36 決戦と結末1
翌日。
首都の会議室には王国の重鎮が顔を並べた。
女王、衛兵隊長、旗本騎士たち、大貴族連中、ローランド、ジョラー、アモン、俺。
ゲーマンとリディアはいない。
ゲーマンは公然と反乱したので当然だが、リディアが欠席。彼女のことだ、様子を伺って都合のいい方につくつもりなのかもしれない。
ジョラーが司会をしている。
「まずは最も喫緊の課題、レイド王国の宣戦布告に関してですが、これに関しては次の対応を取ります。まず、こちらからも宣戦布告。レイド王国所属者は投獄します。国境の監視砦は救援は不可能。既に陥落して防衛用の砦に退避しています」
ガルディア=レイド国境は広すぎるので、監視砦は監視業務だけに特化している。
「やはり、決戦しかないでしょう。『港』を落とした勢いで、一気にレイドの弱兵共を攻め立てるのです。敵は無理に動員して烏合の衆です。アモン殿を先頭に立てて勝負を掛ければ敵は総崩れに崩れます」
あまり名前も知らない領主が主戦論を口にする。
「こちらの兵は必死にかき集めても三万が限度でしょう。平原で力押しになれば、普通に負ける可能性が高いです」
ローランドの意見。
俺もそう思う。敵もばかではない。
「両面作戦は避けるべきです。北平原城に一万置き、守りに徹して、その間にゲーマンを討ちます。奴の立てている道化の首を刎ねれば、諦めてレイドは去るでしょう」
これも他の領主。悪くない案だと思う。
ちなみに「道化」とは以前拘束した浮浪少年のことだ。彼は俺の軟禁から誰かの手引きで脱出していたのだ。トーラスから連絡受けた時にはすでに遅かった。ゲーマンは彼を王国の正当後継者として建てて、今の王権は悪政だから新王に移行しろといっている。
もちろん無理筋の要求だが、女王=王子の権力を叩くには格好の口実だった。
「よい意見です。レイドはゲーマンと呼応したつもりでしょうけど、ゲーマンは既に長引く農民反乱で疲弊しきっています。公然と反乱を起こしたのですから、情けは無用。今、全力で叩く時が来ました」
女王陛下のお言葉。
「では、誰をレイドの抑えに置くかですが……」
ローランド、髭をひねる。
「北平原城は難攻不落。今はアモンが守っています。やってくれますか、アモン」
女王の懇願。誰もが拒否できないタイプの物。
「御意」
「陽光騎士団はゲーマン討伐に引き抜きます」
うなずくアモン。
どうせ屯田兵が主力だし、城の防衛戦になったら、そこまでの強兵は不要かもしれない。
「七剣はどうします?」
俺は気になってアモンに聞く。
「ミレーヌは王子を守るというだろう。だから、ミレーヌは王子が。他は女王や王子の判断にお任せする」
「剣の腕前は野戦でこそ発揮されます。アモン殿以外は王子に付かれてはいかがかな」
ローランドが述べる。
「サンディだけはアモンを守るといい張りますよ、彼女はアモンに付けて」
俺は人間関係重視臭いことをいう。
「リディアへの抑えはどういたしますか」
誰かの発言。
たぶん、首都近辺、南部の領主だ。
「それなら、たぶん、心配いらない。あれを連れてきなさい」
ジョラーが側近に告げる。彼は急いで会議室の外で控えていた人物を呼ぶ。
それは、かなり痩せて、精気を失ったボロボロの男だった。
拷問でもされた雰囲気である。
見覚えがある、農民反乱の指導者ジョゼだ。
生きていたとは。
「お前は最近までどこに居たのだ」
「リディア女伯の城です。地下牢に居ました」
「拷問されていたのだな」
うなずくジョゼ。
「農民反乱軍はゲーマンに負けてから南方に逃げて広がっている。しかし、指導者のジョゼを捕らえられて、敗色が濃くなっているが、相違ないな」
「はい」
「諸君、もちろん、この男は農民反乱の指導者ジョゼだ。王国に仇なすもの。しかし、彼が偶然脱出して指導者に返り咲けばどうなるかな」
ジョラーの言葉に顔を見合わせる人々。
