31 転生王子と海賊の島2
ジャングルの中にそびえたつ巨塔。
石でできた塔に蔦や樹木がまとわりつき、アンコールワットのような景観を醸し出している。
しかもここはそれなりに高い山の上である。
どのような民族が作ったのだろう。
建設当時は気候が違ったのだろうか。
ジャングルに作るにはあまりに立派な遺跡だった。
入り口には巨大な門のようなものがあり、比較的近年に作られたと思われる石碑が傍らに建っている。
「えっと何々『穢れた者は立ち入るべからず。己の穢れを知る者は立ち去れ』なるほどね。魂の穢れた存在は入ってはいけないそうだ」
俺でも読めた。
「じゃあ、王子は入らない方がいいと思うの、モフちゃんも」
コレットが珍しく進言。
「僕が入らないと交渉も何もできないじゃない」
「王子はどう見ても穢れてるだろ。魂の底から」
モフオ、君に聞いてないから。
「なあに、心配いらないですよ。ここは単なる観光名所みたいなものです」
イッチさん、さすが京都人。
古代文化に微妙に敬意がない。
「ここのことを何か知ってる? いいなさい」
コレットが密かに乾燥した頭が付いたあの杖に質問している。
「ここは……」
「いわないと水を上げないわ」
「ひ、ひひ、水をくれ。ここは、上古人の遺跡だ。しかも桁違いに古い」
「具体的なことは知らないの?」
「たぶん、女神サナトシュの寺院だ。名前しか知らないぞ、上古人の神だ、今更誰も信じていない」
「……いいわ、一応、水を一滴だけあげる」
コレットはあの不気味な乾燥頭に一滴だけの水をやる。
「水だ、水だ、水だ!」
哀れな元ホーリー教主は一滴の水で大喜びしている。
俺は見てみぬふりをする。
ふと見ると、皆同じように感じているらしく、コレットを心配そうに見ていた。
「王子、私はここに入らないわ、モフオちゃんも入らないわ。そのほうがいいと思うの」
コレットが進言してくれる。
「そうだね、念のためにそうしよう。僕とイッチさんとミレーヌで入るよ。他の人はここで待っていてくれ」
ふとラナを見ると、ケヴィンと一緒に座っている。仲がよいようで……そういえば彼女は俺に話しかけない。人間の相性なのか。
俺たちは意を決して寺院に足を踏み入れる。
正殿に向かう石畳が続いていた。
やはり、どうということもない。
「何だ、何にも起きないじゃないか。結局、あの石碑は精神論の類だったのだろうか」
「そんなものですよ王子。所詮、観光地なんておためごかしなんです。綺麗ごといいながら金をとるのが宗教というものです」
イッチが得意げにいう。
「ニヒリズムだなぁ。京都に住むとそうなるのか……」
しかし、異変はすぐにやってくる。
「何だろう、どうも息苦しいような気がする」
俺は思わずつぶやく。
「そ、そうですね、酸素が薄いのかな……」
イッチが苦しそうな顔で返事をした。
「僕は何も感じませんよ」
ミレーヌはいつもの美貌に変化もない。
「う、何だ! 苦しい!」
俺は頭の中で鐘が割れるような音がして立ち眩みがする。
「ぐ、ぐぅ!」
イッチはもっとひどい、汗を滝のようにかきながらその場にしゃがみ込む。
「王子、やはり、人蛆なんて食べるからでは……」
今更なことをいってくれるミレーヌ。
俺とイッチは正殿を前にしゃがみ込む。
すさまじい呼吸困難のような苦しみに耐えかねたのだ。
「あら、どうなされたの」
突然、軽やかな清流のような声が聞こえる。
声を聞いただけで少し体が軽くなった。
ミレーヌが慌てて剣に手をかける。
彼女も不意を突かれたのだ。
「やめてくださいな、聖剣の主様。私は巫女アリア、女神サナトシュ様のこの世の代理人ですのよ」
そこには青みを帯びた光を纏う半裸の美女が立っていた。
全裸に薄布を纏っただけの素晴らしい姿である。
「こ、これはお見苦しい姿をお見せして……申し……」
「苦しまれているお二方は、この地の清浄な力で回復されている途中なのです。魔の力に少し侵されていらっしゃるのよ」
「僕は何ともないけど、僕も……」
ミレーヌが苦しそうな顔をする。彼女は穢された記憶に苦しんでいるのだ。
俺は彼女を慰めたいと思ったが、自分がそれどころではなかった。
「あなたは聖剣の主。聖剣が全ての魔を消し去ったのです。剣に感謝なされた方がいいわ」
「王子は苦しんでいます。お助けできないのですか」
多少非難がかった目をミレーヌはアリアに向ける。
「ミレーヌ、いいんだ。彼女に罪はない。全ては僕とイッチさんの自己責任だよ」
ぜーはーいいながらミレーヌを制する。
イッチさんは動かない、死んだのか?
