10.騒動
寝不足なのに無理矢理にでも叩き起こされたような、不快な感覚で私は目を覚ます。戻ってきた、現実に。
私、PNレノ──本名、街駆零野は、ダサめなデザインのゴーグルを外し、ポイッと枕脇に軽く投げた。
現在時刻は、ノームコアとのゲームが始まった12時から少し経った12時15分。相変わらずこの短時間でしたとは思えないゲームだった。
ネオンズでの時間の流れは、現実のそれの約六分の一となる。このシステムはネオンズ開発者兼運営のネオンが独自に開発したものらしい。時間差異流動システム?とかいう名前だったはず。
そのお陰で、私がゲーム前に買ってきて放置していたコンビニ飯も、いまだレンジの温もりを保ったままだ。
私は仰向けの状態でグッーっと伸びをしてから、足を思いきり上げて下ろす反動で起き上がって小さめの丸机に向かい、スマホ片手に昼飯を掻き込んで──むせた。
しばし咳き込んだ後、水を飲んで色々と落ち着ける。そして、一連の流れの原因となったスマホの画面が示すニュースを再度食い入るように見つめ、急いで明菜に連絡を取った。
そして残りの昼飯をそのままに、私は丸机の隣に置かれていた薄いパーカーだけを引っ掴んで、部屋を飛び出た。
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とある一軒家のインターホンを連打する。
普通なら迷惑行為に数えられるが、今は別でも良いだろう。何しろ用件が用件だ。
間もなく家の主であるPNアキ──本名、夜栄 明菜が玄関を開ける。
会話もなしに、私らは明菜の作業部屋に行った。
部屋のドアを閉め、この部屋の中では存在感の大きい立派なPCの画面を、二人して食い入るように見つめる。目が悪くなる云々は気にしない。
「……やっぱり零野、これって」
「正直早とちりはしたくないけど……間違いないとは思う」
PC画面には匿名掲示板が写っていた。数多と存在するゲームのことを話題とするこの掲示板だが、今はネオンズカテゴリーの"ある事件"で、アクセスが集中しているらしかった。
『ネオンズって何が起こってんの?』
『分からないけど、ゲームで死人が出るって何?ヤバくね?』
『自分は今回の件のゲームには参加してないけど、ノームコアってやつが原因』
『警察って動くんかなこれ』
星の数ほどの投稿が、大手配信者のコメント欄より何倍も目まぐるしく流れていく。
この場合比喩ではなく、実際に投稿の数はえげつないことになっているはずである。
「ネオンズ内でゲームオーバーになった人達が、実際に死んでる……?」
「っ……マジか」
無量対応殺戮巨兵との戦いの際、自身の指示で突っ込んでったプレイヤー達のことを思い出したが、今はそれを振り払う。
今はそれよりも気にすべき、不自然な部分がある。
「なぁ明菜、これって掲示板でも言われてるけど、警察とかの組織は動いてんの?」
「私が見た限りだと、特に……」
"おかしい"と直感的に思った。私はネットニュースで流れてきたのを目にしたけれど、そうやって流れてくるくらいには騒ぎになっている。しかも、確証こそないが人が死んでいるのだ。
なのに、かなりネットの海を泳ぐのが好きな明菜でさえ、警察などの組織が動いたという情報を見つけられないとなると──
「これワンチャン、ノームコアの野郎とグルなんじゃね?」
「グルって……誰が?」
「新しい市長がだよ、前の市長が病気かなんかでヤバいっつって最近変わったろ?」
「へぇ~、いつの間に変わってたんだ」
私らは普段、ネオンズで生計を立てている。
配信などをしているわけではなく、この街ではネオンズのランカー報酬として月一で、普通の生活をするに不便のない程度の金が口座に入るのだ。
前市長の時代、この街は特色と言えるものが何もなく、観光客はおろか居住する人間の姿すら閑散としていた。
何がどうなって前市長とネオンが繋がっていたのかは全く知らないが、そんな時に前市長はネオンの作り上げた電脳都市·ネオンズを使って街起こしに取り組んだ。
