百合の恋敵
昨夜、二人がどのような時間を過ごしたのか。
20年ぶりの再会を果たした沙織さんと冴子さんは、あのあと二人きりでどこへ行き、何を語り合ったのだろう。
「積もる話」──その言葉の響きが、一晩中頭から離れなかった。
(まさか……あのまま、昔のような関係に戻ってしまわれたのでは……?)
ベッドの中でぐるぐると最悪の想像ばかりが膨らみ、結局、私はロクに眠ることができなかった。
胸を締め付けるそわそわとした焦燥感に耐えきれず、私はいつもよりずっと早い時間にホテルへと出勤してしまった。
まだ静まり返っている早朝のホテルのバックヤード。
誰もいない製菓部の準備室に入り、明かりをつける。
少しでも気を紛らわせようと、作業台の前に立ち、本日の仕込みのスケジュール帳を開く。けれど、文字を目で追っていても、意識は勝手に昨日の総支配人室での二人の光景へと飛んでいってしまう。
(冴子さんのあの無防備な笑顔……。あの女性にだけ見せる、私の知らない冴子さん……)
思考の渦に深く落ち込んでいた私の耳には、廊下から近づいてくる足音など、まったく届いていなかった。
そろそろ仕込みの器具を準備しようと、私は背後の棚にあるボウルを取ろうとして、くるりと振り返った。
「……えっ──────」
声が凍りついた。
目の前、息が触れ合いそうなほどの距離に──沙織さんが立っていた。
「……っ!」
私は思わず息を呑み、足が勝手に後ずさりした。
この場所に、しかも早朝に、なぜ彼女がいるのか。
そして何より……今の沙織さんからは、昨日冴子さんの前で見せていた華やかで洗練された雰囲気とは、明らかに違う「何か」が漂っていた。
優雅な笑みの裏に潜む、鋭く冷ややかな熱量。
私が退いた分だけ、沙織さんは逃がさないと言わんばかりに、ゆっくりと確実な足取りで距離を詰めてくる。
トン、と私の背中に冷たい壁が当たった。
もう逃げ場はない。
逃げ場を失った私の左右の壁に、沙織さんはすっと細い両手を突き──私を挟み込む格好で閉じ込めた。いわゆる「壁ドン」の体勢。
「あ……さ、沙織様……?ここは関係者以外、立ち入り禁止で……っ」
動揺で声が震える私を、沙織さんは至近距離からじっと見下ろしてきた。
その瞳には、昨日感じたあの熱い独占欲と、すべてを見透かすような冷酷な色が宿っていた。
沙織さんはふっと妖しい笑みを浮かべると、私の耳元に顔を近づけ、低い声で囁いた。
「ねえ、貴女──────冴子のこと、好きなんでしょ?」
静まり返った厨房に、その言葉が鋭くナイフのように突き刺さった。
心臓がドクンと嫌な音を立てて跳ね上がり、私は息をすることすら忘れて、目の前の女性をただ凝視することしかできなかった。




