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転生王子  作者: 弓師啓史


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30 転生王子と海賊の島1

「暑いし、凄くじめじめしてますね。これは無理だ」

 ケヴィンはぶつくさいいながら、兜を脱ぎ、鎧を脱ごうとしている。


 上陸初日。


 荷物を降ろしている時点ですでに皆大粒の汗をかいていた。

 漁港すらないこの島にも、唯一の桟橋があり、真水や多少の食料などが補給できる施設がある。

 目の前に鬱蒼としたジャングル。

 緑の壁が立ちふさがっている。

「それほどでもないぞ。あったかい方が俺には向いている」

 モフオは鴨の上でゴロゴロしている。

「確かに、少し暑いですね」

 といいながらミレーヌは全く汗一つ書いていない。元々、かなり露出度の高いドレスと皮の小手と脛あてしか付けていないので、鎖帷子とハーフプレートの俺とケヴィンとは比べ物にならない涼しさだが……。

「王子、これをつけてください」

 イッチが何かネックレスのようなものをくれる。

「これは?」

「水の魔力の護符です。暑さを和らげてくれます。この地方の術者には一般的なものです」

「さすがイッチさん、用意してくれてたんですね。二つもあるし、そこそこお金もかかったでしょう」

 俺はもう一つをケヴィンに渡す。

 ネックレスをかけると、暑さが和らぐのは事実のようだ。少し汗が引いた。

「未開に見えても、魔術だけはそれなりに進んでいるんですよ、この辺りは」 

 荷物を降ろすと、休む間もなくすぐに出発になる。


「『大聖殿』までは、概ね三日です。直線距離なら大したことはないですが、一筋縄ではいかない地形ですから」

 イッチの言葉に俺たちはうなずくと、無言で歩く。鴨には乗らない。鴨には荷物を載せて危機以外には乗らないという。

 地上では馬ほどの持久力がないのだ、仕方がない。

「北の海岸沿いに歩いて、髑髏岬を見た時点で南下し、山に登ります。それほど危険はないですよ」

 またもや無言でうなずく俺。

 慢性的な疲労に包まれながら、俺たちは旅を続ける。

 例の保護した少女はラナという名前らしい。幼いからか、どうも言葉がたどたどしくて彼女から話を聞くのは難しかった。

 ミレーヌが船の中では保護していたが、いつの間にかケヴィンが彼女の世話をしている。

 彼は戦闘向きの男ではないが、人の世話をしたり話を聞いたりというようなことが得意なのだ。

 前はミレーヌがそれを得意としていたが、今は人を恐れるようになった。そして、その力を失った代償なのか、異常な戦闘能力を得た。

「……」

 少女はくりくりとした目をケヴィンに向けて手を差し出す。

 ケヴィンがそっと手を出すと、手をつないで歩く。

 可愛い兄妹の出来上がりだ。

「あの子の世話はケヴィン君に任せるわ」

 ミレーヌがが笑顔でつぶやく。

「僕の世話をする人がいなくなるけどね。まあいいよ。懐かれた奴が彼女を守ったらいい」

「じゃあ、私が王子の世話をしますね」

「心配ご無用、僕ももう大人だから」

「それが心配なんですよ」

 鎧を着て、多少マシになったとはいえ暑い、足元も最悪で、道なき道……。

 一時間も歩くとへとへとだったのだ。

 少なくとも、俺とケヴィンはすぐにへばっているようだった。ラナは小さいくせに平気らしい。未開種族の子供なので健脚なのだろう。

「王子、だらしが無いぞ。従者の坊主も」

 モフオが鴨の上で寝ころびながらいう。

「お前、鴨の上に乗って楽してるのに偉そうにいえる立場か!」

 思わず切れる俺。

「コレットとミレーヌを見ろ。んでもって、あのお子様も。女軍団は全く平気だぞ」

