11.素性
「このライト、もう貴女様のことが心配で心配で……さきほどは三十分ほどしか睡眠を挟めなかったのです!!」
「昼寝までして健康で何より……まぁ、とりあえず無事なら良かったけど」
「っ───!!!! レノ様が、私の無事を喜んでくださっている……!! もうネオンズでの悔いはありません好きです死ねます」
「死ぬなコラ」
こいつはPNライト、さっきまでの会話と行動の通り、私のことが狂おしいほど大好きな女プレイヤーだ。
こいつのことを他人に紹介するうえで、これ以上もこれ以下の説明はないのだが、自分で言うと小恥ずかしい。
青地の髪に、ところどころ赤いメッシュが混じっていて、それを前は目が隠れるくらいまで、後ろを腰ほどまで伸ばしているのを途中で結っている。ランカーではなく、戦闘が抜けて強いというわけではないが、能力が中々に面白いプレイヤーだ。
この調子で騒がれると困るので、とりあえず隣に座らせる。ライトは私と同じ品を頼むと、さっきとは打って変わって神妙な面持ちで口を開いた。
「……ところでですが、レノ様は今起こっている騒動はご存知で?」
「あぁ、ついさっきまでその件で動き回ったり、アキと色々話したり──絶賛悩み中」
私は机に突っ伏した。暇を持て余す手でカラカラと、半分ほどに減ったジンジャーエールと氷の入った自身のグラスを揺らす。そこに写る自分は、卒論に行き詰まった大学生のような、パッとしない顔だった。
ライトは真面目な話だからか、普段のテンションを抑えて、マスターから注文したジンジャーエールを受け取り、一口飲んで──炭酸の強さに眉を潜めてから続ける。
「……流石の行動の早さです。それで、何か分かりましたか?」
「分かったって言えるほどの確証はないけど、私なりに憶測は立てられた」
現実でアキと調べて分かったことと、個人的な憶測を話した。
ネットニュースになるまでには騒がれている──それも、人が死んだという内容のものなのに警察などが全く動く気を見せないという事実。
前市長が死にかけとなって、代わりに就任した新たな市長がノームコアとグルなんじゃないかという憶測の、主に二点を。
ライトは全て聞いたうえで、頭をひねる。
「そんなに回りくどいことをするのか──などの疑問は浮かびますが、そのお考えは有力かもしれません」
ライトはそこで一旦、若干決まり悪そうに咳払いを挟む。
「私も休憩のあと、少しばかりその件について調査してたものの、私では分からずじまいで……」
「いや、そうやって調査してくれてるだけでもさ──今の私らにとっては、十分ありがたい」
私はグイッと残りのジンジャーエールをあおると、ライトに向かって拳をゆるく突き出した。
「話してくれてサンキュー、この後のゲーム──全部クリアしてやろうな」
ライトは、おっかなびっくりといった風に頬を赤くしながら、突き出された私の拳に控えめに自身のを合わせる。
普段から私に対して恥じらいもなく"好きです"だの"愛してます"だの言ってるクセに、私から仕掛けるとほぼ毎回こうなる。変なやつだ。
未だ頬を赤くして、落ち着かないようにカラカラとグラスを鳴らしているライトの分の代金もマスターに支払って、私はネオンズを後にした。
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現実に戻ってきた私は、深々と息を吐いて、宛もなく布団の上を転がる。
現時点でやれそうなことはやったし、あとは二日後の十二時を待つだけ。
こうなれば私は無敵だ。暇な時間を無駄に浪費することに関しては、この世に存在する誰よりも得意である。
「でも、こういう暇な時、ネオンズって使いにくいんだよなぁ……」
ごろごろと、広くもない布団の上で転がってたせいかドスンと床に落ちた。
沈黙──誰か見てるなら苦笑いでも良いからなんか反応してほしい。そんな風な気持ちになる。
「……いった」
とは言ってみたものの、カーペットが敷いてあるので、直に固い感触がぶつかった訳でもないし、布団も床に敷くタイプなので、高さもなくあまり痛くはなかった。
が、一度完全に脱力してしまうと切り替えるのが難しいから起き上がれない。仕方ない、人間だもの。
このまま床で寝るか──と、まどろんでいた矢先、自身の腹の音と電話の着信音の連携攻撃で、私のまどろみは討伐された。
「ったく、人が眠りかけてる時に誰だよ……もしもし──って、お前かよギャン厨!」
