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転生王子  作者: 弓師啓史


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29 魔女とカモ

「つまりですな、海賊はこの島を拠点にしていると考えられます」

 ジョラーが指し示した場所には、大きな島が描かれている。

 日本でいえば、淡路島くらいか。

 形も似ている。


 ここは宮殿の会議室、ジョラーと俺は海賊に関して協議中だ。


「ティラシス川河口から小船で一時間程、ジャングルに覆われています。未開の土地だと思われていましたが、報告ではリザードマンの本拠地であり、海賊の中継拠点であるとのことです」

「じゃあ、トカゲと海賊は仲良しさんなんだ」

「それは不明ですな。同じ土地に居ても、敵同士なんてことはよくりますから」

「トカゲとは戦争やったから……あまりこちらに協力はしてもらえないだろうね」

「それは何とも。会ってみないことにはわからないこともありますから」

「ジョラー殿はリザードマンとガルディアの協力関係を考えているのですか?」

「彼らはあの戦争から、このゴードルフ島以外の拠点を失っております。追い詰められた彼らがさしのばした手に縋りつく可能性は否定できません」

「どんな可能性もあり得るね、現地に行かないとわからないと思うよ」

「そうです。私もそう考え、幾つかのつてを頼ってリザードマンと会うという約束を取り付けました」

「ふむ、それは凄いね。あいつらって交渉不可、単なる化け物という定評でしたよね」

「私は見ていませんが、以前リザードマンと戦争になった時に敵の首脳部に人間が取り入っていたと聞き及びました」

 以前起きた『兎野の合戦』の話だ。

 ジョラーはその時はまだ放浪者だった。

「私も不思議に思って調べたのです。どうやら、ティラシス川の河口付近の地元の漁師や交易商などはリザードマンと取引があるようですね。政治交渉がなかっただけで……人間が襲っていたというのがリザードマンのいい分のようです。仄聞ですが」

「なるほど、リディアがリザードマンを狩ってたから政治交渉は断絶してただけなのかもですね」

「リザードマンと手を結べたら、何かと有利に働くでしょう。地域の情報、特に海賊情報が得られるのは大きい。ガンド子爵の情報も手に入るでしょう。それに、あの辺りは未開なので仮に我が国が開発するのは、ひ孫くらいの時代になります。それまでは味方を増やしておく方が得策かと」

「それはいいけど、リディアがご和算にするんじゃないか」

「リディア殿は今内紛で忙しいので動けません。リザードマンとは密かに停戦したそうです」

「内戦やってるの? これは初耳だよ」

「東部郡のいくつかが反乱を起こしたようですね。以前から徴兵され過ぎて不満がくすぶっていました。そこに、北から農民反乱の指導者が入り込んだようです」

「農民反乱とは手を結ばなくてよかった。リディアも敵に回すとはね。今がよくても自滅するだろう」

 リディアが農民反乱を目の仇にしたら、以前連中と密会したことで俺を疑心暗鬼の目で見る可能性があるな。密会の件がばれたらまずいかも。

「密会の件はいずればれそうだけど、リディアに釈明をしておいた方がいいかな」

「……その件は私にお任せください。リザードマンとのことで同時に説明しておきますよ。リディア殿はそれほど物分かりの悪い人ではありませんから大丈夫です。王と反乱軍は現状敵対であるのは事実ですから」

「正直なのが一番だと思うけど、素直に信じるかな? 疑われてゲーマンと結ばれたら困る」

「信じるしかないでしょう。彼女は追いつめられています。リディア殿には信頼の証として援軍を送りましょう。結局、これが一番効果的だと思います」

 俺はうなずき、話題を変える。

「では、リザードマンとはどうやって交渉するんだ。確かに、あのラレンチという妖術師は取り入っていたみたいだけど」

「彼らとコネを持つ人物がいるのです。彼の手引きで王子が会見を行うというのが私の案ですが……」

「僕が行くのか……僕は行きたいけど、女王が反対しそうだね」

「まず、間違いなく。私もできたらそうしたくありませんが、リザードマンと会うには女王か王子だけが可能なようです」

「のこのこ行って人質になるなんてことは?」

「そう、それが最も懸念されることですが、ゴードルフ島に『大聖殿』という場所があるらしく、そこでは一切の戦いが禁止されているのです、そこならリスクなく会える場所であると」