「ぼ、僕たちは重装甲だから。王子様は脱ぐわけにもいかないですし」

「少し休憩しましょう。王子。多少遅れてもいいように時間には余裕がありますから」

 イッチが水をくれる。俺は、すかさずごくごくと飲む。爽やかな味が口に広がった、レモンのような風味がある。

「疲労回復に効くハーブが入ってます」

 ニヤリと笑うイッチ。

 風貌はちょっとドン臭いが、そつのない男である。

「ありがとう、助かるよ」

 右手には海。崖が続いており、海面までは十メートル程度はある。

 空は青く、海は少し黒い。

「王子、これどうぞ」

 コレットが大きな葉っぱで作った傘のようなものをくれる。

「これは?」

「日よけ傘よ。頭に乗せて顎紐で固定するの。ラナちゃんが作ったのよ」

 頭に乗せて蔓を縛ると、いい感じの帽子になった。

「これは助かるよ、日差しがきつかったから」

 海岸線はジャングルが切れていて、森を切り開いていく必要がない利点があるが、そのため日差しは強烈だった。

 ラナとケヴィンと俺は傘を被る。

 傘を被ったくりくりお目めのラナはかわいい。俺は思わず笑顔。


 その日は一日海岸線を歩く。

 もうフラフラだった。

 結局、予定より少し前でキャンプする羽目になる。

「話に聞いていたより早くキャンプするんですね」

「王子も体が慣れていないみたいですし、無理は禁物ということです。それに、完全に日が落ちる前に、キャンプを設営しないと」

 イッチは中年らしい分別がある。常ではないが。

 俺とケヴィンはテント設営。

 他は食事の準備など。

「王子、あのイッチという人信用して大丈夫ですか?」

「急に何をいうんだ、ケヴィン君、彼はとても信頼できるじゃないか」

「あの人、時々あの気持ち悪い人の皮を取り出して眺めたりしてるんですよ。凄いニタニタして」

「彼は魔法使えるみたいだし、何か理由があるんじゃないか。人を疑い過ぎるのもよくないよ」

「しかし、でも……」

 ケヴィンが更に何かいおうとしたとき、

「みんな気を付けて、敵襲よ!」

 ミレーヌの声がする。

 俺とケヴィンは杭を捨てて腰の剣を抜く。

 キャンプの周りはちょっとした岩場と草原になっている。一見誰もいないが、岩の陰から十数人の黒い人影が現れ、走ってくる。

「ひるるるるぅるるぅるぅぅぅぅ!」

 独特の悲鳴のような叫びを上げながら、石槍を持った男たちだった。

 浅黒い裸体に腰布しか付けていない。

 正面十人ほどが両手持ちの石槍、後ろの奴らはスリングを回転させている。

「岩に隠れろ! 石が飛んでくるぞ!」

 俺の警告を出すまでもなく、女性陣とイッチは岩に潜んでいた。ケヴィンが出遅れて、何発か石が命中する。

「いた、いたい!」

 ケヴィンは痛がっているが、板金鎧の端の方に当たっただけで、問題にはならないようだ。

「ひるるるるぅるるぅるぅぅぅぅ!」

 男たちの叫び声と走ってくる音。

「王子は隠れていて!」

 ミレーヌの声。

「そうはいっても……」

 首だけ出してみると、スリングを捨てて、もう十人ほどがさらに突っ込んでくる。

 結局、俺とケヴィンで三人の賊と対峙することになる。

 背が高く、手足が長く、黒人種のようでもあり、東洋人にも白人にも見えた。槍の扱いは上手く、俺は何度もたたかれたが、鎧の頑丈さで大事には至らなかった。

「王子! 僕が守ります!」

 ケヴィンが叫ぶが、どう見ても賊に圧されて負ける寸前だった。

 種を投げつけるにも、吹き矢にも近すぎた。

 岩に潜んで逆に岩を背後に逃げ場を失った感がある。

「くそ! このままでは……」

 まずい、といいかけて、目の前の男がドウッと倒れる。ケヴィンの前の奴もだ。

 血煙の後ろにはミレーヌが立っていた。

「王子、遅くなりました」

