玲への嫉妬
夜も更けた静かな厨房。私は誰もいない静寂の中で、一人黙々と新作デザートの試作に没頭していた。
(玲さんは、客室係としても本当に優秀で明るい……。冴子さんが目をかけるのも、よく分かるわ)
心の中でぽつりと呟き、溜息を飲み込む。
今日、冴子さんと玲さんがお話をされていた。
最初は業務連絡程度だったみたいだけど、玲さんの少しの髪の乱れを直してあげていたり、顔を近づけたり⋯⋯
段々と冴子さんが頬を緩ませていくのが私にはよく分かって。
玲さんに対して嫌悪感があるわけではない。むしろ仕事に対する姿勢や素直さは好ましいと思っている。
ただ、冴子さんとのあの距離感の近さに、どうしてもかすかな嫉妬と劣等感を抱いてしまうのだ。
玲さんがライバルだったら、私はきっと勝てないのが、分かってしまうから。
泡立て器を動かす音と、生地が混ざる音だけが室内に響く。ふと、視界の端の気配に気づいて顔を上げると、硝子越しに見慣れた制服姿の影があった。
「そこにいるのは……玲さん?」
声をかけると、玲はビクッと肩を揺らし、なんだか恐縮したようにゆっくりとドアを開けて入ってきた。夜間の見回り中だったらしい。
「夜遅くにすみません、百合さん。明かりが見えたから、つい……邪魔しちゃいました?」
「⋯⋯ううん、ちょうど今、焼き上がったところなの。
そうだわ、良かったら試食してくれる?」
私がそう言って差し出すと、玲は「えっ……本当にいいんですか?」と、パッと目を輝かせた。玲が、珍しく子供のように嬉しそうな、少し興奮した顔をしている。
小さなフォークで一口分すくい、口に運ぶ玲。次の瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「……すごい……。百合さんは、本当に……天才です」
感動に震えるような、心からの称賛の言葉。その純粋な眼差しを向けられ、私は少し照れくさく思いながらも、ふと、胸の奥にしまい込んでいた澱のような感情が顔を出すのを感じた。
「……ありがとう。でも、冴子さんにも……気に入ってもらえるかしら」
食べている彼女を見ながら、我知らず、そんな言葉がぽつりと口をついて出てしまう。
ああ、まただ。無意識のうちに、私の思考の基準はいつも冴子さんになってしまっている。
玲はいつも総支配人と親しげに話しているというのに。
そんな羨ましさと、拭えない嫉妬心を、私はいつもの微笑みで必死に覆い隠した。
「玲さんはいつも総支配人と仲が良くて素敵ね。……あ、」
これ以上、冴子さんの話を続けるのが怖くて話題を変えようとした時、私はふと玲の制服の襟元に目を留めた。
「……玲さん。ボタンが外れてるわ」
「えっ……あ、ほんとだ。すみません、動き回ってたから……」
玲が慌てて自分の首元に触れようとするのを制し、私は一歩、彼女との距離を詰めた。ごく自然な手つきで、私は玲のブラウスの緩んだボタンに指を伸ばす。
外れかかった小さな白いボタンを穴に通し、キュッと丁寧に留め直していく。真剣な眼差しで手元に集中していた私だったが、不意に、ふわりと香る玲の甘い香水の匂いと、すぐ間近にある彼女の整った顔立ちに気づいた。
(……こうして間近で見ると、玲さんはやっぱり、華やかで綺麗な子ね……
……冴子さんも、こういう可愛らしさに惹かれるのかしら)
仕事の時は完璧な客室係としてテキパキと動き、冴子さんの隣で楽しそうに笑う彼女。こんな風にふと見せる無防備なところを見ると、私の中にある嫉妬や切なさは、いっそう複雑にねじれて胸を締め付ける。
「これで良し。……夜の巡回中でも、身なりはきちんとしなくちゃダメよ」
私はほんの少しの切なさを隠しながら、柔らかい笑みを浮かべ、玲からそっと手を離した。玲はなぜか顔を真っ赤に染め、息を整えるようにじっと固まっている。
(……?どうしたのかしら、そんなに熱いのかしらね)
不思議に思いつつも、私は自分の胸の奥で波打つ切なさを隠すように、再び試作品のトレイへと視線を落としたのだった。




