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転生王子  作者: 弓師啓史


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35 混沌と英雄たち2

 翌日。

 

 戦はアモンと弟子、そして、彼らが率いる陽光騎士団が先鋒となって始まった。

 主戦力である彼らをいきなり使うようなことはしたくなかったが、珍しくアモンが積極的に自分が斬り開くと申し出てくれたので、それを良しとして許可した。

 現実問題として、壁の上には魔物や海賊(変容した人間)が待ち構えており、人智を超えた魔術の攻撃などが降ってくるのだ。

 普通の兵ではかなり一方的に死ぬことになる。

 重装甲の歩兵と騎士、魔法武具で身を固めていない者に活躍するチャンスもなかっただろう。敵は積極的に混沌の物質を投げつけ、火炎や電撃を放ち、弓矢槍石なども大量に降ってくる。

 混沌物質は汚いヘドロのようなもので、皮膚に深刻な火傷のような症状を与える。金属鎧もやがて腐敗していく。尚、魔法鎧はかなり持つ。

 しかし、アモンにはほとんど当たらないし、当たっても最上の鎧がはじいてしまう。

 アモンは鉤爪を出すと、連続ジャンプで簡単に城壁に上ってしまう。

 驚異的な身体力だった。

 そして、大剣ナルドリスを小枝のように振り回し、城壁をきれいに掃除しはじめた。

 触手が生えた海賊は一撃で両断され、半魚人も両足を飛ばされ、腕を失い、顔面を叩き潰される。

 魔物たちは傷口が光り輝き、苦痛にのたうちながらやがて死亡に至る。

 それが致命傷じゃなくても、彼に斬られたら誰も生き残らない。アモンが通った後は巨大な怪獣が全てを破壊して去った後のようだった。

「アモン一人で、小さな城なら簡単に落ちますね……」

 ケヴィンが望遠鏡をのぞきながら唖然としている。

 彼の弟子たちも続くのだが、ミレーヌ以外は壁の高さにちょっと苦戦している。

 ミレーヌは師匠とは逆の方向に向かい、高いビルのような壁をあっさり上ると、輝く聖剣『エルヴァルド』で敵を粉砕してく。

 こちらは膂力ではアモンに劣るが、速度と剣の聖なる力で敵を行動不能にしていく。アモンのようにどう見ても絶命という雰囲気ではないが、聖剣に斬られると、魔力の核を破壊されているらしく、半魚人などは掠るだけでも死亡する。

 元は人間だった海賊たちは、負傷と浄化という状態になっている。

 唖然としている者が多数。

 敵を斬るたびに、額の聖痕が光る。

 浄化の魔力はさらに増しているのだろう。

「梯子を掛けろ! アモン殿に続け!」

 ロムの声が聞こえる。

 長い梯子がかかると、犬に乗ったままロムがほぼ垂直の梯子を駆けあがるのだから、これもちょっとびっくりな光景だった。

「ロム殿はあんな芸当ができるんだ」

 絶句するケヴィン。

「彼こそ真の騎士だよ。腕前も指導力も人格も何もかも」

 彼が褒められると自分のことのようにうれしい。何といっても俺にとって一番最初の仲間だ。

 俺はケヴィンにニヤッとする。

 街壁に取りついた兵たちは英雄の後に続き、敵を殺し、壁の下に投げ落とす。門の両側の塔を攻略したら、門が開く筈だ。

 短時間の激戦で二つの塔はあっさり落ちる。

 狭い空間での至近戦闘でも七剣の強さは圧倒的だった。


「門が開いたぞ!」

 塔を占拠した兵が中で必死に操作しているのだろう。

 ギギッ ギギッ 

 という音を立ててじわじわと開く。

 ここでは打ち合わせ通り、門は開けるが、突入はしない。魔法使いを動員して、兵士の幻影を突入させる。

 『星の息子』が騙されて混沌物質を幻影たちにぶちまけてくれたら、敵の虚を突けるだろう。

 怪物は『港』の中央神殿。巨大な要塞のような建物があり、そこに居るという。

「見ろ! 神殿の上部が!」

 誰かの声が聞こえる。

 固唾をのんで見ていると、中央神殿の屋根が崩れ始め、巨大なぬらぬらした黒い物体が出てくる。

 俺の目は例のアーティファクトのおかげではっきり見えた。

 それは、サイズははっきりしないが、日本の巨大ロボアニメに出てくるような特大の何かであり、青白い鱗に覆われた人体のような体の上に、巨大な触手の球のような頭部が付いている。