「ありがとう、助かったよ」

 戦場を見ると、十人以上の死骸が転がっている。他は逃げたのか。

「女性二人は強いですね。ミレーヌさんの剣技とコレットさんの魔法で未開人はすぐに全滅しましたよ」

 イッチの手には棍棒がある。釘バットだな、どう見ても。

「仲間を連れてこられたら厄介ですね。すぐにここを去りましょう」

「魔よけの魔術を張ります。それで大丈夫です。それに多少逃げたところでどうしようもありませんよ。あいつらはどこまでも追ってきます」

「魔よけ、ですか。彼らは普通の人間のようですが……」

 俺はどう見てもおかしいので問う。

「見てください」

 イッチは腰から銛のような道具を取り出すと、一人の男の口を開かせる。そして、ずぶっと銛を口に突っ込んだ。

「な、何をしているのです!」

 イッチの動きは自然だったので、俺は止めようもなかった。

「まあ、見ていてください」

 イッチが銛を引き抜くと、何か口からズルズルと出てくる。

「きぇ~! きひききぃぃぃ」

 その物体は叫ぶ。びくびくと動く巨大な芋虫みたいな生き物だった。

「イッチ、さん。それは……」

「これは人蛆ひとうじです。魔物ですよ」

 まだまだ明るい時刻なので、俺にはそれがはっきり見えた、どちらかというと見たくはなかったが。それは人間の腕程の太さの蛆で、頭部がよく見ると人間のように見える。

「それは頭部が人間に見えますが」

「ええ、これは元は人間なんです。邪悪な海賊などが魂を混沌と融合させられてこのような姿になっているのです」

「ひ、ひい!」

 ケヴィンも見てしまったのか、腰を抜かしている。

 コレットがラナの目をふさいでいる。

「おい、そうだな! 元は人間だったのだな!」

「き、きき、そ、そうだ」

 その生き物は微かに答える。

「ひー! 喋った!」

 ケヴィンの悲鳴。

「妖術でこんな姿になったんだよな」

 イッチが問うと、答えない蛆。

 イッチは無言で焚火に人蛆を押し付ける。

「ききき! やめてくれ! 頼む!」

「誰の命令で来た、仲間は何人だ」

「か、海賊王様が怪しい奴を斬れと。仲間は千人はいる」

「千人? この付近には何人だ」

 更に火に近づける。

「三十人だ! やめてくれ!」

 顔をしわくちゃにして叫ぶ人蛆。

 しかし、イッチはニタニタと笑いながら、そいつが動かなくなるまで火にくべる。

 あまりのおぞましさにぞっとする俺。

「今のは一体……」

「今倒した連中は、南方に住む未開種族でこの人蛆に乗っ取られて奴隷にされていたんですよ」

「じゃ、じゃあ、この死骸全部に人蛆が?」

「ええ、そうなりますね」

「放っておいたらどうなります」

「多分、這い出して、誰かの口に入り込んで心を乗っ取ると思います」

「放っては置けないですね。胸を刺せばいいのですか」

 ミレーヌが改めて聖剣を抜く。

 見ていると、確かに犠牲者たちの口から不気味な人蛆が這いだしているようだった。

 俺は慌てて、一匹を剣で刺す。

「ききー!」

 そいつはあっさり動かなくなる。俺は死骸を火にくべる。

「こいつらあんまり強くないぞ、落ち着いて殺すんだ」

「ご心配には及びませんよ。レッド!」

 イッチの鴨がクワッと吼えると、地面でうごめく人蛆を食べ始める。

「ひぃひぃ。食べられる! 助けてくれ!」

 人蛆たちは叫ぶが、鴨たちはおいしそうにパクパク食べてしまう。

 イッチはもう一匹始末すると、そいつも火に放り込む。

「食べられている。人が、元人の化け物が!」

 ケヴィンは顔面蒼白である。

「大丈夫だよ、心配するな」

 俺がなだめても、ケヴィンはガクガク震え続けるようだった。

「魔物除けの結界は私が張るわ」

 コレットが無言でキャンプの周りに何やら魔法をかける。イッチとは違い本職だから彼女の方が大丈夫だろう。


