32 転生王子と海賊の島3
リザードマン村は岩の多い海岸沿いにある。
基本的には漁港だが、自然石と柵で陸地の守りはそれなりに硬い。
そして、海からは漁船より大きな船は入れない構造になっていた。
「守りは思ったよりはましだ」
俺は族長の家の屋根に上り、望遠鏡で状況を把握している。
北に山脈、南は海、東西はごつごつした岩の海岸。東側に海賊の上陸軍が集結している。ピースケの偵察では、だいたい千人程度。概ね例の未開人戦士だった。
「人蛆が千匹か」
なぜか生つばを飲み込むイッチさん。
「数は多いけど、烏合の衆ですよ。でも凶暴性は折り紙付きです」
ロティの言葉、族長の息子だけあって戦況がわかる。
「じゃあ、この柵に向かって猪突猛進してくるんですか」
「ええ、たぶん。防御の有利があるから何とかなるでしょうけど、問題は……」
ロティが見た先には三隻の船が見えた。
三隻とも巨大なガレー船で、海賊の旗を掲げている。
「ブラッド船長の船が二隻、ビビアン船長の船が一隻。ビビアンは積極的に出てこないらしいですけど、ブラッドはリザードマンを目の仇にしているそうです」
ケヴィンが補足してくれる。
「一隻に大体兵員が二百はいます。あれが小舟でやってきたら万事休すです」
ロティが首を振る。
「漕ぎ手も加えたらもっとだろ」
俺の指摘。
「海賊の漕ぎ手は、鎖でつないだゾンビです。或いは奴隷。漕ぎ手の扱いは酷いですよ」
ロティは囚われていただけあって詳しい。
港側に防壁はないし、大きな岩の上に監視塔があってそこから射撃はできるが、抑止力としては弱い。
「王子、何か策はありますか?」
ケヴィンが不安げに問う。
「無いよ、それにリザードマンは僕の兵じゃないから、勝手に動かせないし。それより奴らはいつくるんだろう」
「すぐに動きますよ。海賊は食料が乏しいんです」
ロティの痩せた体には説得力がある。
やがて、例のあの「ひるるるるぅるるぅるぅぅぅぅ!」という独特な叫びを上げながら、肌の黒い痩せた男たちが全力で走ってくる。
「リンソロ殿、僕たちは漁港を守ります」
海賊船からは続々と上陸船が降ろされている。ちなみに先頭の船だけが降ろしていた。
ブラッドのもう一隻は投石機などで援護射撃をするようだが、射程が届いていないようだった。
「かたじけない、王子。三十人を回しますから王子が指揮して下さい」
俺はうなずくと、漁港に向かう。
「よし、いくぞ!」
と、声をかけたがコレットとミレーヌがいない。
「あれ、女性陣は?」
「姿が見えませんね、あの二人がいなかったら絶対勝てないですよ」
ケヴィン、断言しないように。
「王子とこの腰抜け小僧だけでは負けたようなものだ」
モフオ、お前、手加減無しだな。
「と、とにかく、あの二人が逃げ回るような人じゃないことだけは確かだ。僕たちは目の前の敵に集中しよう」
というわけで俺たちは戦いに加わる。
俺とケヴィンは高台の監視塔から射撃を行う。
原始的な弓と矢があるので、それで撃ちまくるのだ。
小舟が二隻近づいて来る。各二十人は乗っているだろうか。
こちらはあの未開人ではなく、もっと雑多な人種と、武装もバラバラでいかにも海賊といった連中だった。
共通しているのは異様な笑顔と、不潔さと凶暴さ。
「殺せ!」「 トカゲ共を殺せ!」
口々に叫んでいる。
「矢を打ち込め、敵を近寄らせるな!」
俺は叫ぶ。
そして、射撃開始。
当然敵も撃ち返してくるが、さすがにこちらの方が位置の有利があるので、多少は敵を倒せる。
が、すぐに桟橋に取りつかれてしまった。
「近接部隊! 敵を桟橋から叩き落せ!」
槍と盾を構えたリザードマンが海賊と激突する。
俺は、吹き矢を用意して敵に見えない魔力をぶつけまくった。
「ぐわ!」「ぎゃー!」
海賊共にかなりのダメージがある。
即射性と命中率で弓矢よりはるかに勝る。
射程が短いが。
俺の眼下にある桟橋は、すぐにこちらが有利になるようだった。
尚、もう一つ桟橋があるが、こちらはロティが奮戦している。彼には予備の皮鎧を与え、可能な限り重武装にしておいたのだが、非常に有効だった。
彼の槍には光の魔力を封入してある。これも海賊に思った以上のダメージを与えている。
「奴らは光や聖といった力に弱いようだな、ケヴィン」
「ええ、なんだか、あの奴らの顔がどこかで見たと思ったら、イッチさんが持っていた人面疽と似てますね。だから効くんじゃないですか」
弓を打ちながら答えてくれる。
「ブラッド船長の部下は人面疽の成れの果てなのか?」
「その可能性は高いですな」
イッチも矢を打ちながら答えてくれる。
ドーン!