「そんな都合のいい場所があるのか」

「これは案内人の話を信じるならということです。案内人に会ってみてください。その者を信じられないなら行くべきではありません。王子のお考えにお任せします」

「その人は?」

「呼んでいますが」

 俺はうなずく。

 ジョラーが合図すると、一人の男がやってくる。

 背は高い、若干太っている。黒髪黒目肌は浅黒いが東洋人のようだ。年齢は四十才くらいか。

 金属の胸当てに皮鎧。傷だらけの鎧だが、実用性は問題ないだろう。

「彼は、イッチ・カモ。はるか東洋の国から南方の海洋ルートを通ってここまで来たという触れ込みです」

「初めまして、王子。イッチ・カモです。本当は上賀茂一郎かみがも いちろうというんですけど、ここの人には発音し難いのでね」

「カミガモ……日本の方ですか?」

 思わず、言葉が出てしまう。

 この人が何者であれ、うれしかったのだ。故郷の人かもしれない。

「日本! おお、王子。ご存知とは嬉しい。私は異世界から流れ来たんです。気が付いたらこの世界に居て……」

 苦笑いをするイッチ。

「うぉっほん! イッチ殿、本題をお願いします」

 ジョラーが話が逸れるのを止める。

「おっと、そうでしたね。私は謎の地点にいきなり飛ばされて、そこから苦節十年、南方のジャングルから文明圏を目指して旅をつづけたのです。そのおかげで、南方の文明文化には精通してます」

 凄い自信でいい切るイッチ。

「リザードマンは信じられるのですか」

「彼らは普通の人間と変わりませんよ。素朴でいい連中です。私はいくつか魔術が使えるので、それで連中を助けてから仲良くやってます。ガルディアに戦争で負けましたから、人間は嫌いでしょうけど、連中の最大の勇者グロフェンを一騎打ちで倒したのだからガルディアの武勇は認めているようです。それに、宿敵の沼ゴブリンも倒しましたからね」

「沼ゴブ残党と同盟してたんじゃないの?」

「ああ、そういうこともありましたけど、ほとんど絶滅したみたいですよ、リザードマンはバカじゃないから利用だけしたのでしょうね」

「リディアは停戦したとか」

「ええ、それは私が仲介したんですよ。島嶼と沿岸はリディア殿の不得意な地域で、逆襲されて遠征軍は壊滅してます。確か、その遠征軍兵士の出身地域が激怒して反乱してるとか……まあ、とにかく私はリザードマン側の使者として彼女と会って、沿岸の湿地帯と島嶼には手を出さないという約束をしました。その代わり、リザードマンもリディアを襲わない」

「リディアと話し合った実績があるんだ。それなら……」

「もっと積極な同盟を結ぶなら、手土産と顔合わせが必要ですね」

「もっともな話しだ。こちらからは勇者グロフェンの電撃斧、食料支援、交易商の派遣などだな。それと相互防衛だ」

 ジョラーが白いひげをなでながら提示する。

「斧は喜ぶでしょう。彼らの大切な宝ですから……後は彼らとあなた方次第です。私は『大聖殿』までご案内するだけですね」

 何やらメモを取りながら返事をするイッチ。

「では、僕が行くよ。女王には無理だろう」

「ええ、それがいいと思いますよ。リザードマンは誇り高いから使者の往復だけで首を縦に振ることはないです」

「じゃあ、話は決まりだな」

「王子、くれぐれも危険には近寄らず交渉だけでお願いします。女王から叱責を受けるのは私ですから……本当に、女王陛下に厳しく攻め立てられるかと思うと、もう最高ですな」

