べ物は旨い。もうシンプルに幸せな季節だ。
一人の時間を楽しんでしばらく。いつも通りに局長がやってきた。
「ぶり大根か。いいね、私ももらおうかな」
「あ、ちょっとこれ多いんで分けますよ」
「おや、じゃあお言葉に甘えるか。大将、小皿一つと、あと湯豆腐をもらおうかな」
「あいよ」
手を合わせ、箸を手に取ると、柊太が不思議そうな顔で見つめている。
「ん? どうしたんだい」
「いや、その手を合わせるやつ、どうしたんです」
「君たちみんながやってるから、真似してみようかと思ったんだけど変だろうか」
日本人の習慣だから、と特に疑問を持たずに真似しているらしい。
「それ、なんというか、神様に感謝を捧げてるみたいな意味なんですよ」
「いただきます、と言うのも?」
「ええ」
しばらく逡巡してしまう局長。
「……それは、まぁ、そのなんだ。まぁいいんじゃないかな」
「局長がいいならいいんですけど」
落ち着いていることを装いながら酒をあおって顔を隠す。だが、さすがに柊太であっても困惑していることが伝わる。
「そうそう、面白いことがあったんですよ」
「おや、そうなんだね」
強引に話を変えることで助け舟を出すと、目に見えて安心する局長。
「今回の派遣先聞いてます?」
「ずいぶんと文明の進んだ場所らしいというのは聞いているよ」
「そうそう。こっそり行ったはいいものの、いきなり無重力な場所で。さすがに予想していなかったのでだいぶ慌てました」
バタバタと手を振って、こんな感じだったと見せる柊太。子供のような仕草に局長はつい笑ってしまう。
「いちおういつも空気がないとか吸えないとか、気圧も違うとか、念入りに対策をした上で行ってるんですけどね。重力がないってのはどうにも感覚が違うので焦ります」
「君たちはあくまで生身だものね」
「そうなんですよ。頑丈過ぎる体とはいえ、いきなり太陽とか宇宙線バリバリな場所とかだったらさすがに無理かもしれないので」
「無理なのかな」
真剣に聞いてくるものだから、一瞬考えてしまう柊太。
「いや、さすがに無理じゃないですか」
「そうなのかな」
「……もしかして試してみようとしてます?」
「そんなわけないじゃないか」
あっはっは、とわざとらしい豪快な笑いをあげる局長を白い目で見る。
「とりあえず事案の方は、そもそも何も起こらず。というか事故なのかもよくわからない事象が原因だったみたいなので、無難に連れて帰ってきましたよ」
「そのあたりは聞いてる。まともな法治国家が相手だったみたいだから、向こうからも丁寧に謝られたし、管理者の方からも連絡があったよ」
話していたら仲良く分け合ったぶり大根が、あっという間になくなっていた。
「すいません局長。もう一皿いきません?」
「そうだね。いいと思うよ」
穏やかなひとときには季節料理で。また次も何を食べるか、楽しみが増した柊太だった。