遠くで、爆発音。
何かと見たら、ブラッドの射撃を行っている船で爆発音がした。
「何だ、大砲か?」
「大砲なんてここまで届きませんよ。違うみたいです」
ケヴィンが指さす。
あの船の大砲は、非常にテクノロジーレベルが低く、石を発射する射石砲という原始的なものらしい。
まだこの世界には大航海時代の大砲のようなものは無いのだ。
「よし、ピースケ、見て来い」
俺は使い魔を放す。
とにかく、今は目の前の敵が多いので考えている暇はない。飛び道具を打ちまくるだけだった。
ようやく、敵の勢いが落ちてきたかと思った時、
「え?」
目の前がいきなり暗くなった。
すぐには理解できなかったが、不気味な大男が泳いで監視塔の下まで忍び寄り、岩を登って塔に乗り込んできたのだ。
「ぶべぇ!!」
およそ、英雄と思えない情けない悲鳴を上げながら、岩のような拳でぶっ飛ばされるケヴィン。
「化け物め! 喰らえ男の拳銃!」
イッチが例の銃を抜くと、眉間に一発綺麗に決める。なかなかの腕前だった。
彼のいっていたことの内、拳銃で戦っていたというのは嘘ではないらしい。
しかし、
男は無言だった。倒れもしない。
半裸の体は浅黒く、体のそこら中から小さな人間の顔が飛び出している。どうやら、全身に人蛆を飼っている。皮膚の下を人蛆がうねって動くのが見える。
本当に気持ちの悪い化け物だった。
男はゆっくりと腰のカットラスを抜くと、突然、稲妻のように斬りかかる。イッチは拳銃を捨て、バットで必死に防戦。
「くそ! 銃が効いてない!」
イッチは見た目より近接戦が上手で、敵の猛攻をしのいでいるが、このままでは時間の問題だった。
助けたいが、吹き矢は狭すぎる。俺は種をつかみだして光の魔力を込める。
そして、
「喰らえ、光の拳!」
俺の拳は簡単に腕で防御されたが、その腕に種を押しつけて光を暴発させる。
「グボー!!!」「うわ!」「ぎゃー!」
この攻撃は効いた。
敵は人蛆が全て霧散し、顔面の人面疽も焼けただれてのたうち回る。そして、俺とイッチは視力を失い床に腹ばいになる。
「王子、一言いってから使えよ!」
イッチの叫び。
「余裕がなかったんだ!」
暫くすると、大男は動きを止める。
どうやら死んだようだ。
「ようやく少し見え始めた、おい、大丈夫か、少年」
イッチが手探りで塔から落ちかけているケヴィンを起こす。
「イッチさんは見えるんですか、僕は全く……」
「俺は魔法の防御があるからな、多少マシなだけだが」
俺はその時非常に焦った、この攻撃で失明することはないとわかっていたが、万が一ということもある。それに、さっさと見えるようにならないと、皆を守ることができない。
何かないかとポケットを探った時、丸い物体に気が付く。
(ヴァリーのくれた義眼だ)
象頭の怪人のことを思い出す。
(目をほじくり出して、これを入れるか)
さすがに躊躇して、無意識に見えない右目に押し当てる。
すると、
スポッ
不思議な感覚がして、右目に何かが入ったような感じがある。
すぐに右側だけ視界が回復。
とてもクリアに見えるようになった。
「なんだこれは!」
俺は思わず声に出して叫ぶ。
「どうした?」
イッチが不思議そうに聞く。
「見えるんですよ。よかった、ヴァリーさんのマジックアイテムがあって」
片目だけとはいえ、しっかり見えるようになった。
戦況を見ると、にやにや顔の海賊集団はリザードマンに力負けしている。数は少ないが、彼らは一騎当千だった。
「ここまで追い詰められて生きのびた奴らだから。生半可な軍じゃ倒せないな」
イッチの感想。
「それに、もう逃げ場もない。ここが終わればほぼ全滅。必死なんだよ。背水の陣でリザードマンは強い。この程度じゃ負けないかも」
