自業自得な自爆
ホテル最上階にある落ち着いた雰囲気のバー。
グラスの中でカラリと氷が鳴る音と、低く流れるジャズの旋律だけが心地よく響いている。
カウンターの奥で、冴子は少し赤くなった頬を緩ませながら、カクテルグラスを傾けていた。昔と変わらない、お酒の強さと無防備さ。
(相変わらずね、冴子。仕事では隙を見せないくせに、私と二人になると昔みたいに気を許すんだから)
ふと、バーの入口付近に人の気配を感じて視線をやると、そこには昼間のあの子──百合が立っていた。
私と冴子が二人きりで遅くまで飲んでいる姿を目撃して、真っ青な顔でフリーズしている。そして、自分の存在に冴子が気づく前に、逃げるように背を向けて立ち去っていった。
(ふふ、可愛いこと。……これで完全に折り目はついたわね)
百合の失意の背中を見送り、私は満足感を胸に収めると、目の前の本命へとなめらかに意識を切り替えた。
「ねえ、冴子。昔話もいいけれど、本題に入りましょう?」
私は自分のグラスを少し寄せて、少し熱を帯びた声で囁きかける。
「私、近いうちに海外のホテル事業を大きく立ち上げるの。……冴子、あなたが必要なのよ。私と一緒に来ない?」
「……え?」
「うちのホテルの幹部として、私と一緒に世界を相手にしましょ。あの頃二人で語り合った夢、今なら叶えられるわ。こんな小さなホテルで埋もれてる場合じゃないでしょう?」
惜しみなく酒を勧め、甘い未来と過去の絆を織り交ぜて冴子の心を揺さぶっていく。
冴子は少し酔いが回った瞳で、困ったように眉を下げた。
(本当に、美しい顔。欲しい、欲しいわ⋯)
「沙織……とても嬉しいの。でも⋯」
何かを言いかける冴子に追い込みをかけるように、テーブルの上に置かれた冴子の白く柔らかな手に、自分の手をゆっくりと、深く絡ませた。
指と指が交差し、体温が触れ合う。
そのまま距離を詰め、冴子の少し開いた唇へ向けて、自分の唇をゆっくりと重ねにいこうとした──。
(これで、落ちる──)
そう確信した、まさにその寸前。
「──ッ」
ピタリと、私の唇の直前に冷たい感触が割り込んできた。
冴子が片手を咄嗟に差し出し、私の口元を手のひらで固く制していたのだ。
「……っ!?」
目を見開く私に、冴子はゆっくりと手を引き、ハッキリとした正気の瞳で私をまっすぐに見つめ返してきた。さっきまでの酔いなど、嘘だったかのように。
「……ごめんなさい。私は……貴方の所には行けない。私は私のホテルが大切だから。」
「……っ……!」
凛とした、微塵の迷いもない声。
そこに漂うのは、かつて私が知っていた「昔の冴子」ではなく、ホテルを愛し、守り抜いてきた一人の「総支配人」としての強い拒絶だった。
冴子は静かに立ち上がると、一礼を残してバーを後にしていった。
静まり返るカウンターで、私は一人取り残される。
(嘘でしょ……なんで……!まるで私が勝手に自爆したみたいじゃない⋯!!!)
グラスを強く握りしめ、氷が溶けていくのを見つめながら、私は拭いきれない激しい悔しさを噛み締めていた。




