迷子の男の子②
「おねえさん、ついてきて!」
「えっ、あ、ちょっと……!?」
小さな手で私の指をしっかりと握りしめ、てくてくと歩き出す男の子。
困惑しつつも、振り払うわけにもいかず、私はされるがままにその後をついて歩いた。
そのままロビーへ続くバックヤードの廊下を曲がった、その時だった。
「あら、百合。そこにいたのね。……って、その子は?」
前から歩いてきた冴子さんが、足元を見てピタリと足を止めた。
手には数枚の資料ファイルを持っている。さすが総支配人、忙しい合間でも館内の様子に目を配っているようだ。
私はホッとして、「あ、冴子さん……この子、どうやら迷子みたいで──」と言いかけた。
けれど、その言葉は途中で遮られることになった。
私の後ろに隠れるように引っ張られていた男の子が、ひょっこりと顔を出し、目の前に立つ冴子さんをじーーっと見つめたのだ。
そして、冴子さんが優しく微笑みながら「お名前は言えるかしら?」とかがみ込もうとした瞬間。
男の子は小さな眉をキュッと吊り上げ、冴子さんに向かってハッキリと言い放った。
「……ふんっ!おばさん、あっちいって!」
「……っ……!?」
廊下に、ピタリと時が止まったような静寂が訪れた。
(お、おばさん……っ!?)
私の心臓が大きく跳ね上がる。
常に完璧で美しく、ホテル内の誰からも敬愛されているあの冴子さんが、見知らぬ3歳くらいの男の子からまさかの「おばさん」呼ばわりをされたのだ。
冴子さんはファイルを持ったまま、目を見開いて固まっていた。
美人の顔に初めて浮かんだ、あまりにも衝撃を受けたような、ショックを隠しきれない表情。
「ちょ、ちょっと、あなた……!」
私は慌ててしゃがみ込み、男の子の肩を軽く押さえた。
「そんなこと言っちゃダメでしょ⋯!この方はね、ここのすごーい偉い人で……」
「やだ!あのおばさん、怖い顔してるもん!」
男の子はぷいっと顔を背け、私のエプロンの裾を両手でギュッと掴み、自分の陣地に引きこもるように隠れてしまった。
「おねえさんは僕のなんだから、取らないで!」
恐る恐る冴子さんの顔を見上げると、ショックのあまり軽く白目を向きかけている総支配人の姿があった。
(なんで、冴子さんにはそんなに塩対応なの⋯)
「あ、あのっ、総支配人!この子はただの人見知りで……きっとその、悪気があって言ったわけじゃ…」
必死にフォローしようとする私と、私の後ろから冴子さんを警戒した目で睨みつける男の子。
「……私……そんなに、怖い顔をしていたかしら……?」
震える声で呟く冴子さん。
いつもなら余裕の笑みを浮かべている彼女が、目の前の小さな侵入者に完全に打ちのめされているのだった。