俺もそういって同意する。
「王子、見てください、敵の一番艦が!」
上陸班を出した一番艦が村の入り江に入り込もうとしている。艦首にある射石砲で村を狙おうというのだろう。恐ろしくテクノロジーレベルが低いので、射程は短いだろうけど、あんなものを撃ち込まれたら、村は壊滅するかもしれない。
「おい、どうするよ王子、ここは乗り込むしかないだろ」
「そんな無茶な。王子、ここは引きましょう。可哀想だけど、一緒に死ぬわけにいきませんよ」
ケヴィンが叫ぶ。
もっともな意見だ。しかし、俺は目に集中していた。何かできるような気がしていたのだ。
目の端に光の操作パネルのようなもが浮かぶ。ふと手で触れると、目にメニューが浮かぶ。
『破壊光線を発射しますか?』
女の声が聞こえる。
「わかったやってくれ」
「王子、何を独り言いってんの?」
イッチが不思議そうに聞く。
目の前に見えないエネルギーの球が出来上がる。俺の魔力を吸い上げ、その球は巨大に膨れ上がる。
力が強力過ぎて、空間をゆがめた。
透明だが誰でも認識できる。
「王子この透明のゆがみみたいなのは、うわ! 熱い、イッチさん離れて! 王子も!」
ケヴィンの叫び、しかし、俺は聞こえていなかった。
ビュン!
力の球から突如一条の線が放たれる。
透明の線は目の前に一番艦に直線の大穴を縦に開ける。穴の向こうに水平線が見え、マストが崩壊する。
「なんだ! 今のは何があったんだ!」
イッチの叫び。
「船の上部が消滅しました!」
「奴ら、のってたやつらはほぼ全滅だな。これなら勝てるぞ!」
「何だあれは、神の裁きだ!」
ロティの声が聞こえる。
純粋な破壊のエネルギーを発射し、敵の一番艦はほぼ全滅に近い破壊を与えた。
ガレー船だったので、漕ぎ手が一瞬で消滅したのだ。ゾンビの漕ぎ手だから心の痛みはない。消えなかった奴らも、真っ黒の炭になって動く奴は稀だった。
海賊船員も同様だった。体が残っていたらマシなレベルなのだ。
「王子大丈夫ですか、うわ! なんだこの乾燥した沢庵みたいなのは?」
ケヴィンが俺を見て叫ぶ。
「み、水」
乾燥した沢庵ことクリス王子の俺は、全てのエネルギーを使い果たしていた。
俺はふらふらと立ち上がる。
「お、王子……」
「敵はひるんでいる。小舟に乗って、突撃だ……」
「おう!」「奴らを殺せ!」
疲れているリザードマン達だったが、戦意は高く、敵の乗ってきた小舟や自らの漁船に乗ると、敵の二番艦に向かう。
「俺も乗せてくれ」
「王子ダメですよ。ボロボロじゃないですか」
ケヴィンが止めるが。
「俺が背負ってやるよ、王子。あんたタダもんじゃないな」
そういうと、イッチが背中に背負ってくれた。
ロティと合流し、俺たちの小部隊は二番艦を目指す。
二番艦は不思議と騒然としていた。
剣戟の音、爆発音。
「船の上で戦ってる人がいますね」
俺にははっきり見えていた。義眼は望遠もあるのだ。二番艦の上では白いドレスのミレーヌと魔法使いコレットが海賊相手に死闘を演じていた。
「王子、ミレーヌとコレットが戦ってる、ピーピー」
今更ピースケが報告をくれるが。
「ああ、わかってる、でもありがとう」
百人以上はいる敵の海賊たち。異形のものいる。
しかし、ミレーヌが振るう聖剣は圧倒的な力があり、邪悪混沌の存在は一閃を受けるだけで、抗うこともできず力を失い死に至る。
狂気のような速度、彼女の剣技に次々と敵は屈していく。
「囲め、敵は一人だ!」
海賊の仕官が叫ぶが、白い稲妻のようなミレーヌを補足できない。
徒に死骸の山を作るだけだった。