「そうだ、リディアは苦しいことになる。もちろん、そんなことはしないが。何事も完全ということはない。諸君もこのことは軍事機密として、胸にしまっておいてくれたまえ」
本当に食わせ物の爺だわ。
こんなの絶対リディアに話伝わるだろ。
「ハハハ、さすがジョラー様。素晴らしい軍事機密です」
先ほどの領主がにやにやしながらジョラーをほめたたえる。
会議は終わった。兵が動員されるのだ。
国家の財政が苦しくなるが、攻められては仕方がない。
大会議が終わったので小会議だ。
ロム、オーベと会う。
「あれからダナさんとは会いましたか?」
「消息不明ですね、しかし、大オーク王だったとは……あの人のことだから『大オーク王に私はなる!』とかいってなったんでしょうけど……淑女の嗜みみたいなものを忘れすぎじゃないですかね」
オーベが彼女の消息を知らないのなら、どうしようもない。
「話変わりますが、北の防衛ラインはいかがです」
「北平原城からオーベ、俺、新港、このラインで防衛ラインが敷かれている。生半可な兵では抜けない。森にはレンジャーを多数配備した。大軍は補給線を切られて展開できないだろう」
ロムの落ち着いた声。
尚、新港とは『港』の暫定的な呼称である。
「斥候の話でも、敵は森を度外視して、街道沿いの平原に展開している。主戦場は北平原城になるだろう」
オーベの補足。
「一応、何とかこちらの思惑通りの展開になっているけど、まず根本的に、今この時期突然襲い掛かってきた理由は何なのかわかりませんか?」
「これはまだ確定情報じゃないのだが、レイドの沃野地方が恐ろしいことになっているらしい」
「…」
「どうやら、死者が大量によみがえって、人々を襲い始めている。悪政と戦争で荒廃しきっていたが、それに追い打ちをかける形だ。奴らの北部諸侯も反乱領主も全部が手を結んでガルディアに侵入しようとしているというのだ」
「……それは聞くと恐ろしい話ですけど、よく考えたら、ある意味よい話ですよ」
俺は思わずそういう。
「よい? さすがにそれはないだろう、王子」
「彼らは已むに已まれずガルディアと戦いに来ているのが今回の出兵でしょう。ゲーマンは以前から調略していただけの話だと思います。本質は恐怖にかられた逃亡ということです。侵略ではない。つまり、助かりたいだけなんですよ」
「そんな甘いものじゃないぞ王子。武器持って、俺たちの財産と土地を奪いに来ているんだ、理由はどうあれ倒すべき敵だ」
オーベは憎々しげにいう。
「それは事実だけどね……本来、奴らは殺し合うぐらい仲が悪い。北部諸侯なんて典型でしょう。しかし、それを無視してでも手を結ぶくらい切羽詰まっている。そこが弱点ですよ。奴らに『ガルディアに投降したら、食料と土地を分け与えてもらえる』という噂をばらまけば、奴らの戦意は大きく殺がれる。戦わなくても最低限の目的が果たせるんです。投降がなくても、振るう剣に迷いが出るよ。それだけでも違うでしょう」
「よい案だと思う」
ロムがぼそりとつぶやく。
「しかし、どうやって噂を撒くかということですな。隠密に侵入させても、口コミの広がりとなると時間も効果も怪しいですぞ」
オーベが短いひげを撫でる。
「ダナがよく使ってるマジックボイスで奴らに知らせたらどうでしょう。プロパガンダ臭いのは承知だけど、実際国が人手不足なのは事実です、本当に投降するなら受け入れますよ。元『港』の解放でどう見ても人口が足りないですから」
ちなみに、『港』攻略に従軍して勲上げた兵士には、『港』に住む権利を与えることになっている。勲功を細かくランクにして貰える宅地の面積が違ってくるのだ。
「あからさますぎて、あまり効果はないでしょう」
オーベは否定的だ。
彼は実力者だけど、冒険者らしく障害に力で打ち勝つという発想ばかりする。
「やらないよりましだと思いますよ」
俺は自説に拘る。
たいした労力は要らないと思うからだ。
「コレットと弟子にその魔法を巻物に書かせる、オーベの配下で流布してくれ」
ロムは協力的だった。