「苦しみはいずれ去りますわ。王子様の穢れが酷ければこの場で亡くなっていたはずです。暫くは我慢していただくしかありませんわね」
ミレーヌは俺をぎゅっと抱きしめる。やわらかい乳房を感じたが、そんなことに喜んでいる場合じゃなく、俺の意識は薄れていく。
ふと気が付くと、冷たい水の中に居た。
熱帯の暑さに体が悲鳴を上げていたので、本当に心地よかった。
目の前を見ると、イッチさんが死体のように水に漬けられている。今いる場所は小さなプールのような場所で、二人は装備を着たまま清流のプール入っていた。
アリアとミレーヌがすぐそばで会話している。
「僕たちはリザードマンの代表と話し合うためにここにきたのです。彼らはいますか」
「ええ、この聖域の端の方でかしこまって過ごしているわ」
アリアの声。
「彼らはここに敬意を持っているのですね」
「彼らは水の眷属。サナトシュ様に逆らって生きられるわけもありません」
「彼らは信徒なのですか」
「彼らは自分たちの先祖を信仰していますが、サナトシュ様を恐れ敬っています。それだけですわ」
「あなたはどのような存在なの、アリア」
「私はハイエルフの神官。失われた信仰を維持するために神と契約をしてこの地に居ます」
「ハイエルフなのね、ダナとかリーンさんとかそういった人たちと知り合いなの?」
「『白銀の乙女』ダナの名前だけは知っていますわ。最近大活躍しているとか」
「あの人かなり昔からいるみたいですよ。僕が聞いた話では」
「私は四百年前からここにいますから……」
凄い、そんなにハイエルフって生きられるんだ。
「四百年って……ハイエルフってそんなに長生きなの?」
「ハイエルフは自分で寿命を決められるのよ。それに、私は神と契約したから神界にも同時に存在するの。肉体が滅んでも死ぬことはないわ」
「肉体が亡んだら死ぬだけだよね。ちょっと意味が分からない」
「普通の魂は肉体が亡べば、輪廻の循環に回って存在がリセットされるわ。でも、神界や地獄、英雄界で存在を確立したら、肉体の滅びでは輪廻に行かないのよ。現世で復活できるのは存在が滅んでいないから。強力な魔物は同じ状態と考えておくべきよ。あの吸血鬼王が倒されても死なずに復活するのは、地獄で復活するから」
「すごい情報だね。じゃあ、現世で魔物を倒しても意味がないのかしら」
「そうでもないわ、どんどん世界は世俗化してるから神も魔物も復活し難くなってる。それに『倒した、倒された』という意識が人々に上書きされると、現世との結合を失って復活はより困難になるわ」
「時間稼ぎはできるんだね」
「ええ、そうね。言い方を変えれば」
「みんなこのことは知ってるのでしょうか、例えばダナさんとか」
「多分、ダナさんは知ってると思うわ。私より若いけど冒険だけはしてるみたいだから」
「彼女も半神みたいなものなのでしょうか。神界に存在しているような。……吸血鬼王を倒せるのは彼女だけですよね」
「あら、聖剣の主の仕事みたいなことじゃない。ダナさんに背負わせてばかりじゃダメよ」
「そういわれても、僕は所詮農奴のムス……娘でしかないから。アリアさんから見たら、すぐに老いて死にますよ」
「本当に世界のために戦いたいというのなら、神と契約して運命を受け入れなさいな。ミレーヌ」
「それが王子のためになるんだろうか……」
「王子は国を背負う人、世界規模の混沌と戦う宿命にあります。あなたが単なる農奴の子供であると畏れ続けるなら、いずれ王子の役に立たなくなるでしょうね」
「……」
「それはあなたの運命、自分で決めなさい」
「ぼ、僕は、王子のために働きたい。それだけだよ。王子は僕を助けるために死に等しい程の屈辱を耐えた。僕はいくら働いても返せない……」
「いいのよ。こちらにきなさい」
アリアはミレーヌの手を取ると、どこかに連れて行ってしまう。
俺は、そこで意識が保てなくなってしまう。
次に目が覚めた時は、シンプルなどこの文化とも知れない病院で着るような服を着ていた。
硬い寝台のようなところで寝ていたようだ。
隣を見ると、同じ寝台があり、イッチさんがいびきをかいて寝ている。よかった、死ななかったようだ。
けだるい体を何とか立たせながら、その部屋を出る。
石でできた遺跡の一室のようだが……。
「王子様、お待ちしておりました」
部屋の外にミレーヌが待っていた。
なんだろうか、ミレーヌの雰囲気が違う。
光と瑞々しさに満ちているというか、女神のようだった。
「あ、あぁ」
思わず気後れする。
「リザードマンの方たちがお待ちですよ王子。着替えはこちらです」
俺は用意された服を着る。
これも文化の分からないゆったりした服だったが、着心地はよかった。
朝日の中美しい木漏れ日の中庭のような場所で彼らと会った。
二人のリザードマンははっきりとしないが年老いたかなり大柄な存在だった。