そして、艦首の射石砲の上にコレットが立ち、稲妻の嵐を敵に叩き込み続ける。すさまじい破壊であり、ミレーヌとほとんど変わらない殺害数だった。
「もしかしたら、俺たち要らないかも」
イッチの言葉。
「そ、そんなことはないよ。彼女達も援軍が来たら心強いはずだ」
沢庵としては彼女たちを放っておけなかった。
俺たちが乗船した時には船上の戦いは終局だった。
しかし、コレットは魔法が尽きて敵に囲まれつつあり、ミレーヌは敵の首魁らしき奴と丁々発止の勝負をしていた。
船に続々と乗り込むリザードマンたちは易々と海賊を退けコレットを救う。
「コレットちゃん大丈夫?」
「きゃ! 沢庵がしゃべったわ」
コレットがびっくりし顔で俺を見る。
「僕は王子です。沢庵ではなくて」
「この沢庵は王子ですよ。コレットさん」
ケヴィンが改めて紹介してくれる。
船の上の戦いは勝利に終わりそうだったが、敵の首魁はミレーヌと剣技が競えるほどの男だった。
「女のくせに、なんという実力だ。名乗れ。聞いてやるぞ」
海賊の船長だろうか、四十くらいの男で白人。牙が見える。普通の人間ではないようだ。異常に筋骨が逞しく、長いサーベルを小枝のように振るう男だった。
「英雄アモン様の弟子、ミレーヌよ」
「アモン……聞いたことはないが、弟子でその腕前なら、主は相当だな」
男はフェンシングのような動きですさまじい突きを連発する。
しかし、ことごとくミレーヌに躱されてしまう。
ミレーヌは肉薄するかとみせて一気に引く。敵は予想が外れて一瞬防御に固まった姿をさらす、その瞬間。
「う、ぐぬ」
男は腹から血を流す。
見えなかったが、ミレーヌは手裏剣を投げたのだ。彼女が手裏剣を持っていることすら知らなかった。
そして、次の激突。
俺の目には見えないが、剣が激しく交錯する。
ギュイーン! という音と共に、男の剣が半分に折れる。
男は剣を犠牲にして距離を稼いだのだ。船の端に立っている。
酷い出血だ。
「このブラッドをここまで追い詰めたのはお前が始めてだ」
そういうと、男は懐から宝玉を取り出し、発動させる。
「待て!」
しかし、ブラッドの方が一瞬早く、異界の入り口を開けて消えてしまう。
「ブラッドが逃げたぞ!」「船長が負けた!」
にやにや顔の海賊たちも戦意を失ったか、次々と海に飛び込んでいく。
残ったのは鎖につながれた奴隷集団だけだった。
この船の漕ぎ手はゾンビではなく、スタンダードに奴隷を使っているようだった。戦闘のために大きく犠牲が出ている。稲妻に打たれたのだ。
漕ぎ手たちは二層目にいるので全滅はしていなかったが。
「ビビアンがやってくるぞ!」
勝ったような雰囲気だったが、すぐにくじかれる。
戦意に乏しい雰囲気だった三番艦が迫ってくる。艦首には十人ぐらいの魔物が立っていた。
その中央に見たことのある老婆。
サンサで出会った、魔法品販売の老女ビビアンだった。
「名前が一緒だったから、まさかとは思ったけど……」
俺はつぶやく。
ちなみに、ようやく沢庵化は脱していた。俺の小手が死者たちから魔力をせしめたのだ。
俺たちは無言で見つめる。
敵はこの船以上に異形揃いだった。
全身から蛇を生やしている者、目が十個もある巨人、頭がない胴体だけの魔物……いい出したらきりがない。
戦になれば、苦戦は必至だろう。
「王子、戦勝おめでとう」
ニヤッと笑うビビアン女船長。
俺はほっとする、彼女に戦意はないようだ。
「ビビアンさん、戦は我々の勝ちに終わりました。撤退して頂きたい」
「そのようだね、王子。私も海賊の一員だけど、攻略は失敗に終わったから撤退するよ。戦況見たら駄目とはいわれてないからね」
やはり彼女は何者かに命じられて抗えないのだ。