 壁を壊して、半身を見せていた。

 胸に巨大な口があり、そこが開く。

 よく見ると口の中は異界に通じている。そこから混沌物質を召喚して中庭にぶちまけるのだろう。

 ガルディア軍は中庭を避けて、建物群や外壁を掃討している。

 一応、策は当たるのか。

「ひ、ひぃ~、あの化け物は何ですか。あんなの人間に勝てるものじゃありませんよ! ひ~」

 見なけりゃいいのに、望遠鏡で観察してたケヴィンが特大の悲鳴を上げる。

 そして、

 ぶびぶびびびびっびびびぃぃぃぃぃぃぃ! 

 という、地獄のような音を出してへたり込むのだった。

「うわ、くさい!」

 俺は護衛兵に指示して、彼を後方で休ませる。

 彼の心にはもう限界だったのだろう。

 可哀想なことをした。

 ちなみに、怪物を見てケヴィンのような状態になった兵がそこかしこに散見される。見るだけで人間にとって試練なのだ。あのようなものに本当に勝てるのか。俺の決心はグラグラと揺れる。いくらなんでも巨大すぎる……中央神殿の屋根より頭一つ高いのだ。

 全軍に動揺が走っているのがわかる。

 恐怖のあまり壁から飛び降りて死ぬ奴もいる。怯えて動けない奴もいるのだ。

 俺は何かいって勇気づけるべきか迷った。

 勇気を鼓舞しても、普通の人間に勝てるわけがない。

 ここは撤退すべきか……。

「化け物! この世界から去りなさい!」

 ダナのつんざくような声が戦場にこだまする。

 俺は、いつぞやのようにほっとした。

 ダナがいてくれる。

 ダナは白銀のドレスを纏い、上空に浮かんでいた。猪の皮は付けていない。

 神々しいまでの美しさ。

 怒りに満ちた瞳。燃え上るオーラ。

 ダナは魔力の炎を燃やして天空を指さして、次に『星の息子』を指さす。

 同時に起きる轟音。

 隕石が落ちたのだ。それも一つではなく、三個か四個。脳が麻痺して数えられなかった。

 巻きあがる土埃、一帯に降り注ぐがれき。

 歓声が上がる。

「やった、ダナ様が来たぞ!」「上級種族万歳!」

 彼女の差別発言に怒ってた連中も現金なもので、命が助かるなら大絶賛だった。

 しかし、

 『星の息子』は死んではいなかった。混沌を吐き出す口に隕石が刺さっている。

 左肩がつぶれ、左腕は使えないらしい。

「まだよ!」

 ダナは強烈な光線を敵に浴びせる。

 頭部=触手塊は光に包まれ、ぼとぼと触手が地面に落下する。奴の焦げる匂いが大気に充満し、呼吸が苦しくなる。

 すさまじい悪臭だった。

 『星の息子』はダナの強力な魔法にたじたじだったが、顔を焼かれながらも、隕石を抜き取ろうとする。

 同時に召喚が終わっていたのだろう、混沌物質が噴き出す。

 しかし、物質は中庭には落ちなかった。隕石が半分詰まったせいで、正面全体に撒き散らされたのだ。

 味方も敵兵も、『港』に住んでいた正体不明の魔物たちにも平等に混沌が降り注ぐ。

 『港』の壁の内側は、阿鼻叫喚の地獄絵図になった。

 こちらは少数精鋭で突っ込んだおかげで被害は軽微だったが、待ち構えていた敵兵たちは混沌に焼かれてのたうち回ることになった。

 しかし、逆に突入できなくなった。

 つまり、混沌物質が消え去るまで、踏み込めなくなったのだ。

 『星の息子』の触手も厄介だった。

 触手はよく見ると、深海で溺死した人々が練り込まれており、怒りと怨念を持って生者に襲い掛かる。そいつらにつかまり殺されたものは、触手に取り込まれた人間としてこちらに襲い掛かってくるのだ。