 俺とケヴィンは死骸を片付ける。手っ取り早く海に放り込んだのだ。最期の一人の体をつかんだころにはもう空が真っ赤だった。

 俺たちは無言で海に捨てようとするが、突然、死骸が腕をぐっと握る。

 思わず驚いて腰を抜かす俺。

「うわ、この死骸生きているぞ」

「ひぃ! 人蛆がまだ入っている!」

「だ大丈夫、俺は、大丈夫」

 俺をつかんだ奴が、微かにしゃべっている。

 俺が思わず取り落とすと、そいつは地に倒れ伏す。

 胸に大きな切り傷。普通なら死んでいる。

「だ、大丈夫か、君は」

 俺は、無言の細身の大男に話しかける。

「ハァハァ」

 出血しすぎなのだろう、明らかに死にかけているが、まだ死んではいない。

 その男の顔は黒人種特有の顔だった。どこか高貴さがあるように感じた。

 俺は火と闇の魔力を集めて治療を施す。

 すぐに傷はふさがり、呼吸が安定した。

「あ、ありがとう、あなたは魔法使いなのか」

 その男はかすれ声でしゃべる。

「多少できるというだけだよ」

「こ、この、この恩は必ず……」

 その男は何かをいいかけたが、結局、疲労の余り昏倒してしまう。

「死んではいない、気絶したようです」

「彼は人蛆に支配されていただけで、まともな人間なのだよ。助けよう」

 二人で肩を担いで、キャンプに運ぶ。


 キャンプに着くと、非常に旨そうな香りが漂っている。

「お、これはバターと香草の香りですね」

 ケヴィンが鼻をクンクンさせる。すぐにでも食べたいという香りだ。

「王子、そいつは」

 イッチが料理の手を止めて聞いた。

「一人死なずに生きていたんだ。どうやら、襲い掛かってくるようなこともないよ」

「南方の種族は幾つも海賊勢力に滅亡させられています。その中の一つの生き残りでしょうね」

「南方の人々を助ける方法はないのですか?」

 ケヴィンが大男を引きずりながら聞く。

「相当難しいですね。どのような攻撃でもダメージを受けるのは外側の人間で、中の人蛆は無傷です。外を殺すか致命傷を負わせて昏倒させると精神と肉体の融合が弱くなって、あのように引きずり出せます」

「イッチさん、相当詳しいね」

「ええ、まあ、一度あれを体に入れたことがあるんです」

「ええ?! 大丈夫だったんですか」

「強い聖域に入ると、奴の寄生魔力は保持できません。聖なる場所で実験して、支配される直前に奴を取り出しました」

「滅茶苦茶しますね、聖なる場所とか……怒られませんでしたか」

「まあ、無人のところでやりましたから……」

「しかし、なんでまたそんなことを」

「好奇心です」

 なんかきっぱりいい放つイッチさんだった。

「はあ」

「その男はかなり疲労が激しい様ですから、そこに寝かせて……」

 イッチがそういうとケヴィンはうなずいて、ござの上に男を寝かせる。

 男は暴れる様子もなく、静かに横になる。

「ところで王子、この香草焼きでもどうですか」

 イッチが木の皿に肉を盛り付ける。鶏肉かな?

「ああさっきから気になってたんです。一口いただけますか」

「ええ、遠慮なく、皆さんの分もありますよ」

 俺はためらいもなく、その肉らしきものを口に入れる。

 肉の香ばしさと香草の香ばしさ、バターの風味。三つが相まって、転生前の洋食屋でも食べられないほどの旨い肉だった。

 俺は次々と口に放り込む。

「さあ、この酒を飲んで下さい」

「ちょうど、ちょっと飲みたかったんです、さすがイッチさん」

 俺はごくごくと酒を飲む。

 ちょっと酸っぱいが、甘くて旨い。

 ふとみると、女性陣はこわばった顔で俺たちを見ていた。

「どうしたの? 君達も食べたら?」

 女性陣に提案するが、全力で首を振る。

「王子、それ、人蛆の肉ですよ」

 ミレーヌ、それ、早くいわんかい!!!