その街起こしの中身が、ネオンズを使った没入体験型のゲームだった。だが、遊びに来るだけでは街起こしにならないと考えた前市長は、ネオンズでのゲームにランキング制度を取り入れ、ランカーと呼ばれるトップテンのプレイヤーには、それ相応の報酬金を与えることとした結果、腕っぷしに自信のあるゲーマーがかなりの数住み着くようになった──という感じだ。
だが、その報酬金は前市長のポケットマネーなどではなく、ゲームとは無縁の普通に暮らしている市民達の納めた税金が一部使われていた。もちろん反発が強かったが、前市長は強引にこの策を推し進めた。
これは随分前のことで、最初こそ選挙で落とそうとしていた普通の市民達だったが、ゲーマーの方が数が多いこの街では前市長が落ちることなく、普通の市民達は諦めていた。
だが、最近になって前市長は病気かなんかで死にかけとなり、市長が新しくなった。
「詳細は私も知る気ないけどな──それに、グルってのも憶測でしかない。市長が無関係って線は否定できないわけだし」
「何にしても、私たちが想像してたより……ノームコアは狂ってる」
「まぁ、あいつだって腐ってもゲーマーだろ?クリアしちまえば終わると思う──多分」
二人して、ノームコアが──否、私らネオンズプレイヤーが始めてしまった対決の深刻さを今になって理解する。
PCの画面では、未だに新しい投稿が忙しなく流れ続けていた。
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家に帰ってくる。
私の手にはコンビニの袋、中身は普段からリピートしている揚げ物である。今回は二つ買ってきた。
まだゲームが始まるには全然時間があるが、零野はコンビニの袋を小さな丸机に置くと、数時間前に外したダサめなデザインのゴーグルをつけ、ネオンズに入った。
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待合室前の広場に、私は入場する。
あのゲームの後というだけあってか、やはりネオンズにログインしているプレイヤーは少なかった。恐らく、あの騒動のせいで次のゲームから参加するプレイヤーも少なくなるはず。
「始まったばっかだってのに、お先真っ暗だな……」
宛もなく、とりあえず待合室に入る。やはり店内はガラガラだった。
頭がメジャーカップなため表情は見ることができないが、マスターもどことなく暇そうだった。
いつものようにカウンター席に座り、暇そうなマスターに仕事をくれてやる。
ペコリと頭を下げて、マスターは注文の品のジンジャーエールを準備する。私は頬杖をついて、考える──
──ノームコアの言っていたゲームは、ステージ制で進む。さっきのゲーム難易度から考えて調整するなら、ステージ数は五が妥当か。
戦闘形式ってのが基盤なだけで、他のルールは全てノームコアが決められる。つまり、単純な戦闘ばかりなはずがなくて、ステージごとにクリア条件とかが異なるのは当たり前だろうな……そうなると、事前説明がないのが痛すぎる。こうした暇な時間に対策の立てようがない。
今回の件で全員が少しは消極的になるのは必然と考えた場合、ゲームクリアが困難になってくるはず──
「──だぁー!もう!事前説明くらいしろよな!あんの野郎!!」
周囲の視線が一斉に向く。当たり前だ。さっきまで不機嫌そうに頬杖ついて黙り込んでた奴が、唐突に頭を抱えて大声出して、挙げ句の果てにカウンターテーブルに勢いよく突っ伏したのだから。
だが、マスターだけはそれを気にせずに注文の品を出してくれる。ありがとう、マスター。
周囲の視線も私から興味をなくし、私はジンジャーエールを飲みながら、マスターにあーだのこーだの達者に喋っていた。
すると、待合室の入り口が勢いよく開かれた。そこに立っていた人物に、私は思わず口元を引きつらせる。
その人物は私の姿を見つけるや否や、弾かれたように近づいてきて、私の手を包むように優しく握り込んだ。
「あぁ、やはりこちらにいらしたのですね!レノ様!!」