『おうおう、なんだか不機嫌かぁ?ま、このダイス様の声でも聞いて怒りは沈めてくれや』
「黙れ、お前のやることなすこと話すこと、全部大事な局面のラグくらいウザいわ」
こいつはPNダイス、ギャン厨+自信過剰という救えないタイプの人間だ。
確実にそういうタイプの人間なのだが、借金まみれというわけではなく、むしろギャンブルで勝ちまくっている。
イカサマしてるだろうな、絶対。してないとしたら賭博の神が即刻解雇レベルの無能だということになる。
ちなみに、私が明菜以外にネオンズプレイヤーで連絡先を繋いでるのはコイツだけだ。決して繋ぎたくて繋いだわけではなく、ダイスが勝手に入手した。入手経路はダイスいわく"シークレット"らしい。腹立つ。
「んで、何の用だ?金なら貸さないぞ」
『冗談はよせ、社不レノなんかに借りるほど切羽詰まってないぜ?』
「ぶっ殺すぞ」
『うおー怖い怖い──じゃ、本題に入るな。今日行われたゲームだが、俺はわざと参加しなかった……何故だか分かるか?』
さっきまでの会話から一転して、急にこうして真面目な話題に切り替えられると困る。春先の気圧かお前は。
だが、コイツとのいがみ合いは疲れるだけなので引き伸ばすつもりはない。私も真面目に考える。
「お前のことだから、大人しく様子見……ってわけじゃないだろ?さしずめ、私らが頑張ってる裏で、せっせこ情報収集ってとこか?」
『That light──よく分かってんな』
「お前は運動神経カスすぎて、能力抜きにしても戦闘向きじゃないしな……それで、何が分かった?連絡寄越したってことは、相応の収穫があったんだろ?」
まぁ、一プレイヤーが出きる範囲で仮に何か収穫があったとて、それは三百ピースパズルの一欠片程度だろう。あまり期待はしないでおくが。
『聞いて驚け?昨日、俺の贔屓にしてる情報屋に掛け合ったら、ノームコアとかいう野郎の素性が分かっちまったんだ!』
「昨日の今日でか?それに、その情報を信用して良い理由は──」
『お前の連絡先入手して、俺に教えてくれたのアイツだぜ?』
「……マジで?」 『大マジだ』
私自身の実体験を言われちゃ、信じないほうが逆張りというものである。
この短期間で、私なんかよりも数倍セキュリティには重点を置いてるであろうノームコアの素性を掴めるとは──なんとも暇人で腕利きな情報屋だ。
「分かった、信用する。それで、ノームコアは一体何者で……目的はなんだ?」
『ノームコアは簡潔に言うと、寝たきりの病人だ』
ダイスが勿体ぶらなかったので、私は心の準備をする間もなくそう告げられた。
その後も淡々と、ノームコアの割れた素性についてダイスはさらに明かす。
『本名は浅乃先 夢、年齢16、性別は女だ。産まれつき病弱な体質で、運動はおろか日常的な動作を数分続けるだけで息が切れるほどらしい』
『上体は起こせるものの寝たきりが普通──そんな体質じゃ、自ずと暇を潰すのにはネットにのめり込む』
『ネット上では素性を一ミリも明かさず、自身の描いたイラストを投稿していて、相当上手いのかフォロワーが多い──こんなもんだな、分かったのは』
ダイスが言ってた通り、ノームコア本人の素性はこれ以上は持て余すくらい分かった。
だが、私が欲しかったのはこういう情報じゃない。例えば、新市長との関係性やネオンズをかけたゲームを始めた動機とかだ。
一通り話しても、私から返事はおろか相槌すらない理由を、ダイスは見透かしたように言葉を続ける。
『まぁ、お前の求めてた、ノームコアがゲームを始めた目的とかの情報がないってのは謝るが、現状はこれが関の山だ。あまり踏み込みすぎるとバレるしな』
「いや、こっちこそ贅沢だった。ないよりはマシだし助かる──情報屋にも、よろしく言っといて」
それだけ返して、私はダイスの返事を待たずに電話を切った。スマホを布団に放り投げる。
ノームコア──もとい浅乃先 夢は、寝たきりの病人にしては、随分とまぁ楽しそうに私らのゲームの様子を見物していた。ヤツ自身が知ってるのか定かではないが、人が死ぬゲームで。
その先を考えようとした矢先、ダイスとの電話を終えたからか、いい子にステイしていた眠気が我慢できずに私を襲う。
「んっ──ふぅ、なんか疲れた……」
頭が疲れてるからか、体自体をそこまで動かしたわけでもないのに、布団に戻ることも億劫で、私は睡魔に身を委ねた。