彼はオーベより苦衷の時間が長く、実は彼より柔軟なのだ。
「ロム、意外と乗り気だな。何か勝算でもあるのか」
オーベが怪訝な顔。
「以前からガルディアはレイドの難民を受け入れている。下級貴族や庶民は我が国に好意的なのだ。そういった手紙を知り合いから貰っている。投降できるとわかったら心が揺れるのは必定」
「わかった。やらないよりはやった方がいいな」
「そうだ、北平原城にはロムも参加してくれ。アモンの下で働くのは気に入らないかもしれないが、彼には大将軍をやってもらわないと……」
「気にするな。王子は恩人だ。奴にとっても俺にとっても」
嬉しいことをいってくれるロム。
「俺はどうするんだ。戦場で暴れる俺の姿が見たいだろ?」
オーベがニヤリとする。
「悪いですけど、北平原から新港までの防衛防諜の統括してくれませんか」
「はぁ。またかよ。偉くなると戦から追い出される、子供みたいに戦場に出せって暴れたい気分だぜ」
オーベが珍しくイライラしている。
「敵の補給線を好きなだけ破壊してください。あのレイド王国は食料がないんです。英雄オーベ殿の活躍で、大軍七万も腹をすかした惨めな難民になると思いますよ」
「……わかった、しかし、それにゲーマンはどうするんだ。俺無しで勝てるのか」
ため息をつくオーベ。
「ゲーマン戦は七剣の内、六人来てくれる。戦力は何とかなると思います、情報はエリンがどうにかしてくれるでしょう」
「うわ、あのエリン様か。あの嬢ちゃんは気が強すぎてな。俺は苦手なんだ。あれでは嫁の貰い手ないだろ」
「聞こえてるわよ。冴えないおっさんのあんたにそんな心配してらう必要ないわ」
エリンがいつの間にか後ろにいる。
「うげ!」
「エリン! いつの間に」
「ノックしたでしょ、聞いてなかったの」
スルッと部屋に入ってくるエリン。
本当に物音を立てないし、気配もない。
「オーベは気が付かなかったの?」
俺はちょっと不思議に思い尋ねる。
「高度な隠密になると、隠密でもわからないんです」
「報告があるのだろう」
俺はエリンを見る。
エリンはロムとオーベを見る。
「では我々は退席しよう」「うむ」
二人の小さなホルス人は部屋を去る。
「ゲーマン軍の内情の報告よ。主力の騎士団は健在、農民反乱軍を吸収して膨れ上がっているわ、主力は一万五千。今まで連絡とり合ってた諸侯も合流して、二万五千はいるわね」
「二万五千!? そんなにいるの。リディアも合流したら厄介だね……内情はどうなんだ」
「主力の一万五千の内、五千が騎士団、五千が農民兵、五千が元反乱軍。騎士団は普通に強いわ。士気が最悪なのは農民兵で脱走連発してる。元反乱軍は不気味なくらい大人しく従ってるわね」
「元反乱軍は誰が指導してる?」
「ジョゼの元部下、アルベールよ。あいつは不気味よね。ミレーヌと決闘に負けてから人格が激変したって話よ。何考えてるかわからないの」
「ジョゼ、アルベールより、問題はジュスタンだよ、奴は何をしている」
「ジュスタン? 誰? 私聞いたことがないわ」
怪訝な顔をするエリン。
「いや、いただろ、あの三人は農民反乱の指導者でセットだったじゃないか」
「いいえ、聞いたことがない。私が知らないなんてはずがないわ」
強固にいい張るエリン。
俺はぞっとした、もしかしたら彼女は記憶を消されている? 彼女ほどの手練れが。
俺は部屋の片隅でゴロゴロしているモフオに聞く。
「モフオ、ジュスタンのこと覚えているか? 片目黒髪の農民反乱軍の奴だ」
「いや、知らんな。王子変な夢でも見たんじゃないか」
モフオの言葉に嘘はない。俺の使い魔だからだ。
少なくとも奴の認識ではそうなのだ。
「やっぱりそうじゃない、王子寝ぼけてるの?」
「……とりあえず、このことは忘れよう。それより、内情だよ。ゲーマンの主だった部下たちの動きはどうだ」
俺は話題を変える事にする。
ジュスタンのことは魔法による記憶操作というような簡単なことではないらしい。