 謎の独白をする変態老人だった。




 数日後、俺は隠密の交渉団を率いて首都を出発する。

 メンバーは俺筆頭にモフオ、案内人のイッチ・カモ、従者のケヴィン、七剣のミレーヌ、そして、何故かコレットが同行することになった。

「コレットちゃん、じゃ駄目だな、コレットさん。ロムと新婚じゃないのか? いいのか付いてきて」

「ロムさんは忙しいから……それに、南方のことは私興味あるの」

 前よりもじもじ感が減った。結婚した自信なのだろう。いつものローブに加え、人間の頭を乾燥させたようなものが固定されている杖を持っている。

 正直気持ち悪い。

「ところで、凄く気になるけど、その杖は?」

「こいつは私の仇の一人、ホーリィ教祖よ。生首を乾燥させて悪霊を閉じ込め、永久拷問の刑にしているの」

「永久拷問って……」

「こいつ、色々と有用な情報を知っているの。この冒険にも使えるわ」

 生首は釘で固定されている。よく見ると、微かに口をパクパクさせて「水を……、水をくれ……」とうめいている。

「ひぃ! 首が生きてる!」

 ケヴィンの悲鳴。

「コ、コレットさん、これは一体」

 俺も正直気持ち悪かったが、キュートなコレットさんが可愛いので耐えた。

「正しいことをいったら、スポイトで一滴だけ水をやるの。それまではお預け。喋るまでは許さないの」

「水……、水……」

「お前、私の両親を殺した理由を王子にいいなさい」

「しょ、小エルフは南方の魔物勢力拡大に邪魔だった。あの方が……小エルフを皆殺しにしろと」

「あの方って?」

「ひ、そ、そそれは、それだけは……」

 カチカチに乾燥した顔をゆがめて教祖は答えようとしない。

「じゃあ、水は駄目ね」

「許してくれ、み、水」

「喋るまではあげないわ」

 冷酷な目つき。

 美しい少女だけに思わずぞっとする俺。

「考えてみたら、雨とか降ったらどうなるの。こいつごくごく飲んでしまうかも」

「水は特定のスポイト以外で飲めないの。心配しないで、王子」

 にっこり微笑むコレット。

 ほほ笑むような話ではないと思うが。

 コレットがこんな子だったとは……教祖の自業自得ではあるが。

 しかし、教祖の行った所業を思い出すと、これでも生温いような気もする。

 ふと振り向くと、ケヴィンが顔面蒼白だった。

 馬上でお漏らしでもしたような顔だ。

「コレットさん、それ必要な時以外はしまっておけないか、ケヴィンが……」

「ええ、気持ち悪いしそうするわ」

 皮の袋を取り出すと、それに放り込んでしまう。

 魔法のバッグのようで、すっと消える。

「奴は『あの方』に関しては答えを拒否したけど、何か理由があるのかい」

「何かの呪いがかかってるわ。一度死んで、もう一度召喚されたのに、まだあいつの魂は呪われてる。『あの方』は相当な奴よ。たぶん、私の宿敵だと思うの」

「そういえば、アーマーラ大神殿跡での戦いでもそういう呪いをかけられた奴が居たよ。あいつも似たような狂信者だった」

「狂信者は心に隙が多いから悪人に利用されやすいの。同じ敵かどうかは断定は危険なの」

「そうだね、そうだ、その時この冊子を貰ったんだが……何かの書簡だけど、読めないようにしてある」

 コレットに神殿跡で貰った白紙の書簡を見せると、彼女はしげしげと眺める。

「魔法で封印されているわ。凄く強力だから、今は無理なの。家に帰ってからなら……」

「とりあえず、預けておくから、帰ってからでいいよ」

 そういうとうなずくコレット。その束も例の革袋に入れられる。

 イッチはミレーヌに色々と質問をしていて、こちらの話し合いには気が付かなかったようだ。

「王子、首都から河口まで馬で行き、そこから乗鴨に乗り換えます」

「乗鴨?」

「見たらわかりますよ。便利な生き物です」


 河口までは何の問題もない旅だった。概ね人も少ない田舎道だが、治安は保たれている。

 途中、騎馬の一団に出会った、イーサンだ。

「王子、なぜこのような僻地へ……それに、ミ、ミレーヌさん」

 以前よりかなり老けた印象だった。身なりも綺麗とはいえない。

 なりふり構わず働いているのだ。

「見回りの途中か? ご苦労。僕はちょっとした任務だよ。もちろん、内密に頼む」

「ええ、まだゴブリンの残党がうろついているという情報がありまして……王子もお気を付けください」

「わかった、ありがとう。そうだ、最近は君の働きに感心している人間も多い。一度王宮に顔を出してはどうだ。女王陛下には僕からもとりなしておくよ」

「しかし……」

「君がまじめに働けば、周りの評価も変わってくる。そして、それは女王も同じだよ。王宮に戻って女王の手伝いや僕の手伝いをする時はいつかやってくる。これは逃げられない運命だよイーサン」