 大きな触手が突入部隊の前に落ちて、激戦になってしまう。

 触手は敵味方関係なく襲っている。

「これは戦争というより、災害だよ」

 俺は冷や汗を流し続けていた。

「クリス王子様、ダナ様がお呼びゲス」

 突然、昨日見たグレムリンが前にいる。

「え、呼ぶといわれても、上空だよね」

「浮遊ディスクがありますので、乗って下さいゲス」

 グレムリンが直系一メートルほどの光る板を見せた。

 確かに浮いているが……。

「狭すぎるし、掴まるところもないよね、これで飛ぶの?」

「さっさとお願いしますよ。ご主人様は怖いんでゲスよ」

「わかってるけどさ……」

 俺は恐る恐る乗ると、そのディスクはUFOみたいに音もなく高速で飛ぶ。俺はびっくりしてしゃがみ込むが、風も感じず、バランスも崩れなかった。

 一応、安全な乗り物ではあるらしい。

 すぐに、空を飛ぶダナの横まで来る。

「ダナさん、何の用です!」

「王子、あなた強力な兵器を持っているでしょう。それであいつを撃ちなさい」

「なんでそんなこと知ってるんです!」

 俺は叫ぶ。

「象頭の何とかいうのが教えてくれたのよ!」

「ち、ばれてるのか」

 俺は舌打ちしたかったが、そんなことより、奴を倒すことに集中した。ダナさんが全力尽くして倒せないとは、どんな化け物なのだ。

 上空から見ると、『星の息子』は顔を焼かれて、触手を半減させている。

 俺は右目の能力を起動すると、破壊光線の照準を合わせる。

「よし、いけぇ!」

 はっきりしないが、非常に強力なエネルギーが敵を撃つ。

 ボン! 

 と頭がはじけ飛び、首から上が無くなる。

「王子、よくやりました。奴の力はこれで半減しました」

 ダナ様のお褒めの言葉。

 しかし、倒したんじゃないのね……。

「はぁ、はぁ、まだ奴は死なないんですか……」

「どうやっても奴は死なないわ。この世界で倒しても、退去するだけ。英雄の世界で倒さないと無理。でも、奴の勢力はこの世で大きく後退するわ」

 なんだか脱力するような話だが。

「うわ、干からびた沢庵みたいになってるゲスすよ旦那」

 グレムリンの声。余計なお世話だ!

「もう王子は役立たずよ、どこかに置いてきなさい」

 ダナの無情なお言葉、お願いだからもうちょっと言葉を選んで!

「はいはいゲス~」

 グレムリンは俺を街壁のどこかに連れて行く。


 沢庵化した俺は、街壁の死骸たちと一緒に寝ころびながら戦況を見る。

 混沌物質はやがて引き、戦は『星の息子』の触手と残兵とガルディア軍の戦いになっている。

 アモンと弟子、そして、ロムやその他冒険者たちは、右腕と両足だけになった『星の息子』と戦っている。

 奴は片腕だけでありながら、がれきをつかむと兵に投げつけ、大勢の犠牲を出しているのだ。

 アモンは大剣を投げつける。剣は敵の半分残った胸に刺さり、光の亀裂を作る。激しく苦しむ怪物。

「あ、あれじゃぁ、アモンは得物が……」

 俺は思わずつぶやくが、アモンの『ナルドリス』はテレポートすると彼の手元に戻ってくる。遠隔でも彼に勝つ方法はないらしい。

 アモンは何度も大剣を投擲する。

 バスバス刺さって『星の息子』は尻餅をつく。

 そこに、ミレーヌと兄弟弟子、冒険者たちが殺到して敵を切り裂く。

 倒れた敵に上空からダナが電撃など、中位の攻撃魔術を連発で叩きこむ。他の魔術師もようやく駆けつけて、炎などを叩き込む。

 血みどろだった。

 敵の体からあふれる混沌交じりの濁った血液。

 体を切り裂くと、中から溺死した人間が出てきて英雄たちに襲い掛かる。

 そんなのは大した強さではないので、すぐに斬り伏せられるが、際限がないのだ。冒険者の中には油断を突かれて殺されるものも出てくる。すると、そいつが中から敵の手先として出てくるのだ。

