1.ネオンズ
コンビニを出る。
やけに生ぬるさの際立つ、うざったらしい風が首筋を撫でながら吹き抜けていった。
イヤホンで音楽をかけながら少し歩いて、おもむろにビニール袋から白と黄色のストライプ模様のホットスナック袋を取り出しざまに開封し、すぐさま一口かじった。
油と塩でバリバリにメイクされた、いつもの味である。旨くないわけもなく、あっと言う間に平らげた。
「……やっぱり、もう一個買えば良かった」
毎度毎度、私は二個買おうと思ってレジの店員と対面するのだが、運動をほとんどしないため塩分やらを何かと気にして、結局一つに治めてしまう。
最近よく目にする野良猫にちょっかいを出しつつ、また少し歩いて住処に着いた。そこそこ築年数を重ねてるであろう見た目の、少し古くささの残る風呂トイレ別のワンルームアパートである。ちなみに、私の部屋は二階建ての二階だ。
ひょひょいと階段を上りきり、鍵を開け中に入り、部屋のど真ん中に置いてある小さめの丸机に先刻買ったコンビニ夕食を放ると、私は枕元から加工マシマシのインフルエンサーが推しても今一ヒットしないであろうパッとしないデザインの、近未来的なゴーグルを引っ掴む。
「さてさて、今日もやっていきますか」
それを掛け、電源を入れた途端──寝落ちしたような感覚に一瞬ばかり襲われる。
そうして飛び込んだ仮想空間の中で、目をシパシパさせながら再び頭を覚醒させると、目の前にはネオンライトに溺れたビル街が広がっていた。強めの雨が降っていて、空に浮かんだ月は一面の雲の中で辛うじて存在を示している。
早速、バトロワでも一戦やろうかと目の前の空間を横にスワイプし、メニュー画面をそこに浮かび上がらせる。
その画面の右下にデカデカと表示されている『バトル』と書かれた部分を押そうと手を伸ばした瞬間、二回りほど小さな画面が指とメニュー画面の間に割って入るように浮かぶ。
そこには"PN [アキ]からの招待を受諾しますか?"といった、所謂フレンドからの招待メッセがあった。私は一瞬たりとも迷わず『はい』と書かれた方を押した。
すると、先程までいたビル街から私はバー……いや、雰囲気だけは酒場のバー──もとい待合室へ転送される。
「う~っす、今日もランカー様が来てやったぞ~」
"ランカー"という単語に、この場の全員が多少なりとも反応するが、私だと分かるとすぐさま元の会話に戻った。
私は他のランカーと比べて明らかにログイン時間と出現頻度が多く、物珍しさがないためかランカーなのに反応が薄いのだ。悲しい。
騒々しい待合室を歩いて奥のカウンターに行くと、マスターと駄弁っている白髪の人物の隣に私は座る。
そしてカウンターを挟んで立っている人物──黒スーツを身にまとい、頭部がメジャーカップとなっている──もといマスターに注文する。
「マスター、隣と同じの一つ」
メジャーカップの頭を一度下げると、マスターは作業に取りかかる。
そこで、隣に座っている白髪の人物が私に話しかけてきた。
「相変わらず招待から来るまでが早いね、レノ」
「当たり前、ランカー相手……それもアキってなれば、断る理由ないし」
そう言うと、片側で結ってある三つ編みを揺らしながらアキはニヤッと微笑んだ。
アキは、現在順位六位のランカープレイヤー。見た目上の特徴としては、白髪以外の他だとロックンローラーのような、やけに光を反射する黒いジャケットくらいだ。
私がネオンズでランカーになってから、初めて仲良くなった人物である。
「んで、今日はどれにするよ?バトロワかタイマンか」
「今日はね、バトロワ潜らない?……デュオで」
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その後また少し世間話をしてから、マスターに代金であるゲーム内通貨を支払い、待合室から出た私達は、メニューの『バトル』と表示された部分をタップする。
マッチングで少しばかり時間を要するも、すぐに規定人数である二人一組の十グループが揃い、バトルマップに転送される。