 ニヤッと笑う俺。

 まあ、あの時の怒りは残っているが、彼ではなくてゲーマンに対してである。

 今のイーサンを見ていると、怒りは消えてしまったのが実際だった。

 無言で膝まづくイーサン。「御意」とは言い難いのだろう。

 俺は彼に手を振って去ってしまう。

 彼の心の問題は、彼自身にしか解決できないのだ。

 それはミレーヌも同じだろう。

 ミレーヌもイーサンを見てから無言になった。


 翌日、河口に着く。

 河口の漁村、その桟橋に一人の男と幾つかの生き物が待っていた。

 男は皮鎧を着た森エルフ。

 そして、生き物は巨大な馬ぐらいの鴨だった。

「あ、森エルフだ。死ねよマジで」

 モフオから汚い言葉があふれだす。

「死ねはいい過ぎだよ、モフオ君。お亡くなりになれとかその程度にしておけ」

「結局、一緒だろ」

「ひ、酷い。私はまじめな森エルフですよ」

 モジャモジャ頭を掻きながら、その男は弁明する。

「彼は乗鴨のトレーナーです。彼から一日指導を受けて、それから出発しましょう。私はその間細かな出発準備します」

 イッチと彼は知り合いらしい。

 乗鴨は簡単に乗れる大人しい生き物だった。

 鴨の利点は水上移動ができるということ。海川湿地沼地だらけのこの地域では非常に重宝する存在だった。

 尚、空は飛べない。

「おお、もふもふで最高だな。鴨いいぞ」

 モフモフのモフオも鴨の柔らかい羽毛が気に入ったらしい。

「鴨は肉食でちょうどこの猫ぐらいのサイズのものまで食べられます」

 森エルフの説明。

「おい、それは困るぞ。こいつと、ピースケは有用なのだ」

「その二匹にはご主人の匂いがかなりついてますから大丈夫です。そうでないと食べられますね」

「つまり、風呂禁止だ。わかったか、モフオ」

「生まれてこの方入ったことないぞ」

 羽毛の上で寝ころぶモフオ。

「うわ、汚い」

「ぼ、僕がいれようとしたことあるんだけど、シフさんと一緒に。でも、暴れて逃げちゃうんですよ」

 ミレーヌ、というか、彼女が本気出したら簡単に制圧できるだろう。

「こいつら、裸になって一緒に入ろうとか抜かすから……俺は絶対風呂なんて入らないからな」

 モフオゴロゴロしながら宣言する。

「おい、チョ待てよ。シフとミレーヌで全裸だったのか、それ、今度から僕も手伝うから。モフオなんて縛って放り込んだらいい」

「王子、俺があんた如きにつかまるとでも」

「王子が捕まえられるなら、僕たちがやらなくてもいいですよね」

 ミレーヌが面白そうな顔をして答える。

「本末転倒だったな、王子」

「ぐぬぬ」

 などと話しているうちに訓練は終わる。鴨自体は概ね大人しく、慣れたら誰でも乗れるようだ。

 ただし、肉食なので、餌がかさばるようだった。

「鴨のえさを積んでいきます。そのための専門の鴨も必要なんですよ」

 森エルフの言葉。

 こいつは今まで見た森エルフ中で一番まともな奴だった。

「長旅は無理だね」

「ええ、途中、島に渡るのは船をチャーターするってイッチさんがいってましたよ」

 鴨で水上を行けるのはせいぜい二時間が限度。休憩を挟まないと反乱がおきるらしい。つまり、広い海を渡れるような生き物ではないのだ。


 その日はその漁村で宿泊し、翌日出発する。

 朝、ロムが見送りに来ていた。

 何かコレットと話をしているが、珍しくロムが饒舌だった。

 夫婦の話に口をはさむほど野暮じゃない。俺は準備を進める。

「ロムとコレット、ちょっと仲悪くなってるのかもな。コレットが様子おかしいから」

 モフオが聞き耳を立てる。

「おい、流石に二人の会話を聞くのはちょっと失礼だぞ」

「……君は復讐の鬼になってる、杖を捨てていけ。だって」

