第四話 きのこのホイル焼き
店に入るなり、ずんと音の鳴るような疲労感を滲ませた柊太と無表情な局長の二人がカウンターへ向かう。
「いらっしゃ……お二人ともどうしたんです?」
寡黙な大将もさすがに放っておけず、憂鬱そうに座る二人へ尋ねる。
「いや、ちょっと仕事で失敗しちゃって」
「それで各所に謝ってきた帰りだね」
なるほど、と答えた大将だったが、苦笑したきりそのまま黙って仕込みの続きに戻った。
その淡々とした姿を恨めしそうに見つめる柊太だったが、一方の局長はいち早く自分を取り戻し、お品書きを手に取る。
「よし、柊太。とりあえずなにか頼もう」
子供のように不貞腐れる柊太だったが、渋々視線を移す。
「……そうですね。ええと、じゃあきのこのホイル焼きで。酒はこの間飲んだやつでお願い」
「あいよ」
自宅だったらそのまま伸びてしまいそうなほど脱力している柊太だが、局長はぴんと背筋を伸ばしている。やや苦笑気味の表情からは、仕方ないなという諦めの感情が微かに見える。
「虫けらを見るような目で見られたのは久しぶりだなぁ」
「彼女が本当に怒るとあんな雰囲気になるね」
「見た目は大人でも頭は小学生以下ね、なんてあんな美人な人に言われたら人生を絶望しちゃいますよ」
「人生の絶望は今さらじゃないかな」
「そんな上手いツッコミは求めてないです……」
課長の怖さに身震いし、局長の鋭い言葉にさらにトーンダウンしていく。
大将が何も言わずに出した徳利から酒を急いで注ぎ、味わうより先に喉へと放り込む。勿体ない飲み方をしていることは自覚しているが、飲まずにはやっていられない時だってあるのだ。
「それで、概要はなんとなく聞いたけど何があったんだい」
「え、あぁ……いや、ほんとにただの好奇心といいますか」
「好奇心であんなに大騒ぎに」
面目ありません、と小さくなる柊太。眉の形が完全に垂れ下がり、平凡な顔がみるみる情けないものになる。これで公務員の中でもかなりの高給取りである。
会話の合間に大将が付き出しの白あえを出してくれたが、浮かない顔のまま。
しばらく沈黙が続いたあと、ようやく柊太が口を開く。
「凄い場所だったんですよ。そこの管理者がいい加減な感じでして」
「あぁ……まぁ、ね」
柊太の説明に少し思い当たることがあるのか、局長の目が遠くなる。噂程度であっても良い評判は聞かなかったのだ。
「それで?」
「いやぁ、まぁ、それで……」
「言わないと今日は帰さないよ?」
ええ、と露骨に嫌そうな顔になるが、局長は澄まし顔。
官房長官や総理大臣にだって頭を下げてきたのだ。これぐらい聞いても悪くないはず、と口には出さずにプレッシャーをかける。
「なんかね、設定がゲームみたいな感じだったんです。昔よくやってたようなやつ」
杯を傾けながら続きを促す。
「こういう感じならば、もしかしてできるんじゃないかと思って、試しにステータスオープンってやつを言ってみたんですよ。……本当に興味本位で」
「柊太が言ってみちゃったんだ」
呆れた視線を送られると、ますます小さくなる柊太。
「そしたらですね、なんていうか限界値みたいなのが壊れちゃったらしくて、なんかもう色々が滅茶苦茶に。人そのものの性質が変質しただとか、仕組みみたいなのがズタズタになったとかで……時間もなんというか、バグったって言えばいいんですかね。暦が五周ぐらいしたんだとか」
「……そりゃそうだろうねぇ」
「整合性を取ろうとした結果だって言ってましたけど、よく分からなかったです」
しどろもどろに説明する柊太の姿に憐憫の眼差しを送る局長。
立場とか色々なものを忘れて、唐突に馬鹿なことをしでかしたらしいことが分かり、局長は長い長いため息を吐いた。
「お話のところすみません。きのこのホイル焼きです」
「ありがとう、大将」
局長が二人分を受け取って並べる。
目の前にきたホイル焼きへ、柊太は項垂れながらも箸を伸ばす。
しめじ、舞茸、えのき茸、椎茸という四種のきのことバター、醤油が醸し出す香りのハーモニー。仕上げにかけられたすだちの果汁から溢れ出す、柑橘系のきりっとしたそれも良い仕事をしている。
しめじを箸でとり、ゆっくりと運ぶ。湯気の立つその姿がすでに心を癒してくれる。
口に入れた瞬間、火を通すことで何倍にも膨れ上がった旨味が口いっぱいに広がる。それは噛めば噛むほどに恐ろしいほどのリピートを起こし、意識すらもくらくらとさせるほど。
しめじだけでこの素晴らしさ。
次は舞茸。舞茸の少し歯応えのある食感は、他にない独特なもの。香りも少し違う。
そして、えのき茸。ぱちんと噛み切る楽しい食感と強い香り。
最後に椎茸。肉厚なその身にしっかりと染み込んだ様々な旨味がとんでもない爆発をしている。
「うまっ!」
ふわふわとした気持ちで頼んだ料理だったが、すでに後悔はない。陰鬱とした気分も吹き飛びそうになっている。
これに酒を合わせれば、気分は最高に——。
「楽しそうな所を悪いんだけど、今回の件はさすがに反省するようにね」
「あ、はい、すみません」
「料理も楽しんだらいいけども」
「はい」
しおしおとまた縮んでいく姿に局長は思わず笑みを浮かべてしまう。
こんなことを稀にしでかすことはあるが、いつも立派に仕事をこなしていることは間違いない。今回のことで一日中絞られ尽くしたので、さすがに明日になれば優しくしてやろう、と局長は決めた。
課長がそんな簡単に許してくれるかどうかは未知数だが。




