7.ランカープレイヤー III
狼たちに注意しながら、ルミナス率いる三人は入り組んだ路地裏をしばし進んでゆく。
首領·風巻牙について──ミスターBとカラーズが、ルミナスから聞いた情報はこうだ。
まず、先刻二人が襲われていたような大量の狼を従えていて、遠吠え一つで指示を出せる。次に、ヤツは風巻牙の名の通り、機敏でしなやかに戦場を動き回るらしいが、これはヤツの移動を見たプレイヤーからの情報で、直接の手出しは今のところ確認されてない。
最後に、図体がデカくて体毛が赤い。そりゃ首領の立場なのだから、威厳のためにも小さいわけはないのだが、肩までが馬くらいある。何より、体がデカいというのは、武器である牙や爪もそれなりに大きいということにも繋がる。体毛が赤いという点に、何かモチーフがありそうな気がしたが、三人とも一旦スルーした。
そんな獣を相手取るうえで、戦えるとはいえ手負い一人含めた三人でどう戦うか──カラーズは口を開いた。
「ルミ、一つ聞いて良い?」
「はい──どうかされました?カラーズさん」
「野暮だとは思うけど……しっかり作戦は練ってあるんだよね?ボスを、倒すための──」
カラーズは、そこまで言葉を出したところで続きを喉に留めた。不明瞭な盤面に空論を敷いたところで、何かイレギュラーが起これば容易に破綻する。
「……ごめん、やっぱ何でもない」
「分かっている僅かな情報のみだと、どうしても妄想半分のものになってしまい不完全……なので、ヤツの動きを止めて、高火力を叩き込む──私から言えることはこれだけです」
「良かったねB、君にも分かる簡単なやつでさ」
「おいコラ、遠回しにバカっつーな」
これはカラーズがミスターBに対してやる、いつものイジりだ。殺伐としたゲーム中の、少しだけ気を緩められる時間──だが、それも長くは続かない。
その会話を最後に路地裏を抜けると、日本では中々見ないような、だだっ広い大通りに出た。路地裏だとビルが邪魔で分からなかったが、空では満月が照っている。道路にあるべき存在であろう車は、視界の端にすら写らなかった。
その代わり──というには不釣り合いだが、プレイヤーが結構な数転がっていた。ゲームオーバーならネオンズ内には存在し得ないため、恐らく全員が半殺し状態でここに捨てられている。
その証拠に、捨てられている全員がどこかしらから血を流していて、地面やビルの壁に血痕がついている。中には血溜まりを作っているプレイヤーもいて、本当に死んだ判定じゃないのか疑わしいくらいだ。
「本物の血じゃないとはいえ、こうも大量に飛び散ってると気分悪いですね……」
「ケッ、こんな趣味悪いヤツなんて、早いとこかっ飛ばしてクリアしちまおうぜェ」
唾でも吐き捨てるように苛立つミスターBと、血を筆につけられることに気付き、それで壁に何か描いているカラーズを尻目に、ルミナスは自身が小さく思えるほどの道路を少しばかり歩む。
これだけ広い場所ならば、路地からの奇襲や不意討ちは避けられると、ルミナスは多少油断していた──相手の速度を舐めていた。
疾風が吹き荒れたと思うと、その風に隠れるようにして、突如としてルミナスの目と鼻の先にヤツは──首領·風巻牙が現れ、タックルをもろに食らわせられた。
「あぐっ……」
ただのタックルではあったが、ルミナスの油断から来たガードの甘さと、その巨体の威力が掛け合い、不意討ちとしては十二分なダメージのアドを取る結果になっていた。
ルミナスは咄嗟に指揮棒で防いだものの、先述の通りガードが甘く、その威力に一瞬息を詰まらせた。そして、軽くゴロゴロと転がっていった。
「ルミ……!!」 「ルミナス!?」
あまりに瞬時の出来事──風が吹き抜けていくような、ほんの僅かな時のものだったため、二人の反応にもタイムラグがあった。