「うげぇ! ゲホゲホ、かなり食ってしまったぞ!」

 吐こうと思って辺りを見回す。

「うわ、王子、それ人蛆の肉だったんですか? ひぃ! 近寄らないでください!」

 ケヴィンの悲鳴。

「王子はもう駄目だ、汚染された!」

 モフオお前まで人を汚物みたいにいうな。

「大丈夫、俺は何度も食ってますけど、何の問題もないですよ」

 イッチが自慢げにいう。

「そ、それならいいかな。結構旨いし」

「王子、そういう問題じゃないと思うの」

 コレットまで心配してくれている。

「心配ないですよ、俺なんてこれをどれだけ食べたか。見てください、何の変化もないんです」

 イッチがカッコつけて女性陣に貴族的挨拶をする。

「イッチさんのいう通りだよ、これ、病みつきになる旨さだよ」

 俺はなんだか、意地になって食い始める。

 酒も旨いし、これはやめられない。

「生きとし生けるものすべては、命の循環の輪に属しているんです。俺たちは与えられた命を生存の糧として感謝して食する。これは魂の循環なのです。王子。俺たちは世界に生かされてるんですよ!」

「深い、深いですよイッチさん。この肉は命の肉。僕たちは今、命の輪の中にいるのです!」

 なぜか涙を流すイッチと俺。

「というわけで、この肉食べるから、心配するなよ」

 ハフハフ、熱いけど旨い!

