6.ランカープレイヤー II
別のステージにて──
ネオンカラーに染め上げられたビル街を幾多の足音が駆け抜けていた。
その中の二つである、ランキング九位のミスターBと十位のカラーズは特に多くの足音と──それから、唸り声に追われていた。
「おいおいおい!!数が多すぎんだろォが!?」
「さっきから喧しいなぁ──口より、足と頭のこと働かせなよB……!」
「うるっせェ!言われなくても、こちとら必死に足んねぇ頭ァ使ってんだ!!」
現在、ミスターBとカラーズの二人は後ろから追ってくる数多の狼たちと共に、入り組んだビル街を走り回っている。
前から挟み撃ちしてくる狼はミスターBがバットで殴り飛ばしながら、何とか逃げ惑っている最中だった。
「ラチが明かねェ……おい、カラー!俺でアイツら食い止めてる間に描け!!」
「正気なの……!? なら、ボクが描き終えるまで──耐えてよね」
ミスターBが立ち止まって振り向くと、後ろから我先にと喧騒を纏った狼たちがやってきていた。カラーズはそれに遅れて立ち止まり、イーゼルを召喚すると、自身のナップサックからパレットと筆、そして空白の画用紙を取り出して筆を走らせる。
それを横目で確認したミスターBは、片手のみでバットをぐるぐると回し始める。すると、それに呼応するようにバットが電気のようなオーラを帯びていく。
「狼ども……その出鼻と歯ァ砕かれねぇように、しっかり食い縛れェ!!」
構えたミスターBが、束になって飛び掛かってきた狼たち目掛けて体を捻りながらバットを振り抜いた。
「壊力ゥ!!」
刹那、バチバチッと迸った黒い稲光が、バットを振った空間とその先に連なっていた狼たちに伝播しながら、バラバラに壊すように切り裂いていく。
しかし、それは詰まりに詰まった用水路の入り口の泥を取ったにすぎなかった。
ミスターBの能力により、最前列で狭い通路を追ってきていた、いわば前衛部隊が倒されたことを確認した、他の狼たち──前衛部隊とは比べものにならない数字の狼たちで構成された、本部隊が突撃してきたのだ。
そういえばノームコアが、革命侵略者は知能も高いと言っていたことを、今さらになってミスターBは思い出した。
「げッ、数が多すぎんだろうがよォ!!」
流石にランカーと言うべきか、ミスターBはその不意打ち気味の突撃にも反応して二発目、三発目と先刻と同じように攻撃を見舞った。
だが、数が一向に減ってるように見えない。何なら逆に増えてるようにすら、戦っているミスターBは感じている。
「待て待て待てェ!!おいカラー!まだ描き終わんねェのか!?」
「今やってる!あと少し待って……!!」
普段のネオンズなら、こんな状況でも切羽詰まったようにはならない。攻撃による痛みはほぼないし、ゲーム内で死んでもネオンズに再ログインできるという確証があるから、ゲームオーバーとてランキング変動以外は怖くもなんともなかった。
今は違う。ノームコアの話の通りならば、まず攻撃を受けたら痛いし、ゲームオーバーになったらノームコアとのゲーム中はネオンズにログインできない。そして仮に自分がゲーム内で死に、自身が干渉を許されないまま、ネオンズ内で残ったプレイヤー達がノームコアとのゲームに負ければ、二度とネオンズに入ることは許されない──ネオンズ自体、なくなるかもしれない。
そんな緊張感と、細かな説明がないがゆえの悪い方向に働く妄想が、ネオンズプレイヤー達に確かな影響を与えていた。
無論、それはランカープレイヤーにも通ずる。ランカーとはいえど、状況──もといゲーム内設定やルールが一変すれば、急な適応には多少なりとも時間を要するし、精神的に余裕がなくなる。
カラーズは、後ろからいつの間に迫ってきていた狼に気付かず、絵の完成を急いでいる。
前から来る狼たちを捌きながら、カラーズの方へ幾度と視線を配っていたミスターBは、ひときわ大きく声を張り上げた。
「おいカラー!後ろだ!!」
「え──っ、やばい……!!」
ミスターBの一声だけで自身の置かれた状況を瞬時に把握したカラーズは慌てたか、振り向き様に完成途中の絵の描かれた画用紙諸々を投げるも、当然狼にダメージはなく、僅かな時間稼ぎにすらならなかった。