「うーん、ロムの方が正しいかな……コレットちゃんは可愛いままでいてほしかった」

「愛するものを目の前で殺されんだろ、誰だっておかしくなるよ」

「そうだな……」

 俺はため息をついて荷物を載せる。

 コレットの分も準備を整える。彼女の食料は少なくて済むが、その分俺たちの予備を積むので荷物の量は均等になる。ちなみに、鴨は八羽編成である。

 出発前、ロムがあいさつに来る。

「王子、妻を頼む」

「心配はいらない。こちらに聖剣の主もいる。それに、僕が全力で守るよ」

「……」

 ロムはそれ以上は無言で会釈すると立ち去る。

 俺たちは出発した。


 河を鴨で越え、対岸の漁村で小型船をチャーターする予定だ。

「王子、鴨の乗り心地はいかがです」

 イッチが寄ってくる。

「ええ、思った以上に快適です」

 鞍は水草を編んだもので、軽くて頑丈である。

 少し高さがあり、足を水につけないで行けるが、やはり濡れずに済むとはいかない。かなり長めのロングブーツを着用している。

「防水素材が皮革と油くらいしかないから、この世界。ちょっと不便ですが我慢してください」

「ところで。イッチさんの鴨だけなんだか色が違いますね」

 彼の鴨は赤い羽根が後頭部にあり、それが特徴だった。

「こいつはレッドスター。私の長年の相棒なんです」

 頭をなでるイッチ。

 ギロっと俺を睨むレッドスター。なんだか他の鴨より場数を踏んでいるような雰囲気だ。古参冒険者の目つきとでもいえばいいか。

 河の横断は小一時間で終わる、その頃にはブーツの内部まで水が侵入してしまった。

「人間は水や海水に浸かる限度がありますからね、装備を乾かしてからジャングルを行きます」

 俺たちは川辺で休憩すると、鴨に乗って道を行く。

 鴨は地上も行けるようだ。ただし、歩くよりましという程度だが、湿地を横切れるので確実に早く移動しているとはいえた。

「夕方までに、サンサという沿岸都市に着きます。中立の交易都市で、税を払えば町に入れます」

「誰が支配しているのです?」

 この辺りは誰が支配しているのだろうか、リザードマンは島に引いているが、リディアの影はない。

「確か、地元黒人種のタロゥトとかいう奴だったかな。この辺りの漁村の人間の名主的な人物で、強権は持ってない。部族長とはまた違ったと思います」

「ややこしいのですね」

「要は強い権力がないから、適当な親分が乱立してるだけですよ」

「なるほど」

 空白地のような場所にも、必ずといっていいほど隔絶された人間や亜人間の集落があり、小さな勢力関係があるのが普通である。

 西部平原はそう考えると、極度に人口が少なかった。


 道なき道を超え、サンサに到着する。

 サンサは小都市といっていいかどうか怪しいレベルの町だったが、意外と活気はあった。

 外壁は木柵、小舟専用の艀がいくつかある。

 褌に盾と槍、木の板の胸当て脛あてという未開レベルの番兵に税を払うとあっさり通れる。

 目的すら聞かれなかった。

「タロゥトという人と渡りつけておいた方がいいかな?」

「捕まって身代金要求とかになったら……」

 ケヴィンが真顔で心配してくれる。

「王子、やめてください。彼らは文化レベルは低いですけど、姑息さは普通の人間です。大金を得るチャンスを捨てたりしませんよ」

 イッチさんも小声で真剣にアドバイスをくれる。


 市場に向かうと、宿屋が何軒かある。

「僕が予約しておきますよ。ガルディア人のやってる店もあるみたいですから」

 ケヴィンは気が利く。

「ああ、その店がいいです。さすが王子の付き人だ」

 イッチさんが褒める。

 珍しく褒められてうれしそうにケヴィンは宿屋に向かった。

「あの店、入りたい」