二人のもとまで吹っ飛ばされたルミナスは、頭を抑えながら立ち上がる。
「心配は、ご無用です……少しばかり頭を打っただけですから」
「ルミナスは下がってろ、俺が──やってやろうじゃあねぇか!!」
「あ、バカ……!」
姿を表した首領·風巻牙に向けて、バットを回しながら一直線に駆け出すミスターB。
それを確認した首領·風巻牙が咆哮すると、いくつかある路地裏から、それぞれ数匹ずつ狼たちが発射されたように現れ、ミスターBに狙いを定めて飛びかかる。
反応が一際早かったルミナスが、指揮棒の先を狼らに向けて、サッと横向きに一振りした。
「即興·音速空伝!」
ルミナスが指揮棒を一振りすると、"指揮·伝音の証"と同じような、月光のような光を纏った矢が一本だけ、目にも止まらぬ速度で飛んでいき、狼を一体仕留める。
その後も指揮棒を振るうたびに、矢が一体ずつ狼を倒していく。ミスターBが倒した分も合わせて、あっという間に殲滅し終えた。
ルミナスとカラーズは、ミスターBのところへ走りよる。
「全く……私は平気ですから、一人で果敢に行くのは止してください!」
「あ、あぁ──悪かったルミナス」
「それより、アイツは?」
周りを見渡すが、首領·風巻牙の姿はどこにもなく、残ったのは閑静な空気だけだった。
「……逃げられましたかね」
「チッ、アイツさえ倒しちまえば終わるっつーのに、また大量の狼の相手しねぇと──」
「その必要はないよ、B」
カラーズがポツリと、無駄に広い道路の全体を見回しながら溢す。
ミスターBは怪訝そうに眉を潜める。
「どういうことだ?」
「二人とも、ジェヴォーダンの獣って知ってる?」
「んだそれ」 と頭にハテナを浮かべるミスターB。
「名前だけなら……」と顎に指を添えるルミナス。
「ジェヴォーダンの獣っていう、18世紀フランスのジェヴォーダン地方ってところに出現したって言われてる、狼に似た生物のことなんだけど……簡潔に言うね」
周囲に警戒網を張り巡らせながら、カラーズは何かを確かめ終わったように頷き、説明を続ける。
「体は牛並みにデカくて……赤い体毛で全身が覆われてる」
「完全一致じゃねぇかよ?」
「何より、そこら辺に転がってるプレイヤー達──もう一回見てみて?」
言われて二人は気付く。アイツの対策のことで頭がいっぱいだったが、改めてクソほど広い道路を見渡すと、先ほどまで気色悪いくらいいたはずの半殺しなプレイヤーが、粒子となって消え始めている。
それはゲームオーバーを告げる合図だが、それよりも特筆すべきは、プレイヤー達の頭部がなくなっていたり、内蔵を食い荒らされたように腹部に穴が空いた風体になっていたということだ。
「うっ……」
「どうなってやがんだ……さっきの一瞬で、これをやったってのか!?」
ルミナスは吐き気を抑えながら、ミスターBはさらに落ち着かない様子で、それぞれ惨状に反応した。カラーズを除いて。
カラーズは顔を斜め上に向け、キョロキョロと道路の左右を埋め尽くすビルを見回し、そのうちの一つを指差した。
「相当プレイヤーのこと食らったみたいだよ──あそこ、見て」
指差した先を二人は見た。
とあるビルの三階か四階辺り、窓などに手足を引っかけて、壁に張り付くようにしながら、墨汁を垂らされたような濁りのない黒に染まった瞳を、これでもかと開き、地響きのような声で唸りながら、それを三人の方へ向けていた。
「んだあれ!?もう狼ってレベルじゃねぇぞオイ!!」
「もとの姿でも狼と言えるか怪しかったですが……あれじゃ狼男も良いとこです」
「そういえば、このマップは満月──ちゃっかりしてるね、設定」
狼男となった首領·風巻牙は、暴風のように吠えた。




