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寄宿  作者: すいか公爵
3/7

第三話 朝風呂と邂逅

 起きると朝の6時だった。僕は熟睡するタイプなので8時くらいまで寝ていることが常だ。そんな僕がこんなに早く起きたのも、まだ心のどこかで昨日のことを思っていたからなのかもしれない。

 幸い、ここのホテルは朝風呂もやっているようなので、入ってみようと思った。熱海に来て初の朝風呂だった。

 エレベーターを使って風呂場のある地下に行った。脱衣所で服を脱ぐときは、朝のためか少し肌寒かった。

カラカラッ

僕は小気味よく浴室のガラス戸を開けた。

 一番風呂だった、誰もいない。

 僕は、静かで誰もいない方が好きなので、少しテンションが上がった。さっそく椅子と桶を取り、奥から二番目のシャワーに陣取った。

サー、サー

ひとり浴室の中で響くシャワーの音、ある意味自分だけの空間にいるようで快感だった。

 そんな感じで寝汗を流していると、しばらくしてその静寂は急に断ち切られた。

「ひゃー、朝風呂もやってるってマジだったんだ」

「朝のうちにサッパリしておくのは気分が良いですからね」

僕はすぐにその二人の声の主が分かった、ヤツらだ。

 ヤツらは桶を取ると、僕から一つ間を開けて固まって座った。

 僕は黙りこくって頭を流し続けた。すると、ヤツらはボディーソープを手に取り、体を洗いながら話し始めた。


――

「実はオレ、朝風呂に来た理由がもう一つあるんだよ」

「へぇー、何ですか?」

「実はよぉ、ここのホテルに来てから急に寒気がするんだよ、オレ」

「先輩、霊感ありましたっけ?」

「いや、子どもの頃からそんなもん見たことないから、全くない、と思う」

「じゃあ、風邪ですかね」

「いいや、そういう寒気じゃないんだよな」

「ふーん、それなら新型ウイルスですかね?」

「まあ、色々可能性としてはあると思ったから、入って温まろうと思ってな」

「賢明な判断じゃないですか、おそらく」

……

「ところでどうだ、お化けとやら、見たのか?」

「いいえ、全然」

「やっぱ、デマじゃねぇのか?」

「まあ、仮にそうだったとしても、熱海への二泊三日の旅って事で楽しくやりましょうよ」

「そうだな。海は近いし、魚もうまいし」

「けっこう暖かいですし」

「ま、そういうオカルト抜きにしても、けっこう良い場所だよな、熱海って」

「そうですね」

――


思わぬところで気が合ってしまった。

ヤツらもここを良い場所だと思っていただなんて。ただのオカルト野郎じゃなかったようだ。

 いつの間にか僕は聞き耳を立てていた。ふと、シャワー出しっぱなしで頭を流していたのを思い出して、水がもったいない、と思い蛇口を閉めた。そして、ボディーソープを取り、ボディーウォッシュへと移行した。スポンジをあわ立たせつつ、再びやつらの話をこっそり聞いた。


――

「ところで、先輩はなんでお化けとかに興味があるんですか? 見えもしないのに」

「おっ、それはだなあ、ガキの頃にお化けと闘う映画やゲームを見て、影響されたんだよ。ここでもそういう映画見ようと思って、DVD何枚か持ってきたが」

「へー、どんなのですか?」

「掃除機みたいなのを使って、お化けを退治していくんだよ。だから、俺の中ではお化けといったら掃除機なんだよ」

「先輩の中で、柳はリストラされたんですね」

「まあな、オレそんな古典とかに興味ないし、生きているのは現代だよ、現代。昔なんかのことより、今を生きなくちゃ」

「そうだったんですか、俺はてっきり……」

――


「今を生きる」どこか引っかかる言葉だった。何か自分には欠如しているような、そんな感覚を覚えた。

「今を生きる」、なかなか核心を突くようなことを言う。こいつらも案外悪い奴じゃないかもしれない。

話を聞いているうちに僕はそう思い始めていた。


「じゃ、先輩、そろそろ湯船に入りましょうか」

「そうだな」

彼らがそう言ったのは、僕がちょうど体を流し終えた時だった。

さっきまでの僕だったら、シャワーだけを済まして速攻で出て行っただろう。ところが、今では別に一緒に浸かってもかまわないと思えるようになっていた。

僕は彼らより少し早く入っていって浸かる、湯船に一番乗りだ。

一方の彼らは、ほぼ同時に風呂に入った。先輩の方はずんずんと奥の方へ、後輩の方は入ってすぐの段差に腰をかけていた。

「ん? なんで、そんな入ったところで腰かけてんだ? 出入りする人の迷惑だろ?」

「いやあ、いきなり熱いところ行くのは、俺ちょっと苦手なんで、体を熱さに慣らそうと思って、」

「ふーん、そういうもんか?」

「慣れたら、そっちに行きますよ」

「おうよ!」


(全く、にぎやかな連中だ)