「ビビアンさん、僕にできることがあれば……」
「私の事を心配してくれるのかい? ありがとう、でも私の事は気にしないでおくれ。そうだ、私には使えないものをここに捨てていくよ」
そういうと、俺の足下に布の袋が出現する。
「これは……?」
ビビアンは何もいわず、合図をすると艦はゆっくりと後退を始める。
「化け物め」
ロティのつぶやき。
「あの婆さん、無理してるなぁ」
モフオ、いつの間に現れたんだ。
三日後、俺たちは『大聖殿』に居た。
正確には『大聖殿』に入る、控えの広場のような場所である。入るのが憚れる人物もいる。
戦はリザードマンの勝利に終わり、犠牲もほとんどなかった。
敵の海賊は数百人の犠牲を出して撤退した。
地上から襲い掛かった人間集団は二百以上の損害。彼らは散り散りになって去った。海賊集団はブラッド配下が殆ど全滅状態。破壊エネルギーで半壊した船はそのまま海に没したが、二番艦は中破程度で多少の修理で使える。しかも、海賊はかなりの財宝を残していた。財宝はリザードマンに渡し、船はガルディア国所属ということになった。
ちなみに、漕ぎ手百人は身分を解放し、ロティが暫定の船長として働いてもらうことになる。
「なんでこんなところにくるんです。俺はあんまり好きじゃないんですよ」
イッチは聖域にトラウマを持ったようだ。
「ビビアンがくれた袋にここに行けって書いてあったんだよ」
俺は答える。
「巻物が入っていたんですよね」
ミレーヌも興味津々だった。
「巻物は解読できましたか?」
俺はコレットに問う。
首を振るコレット。
「無理、よくわからない言語なの」
「巫女のアリアさんならどうです?」
アリアに見せるが彼女も首を振る。
「異界の言語だわ。私もわからない」
「ビビアンさんが意味もなくここにこいなんていわないと思うの」
「そうだね、でも、僕もあまりのんびりできないから、今日のうちに何もできなかったら帰還するよ」
否定するものはいなかった。
ここにきた意味も分からない。
尚、十人ほどのリザードマンがついてきている。族長リンソロの縁者で外交使節兼護衛なのだ。彼らもこの言語は読めないらしい。
手持ち無沙汰になり、帰還のルートに関して話し合っていると。
突然、ブワっと異様な音が背後に聞こえる。
振り向くと、空間に黒い亀裂が入り、一人の怪人が現れる。
「おお、皆さん集まってますね」
象頭の怪人ヴァリーだ。
「あ、あんた、みたことあるぞ!」
イッチが叫ぶ。
「はて、お会いしたことありましたっけ? そんなことより、早速……ビビアンから巻物貰ったでしょ」
「これですか?」
俺は例の巻物を見せる。イッチは何かいいだげだったが、我慢して黙ってしまう。
「それ、それですよ」
「これは一体……」
「それは、大天使を召喚して大地を浄化する究極魔法です。いやぁよかった、それがあって」
「でも、誰も読めないの」
コレットが首を振る。
「心配ご無用。それは私が大昔に書いたもので、神の下僕だった時に……おっと、つまらない過去話はなしにしましょう。つまり、異界の言語を読めれば何の問題もないのです」
「だから、誰も読めないんですよ」
俺は少々イラッとしていた。
「慌てない、ほれ、どうぞ」
ヴァリーがぽってりした指でコレットを指すと、コレットはびっくりした顔になる。
「あの、その……もう読めるみたいです……」
「もう、たぶん、あなたに読めない言語はない。神の言語まで読めるんですから。ワハハ」
「何をやったんです、ヴァリーさん」
俺は気になって問うが、