「王子が狂った!」

 涙を流すケヴィン、大げさすぎるだろ。

「ミレーヌ」

「ええ、コレットさん」

「この人たち、帰ったら首都のエクセレス大神殿の最も聖なる空間に放り込んで浄化の儀式をやってもらいましょう」

「そうですね、嫌とはいわせません」

 決意を硬くする女二人だった。




 翌朝。

「王子、人蛆になったりしてませんよね……」

 恐る恐る、寝袋の俺に声をかけるケヴィン。

「フヒヒ、お前に寄生してやるぞ!」

 俺は寝袋の中から目を光らせ、ケヴィンに狂気の視線を向ける。

「ひ、ひぃ! 王子が化け物に!」

 腰を抜かすケヴィン。

「手加減は要らんぞ、化け物になった奴なんてもう人間じゃないし。さっさと斬首、さっさと斬首!」

 モフオおまえなぁ、俺の使い魔ってこと忘れてないか? 俺はお前の大事なご主人様なんだよ。

 聖剣に手をかけたミレーヌがやってくる。

「うわっと、まった! 冗談だよ、ほれ、この通り、ちゃんと人間やってるから」

 俺は慌てて両手を寝袋から出す。

 一瞬だが、マジで殺されると思った。

「王子、悪い冗談はやめてください!」

 ミレーヌが珍しく怒っている。

「ほれ、みろ。俺は人間だ」

 俺は寝袋から這い出すと、ミレーヌに体を見せる。

 そんなことをしていると、

「王子、例の人物が目を覚ましています」

 イッチがささやくように俺にいう。


 ケヴィンに食事の用意を任せて、俺たちは件の人物と会う。

 彼は早く目を覚ましていたようで、静かに岩の上に座っていた。

 背が高く痩せており、筋骨はしっかりしている。

 黒人種の若い男である。腰布しか付けていないが、よく見ると体に入れ墨が施されている。治したとはいえ胸の傷は致命傷だったのだ、大きな傷跡が見える。

「僕はガルディア王国のクリサレス王子。クリスと呼んでくれ、君は」

「わ、私は……ナルディ族の長、コルの息子ロティ」

 若干、たどたどしく答える。白人域の共通語にはあまり通じていないのかもしれない。少し、発音がおかしい。

「傷を負わせたことを謝るよ」

「いいえ、気にしないでください。逆に命を助けられました。あの化け物に寄生されてから意識はあっても心を支配されて自由は失っていたのです」

 寂しげに笑うロティ。

「では、あいつに乗っ取られてる間の意識はあったのですか」

「どうやら人によるようです。私は一族の祈祷師から守護の精霊を宿らせてますから、魔物の力が弱まる時間に、意識が戻っていたのです。自由は取り返せませんでしたが」

「もしかしたら、その守護の精霊のおかげでミレーヌの斬撃に耐えたのかもしれませんね」

「あの女性は本当に凄い、私は鎗の腕前に自信があったのですが、まるで赤子の手をひねるようにあっさり倒されました」

 苦笑いをするロティ。

 いい顔だった。

「彼女はガルディアの七剣、聖剣所持者のミレーヌです」

 俺は傍らにいる彼女を紹介する。ついでに、他の者たちも。

「最初に聞きそびれましたが、なぜ、このような島にガルディアの王子や剣士が……」

「申し訳ないですが、それは国家機密なのでいえません。でも、せっかく出会った縁ですから、祖国までお送りしますよ」

 ロティは首を振る。

「王子のお申し出はありがたいですが、私の族は海賊によって消滅しています。男は全て人蛆を植え付けられ、女は奴隷、子供は食料、老人は皆殺しに……」

「それは酷い……」

 海賊に人道なんて期待しても仕方がないが、彼らの所業の非道さは桁違いすぎる。

「最初に自己紹介を申し上げた時に、自分の肩書など既に無意味だと思ったのです」

 そこまで聞いて、コレットが何もいわずに去ってしまう。

 泣いていたように見えた、彼は自分と同じ境遇なのだ。

「……」

「コレットは……彼女も君と同じような境遇です。敵は魔物の大集団だったようですが……」

「南方は非常に遅れていて、大酋長のような方も今はいません。海賊や魔物がやりたい放題なのが現状なのです。我ら南方人族も大同団結して戦おうという話をしてたのですが……なかなか互いが主張を譲らず、もたついている間に各個撃破されてこのていたらくですよ」