ここネオンズでのバトルの際は、同じモードでも毎度マップが異なるのだが、今回は廃棄街というマップが舞台だ。
「じゃあアキ、何かあれば随時連絡」
「分かってるよレノ、あとは曲がり角と物陰注意ね」
という会話を最後に、私とアキは反対方向へと走り出す。
ここ廃棄街は、その名の示す通りゴミ箱の中を街にしたような感じのマップで、そこらに中身が詰まった黒いゴミ袋が山のように積み重ねられており、マップの真ん中を通る大通り以外は大抵物陰。建物はほとんどの窓が割られて大変通気が良くなっているから、遠距離系を武器としているプレイヤーにとっては都合が良いマップだ。
「だから逆に、つけ入る隙も生まれやすいし……!」
私は大通りの脇にある狭い路地裏に入り、不意打ちを狙おうと建物内に裏から入ろうとしていた遠距離系プレイヤーを一人、キルする。
「こうやって、開幕強ポジ取りにくるやつでキル数稼げるんだよねぇ」
一応、ここのマップは先ほど説明した通りなのだが、私みたいなランカープレイヤーや実力上位のプレイヤーにとっては、こうした対策のような攻略法のような……そんなものが周知されていた。
「だからここは、暗殺メインの私からしても大分やりやすい──」
そう独り言を呟きながら大通りに出た瞬間、大通りを挟んだ向かいの建物の二階から、光の反射が視界をかすめた。
私は即座に転がって、近くにあった廃車に身を隠すと、先刻まで私が居た場所のアスファルトが指の先くらいのサイズでえぐれていた。
「……あれ、狙撃者か?あーっ、めんどくせ……」
私は車のカーブミラー越しに、さっきの光の招待であるスコープの位置を再度確認する。
大通りは一般的な片側二車線のもので、向こうに渡り切るにも、お分かりの通り人間の足じゃ高が知れている。
「ただ、あれだけアスファルト削れるなら、ボルトアクションっぽいし……賭けるか」
身に付けている、少し古ぼけたフード付きのマントを脱いで、近くにあった中身の詰まったゴミ袋に被せると、私はそれを車の陰から少しだけ相手から見えるよう出し、人の頭のようにスッと動かした途端───カーブミラーに反射した光が、火を噴いた。
「掛かったぁ!!」
ゴミ袋が撃ち抜かれ、破裂すると同時に車の陰から出た私は、相手が次の弾丸を装填する前に大通りを渡り、建物内の階段を上りきると、甲虫の前翅のように鈍く光る銃口が私を出迎える。
そこからブッ放たれた弾に、私は腕を持ってかれる覚悟で脇差の刃を合わせた。
乾いた音が耳をつんざき、弾丸の衝撃と合わせて身体全体が思わず後ろにのけ反るが、無事な左手で私は腰のベルトから予備のナイフを取り、相手の腹部へと、がむしゃらに突き刺した。
「手厚い出迎え、ご苦労さん」
ブシュッ──とナイフを抜くと、相手は粒子となって消えた。
それを確認して、私はその場に右腕を押さえながらドサッと座り込む。床が固かったから少し尻に衝撃がくる。
「ってえ……やっぱ弾丸は刃物で受けるもんじゃねぇな……」
椅子の角とかの固い部分に肘をぶつけた時のような、ジーンとした後味が残ってはいたものの、私は腕を振って紛らわしつつ立ち上がる。
「そろそろ動くか……人数もぼちぼち少なくなってきただろうし」
目線の左上、非バトル時には常に表示されている残り人数を、そう言いながら確認して──人数の減り具合に少し違和感を覚えた。明らかに減りが早い。
ゲーム開始から、恐らくまだ十五分程度しか経っていないはずなのに、グループの数が十から三まで減っていた。
私はそう高くない二階の窓からヒョイと飛び降り、さっき囮に使ったマントを回収して──ゴミで汚れてたから羽織ることはせず──腰に巻き付けると、廃棄街を駆け出した。
「こりゃ他のランカーもいるな……チッ、今日はアキと組めてラッキーと思ったんだけど」
駆け出してから少しして、残りグループ数は二となった。
水に濡れて万華鏡のように光が交わっているアスファルトの上を、パシャパシャと水音を鳴らしながら走る。
