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第五話 茶碗蒸し

 何気なく頼んだ茶碗蒸しを前に、柊太は思わぬ高揚を感じていた。

 プルプルと僅かに震える薄黄色の表面には、まず三つ葉とかまぼこが大胆に乗せられている。そして、その隙間に銀杏が顔を覗かせている。これが、極寒の地から帰ってきた柊太にとってはささやかなご褒美に感じられた。

 スプーンで少しつつくと、出汁が溢れてくる。大将の腕なら、よい硬さに仕上げられていることだろう。


 一杯分をそっと掬って慎重に銀杏も乗せる。少し冷ましてから一口。

 口のなかで転がる銀杏はもっちりとしながらもホロッと崩れて消えていく。


「銀杏っていつの間に好きになってたんだろ」


 ポツリと呟くと、包丁を一度置いて大将が顔を上げた。


「少し苦味があるので、それが美味しいと感じてからじゃないですかね。食感が嫌いな方もいるとは思いますが」

「苦味かぁ」


 たしかに、と内心頷く。

 いつの間にかコーヒーをブラックで飲めるようになったり、ピーマンなどの苦味を感じる野菜が子供の頃は嫌いだったのに、かえって好物になっていたり。

 味覚が体の成長とともに変化すること。考えてみると思い当たる節はたくさんある。


 掬って減った場所からは椎茸や海老が少しだけ見えている。カラフルな素材のおかげで見た目もとても楽しい。何が出てくるかは食べてみないとわからないので、気分はトレジャーハンター。

 次のお宝は海老。少し小さめだが、ぷりぷりとした食感が楽しい。

 合間にちびちびとお酒をやりながら、少しずつ掬っては慎重に具材を掘り当てる。

 底の方にもう一粒銀杏の実があり、さらに気分はあがる。


 茶碗蒸しをもう少しで食べ終えようかといったところに局長は現れた。


「おや、茶碗蒸しか。いいね、私も貰おうかな」


 いつも通り、柊太の隣に座る。おしぼりで軽く手を拭いて、お品書きを手にとる。


「もう一つはロールキャベツ、かな?」

「ええ。和風のですけどね」


 鶏ひき肉をキャベツで巻いて、和風のスープで炊いたもの。半分ほどすでに食べてしまっているが、残りも楽しみにしている。


「うーん。どれも捨てがたいけど……少し前に食べたきのこのホイル焼きをもう一度いただこうかな」

「あいよ」


 あれは美味しかったですねと思い出しかける柊太だったが、あの日の出来事も同時に思い出してしまう。

 すぐに渋い顔となり、これは地味な精神攻撃をしかけてきているのでは、と隣の人物を疑う。


「邪推だよ」

「心を読まれた!?」

「顔に書いてある、とはまさにこのことだね。日本語の慣用句は実に面白い」


 日本語知識の探求を相変わらずしている局長だが、柊太にとっては嬉しいような、やめてほしいような、なんとも言い難い感情になる。


「そういえば課長に連れられて東京に行ってきたんだっけ」

「ああ、はい。新しい現象が見られたとか。それで、何かあったときのために俺も連れて行くってことで、調査に付き合ってきましたよ」

「新しい現象?」

「正直なところ、よくわからなかったです。調査員も二度ほど観測できただけらしくて。俺達が行ったときには、相変わらずの冷気の嵐が吹き荒れていただけでした」


 変わり果てた姿になったかつての大都会を思い出し、少ししんみりとする。


「ずいぶん早い出発だったみたいだね」

「朝の三時ですよ。気持ちよく寝ていたのに、家にまで押しかけてきて、本当に首根っこ捕まえて連れ出されました」


 パワハラやブラックな職場すぎるなど散々文句を垂れたのだが、一睨みされただけで何も言えなくなって黙りこむ。そして、無抵抗のまま輸送用のジェット機に放り込まれた。少し前のあれがあるから仕方ないのだ。


「帰りは途中まで徒歩なのはいいとしても、毎回空からダイブして東京に降りるのなんとかなりませんかね」

「最寄りの空港がないんだろう? 仕方ないね」


 どうせ入る人は限られているのだから、どんな入場の仕方でも良いはず。でも課長が絡むと毎回空からの侵入となる。一人で行くなら近くに待機している米軍の空母に飛び、そこから徒歩なりバイクなりという穏やかな方法をとっているのだ。


「まぁそれはいいとして。ついでだったんで、もう一度念入りに補強してきました。課長もかなり頑張っていたんで、おそらく一年は保つと思います」

「向こうの管理者とももう一度話はしてみたけど、平身低頭するばかりでね。解決策はなしっていうのがね」


 ねじ曲がって固まってしまったルールはすぐに戻せない。そういうことらしい、とは以前の局長の話。

 時間をかけてゆっくりと元の姿に戻るのを待つしかない。定期的な作業を求められるのが非常に面倒ではあるのだが。


「あれ、今回は掃討しなかったのかい」

「なんか課長が向こう側に人員を配置できたから、とか言ってましたよ」

「あれ、そんなに早く許可が下りたのか。聞いていなかった気がするけど」

「あれ」


 ポケットから通信機器を取り出し、連絡の有無を確認し始める局長。

 しばらくして次第に苦い顔へ。いかにもやってしまったという様子。


「来てたね。見てなかったよ」

「俺達だけの秘密ってことにしておきます」

「助かるよ」


 ごまかすように酒を煽り、少し顔を赤らめる。珍しい姿に思わず微笑んでしまう柊太だった。

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