 ため息をつくロティ。人間はどこも同じだ。

「ならば、暫く僕と同行して身の振り方でも考えませんか。腕の立つ戦士ならいつでも歓迎します」

「ありがとうクリス王子。そうさせていただくよ」

 俺たちは握手する。ロティの手は小柄な俺より二回りも大きい。まるで野球のグローブみたいな手だった。


 キャンプに帰ると、既に食事が出来上がっていた。

 乾燥肉と硬いパン、薄い紅茶。

「ヒヒヒ、れ、例の肉はもう無くなったの?」

 俺は思わず、人蛆の味を思い出す。

「王子、正気を取り戻してください!」

 恐怖におびえるケヴィン。

「冗談だよ、本気にするな」

 でも、また食べたい。

 イッチが濡れた野草を持ってくる。

「皆さんこの野草をどうぞ、旨いものじゃないですが、壊血病を予防します」

 さすがイッチさん、知識が深い。

 俺以外はイッチの進める野草に非常に警戒しているが、俺は何も考えずに食べる。

「ぱりぱりしておいしいよ、これ。海水で洗ったんですね、適度な塩味もいい」

 渋々、ミレーヌとコレットは少し食べる。ケヴィンは青い顔をして結局手は付けなかった。現地民の二人は不思議そうな顔をして食べる。


 食事を終えると、早速、出発になる。

 鴨に荷物を載せ、鎧を着て歩く。ロティは石槍を拾い、予備を何本か背負っている。

「盾はないですか」

 ロティがそう聞いて来る。

 そういえば、彼らはスリングと槍しか持ってなかった。

「僕の盾をどうぞ。どうせ僕が使っても下手糞ですから」

 ロティはその盾が『陽光の盾』ということを知ると、遠慮しようとした。しかし、彼が持って戦力アップした方が全体にとってよいというと、彼はそれを誇らしげに持つ。

 遠慮するような精神があるだけでも、彼は高貴な人物だと思う。

 出自に嘘はないのだろう。たぶん。


 その日は海岸から山に向かって登っていくことになる。

 標高自体は大したことはないが、道なき道に緑の壁がそびえたち、そうそう進める道ではなかった。

 山刀で道を切り開いていきながらでないと進めない。

 先頭はイッチ、俺、ケヴィン、ロティの四人が交替する。

「予定より、遅れてますけど無理は禁物。食料は余分にありますから、到着を一日遅らせましょう」

 イッチが汗をぬぐいながらそう提案してくれる。

「それがいいですよ。想像よりもはるかに厳しいルートですね」

「以前俺が来たときはこの辺りもリザードマンの領域でしたから、最低限の道はあったんですけど、今は無くなってます。ここまで道の浸食が早いとは……」

 イッチの顔が曇る。

 現代でも大雨が降るだけで、道が壊れ堤防が決壊することもある。この遅れた世界の細い山道が消えたところで不思議ではない。


 キャンプはどうにか広い場所を見つけて無理やりテントを設置することになる。

 その日の夜は火も焚かず、乾燥食料と水だけで過ごす。大声の会話は禁止した。やはり、例の蛮人たちが襲ってくるリスクがあったからだ。

「魔よけの魔法かけるから、襲われないとは思うけど万が一があるから……みんなぐっすり寝るのは駄目よ」

 コレットの意見。

「うんそうする、男子は交代で見張りに立つよ、ミレーヌはどうする?」

「私もその交代要員に入れて下さい」

 というわけで、俺とイッチ、ロティとケヴィン、ミレーヌとモフオという組になる。

「おい、なんで俺まで働かないといけないんだ」

 モフオが文句を垂れる。

「お前なぁ。たまには働けよ!」

「全力で働いているだろうが!」

 とへそ天しながらいうモフオ。

「どう見てもさぼりまくりだろうが!」

「まあまあ、モフちゃんは僕と一緒に警戒してくれるんだよね」

 ミレーヌが撫でると、モフオはゴロゴロいう。

「仕方がないな、働いてやるか」

 意味不明な上から目線のモフオ。

 というわけで三交代になる。


 その夜、

 とても美しい星空の中、オッサンのイッチさんと話をする。

「イッチさんは異世界から来られたと仰ってましたけど、異世界は日本なんですか」

「ええ、そうですよ。王子もそうだと噂ありますけど……」

「え? そ、そんなことないですよ。僕はこの世界の住人です。どこからそんなデマが……」

 キョドりまくる俺。

「それは……有名な乞食がいて、俺は本当のクリサレス王子だとか、王族じゃないと知らないようなことをまくしたてるような奴がいると、首都で話題なんです」

「何者なんですそいつ? 狂人のたわごとですよ。それにしても、イッチさんってガルディアの首都にも住んでたんですか」

 何者だ、その乞食。この冒険から帰ったら調べてやる。敵の間諜かもしれない。エリンに事情を聴かないと。

「ええ、元々俺は京都出身の都会人、都会人は首都が似合いますからね……。ええ、もちろん、京都は都会であり、元首都。東京は田舎者だけが集まっているような場所で、数だけが多い下等な集落なのです」

 謎の偏見をぶちまけるおっさんイッチ。

 苦難のために頭がおかしくなったのだろう、可哀想に。

「は、はぁ、とにかく、ご職業は?」

「小説家です。代表作は『お兄ちゃんらめぇえ』と『続お兄ちゃんらめぇえ』です。学園における兄と妹の恋愛模様を描いた禁断の傑作ですけど知りません?」

「いいえ、全く、全然」

 題を聞くだけで、おっさんがレベルの低いゴミ小説家だということがわかる。

「はぁ、まあそうですよね。編集の奴らが俺の才能わかってないから全然宣伝しなかったんです」

 ため息をつくイッチ。

 たぶん、そういう問題ではないと思う。

「では、なぜまた、そのような方が異世界に?」

「今更隠すようなことでもないですからいいますけど、俺は世界を守る『光の戦士』だったのです」

「『光の戦士』?」

「そう、『光の戦士』とはイルミナティの陰謀に対抗して密かに世界を守る闇の組織」

「『光の戦士』なのに闇の組織ですか?」

 意味不明すぎる、カルト集団か何かかな?

「イルミナティは世界の隅々まではびこり、悪事をなしています。それどころか、世界を狙う邪悪な宇宙人や化け物と結託するありさま。俺は奴らの引き起こす恐ろしい魔術と戦っていたんです」

 凄い電波だ。

「じゃあ、その魔術でこの世界に来たと?」

「ええ、具体的には蛇頭人という奴らと日々闘争を繰り返したんです。蛇頭人とは蛇の頭に人間の体。変装して人間社会にこっそり紛れ込んで人々を苦しめる悪の存在です」

「へぇ。じゃあ、奴らの陰謀を食い止めた?」

「ええ、奴らの神の復活を阻止したんですが、奴が異界に帰る時に一緒に引っ張られましてね」

 苦笑するイッチ。

「それは災難でしたね。でも、そんな爬虫人類みたいなのが敵だったら、リザードマンは嫌だったんじゃないですか」

「ああ、彼らは何というのか、直立した野生動物と変わらないというか、特に恐怖も感じませんし、蛇頭人とは比べ物になりませんね。あの雰囲気からだけでも異質が漂ってくる感じとでもいえばいいか……表現はできませんが相いれない邪悪が蛇頭人にはありました」