「早めに合流しとかないと……こんな風に表だって暴れ散らかすランカー、知ってる限りじゃ一人しか知らな──」
と、マップ全体に響き渡るような爆発音が地と空を揺らし、脇道から煙と共にアキが大通りへと転がり込んできた。
転がり込んではきたが、先の爆発のせいでキルされたらしく既に粒子になり始めていた。
「マジか……もうちょい早ければ、楽に進められたんだけど」
脇道から出てきた煙が晴れ、代わりに姿を現したプレイヤーに、私は思わず眉を潜めた。
そのプレイヤーは現在ランキング四位の、パークという奴だった。
強盗が被るような覆面マスクとヘルメットで頭部を包み、軍隊が着るような迷彩服を身に纏っている少々奇抜な服装ではあるが、その屈強で巨大な体躯は圧があり、多彩な火器類を武器として扱う。
パークはバレットベルトを揺らしながら私を見ると、普通は地面に固定して使う機関銃を右肩に担いで、空いている左手でショットガンを持って構えた。
「その服装と機関銃の使い方、いつ見てもおかしくて笑っちゃうわ」
全くもって笑みを浮かべずにパークにそう言ってみせる。
「その減らず口を二度と開けないよう蜂の巣にして、ランキング三位の座を取り戻してやる……!!」
「おぉ、そりゃすごい──出来たらの話だけどなぁ!」
パークの肩に担がれた機関銃が猛々しい連射音を発するコンマ数秒前、私は横に駆け出す。私が通ったあとを少し遅れて銃弾たちがなぞっていくのを尻目に、パークのサイドから回り込む形で距離を詰めていく。
こいつの屈強な体躯でも連射中に素早く動くのは無理筋で、パークは機関銃の連射を早々とストップし、ゲーム内だから雑に扱っても平気なそれを地面にかなぐり捨てると、空いた右手に拳銃を装備して近付く私へと三発ほど連続して発砲した。
しかし、そのうち二つは私に掠りもせず降りしきる雨に消え、当たりそうだった残りの一つもキッチリとかわした。
「標準ちゃんと定めないで当たるかよ!このデカブツ──」
「ダミーだと気付かずに銃弾に気なんか取られて……ガラ空きだぞ!!」
躱したあと前を向くと、近距離まで接近していたパークに思い切り殴られ、くの字になりながら派手にぶっ飛んだ。
近くのビルに背中から強打したあと、重力に従って私は下に積み上げられていたゴミ山にダイブする。いくつかのゴミ袋が、衝撃に耐えられず破けて中身が露出した。
身体からの痛みの訴訟を棄却しながらゴミ袋をどかして立ち上がろうとすると、眼前に突きつけられたショットガンの銃口と対面する。
「……とっととトドメさせよ、パーク」
「いいや、やっと貴様に奪われた三位の座を取り返せるのだ……余韻に浸ってから撃ち抜かせてもらおう」
「お前のその感傷主義なとこ、マジで勿体ねぇわ」
「なんとでも言うが良い……負け惜しみにしかならんからな」
そう言い終わると、パークは引き金に指をかけた。
「次会うときは、俺の下から挑んでくるが良い」
「お前の下?そうなることはもう──」
私は腰に巻き付けていたマントをバッと広げると、破れたゴミ袋から溢れていた傘を──パークが引き金を引くより早く、その銃口にぶっ刺した。
「一生ねぇんだよ!!」
次の瞬間、傘を突っ込まれたことで逃げ場のなくなった熱い空気が、銃身内部で圧力を急上昇させたせいで銃身が圧力に耐えきれず爆発した。
爆散した銃の破片はあちこちに飛び散り、広げていたマントのお陰で少なくはなっていたものの私の身体やらを削っていった──が、それはパークも同じことで、奴の方が身体の面積が大きいためこの破片も当たりやすい。
パークは身体全体を鈍い赤に染め、呻きながらアスファルトに膝をついて、持っていた拳銃とショットガンを取り落とす。静寂が訪れ、雨音と私たちの吐息だけが空気を揺らした。
「がほっ.......っ、はぁ......ふぅー」
咳き込みながらも一息ついた私はのっそりと立ち上がり、脇差を逆手に握って、動けないパークに近付くとパークの首目掛けて勢いよく突き刺した。