身体能力がそこまで高くなく、近接戦闘に弱いカラーズが身を守ろうと、咄嗟に眼前で構えた腕が狼に噛みつかれる。ポリゴンの面影を若干残した赤い液体のようなものが、カラーズの負傷部分から流れる。
血──ではなく、ネオンズ内でのそういう演出だ。もっとも、今の設定ではただの演出という訳ではない。
「くぅっ……!?」
「カラー!チッ、いい加減に邪魔だァ!!クソ犬ども!!」
カラーズは狼に馬乗りになられ、腕で必死に体への噛みつきを防ぐが、すでに痛みで動きも鈍くなり始め、耐えられるのも時間の問題だった。
ミスターBは助けようとするも、前方から押し寄せる狼の波に手一杯で、どうにも動けない。
他のプレイヤー達も、同じように狼の集団に追われていて散開しているため、助けは望めない──という訳では、どうやらなかったらしい。
真上から風切り音がしたと思うと、月光を纏ったように輝く矢が、カラーズを襲っていた狼だけを貫いた。
それに遅れて着地してきた優美な人物が、ミスターBをそっと横に押し退けると、素早い動作で指揮棒を取り出し、先端を狼たちに向ける。
狼たちは初めて見る人物を警戒してか、飛びかかるのに少しの間を要していたのが決定打だった。
「指揮·伝音ノ証!」
先ほど飛んできた矢と同じものが、優美な人物の背後に半円を描くよう突如として出現する。
そして、コンマ数秒後に一斉に狼たちに向けて発射された。もちろん、それだけで済む数ではないので、優美な人物は指揮棒を何度も振り、その度に何度も狼たち矢が飛んでいく。
流石に勝機がないと学んだのか、狼の群れは五発目くらいを皮切りに、おずおずと逃げていった。
「ふぅ、これだけ数が多いと──対処も楽じゃないですね……」
軽く一息、といった感じで指揮棒をしまうと、その優美な人物──ランキング七位のルミナスは、ミスターBとカラーズの方にくるりと向き直った。
長く伸びた淡いクリーム色の髪が、ボリューミーな見た目の通りフワッとなびき、ピンク味の強い瞳がカラーズとミスターBを見つめた。
「お二人とも、ご無事……ではなさそうですが、とりあえず生存していて何よりです」
ルミナスは座り込んだままのカラーズに近付くと、しゃがみこんで傷の程度を確かめ始める。
「それに、実質私一人となるとボスの討伐も困難でしたでしょうし……ランカーのお二人がまだ残っていて助かりました」
「助かったっつーのは俺らのセリフなんだがよォ……もしかしなくとも、俺とカラー──そしてルミナス以外は全滅してんのか?」
傷を見終えたのか、傷だらけのカラーズの腕をそっと下ろして、真剣一色の表情で立ち上がる。
「いえ……と言っても怪我人半分、死者半分という感じに戦力が減らされてしまいました。それに、カラーズさんの腕がこの状態だと能力を使うのも困難でしょう……」
ネオンズ内で怪我を負ってしまった場合、その怪我はどんなものであっても戦闘終了後に治る。
つまり、今回カラーズが負った怪我はこのステージをクリアしない限り治らない。もっとも、ノームコアが設定をいじくる際に、そこも変えられたかもしれないが。
カラーズの能力は、絵に描いたものを具現化するというものであるから、腕へのダメージは致命的なのだ。
「でもルミ、ズタボロになったのは左だけ──まだ、利き腕は使える」
「だとして、どうやってパレットを持つおつもりで?」
「ボクだって、腐ってもランカー……こんなん、想定はしてる」
カラーズはルミナスを一瞥して立ち上がり、さっき放り投げた道具一式が壊れてないかを確認しすると、その中からパレットだけを取って口に咥えてみせた。
「ほへならいけうよ、ふはいほも」
「……では、今からボスの元に参りましょうか」
ルミナスを先頭に、ミスターBとカラーズが続く。
そうして歩き始めた途端、思い出したようにミスターBが声をあげる。
「そういやルミナス、このステージのボスってのはよォ──どんな野郎なんだ?」
「これは失礼いたしました……私たちのステージのボスの名は、首領·風巻牙──と言います」