「こちらはリザードマンの大酋長リンソロ。戦場でもお会いしたことがあると思います」
ミレーヌが紹介してくれる。『兎野の戦い』のことをいっているのだろう。
俺たちは握手をする。
リンソロの手は鱗だったが、人間の手とそれほど違いはなかった。
「我らは長年の人間との闘争に疲弊しきっている。以前は負けたが、逆に侵攻部隊は撃滅した。もう手打ちにしようではないか」
リンソロが口を開く。
人間の言葉は発音し難いようだが、聞き取れないことはない。
「ええ、僕も、ガルディア王国も同じ思いです。互いに手を取り合って無駄な争いを避けるべきです」
うなずくリンソロ。
「しかし、我族にも異論が多い。人間を憎み、その思いに凝り固まっている。近年は人間の海賊にも追いやられているのだ」
「海賊は僕たちも完全に敵です。邪悪な魔術を使い南方や海岸沿いの人々を苦しめている。僕は奴らを必ず撃滅するつもりなんですよ」
「王子がその思いなら、心強い、私も族の者たちを説得できるだろう」
やはり、彼は独裁君主ではないのだ。
部族内の調整役、下手をしたらそのレベルだが、俺は彼を応援するしかない。
「友好の証に、勇者グロフェンの斧をお返ししましょう」
「おお! 一族も大いに喜ぶでしょう!」
表情がわかり難いリザードマンだが、明らかに喜んでいるのがわかるレベルだった。
俺はミレーヌを見ると、彼女はうなずく。
合図するとアリアがあの巨大な斧を空中に浮かせて持ってくる。
コレットの魔法のバッグに忍ばせておいたのだ。
ミレーヌはこのことを知っていたので、用意していてくれた。
「おお、偉大な巫女様手づからとは……」
「王子を大事にするのです、リンソロ。リザードマンと和議を結ぼうとする人間は王子しかいませんよ」
「ええ。それはもう。そうだ、王子、この斧を持って我族の集落を訪れませんか。和を計るうえでこれほど効果的なことはないですぞ」
「しかし……」
あまり滞在が伸びるのはちょっと遠慮したい。
「王子、とことんまでやり遂げましょう」
にっこり笑うミレーヌ。ちょっと雰囲気変わったな。
話はとんとん拍子で進む。
俺たちは『大聖殿』出ると、リザードマンの案内で村に行くことになった。
正直いって拉致監禁のリスクも大きいので遠慮したかったが、彼らと仲良くなればこの地域の安定度も増す。
それに、リザードマンの状態も把握したかった。
イッチに相談すると。
「彼らは拉致とかそんなことはしませんよ。馬鹿ではないですけど、そんな駆け引きは人間だけの習慣です」
ときっぱりいい切られてしまう。
というわけで、アリアには礼をいって退去し、リザードマンの村に向かう。
一行は山を下りジャングルを抜けて海岸沿いの小さな村落に到着する。ついたのは翌日の朝だった。
道は俺たちが辿った北ルートよりはるかに楽で、難所もなかった。
到着した村はだいたい千人もいるかどうかという雰囲気。戦えるリザードマンは亜人間であることを換算しても三百が限界だろう。
住居は概ね高床式の木造で、村の周りは丸太で作った柵。
あまり防御は高くない。湿気ているので火は付きにくいだろうが、燃えないこともないし、もっと他の近代的な攻城兵器が来たらひとたまりもない、そんな感じの村だった。
「思った以上に、田舎の人間の村みたいですね」
ケヴィンが歩きながらつぶやく。彼の後ろを嬉しそうにラナが付いて回る。
貨幣経済はないらしい、商店もない。取った獲物などはその場で分ける方式なのだろう。狩猟採集民といったレベルである。
リザードマンたちが集まり、村の集会所のような場所で話し合いがもたれる。
俺が紹介された後、斧を掲げるリンソロ。
歓声に包まれる会場。
「これでガルディアと和解し同盟が結ばれるのだ、異論はないな!」
リンソロが叫ぶ。
「無い! グロフェンの武器を帰したのは、俺たちを認めたからだ!」「グロフェンの魂を称えよ!」
リザードマンたちはそのような言葉を叫ぶ。
質素だが、ちょっとした宴会になるらしい。
焼いた魚と、酒。
酒はレイド王国製のものだった。甘いお菓子などもある。
「他の人間と交易もしてるんですか」
「海賊も一種類ではない、船長ごとに特色も違うし、俺たちに友好的な海賊もいる」
リンソロの声がちょっとろれつが回っていない。
「とにかく、敵対的な奴に興味ありますね、そういう奴は多いのですか?」
「それが普通だ。俺たちは概ね略奪殺害の対象だと思われている。指をくわえて見ているつもりはないがな。海賊王の腹心ブラッドにつけ狙われている。だが、そうはさせない……」
「逆に友好的なのはどんな奴なんです」
「女海賊のビビアンだ。姿かたちは不気味な奴らだが、不思議と何もしてこない。それどころか、ビビアンの配下の交易商と取引している」
ビビアン?