「『伝える者のマナ』を渡したんですです。マイナーなマナで申し訳ないけど、昔邪神信者の悪人たちがコレクションしてたのをまだかなり持ってるんです。優秀で善良な人に渡したいからなかなか減らないから困ってたんですよ」
ヴァリーの説明はよくわからないが、不思議な力をかなり持っているらしい。
「マナって何だよ」
イッチが不満顔で聞く。
「マナは力の源。世界のあらゆる事象を魔力として具現化した根源的なものです。元素や事象、様々なものがありますが、より根源に近いものほど力を発揮します」
アリアが説明してくれるが、俺にはちょっとわからなかった。
「ふうむ、なるほどな」
イッチは、しかし、その説明でわかったようだった。
「お嬢さん、マナを差し上げましたがただでは渡せません、代償をいただきましょう」
ヴァリーが象の目を邪悪っぽく光らせる。
「ひ、こわい」
弱弱しい少女のような態になるコレット。
これは保護欲増大だ!
「待ってください、イジメはやめてください!」
俺がかばう。変態の化け物め!
「い、イジメとは失敬な。私は彼女が妙な呪詛を纏っているからそれを貰いたいだけです」
「呪詛?」
「変な呪物もってるでしょ。あのようなものは私が預かります」
みんなピンとくる。あのホーリー教祖の生首を乾燥させた杖だ。
コレットを見ると、諦めたように、おずおずと差し出す。
受け取るヴァリー。
「このようなことはできたとしてもやってはいけない。魔術師はその線引きを厳しくしないと、こ奴と同じような存在になり果ててしまいます。私の姿を見たらわかるでしょう、私も昔は神人と呼ばれる美しく強大な半神の種族だったのです。それが邪悪な呪いでこんな姿に……うう、涙なしには語れない私の過去編でも聞きますか?」
「いいえ、結構です」
全力で首を振る俺。
なんか長そうだし、忙しいから。
「ええっ!? 聞きたくないの?」
「はい、全く、全然」
キッバリ否定する俺。
ぶつぶつ文句をつぶやいていたヴァりーだが、
「とにかく、呪術を完成させましょう。コレットさんはセンターキャスターだからここ、魔力源の王子と聖剣の主さんはここ、アリアさん、あの水の珠はありますよね?」
「ええ、はい、しかし……」
「その珠をここにおいて、対角の位置にあなたが座って下さい。水の魔力を触媒にするのです」
「あれは門外不出なんですが」
「今使わないでいつ使うの?」
何となく呆れ顔のヴァリー。
象だからちょっとわかり難いが。
「でも、あれは、大昔から……」
「その昔より古い私がいいといっているのです」
アリアもぶつくさいいながら、結局、聖殿の奥から水の魔力の塊である、水の珠を持ってくる。
辺りが爽やかな水気で満たされた。
その間に、何やら魔法陣を描き始めるヴァリー。
「よし、これでいいっと。じゃあ、もう時間もないから早速詠唱してください」
「え、でも」
「いいから、大天使が来て大地を浄化するんですよ。いいことしかないですから」
せかすヴァりー。
なんだかいきなり疑念がわいてきた俺。
「本当に大丈夫なんでしょうね」
「頑固なお方だ。人蛆と人面疽はこの島とその近辺から消滅しますよ」
「うん、確かにそれが本当ならすごいことだけど」
皆がお互いを見るが、積極的に反対する者はいなかった。
「じゃあ、詠唱始めるね」
コレットが宣言して、巻物を読み始める。神代の言語だという、発音も異常で何をいっているのかさっぱりだが、不思議な感覚が湧く言語だった。
詠唱が進むにつれ、俺は全身から力を吸い取られることに気が付いた。皆を見ると、特に俺が酷いようで、他の人は若干辛い程度の反応だが……。
「ぐぅ、凄くきついぞこれ」
「王子の魔力はあまりよくないですから、多めに取ってます」
ヴァリー、てめぇ!