 悲鳴、怒り、叫び、悪臭と血と膿。

 俺は人々の叫びを聞くと、いてもたってもいられなくなって、立ち上がる。もう沢庵ではない。人々の魔力を吸ったのだ。

 水の種を仕込むと、のたうつ『星の息子』に向かう。

 無残な死骸、血膿の山。

 そういったものを迂回しつつ、投擲距離まで来たら、種を投げつける。

 水の種は光の種のような派手さはないが、混沌を浄化する力がある。これには、どうやら俺の聖痕も影響しているらしい。

 あふれ出る溺死者、血膿、そういったものは水の種を浴びると、対消滅する。

「これを! くらえ! これを!」

 俺は叫びながら、種をぶつけ続ける。

 英雄たちは歓声を上げて、敵の肉を切り裂き始める。

「王子! 王子が来てくれたぞ! 皆、奴を倒しきるのだ!」

 ローセンの叫び。彼は血膿を浴びて赤黒くなっている。

 ケイもミレーヌもアモンも他の冒険者たちも一心不乱に戦っている。

 俺も魔力が尽きるまで種を投げ続けた。

 意識がもうろうとしてくる。

「やば、魔力使い過ぎた」

 頭を振る俺。


 どのくらいたっただろうか、やがて戦場は静かになっていた。

 ふと、前を見ると巨大な漆黒が立っていた。

「王子、敵は討ち果たされました」

 アモンだった。彼の巨大な手が俺の肩を軽くポンと叩く。

 『星の息子』の残骸は巨大な血膿の塊だったが、魔力を失って動きを止め、汚物の塊として崩れていく。

 人々が歓声を上げる。

「化け物は討ち果たされたぞ!」「ガルディア万歳!」「女王陛下、王子万歳!」

 様々な声が聞こえる。

「油断するな、残党に気をつけろ」

 俺は声を上げる。油断した時に逆襲されたくない。

「王子、賢明なご判断です」

 いつの間にかローランドが来ていた。彼も戦ったのだろうか、血膿で真っ赤である。

 勝利したか、俺はようやく穏やかな気分になった。

「皆さん、よく戦いました。ガルディア軍は人類の誇りです」

 突然、上空から男の声が聞こえる。

「何だ、誰の声だ」「男だからダナ様じゃないぞ」

 人々はキョロキョロと辺りを見回す。ダナは既にいない。

「これは私からのプレゼントです」

 再び、男の声が聞こえ、ぽつぽつと雨が降り始める。そして、すぐにザーッと強い雨になる。

 血膿を浴びていた人々は、汚染を洗浄される。

「これはいい、これは清浄な雨だ」

 誰かの声。

 俺も雨を浴びる。

 自然のシャワーだ、少し冷たいが、戦で火照った脳と体には心地よかった。

 『港』も洗い流され、触手の残骸、溺死者の腐った死骸、敵兵、半魚人、そういったものは海に流れていく。

 ガルディア軍が流されることはない。


 その日、雨が止むことはなかった。




 防衛と掃除のために、予備兵を残して俺は本陣に帰還する。

「ガルディア軍の戦い、見事でした」

 フローラが待っていた。

「かなりの部分ダナさんのおかげですよ……彼女と求婚者たちは見てませんか」

 一見、ダナもいないし、あのお騒がせ野郎達もいない。

「求婚者たちはあの『星の息子』を見た時にショックの余り逃亡しましたわ。本当に情けない……ハイエルフでも軟弱になるんですね」

 呆れたというような顔をするフローラ。

「仕方がないよ。彼らは戦士ですらないし。大金持ちではあっても仕事は一般人のそれだからね」

「上古ではハイエルフは全員魔術師で戦士だったのですよ。なんとも情けないですわ」

「とりあえず、首都に帰って、皆休息しよう。白エルフ領の皆さんもよかったら同行してください、ささやかながら祝勝会を……」

 といいかけたところで伝令兵が入ってくる。

 かなり急いでいるのか荒い息だ。

「王子、急報です!」

 手紙を渡される。

 俺は急いで封を開く、封蝋の印は女王だった。

 俺は一読して、思わず立ち上がる。

「差し支えなければお聞きしてもよろしいですか」

 フローラが問う。

 俺がかなり血相変えたからだ。

「申し訳ないが、このまま暫く僕の軍に従軍して頂きたい」

「ええ、それは問題ございませんが」

「ゲーマン公が反乱を起こしました。『本物のクリサレス王子』を立てて、偽王子を討伐するといってね」

「ゲーマン公は強力ですが、今の勢力ではガルディア王家が負けることはないでしょう?」

「同時にレイド王国の侵攻軍が国境の砦を包囲しています。敵の兵はおよそ七万」

「七万? 敵は全軍動員したのでしょうか?」

「こうしてはいられない」

 俺は急いで天幕を出た。




2021/9/18 文章リニューアルしました。

2023/4/29 微修正

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