「長子ドナルスは不気味な人体ゴーレムを作って遊んでいるわ。三十匹ほど作ったから、戦場で見られるわね」
「それ、強いの?」
「見た感じボロボロね。動きも鈍いし、力はあるみたい」
「気をつけたらいいか、遅いなら心配ないかな」
「次男ギューと三男オーガスは小部隊率いているわね。性格は最悪だし、毛嫌いされてるけど戦場ではそこそこ強いわ」
ゲーマン軍は農民反乱軍との死闘で、戦闘経験だけは積んでいるのだ。
「ウォルスは対オークの外交使節として向かわされたわ。結構長いのに帰ってこないわね」
「それ、ジョラーさんと仲良くやってるふうに見せかけられて、左遷されたんじゃ……」
「あの爺さんの奸計ね」
「奸計って。ハハハ。一応、それは策略っていってあげようよ」
「あの変態爺さんにはそれでいいのよ」
「じゃあ、ゲーマンの腹心は誰がやってるんだ? 奴も手足になる奴がいないと」
「今はローランドの甥のクレメンテよ。ゲーマンはあいつのいいなりになってるわ。ウォルスはまだ良識的だったから救いがあったのに、今はクレメンテに搾取されてゲーマンの民は地獄のような暮らしをしているわ」
「そ、それなら、奴の徴兵された農兵は裏切る可能性が……」
「同時に恐怖におびえ切ってるわ。あてにはしないことね」
「しかし、武器を捨てて投降すれば、罪を問わず、農地を与えると触れを出すよ」
再び、ガルディア最大の強みを出す俺だった。
それは、無駄に広い土地。
「その内、その作戦使えなくなるわよ。土地だって無限じゃないんだから」
「わかってる。少なくとも僕の世代では大丈夫だよ」
「あと、説明残ってるけど、ゲーマン配下の諸侯ね」
「ああ、頼む」
「奴らは、はっきりいえば烏合の衆ね。もちろん、忠誠心もあるけど、本質はゲーマンにつけば旨味があると思ってるだけよ。王国は王権が拡大するのを嫌ってる貴族が多いの。ゲーマンはその辺りの心理に強いわね」
「新しい土地を与えなかったからね。自分から魔物退治したいなんて人は結局ほとんど現れなかった。貴族の中からは」
「普通、冒険者の仕事って認識あるわよ、それ」
「勲功ない人に土地は渡せないだろ。それだけだよ。単純にいったら」
「でも、そのおかげで中級貴族以上は王子を嫌ってるわ」
俺は勲功の無い奴らに土地を分ける想像をした。
首を振る、とんでもなく浅ましい話だ。
片や命を削って血みどろになって魔物と戦って土地を開いたのに、権力持ってるだけの奴らがそれを盗み取る。
そんなことをしたら、真面目に働く者がいなくなる。
「エリンの言葉は正解に見えて、完全に間違っている。土地は命がけで戦ったやつに分配するべきだよ」
「じゃあ、投降する人のことはどう説明するの」
否定されてもそれほどムッとしない。彼女もちょっと成長したのかもしれない。
「国境とか誰も行きたがらない土地に行ってもらう。嘘はついていないよ」
差別といわれようが、この差をつけるのは俺の義務だと思う。
「とにかく、敵についている諸侯は烏合の衆でどうでもいいんだね」
「……それはちょっといい過ぎね。大半は雑魚だけど強い奴もいるの。後で資料を渡すわ」
そこまで話し合って、エリンは姿を消す。
俺も会議室を出る。ジョラーと最終調整をするのだ。
廊下で女王が待っていた。
「これは女王陛下……このような場所で話も……」
「いいのよ。少しだけだから。……ありがとう。あの子を殺さずにいてくれて」
女王は無表情にいう。
感情は読み取れない。ささやくような声。
「?!」
彼女のいう『あの子』のことは誰でも察しが付くだろう。
「もしあなたが勝っても、あの子の命だけは許してあげて。勝手なお願いだけど……」
一瞬だが、必死な視線を俺にくれる。
「……ええ、わかりました。軍には厳命しておきます」
「ありがとう。異世界の人」
そういうと、女王は自室に向かってしまう。
俺は無言になるしかなかった。
2021/9/18 文章リニューアルしました。
2023/4/29 微修正