 コレットが指さした先には異常なまでに雑然とした訳の分からない雑貨店だった。

「あれ? あんな店あったかな」

 イッチが頭を掻く。

「最近できたんじゃないですか」

 ミレーヌはあまり興味なさそうである。

「『魔女ビビアンの店』ふぅん。インチキ臭すぎるぞ」

 モフオは常に懐疑的だ。

「お、見てください、これ何だろう」

 イッチが目を輝かせて商品を物色する。

 店先にワゴンがあり、その中に乾燥させた皮革が山積みされているのだ。よく見ると、何かの皮に目鼻口の形が見える。

「うわー気持ち悪! 人間の皮膚……か、顔の形以外は背中の皮みたいだけど……」

「それは、人面疽の憑いた人皮だよ。三枚で金貨一枚。ワゴンセール中なのさ、ヒヒヒ」

 突然奥から声がする。

 見ると、モジャモジャ頭にしわくちゃ顔で鷲鼻黒いローブ、絵にかいた典型みたいな魔女染みた婆さんが座っていた。

「人面疽! 凄いな、前から欲しかったんだ。じゃあ、三枚貰うけどいいかな」

 イッチが嬉しそうに皮を手にする。

「金貨一枚だよ」

「やっぱり、傷の少ないのがいいよな……」

 ぶつぶついいながら、コミケで同人誌を漁るような顔をするイッチ。

「イッチさん、そんな気持ち悪いもの買って平気なんですか?」

「ビビアンさん、これ、おいくらなの」

 可愛いコレットが、幾つも乾燥させた植物などを見せる。

「それは一束一銀貨、それは……」

 ビビアンの商品はかなり高額なものばかりだが、コレットは躊躇なく支払いをして購入している。

「買いまくってるけど大丈夫かい? お金よかったら貸すよ」

「心配しないで……キンケイド。ここのは首都で買うより安いし質もいいの」

 キンケイドは俺の偽名である。

「ヒヒヒ、嬉しいことをいってくれるお嬢さんだね。ガルディアの人かね、お前さん方は」

「ええ、そうなんです。市場調査に来たんですよ。最近、この付近まで治安が改善しましたから」

 俺は事前に打ち合わせた設定で話をする。

 市場調査に来た商人。

 それが俺たちの表向きの立場だ。

「ヒヒ、市場調査ね。単なる商人にしてはお持ちの物が立派だね」

 ビビアンは俺の小手を迷いなく指す。

 ぎょっとする。

「これが見えるのですか」

「見えないよ、でも、あんたの他の持ち物とは比べ物にならない魔力があるから、嫌でもわかるさ」

「お……キンケイド、この婆さんは魔力の塊だ。信用しない方がいいぞ」

 モフオの助言。

「この猫ちゃんも普通のじゃないね。こっちおいでよ、いい物やるよ」

 猫を見ると怖い顔が少し優しくなる。

 魔女だけに猫好きなのかもしれない。

 ビビアンは何やらいい匂いの干し肉のようなものを出す。

「う、これは……」

 ふらふらとそれに近寄ると、モフオは凄い勢いで食べ始める。

「おい、モフオ。ちょとはしたないぞ」

「ヒヒ。いいの。可愛い猫だね、モフオちゃんかい?」

 しわくちゃの手でモフオのフカフカの背中をなでる。

「ビビアンさん、僕のこの小手のことで何かわかりますか」

 おれは少し外して、小手を見せる。

「ほう、それは……少し見せて貰うよ。……上古人の品だね。上古人の王族や貴族が付けるもの。普通の人間には付けられないよ」

「僕は普通の人間。では、なぜ……」

「あなたはもう普通の人間じゃないのさ。普通の人間はそんなに魔力の品を持っていないからね」

「じゃあ、僕は一体」

「あなたを調べた方が速そうだね。ふむ、キンケイドさん、あんた、この世界の人間じゃないね」

「……」

「私もそうだよ。異世界から来た。こんな醜い姿で魔法を使うから、本当に迫害されたのさ。昔は悲しかったけど、今はあきらめがついたよ。私の力を求める者に手を貸すだけで生きている。あんたもそうしたらどうだい」

