8.ランカープレイヤー IV
首領·風巻牙が咆哮を終え、壁を蹴ったと思うと、反対のビルの壁を経由して三人へ飛び掛かった。この間、一秒の僅か半分にも満たない。
三人からしたら、ボスがいつの間にか大口を開けて目の前に飛んできたもんだ。人間の反応速度では避けるのが精一杯だった。
「っぶねェ!!」 「あうっ」
「っ……と、これだけ速いとなると──二人とも!散開しましょう!」
ミスターBはカラーズの首根っこを引っ掴み、ルミナスは耳元を掠られながらも、一同とりあえず初撃を避けることには成功し、ルミナスの言った通りに散開する。カラーズのことを考え、ミスターBはその近くに移動する。
速い相手ほど厄介。どのゲームでも、恐らくは同じであろう認識──それはネオンズも例外ではない。
初撃は避けたものの、その後隙がなさすぎた。反撃には移れず、首領·風巻牙が駆け抜けて行った方を見ても、風が尾を引いているだけだった。
「……いない?」 「上だ!ルミナス、顔上げろォ!」
ルミナスが咄嗟に顔を上げると、こちらへの攻撃の機を伺っているのか、ヤツが道路を挟んだビルとビルの間を、稲妻のようにジグザグと駆け巡っていた。
「チッ、どうすんだアイツ……あんだけ速く動かれちゃァ、攻撃のしようがねェぞ」
「──いや、あるよ?ルミが言ってた通りの、Bでも分かる簡単な作戦がさ」
「あれか!──で、誰がアイツの動き止めんだ?」
ミスターBは二人を交互に見る。
カラーズはルミナスと見つめ合い、少しばかり苦笑した。
「決まってるでしょB……この三人の中なら、君の適任だよ?」
そう言い終わった直後、会話の隙を好機と見たか首領·風巻牙が、ビルの壁を破壊しながら蹴り、一直線に跳んできた。
ミスターBは持ち前の反射神経で、ヤツの牙が届くコンマ数秒ばかり早くバットを両端を持って構え、その突撃を数メートルほど押し込まれながらも受け止めた──がしかし、体勢が整っておらず、押し込まれてから弾くことが儘ならなかった。
そのままヤツの体重に圧され、ミスターBは地に背をつける形となった。
「くっ──見た目通りの馬鹿力ってかァ?だが、こっちにはよォ……」
ミスターBを喰らおうと、その大口を開けて何度も噛みついてくる首領·風巻牙の口にバットを噛ませ、耐えるミスターB。
それを囮に、ルミナスの手が指揮棒を携えて動き出した。
「三人いるんだぜェ!?犬っころォ!!」
「指揮·強音の三階光!」
指揮棒から放たれた三日月型の波動が、ミスターBに攻撃を仕掛けていたことにより、無防備となった首領·風巻牙の肩口をサッと切りつけていく。
通りすぎた波動はブーメランのように回転し、再度ヤツを目掛けて飛んでいく。二度目、これは躱した首領·風巻牙だったが、三度目──空間を切り裂くように、物理法則的なものをガン無視して直角に折れ曲がった波動は、加速度的に速さを増して、今度はヤツの顔面を捉えた。
首領·風巻牙は頭をブンブンと振り、痛がる素振りを見せるものの未だ脳を叩く低い唸りを響かせている。その隙を見て、カラーズが叫ぶ。
「B!こっちに、かっ飛ばして……!!」
「おう!!」
ミスターBがその隙を見て近づくと、痛がる首領·風巻牙は破れかぶれに前足だけで暴れる。それをスライディングして躱しながら、横っ腹に狙いを定めると、斜め下から抉るように片手でバットを振り抜いた。
「時空飛翔!!」
痛快な音が鳴り、ヤツのその巨体がフワッと宙に浮いたと思うと、ミスターBが狙っていた方向──カラーズの元へ、首領·風巻牙は引っ張られるようにビュンと飛んでいき、地面を何度か転がる。
怒りを露にしながらヤツが起き上がると、その目の前にはカラーズが仁王立ちしていた。
「……来なよ、首領·風巻牙」
なりふり構わず──といった風に、ヤツは歯を剥き出しに吠え、カラーズに襲いかかる。
カラーズはその場から一寸たりとも動こうとせず、歯を食い縛り、左腕を体の前で構えて──そこにヤツが噛みつき、真っ直ぐに跳んできた勢いでカラーズを地面に引きずり、さっきカラーズがプレイヤーの血で描いていた壁の絵へと叩きつけた。木造の家の壁を叩いた時のような、鈍く無機質な音がした。
「っ、ごふっ……」
食い縛った歯の隙間から、嗚咽が溢れる。頭も強く打ち、気が飛びかけたカラーズだったが、唇を思いっきり噛んだ痛みで意識にサービス残業を強いる。そして、掠れた声を絞り出す。
「へへっ……これで、仕上げの手間が……省けたよ」
首領·風巻牙は何かを察し、カラーズの腕を離したが遅かった。
壁の絵──魔法陣のような、奇妙な縁を象られた円のその真ん中に、カラーズから出た血がベッタリと付いている──から、深紅に染まった無数の手が、ヤツに向かって気味悪いほどに勢いよく伸びていき、その全てが首領·風巻牙の四肢やら顎やらを掴んだ。
「ルミナス!合わせろォ!!」 「終演、派手に飾らせてもらいましょう!」
首領·風巻牙は暴れるが、カラーズが意識を保つ内は、決してその手は対象を掴んで離すことはない。
ミスターBはバットを片手で回転させ、ルミナスは指揮棒を高く掲げる。
「壊力ッ!!」
「指揮·月煌の行進曲!」
深紅の手がヤツを離してしまいそうなほど、回転で力を蓄え続けたミスターBの一撃は、首領·風巻牙の腹にぶちこまれ、その体にメキメキと稲光のようなヒビが広がる。
そこに追い討ちをかけるように、月光を纏った矢が隊列でも為すように、何度も押し寄せる波となってヒビの入ったヤツの体を、バラバラに崩していったのだった。