「おお、あれを見ろ!」「神だ、光の神だ!」
リザードマンやロティなどが口々に叫ぶ、上空を見ると羽の生えた人間の形をした光の塊がゆっくり降りてくる。
「では、私は天使と相性悪いので」
ヴァリーはそういうと、空間に亀裂を作って入り、消えてしまう。
「おい! 待て!」
イッチが叫び、その亀裂に入ってしまう。と、同時に亀裂は消える。
その瞬間がイッチさんを見た最後だった。
俺はそれどころではなかったが……。
巨大な光の巨人が降りてくる。
人々やリザードマンは恐怖のあまりひれ伏し、弱いものは気絶してしまう。
俺もあまりに美しいその姿に、心がしびれてしまい、その後のことは記憶が飛んでしまったのだ。
そして、光に包まれる……。
「何だったんだあれは」
光はすぐに去り、ケヴィンの声が聞こえた。
俺は目覚めた。魔力はすっからかんだが、不思議と気分がいい。
皆同時に起きたのか頭を振り、辺りを見回しているが、気分がいい以外は何も変化がなかった。
「ピーピー」
懐で小鳥が鳴いている。
ピースケが鳴いているので、見ると、小鳥は単なる野生動物のように飛んで行ってしまった。
「おい、ピースケ!」
俺は呼ぶが、小鳥には何も聞こえていないようだ。
「あいつは駄目だ、忠誠心がない」
いつの間にかモフオがいる。
「お前は大丈夫なのか」
「ああ、あの光の巨人から波動が出た時に俺は浄化されたけど、ビビアンの婆ちゃんがくれたお守りで無事だった。対消滅したがな。たぶん、王子あんたもそうなってるよ」
俺も気になって首のお守りを見るが、紐だけ残して消えていた。
「じゃあ、本当に浄化されたのか。この島は、大地は?」
「いやでもわかるだろ。帰り道に人蛆の海賊に襲われたら効果がなかった。奴らが正気戻してたら効果あった」
「何れにしても、この島での任務は終わったよ。もう帰ろうか」
俺の言葉にうなずくモフオ。
「王子、水の珠はあなたの小手に吸収されました。大事な秘宝です。よろしくお願いしますね」
立ち去ろうとする俺に、アリアが祈るようなしぐさをする。
「わかった、ありがとうアリアさん」
「それと、この場にいた方たちは、天使様によって聖痕をつけられました、魔物の力に対抗するには大いに助けになるでしょう」
皆体を見る。どこかについているらしいが、はっきりわかるのはミレーヌの額。ロティは胸。俺は右手の甲。白い入れ墨のような紋様だった。
小手の下に聖痕。
なんだか意味がないとはいえない雰囲気だ。
リザードマンたちにも小ぶりな聖痕が付いている。尻尾の先端とか顎とか場所は問わないらしい。
事が済むと、荷物を纏める。
そして、俺たちは帰還した。
あの怪人の話通り、帰りに海賊の手先に襲われることはなかった。
2021/8/6 文章リニューアルしました。読みやすくなったでしょうか。
2023/4/29 微修正