「僕は……恵まれているから、どちらかというと恩返ししたい方かな」

 結局、王族としてちやほやされているのは事実なのだ。元の世界で冴えない人生だったことを思うと、恵まれているはずだ。

 思い出せないが。

「なんと、驚いたね。転生して聖人君子になる奴がいたとはね」

「ビビアンさんも如何ですか、異世界仲間として僕と一緒にガルディアに来ませんか。助け合う必要があると思うんです」

 異世界の話になってから小声で話している。

 ふと周りを見ると、イッチ以外いなかった。

 コレットとミレーヌはどこだろう。

「こんな婆さんを誘うなんて、おかしな趣味だね、キンケイドさんだったか」

「僕たちには共通点もあるし、この世界から被害を受けているともいえます。共にわかりあえると思うんですが」

「ありがとう、でも、もう遅いよ。私は……海賊王のいいなりだからね」

「海賊王? 俺はなる! みたいな奴ですか? そんなのがいるんだ」

「海賊王は漠然とした称号でね。一応、この辺りじゃ、ガンド船長が海賊王ということになっている」

「ガンド船長? ガンド子爵のことですか?」

「ああ、そうともいうね」

「なぜ、そんな奴のいいなりに……」

 老婆と話し合っていると、

「王子、大変です!」

 血相変えて、ケヴィンが飛び込んでくる。

「王子じゃない、キンケイド!」

 慌てて否定するが、無駄に終わる。

「王子、ヒヒ、王子だね。やっぱり」

 にんまりするビビアン。

「そんなことより、市場でミレーヌさんが暴れてます」

「コレットは」

「一緒になって暴れてます」

「何があったんだ。自重してくれよな、大人になれよ」

「あんたにだけはいわれたくないぞ、王子」

 モフオがビビアンの膝でゴロゴロしながらいう。

「とにかく行こう。ビビアンさん、僕は嘘はいいませんよ。よかった考えておいてください」

「ああ、ありがとう坊や。あんたは優しい男だね、でも、私の事は忘れておくれ」


 俺とケヴィンとイッチは市場に向かう。

 広場で騒ぎが起きているようだった。

 広場に来ると、ミレーヌとコレットが背中合わせになって、大勢の野蛮な感じの連中と対峙している。

 広場には競り会場があり、奴隷と思しき人々がつながれて値段をつけられている。

 しかし、今は騒ぎに驚いて、取引はやっていないようだ。

「ミレーヌ! 何があったんだ!」

 俺は大声を出す。

 一応、剣を抜く。

「この野蛮な海賊共が子供の奴隷を買って食べると大声で話していたから成敗したのです」

 野蛮な海賊共というのは十人ほどで、民族も武装も様々だが、一様に不気味に腫れ上がった顔とひきつった笑顔のような表情を浮かべている。

 確かに、ミレーヌの足元には三人ほどの死骸が転がっている。

 二人が剣で、一人が魔法で黒焦げに。

「俺たちは海賊王の仲間だぜ。お前らこんなことしてタダで済むと思っているのか」

 リーダー格の男だろうか。両手斧の白人種の男が俺たちを脅す。

「海賊王か、不味いですな王子。騒ぎを起こすなら別料金貰いますよ」

 イッチが小声でつぶやく。せこい奴だ。

「わかったよ、でももう血が流れてしまった、事態は戻らない。現状で最善尽くしてくれないか」

「やれやれ、ならば、さっさと退散しましょう。船のオーナーには事前に手紙を送ってましたから今出ても大丈夫でしょう。リスク代は取られますが」

「じゃあ、そうしてくれ。ミレーヌ。撤収するぞ!」

「王子、この子は捨てていけません。食べられてしまいます」

 ミレーヌが指さした先には、鎖につながれた非常に可愛らしい黒人の少女が座っている。

