2.ノームコア
「ふぃ~……いやぁ、負けるかと思った」
待合室のカウンター席で、私──もといレノは、アキとまた話していた。
これは私らが組んで対戦した後のルーティンで、言わば反省会だ。
こうして二人で振り返ることで、色々とアウトプット出来たりする。
「今回はレノ様々だよ……アタシ、結果的にだけど、パークのやつに何も出来なかったし」
「まぁ、しゃあないって──パークとじゃあ相性不利だし」
カランカランと、氷と飲み物の入ったグラスを揺らしながら持ち上げると、グラスには私の顔が写る。
その表情は、今さっきギリギリの戦闘が終わったにも関わらず、また新たな戦闘を欲していた。
「それに、私の方も無駄に手間取ったし──最近は、ネオンズプレイヤー全体のレベルが上がってきてる気がする……これからが楽しみだ」
「アタシはランカーの中だと、そこまで強くないからなぁ……ランカーから落ちるのも時間の問題かも?」
「なに言ってんだよっ、ランキング七位がさ」
冗談交じりにニヤけるアキの脇腹を小突きながら、私も思わず笑みがこぼれる。
こうしてネオンズで他愛もない話をして、競い合うために戦い、過ごす。
そんな、私の生き甲斐と断言できるネオンズ──ここに暗雲が立ち込めたのは、その数日後だった。
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その日も私は普段通り、ネオンズに入り浸っていた。バトロワ潜ってラスト三人のとこで漁夫ったり、3on3で三タテかましたり、タイマンで思い切り虚を突かれて負けたり──まぁ、いつもと遜色なかった。
私は、腐れ縁的な関係であるPNグランと、さっきのタイマンについて駄弁っていた。
「クッソ、お前に負けたの腹立つ……」
「まぁまぁレノさん──今回はたまたま私の奇想天外な決定打がハマっただけですので、そう落ち込まなくてもよろしいのでは?」
「自分で奇想天外って言ってんなよ……それに、負けは負けだっつーの!」
「あらら……荒れてますな」
私は先刻行ったタイマンで、グランの奇策にのこのことハマった。
こいつは謙遜してるが、間違いなく私を掌の上で弄び、狙い済ました策を繰り出した。だから余計に悔しい。
「はぁー、今日はもう何かやる気失せ──ん、何だこのメール?」
「おや、確かに何か来てますね」
共に通知を受け、メニューを開いてその通知の中身を確認する。
「何だこれ、送り主……ノームコア?」
私は思わず、すっとんきょうな声を出して送り主の名を口に出した。
聞いたことのないPNだったし、メールをプレイヤーに送れるのはランカープレイヤーと、ネオンズの運営──ネオンだけのはず。
視線だけを互いに合わせてから、送り主の下に続く本文を目で追う。
そこに書かれていたことを読み、要約し終えたところでグランが口を開く。
「単なるイタズラ……というわけでは、なさそうですかね」
「あぁ、私の記憶の限りだと……ネオンズのシステムが、こんな風に一部でもハッキングされたことは無かったはず」
ふと周りを見渡してみると、どうやらネオンズプレイヤー全員に件のメールが行き渡っているようで、どうにも喧しくなっていた。
喧騒を嫌った二人は、ゲーム内通過をマスターに支払って待合室を出て、少し離れたところに場所を移した。
その時、微かなノイズが聞こえたあと、脳内に響くような低めに加工された声が続いた。運営からの連絡だ。
普段、運営がこうしたことをする時は、メール機能などがバグで使えない時だけだ。つまるところ──
『ネオンズプレイヤー諸君、聞こえるかな?今現在、謎の人物ノームコアに通知もとい連絡システムをハッキングされた』
「ふむ……そこは、まぁ大方の予想通りと」
ここまではプレイヤーだとしても把握できる事象だが、その先──運営しか分からない面を、続いて説明し始めた。
『ノームコアが私、そして君たちに送ったメールとは別に──私宛にもメールが届いているから、プレイヤー諸君にもサブのシステムから共有しておく……読むのは各々でやってくれ』
ピロンと、安っぽい通知音の鳴ったことを皮切りにグランはメールを確認する。
私は開くのが面倒だから、グランの開いた画面を横から覗き見る。
「何々……"まず始めに用件を書いておく──ネオンズプレイヤー達、僕と[ネオンズの所有権を賭けたゲーム]をしよう"……?」
「"開始は二日後の午後十二時、その時間までにネオンズのサーバー内に入っていたプレイヤー全員が僕とのゲームの参加者だ。詳細はその日、集まったプレイヤー達に話す"──一体、何が目的なんでしょうかね」
確かに考察すべき、悩むべきことは今のメールで大量に出てきたけれど、正直それは些細なことに過ぎない。
だから私は、頭を捻っているグランの額にデコピンしてやった。
「あだっ──ちょっとレノさん、何するんです?」
