第八話 おでん
浮かない顔をしている柊太だったが、お店に入った途端におかしなテンションになった。
「大将、始まったんだね!」
「ええ。三日ほど前から始めました」
「忙しくてなかなか来れなかったんだよ……」
泣き真似をしながら席につき、大袈裟に肩を落とす。
しかし、目の前に置いてあるたくさん煮込まれているそれを見て、シャキッと背筋を伸ばす。
「でも、今気分は最高です!」
「はいはい」
苦笑気味の大将だったが、すでに準備よく大きなお皿と菜箸を手に持っている。
「どうします? とりあえず大根は入れておきますが」
「もちろん。あとは卵とひろうす、こんにゃく、さつま揚げをまずはいっておこうかな」
「あいよ」
手際よくお皿に盛られていく具材たち。
そう、冬の定番のおでんである。
付き出しの金平ごぼうと大将が選んでくれたお酒も出され、準備は万端。ここで、小さく決意を込めて。
「いざゆかん!」
日本各地におでんは様々なものがあるが、ここ、かぐらのおでんは京風がベース。淡い色で出汁がしっかり効いたつゆ。特徴があるのは中に入る具材だろうか。生麩が入っていたりと、京都らしいものが含まれていることもある。明確な線引きはしていない、とのことだが。
ぶり大根の時とは仕立てが違うけれども、相変わらず丁寧に下処理された大根はしっかり味が染みていて文句なしに美味い。
ひろうすと呼ばれる食べ物は、実際にはがんもどきと同じようなものらしいが、より上品な歯ざわりと味わい。じゅわっと染み出るつゆは、もはやイケナイものを食べてしまっている気分に浸れる。
たった二種類で酒がかなり進んでしまって困る。
卵も丁寧に味を染み渡らせている。決して高級な卵は使っていないらしいが、茹で加減も絶妙で、特に濃い味をしている黄身がたまらなく美味い。
いや、どれも美味い。
「こんにゃくもさつま揚げも美味しすぎる……」
まだまだちくわや巾着、別で炊いている牛すじなどもある。夢のようなメニュー。それがかぐら特製のおでん。
今年も始まってしまった幸せ期間を堪能していると、シンプルな服を着こなしすぎている局長が現れる。
「柊太、お疲れ様」
「局長、先にやらせてもらってます」
最高に上機嫌な柊太は、すぐに気付いて杯を掲げる。
「おでん食べたかったんだろう?」
「そうなんですよ。もう最高です」
追加してちくわと巾着も頼む。
「じゃあ私も少しおでんをもらって、あとは揚げだし豆腐をもらおうかな」
この数日ですでに何回か楽しんでいた局長は、柊太ほどおでんに執着していない。三日前の姿を柊太に晒すわけにはいかないが。
「……やはり金平が美味しい。近ごろ挑戦してみているのだが、簡単に見える料理でも案外難しい」
「え、局長料理してるんですか」
「そうだね。大将の美味しいご飯を食べていたら興味が湧かないほうがおかしいだろう?」
「多趣味ですね、局長」
はふはふと言いながら巾着相手に柊太が格闘していると、局長が頼んだものも出揃う。
「じゃ、乾杯だ」
「はい、お疲れ様です」
一年ぶりの感動はすでに三日前に味わった。ただ、すでに体験し終えていても、やはりおでんは美味い。こんなに季節というものを待ち遠しくなるものなのだな、と局長は感慨にふける。
「そういえば、だいぶ長い期間任務にあたっていたね。何回も往復することになったとか」
「そうなんですよ。なかなか該当する人を見つけることができなくて。監察任務にすら入れず困りました」
任務のことを思い出したのか、蕩けすぎて人に見せてはいけない顔が少し引き締められる。
「最初は戦国時代っぽかったんで、時間遡上かもしれない、とか考えていたんですけどね」
「全然違ったと」
「もしかして織田の殿様とか猿とか見れるかも、なんて妙にテンション上がっていたんですけど、そんなの影も形もない“それっぽいだけ”な感じでした」
刀を振り回しているかと思えば、空を飛んでよく分からない力で戦っていたり、米ではなくパンが主食だったり。他にも拭いきれない違和感がたくさんあり過ぎた。
「こちらの常識を押し付けるのはよくないですけど、奇妙奇天烈な場所でしたね」
「面白そうではあるね」
「少し観光気分もありましたけど、さっきも言った通り、そもそも対象の人が全然見つからなくて。痕跡も追えなくなってるし、何の反応のないしで、体感時間では三年ぐらい向こうでうろうろして続けていました」
「え、三年?」
さすがにギョッとする局長。長いことかかっているとは課長から聞いていたが、想像以上だった。
「もちろんずっといたわけではないですけどね。途中経過の報告をしに何回も戻ってきましたし、課長にも色々相談しました。向こうの管理者にも問い合わせしてみたりとか、色々したんですけど」
「私は便宜を図っただけだから詳細を聞いていないがそこまでややこしいことになっていたのか」
「少し前に宇宙の話したじゃないですか」
ああ、あったねと思い返す局長。
「おそらく、あれと同じ現象じゃないかってなって。でも、それがわかっても結局虱潰しに探すしかないってことがわかっただけだったんですよね……」
柊太はおでんを食べているから上機嫌に話しているが、三年もこのかぐらの料理を我慢して任務にあたったのは称賛するしかない。
「でも、三年探した甲斐がありました。その人が才能も与えられていなかったのに、台頭してきたんですよ」
「なるほど?」
「いわゆる内政チートってやつですかね。より現実的で泥臭くやっていたみたいですけど。見つける前に死んでた、とかじゃなくて良かったです」
「それで無事解決ってわけだね」
報告書の通りにね、と笑う柊太。もちろん局長も軽くは見てきたが、やはり本人からの話を聞くほうがずっと臨場感があって良い。
「頑張った分、おでんが超うまいっす。まじ最高。しばらくこれしか食べない俺」
今日ばかりはかなり大目に見てあげるしかないな、と温かい目で見る局長であった。