――

「あ、そういえば、さっきDVD持ってきたってオレ言っただろ?」

「はい」

「今日の夜、調査を終えたら皆で見ないか?」

「心霊調査の後にホラー映画ですか? 少しきつくないですか?」

「おいおい、誰がホラー映画って言った?」

「え? だってお化けといったらホラーですよね?」

「いやいや、違うんだなあ、これが。俺が持ってきたDVDは、お化けは出るけどホラーじゃないやつなんだよ、オレもホラーはあまり好きじゃないしな。……お化けってのは、案外、ミステリーや感動ものにも合うんだぜ」

「へえ、そうなんですか。僕はあまり映画を見ないので、そういう感じのだったら楽しみですね」

「じゃあ、決まりだな。ほかの女子二人もオレらの部屋に呼んで見ようぜ。近くの店でポップコーンでも買ってきてさ」

「いいですね。でも、DVDデッキありますかねえ?」

「ホテルだし、それくらいあるだろ。まあ、なかったとしても、俺が小型の多機能プレーヤー持ってきてるから、大丈夫だけどな」

「準備いいですね」

「ああ。実は移動中に見るために持ってきたんだ」

「でも、小型ってことは見にくくありませんか、四人で見るには?」

「そこも大丈夫。テレビにつなぐ端子ケーブルもちゃんと持ってきたからな」

「さすが、部長。しっかりしていらっしゃる……」

――


(お化けは出るがホラーじゃない映画か。安直にお化け=ホラーと考えないところを見ると、この先輩のほうは映画好きだな。そういえば、僕も映画はよく見たな。親父に連れられて)

僕はその時のことを思い描いた。

暮れ方、親父に手を連れられて小さな劇場にいく、夕方は料金が安いからってよく連れて行ってもらったっけ。新しいのはなくて古い映画ばかり、おまけにお菓子も何も買ってくれないから、よく文句言ったなあ。「お菓子買ってくれ」だの「新しいのが見たい」だの。でも、そんな時、最後にはいつも「嫌なら帰れ」って親父が言って、僕は仕方なく黙る。映画が見られないのが一番の損のように思えたから、少しでも得をしたいって、なんとか映画だけは見たいって、小さな欲をいっぱいに働かせていたっけ。

 そこの劇場では洋画を主にやってたなあ。そう、それで、あの先輩のほうが言ってたお化けは出るけどホラーじゃないっていうのもやってた。一つだけじゃない、いくらかあった。

 子どもながら、そういう作品のおかげでお化けに対しての恐怖心は多少なくなったかな。いや、もちろん八割くらいは怖かったけども。

 そこからかな、見たことないものや理解できないようなことにどこか安らぎを感じたのは。いまでも、僕はそれを求めているのかな?


 風呂の中でいろいろと考えると、血が頭のほうに溜まっていくような感じがした。そうしてのぼせた僕は回想を終えてふと我に帰った。

すると、後輩の方が湯慣れをしたらしく、いつのまにか先輩の方にいた。そして、なにやら色々と話をしている。我に返ってからいくらかはその話し声が続いたが、十数分経つと、テンションが上がったのか、いきなり潜水をしだした。

これにはさすがの僕も、ついていけないと思い、さっさと浴槽から上がった。でも、なんだか楽しかった。

浴室を出るとき、

「よし、風呂入ってサッパリしたし、今日の取材がんばっていこうぜ」

「はい!」

と言っていたのが耳に入った。

(結局、オカルトか。ま、でも、がんばれよ)

心の中で彼らに激励をし、浴室を後にした。

着替えて大浴場を出ると、僕は荷物を置きに自分の部屋に行こうと考えた。廊下を突き当りまでまっすぐ進む。エレベーターと階段が並んでいる。僕は、今回ばかりは階段を選んだ。

やはりあの震動は、何度経験しても慣れない。来ると分かっていても、それなりに大きな震動だから、どうも嫌だ。遊園地の絶叫系アトラクションに近いものをなにか感じる。

地下一階から五階までの道のりは長かった。階段で上ると、同じような景色がぐるぐるとめぐっていく。二階あたりで、まだか、まだか、という気持ちになった。

そして、ようやく五階に着いたとき、僕はなにか達成感のようなものを感じた。踊り場で数回深呼吸をしてから、重くなった足取りで自分の部屋へと向かった。


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