「グラン、こういう奴は大抵深い目的も理由もない──ただ遊びでやってる気分なんだ……あんま深く考えない方が良い、こっちまでバカになる」
「だからってデコピンしなくたって……」
額をさすりながらブツブツ言っているグランをさておいて、私は早くも二日後のことに意識をスライドする。
突如ノームコアという謎の人物から送られてきたメール、そして奴の言う"ゲーム"の意図と中身……現時点では何もかも分からずじまいだが、一つだけ確かなのは、ランカーは恐らく……集められるということ──
そこで再度、さっきも聞いた安っぽい通知音が私の方で鳴り響く──メール画面を開くと、今度は送り主の欄に"PNシップ"──ランキング一位の男の名前があった。
その中身は、私の予想通りランカープレイヤーの召集だった。私の画面を横から見ていたグランが、驚いて声をあげた。
「なっ、そのPN──ランキング一位の方じゃないですか……」
「やっぱりランカーは集められるかぁ……じゃあまた二日後にね、グラン」
私はそう別れを告げて、シップに指定された場所へと歩き始めた。
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シップに指定された場所──それは待合室だった。
こんな目立つ場所で?と不思議に感じたが……まぁ、あの男のことだから何か意図があるんだろうと思いつつ、待合室の扉を開ける。
ど真ん中、その中央に待合室で一番デカいんじゃないかという大きさの机を囲む、私を除くランカープレイヤー九人の面々がいた。
「遅かったじゃないか、レノ」
「そっちが早いんだよ、ランキング一位サマ……んで、私で最後?」
「あぁ、それじゃあ全員揃ったことだし──件のメールについて、ランカーである皆の意見を一応聞いておこうと思ってね」
シップは隣にいる、ランキング十位の常に何故か気だるげなプレイヤー──髪がボサついているPN カラーズへ視線をやり、最初の意見を促す。
カラーズは少し面食らった顔で、自分のことを指差しながら軽く周囲を見て、やっと自分が言うのを把握したようで、口を開くとモゴモゴと言葉を発する。
「ノームコア……とかいう奴とゲームするの、正直ダルいんだけど、やんなきゃネオンズ取られるっぽいし、ボクは受けて立つ派──」
「俺も同感だ!おちょくりたいのか何なのか知ったことじゃあねぇが!俺らの得意なゲームで勝負してくれるってんならよぉ……ボッコボコにしてやろうぜ?」
カラーズの言葉が終わったとみるや否や、半ば遮るように一際声をデカく意見を羅列したのが、ランキング九位のプレイヤー──喧嘩っ早い性格のPNミスターBだ。
見た目と言動の通りヤンキー気質な奴だが、何回か絡んだ私が感じた限りだと、そんなに悪い奴ではない。
そうして、話に前のめりに割り込んだミスターBを宥めるよう、落ち着いた声色でパークがシップに会話の主導権を戻す。
「ところでシップ、お前の意見はどうなんだ?ランキング一位のお前が意見を言えば、ランカーの中で反発するような立場知らずはレノくらいだろう」
「ちょいちょい……パークお前、私のこと馬鹿にすんな!私だって最低限、立場くらいわきまえるわ!」
「立場をわきまえてれば、お前がまだ俺よりランキングが低かった時に、あんな態度は取らないはずだが?」
「いつのこと引きずってんだよ!大体、お前が立場うんぬんを語るなら、今お前が私に取ってる態度……間違ってるっつーの」
段々ヒートアップしながら机を挟んで、ねめつけるよう互いに視線をぶつけ、まだ何か言いたげなパークだったが、静かに腰を下ろした。私もそれを見てから椅子に座り直す。
他のランカー達は、もはや恒例行事のようになっている私とパークの口喧嘩を、野次馬のように楽しんだり何なりしている。
私とパークのそれが終わったところで、シップがゆっくりと口を開いた。
「プレイヤーたちにとって、ネオンズは大事な居場所の一つだと思う──それも、ランカーともなれば思い入れの一つや二つあるはずだ」
「まぁ、ぶっちゃけミスターBと言ってる中身は同じになっちゃうんだけど……俺は、ここに居る対戦型ゲームのスペシャリストとも呼べるランカー含めた、ネオンズプレイヤー達で、ノームコアの言う"ゲーム"とやらを、真正面からぶっ壊してやろうと考えてるんだけど──どうかな?」
シップがランカー達を──延いてはその周りに集まっていた他のプレイヤー達にも、最終確認といった風に言い放ってみせる。
その場にいる誰も首を横には振らず、それを縦に振って頷いたり、やる気に溢れた眼差しをシップに向けていたりしていて──やっぱり人間、他人を動かすには力だけじゃなくて周りから好かれる要素が要るもんだ。
「反対意見は……なさそうかな?よし、じゃあ二日後に向けて、万全を整えるように!」