 頭のおかしい人のたわごとかもしれないが、妙な実感のともなう言葉だった。

「でも、そのおかげで僕たちの助けになってくれている」

「こんなものも持っているんですよ」

 ニヤリと笑ってイッチが懐から何か出す。

 拳銃だった。ドイツ軍の持ってたような感じの銃だ。

「これは最初期の自動拳銃で、男が持つにふさわしい銃で、もちろん、十連クリップ式です」

 なんだか不便そうだが、イッチは無駄に自慢げだった。

「それ、どうやって手に入れたんです?」

 現代日本で手に入るようなもじゃないだろう。

「イルミナティは悪の組織。手先は色々と武装してましたからね。奪ったんですよ」

「はぁ、でも弾は」

「それが問題です。もうあと数発しかないんですよ」

「それなら、剣や棍棒を使うしかないですね」

 ふと気が付いたが、彼はこの世界に肉体と装備を持ってやってきたのだ。俺とは根本的に違う。

 それに、彼の「日本」が俺の「日本」と同じという保証もない。

 蛇頭人とか聞いたこともないし、イルミナティはオカルトマニアが何かいってた程度でしかない。

 そこまで考えたところで、交代の時間だった。

 俺は昼間の疲れもあり、泥のようにぐっすり眠る。




 翌朝。

 血の匂いで目が覚める。

 ぎょっとした。ロティとミレーヌが例の未開人の襲撃者たちを片付けている。

「ミレーヌの見張り時間に敵が来たらしいんですが、彼女は俺たちを起こさずに皆殺しにしたようです」

 イッチも寝ぼけ眼をこすっている。

「王子おはようございます。心配ありません、敵は皆倒しました」

 ミレーヌが淡々と告げる。

 死骸は二十はあるだろうか。一人で片づけたのか。

 呆れた戦闘力である。

「ミレーヌ。なぜ起こさない。自分にいくら自信があってもそれは間違っているぞ」

「すみません、でも王子の寝顔を見て、少しでも休んでもらおうと……」

 なんだかお母さんじゃあるまいし、過保護すぎだ。

「次は絶対起こすんだ、いいね」

「……はい」

「あ、そういえば、人蛆はどうした。死骸から出てきただろう」

「ああ、あれは全部殺して鴨に食べさせましたよ」

「あぁぁ……そうかぁ、そ、それはいいことをしたね」

 マジで食いたかった。

 人蛆のあの風味。ウヒヒ。

「王子、何かよだれ出てますよ。怖い」

 ケヴィン。腰が引けてる。

 本当にこいつは気合が入っておらん。突貫精神が足りんのだ。


 朝食が用意され、食事後、すぐに出発する。

 再び、うんざりする緑の壁の攻略が始まった。

「山刀じゃ切れ味悪すぎる。僕の半月刀を使うか」

 ルナー男爵が俺にくれた刀を出して、草を斬ると、まるで感触がないみたいにすぱすぱ切れる。

「これはいい、僕が武器として使うより、こっちの方が断然使い勝手いいね」

 ボロボロの山刀は一旦おいて、俺の半月刀を使うことになる。

 魔法の刀は切れ味が落ちることもなく、下生えをを綺麗に切断できた。一行のスピードも上がったように思う。

「これなら、明日には到着しますよ、王子、刀の提供感謝します」

 イッチが頭を下げる。

「僕ができることなら何でもするよ。遠慮なくいってください、イッチさん」


 というわけで、その次の日の朝には会合場所『大聖殿』に到着した。




次の投稿までかなり期間が空きまして本当に申し訳ありませんでした。

そして、あけましておめでとうございます。

何とか、最後まで書き上げましたので、これから前と近いペースで投稿できると思います。

期間開けると、固有名詞を忘れていたり、間違って記憶したりしています。ついでに設定も……。

何かを作るには勢いというのも必要かなと感じました。


2021/6/13 文章リニューアルしました。読みやすくなったでしょうか。

2023/4/26 微修正

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