どこかで聞いた名だな。
宴も盛況となり、皆楽しそうだ。しかし、何となく見ていると、ロティとラナの二人はかなり無視されている。
逆に聖剣を持つミレーヌは大人気だった。
皆、剣を見たがる。
「あの南方人は王子の従者ですか」
リザードマンの有力者の一人が酒に酔ったような感じ聞いてくる。
「ええ、彼らは偶然出会った関係で、難儀していたので助けたのです」
本当のことはいい難い。
「奴らは信用できませんよ」
吐き捨てるようにいう。
「何か理由でもあるのですか」
「あいつらは海賊の手先だ」
表情はわかり難いが、非常に憎々しげにいう。
「海賊に魔術で操られているだけかもしれませんよ」
「海賊がくる前からあいつらは裏切り続きだったんだ」
近所の勢力だから憎悪も深いのかもしれない。
結局、俺たちはここで三日ほど滞在することになる。
引き留められたのもあるが、彼らの生活を見たかったのだ。
「イッチさん、あれからどうです体力は戻りましたか」
イッチはここの人たちと元から知り合いなので、問題なく溶け込めているのだ。
しかし、どうも、顔色が優れない。
「ええ……特に問題はありません」
「でも元気がないみたいですから」
「これを見てください」
イッチがいつも大事に抱えている背負い袋を見せる。前はぎっしり怪しげなものが詰まっていたが、今は何もない。
「なんだか減りましたね……」
「『大聖殿』のアリアが俺の大事なアイテムを破棄してしまったのです。特にあの人面疽の皮は本当に勿体なかった……なんて横暴な女だ」
ため息をつくイッチ。
常識的に考えて、なくなって清々したのではないか?
「ちょっと長居しすぎたから、そろそろ帰還しましょう」
数日滞在したのち、そういった矢先に問題は起きた。
大慌てで小柄なリザードマンが飛び込んでくると、何やら族長に耳打ちする。
リンソロが吼える。
「皆の衆、海賊が襲来したぞ。武器を取れ!」
一瞬、村は静まり返るが、オウと声を上げると、リザードマンたちはいっせいに外に置いてある銛や槍、木の盾などを手に取ると続々と集結する。
「王子、どうします。これから戦争が始まるみたいですよ」
ケヴィンが心配そうな顔で俺に問う。
「同盟結んじゃったからねぇ。見捨ててはいけないだろう」
俺はちょっと苦笑しながらいう。
リザードマンたちは広場に集まると、族長の言葉を待つ。
族長は高台に乗ると、
「海賊が我々を滅亡させに来た。我々はここで座して死ぬわけにはいかん。戦える男と女は鎗を取れ。子供は全員『大聖殿』へ避難しろ。巫女様は子供なら受け入れると仰っている」
思ったより、悲壮な雰囲気だった。よく見ると、リザードマンたちはとげやら模様や体の大きさが違う。
様々な部族が追い立てられ削られて寄り集まった最後の村だったのかもしれない。
「リンソロ殿、ガルディアはリザードマン部族と同盟を結びました。私も援軍しますよ」
俺が手を上げて発言すると、リザードマンたちから歓声が上がる。
「人間が手助けしてくれるぞ!」「ガルディアは盟友だ」
「しかし、同盟は結んだばかり、しかも軍を率いてはおられない……王子は速やかに避難を」
リンソロは思った以上に常識的だ。
「そうですよ、王子。あまりに危険です」
ミレーヌ。心配性な奴だ。
「いきなり見捨てるような真似をしたら、僕は嘘つきになってしまいますよ、族長殿」
ニヤリと笑う俺。
大喜びのリザードマンたち。
士気も大いに上がり、俺たちは彼らとともに海賊を迎え撃つことになる。
前回はちょっと文字数が多すぎたかもしれません…
だいたい、7000~10000程度に収めようと思ってます。
他の方の作品見ると、もっと短い方がいいのかな?
その辺りの感覚はあまりわからないです。なぜその長さなのか。
2021/8/3 文章リニューアルしました。まだまだ未熟ではありますが、読みやすくなったでしょうか。
2023/4/29 微修正