「その子を回収して、すぐ撤収だ!」

「何を勝手なことをいってやがる。仲間たちよ、不埒者を取り囲め!」

 斧男が叫ぶ。

 俺は皆に合図を送ってから、種の袋に手を突っ込み、光の魔力を込めて種をつかみだす。そして、海賊共の足下にぶちまける。

 ブワっと広がるすさまじい光。

「ギエー」「グワ!」

 目をやられた奴らがのたうち回るかと思ったが、意外とそんなこともなく、あっさり気絶してしまった。

「海賊は光に弱いのでしょう」

 イッチが様子を確認している。

「とにかく助かった、子供を連れてすぐに逃げよう」

 子供の前まで行くと、でっぷり太った男が邪魔をする。

「このガキはあの人たちに売ったんだ。勝手に持っていったら泥棒だ」

 背後にボディガードらしき筋骨隆々の奴が二人いる。

「金なら、払う」

 俺はそう提案したが、その案は結果でいうとどうでもよくなった。

 ミレーヌがつかつかと近寄ると、見えない速度で聖剣を振るい。商人とボディガードは無言で地に倒れ伏した。

 こんな細身の女が強いと思わなかった奴らの油断をついた形だが……。

 血が出ていないので剣の平で叩いただけのようだ。

 無言でミレーヌは少女の鎖を断ち切る。やわらかい紐のように金属の鎖は切れた。

 他の奴隷たちも助けてほしそうに見ている。

 俺が何かいう前にミレーヌが鎖を瞬速で断ち切り、全員をつなぐ鎖の束もバラバラになった。

「ありがとうお嬢さん」「あんたたちは聖人だ!」などといいながら、奴隷たちは逃亡する。

 件の子供はぐったりしていたので、俺が抱えて走ることになった。

「王子、警備兵が来ます、すぐに逃げましょう」

 イッチが慌てている。

「わかった」


 俺たちはすぐに市場を出ると、船着き場に向かう。

「あの船がチャーターした船です。急いで鴨を乗せて、出発しましょう」

 船はそれなりに大きな輸送船だった。

 イッチが船長と話をつけ、その間に鴨と荷物を船に乗せる。鴨達は軽く羽ばたくことによって多少の段差なら飛び越えられる。

 状況によっては馬より高低差に強いかもしれない。

「王子さん、忘れものだよ」

 出発直前、ビビアンがモフオを抱いてやってくる。

「ありがとう、モフオは僕の使い魔なのです」

「ええ、わかっているよ、それとこれを持っていきな」

 ビビアンは何やら小さな布の袋をくれる。

「これは?」

「お守りだよ。モフちゃんの首にもつけておいたから」

 確かに同じものがモフオの首にも掛けられている。

「ありがとう、御達者で、ビビアンさん」

 ビビアンは微笑みを浮かべ無言で手を振る。最初見た感じとは違い、優しげな老女に見えた。


 俺たちは船に乗り込み、海上に出る。

 島は大して遠くもないので、既に姿が見えている。

 ジャングルに覆われた黒い塊。

 静かに船は向かって行った。




ちょっとご無沙汰してしまいました。

色々と展開を考えているうちに時間ばかり経って申し訳ありません。

私事ですが、某神話的宇宙恐怖RPGのKPをやることになったようです。そちらのことに気を取られてしまって、妄想がパンク状態とでもいえばいいかw やや、小説に割く時間が減ってます。

それでも、この転生王子は必ず終わらせる予定ですので、気長にお待ちください。

(2019/11/14)ちまちま書いてます。自分の性格的に最後まで書かないと途中で放棄しそうなので、大筋を全部書き上げてから、校正しつつ投稿しようと考えてます。言い訳ばかりで申し訳ないですが、気長にお待ちください。


2021/5/9 文章リニューアルしました。読みやすくなったでしょうか。

2023/4/26 微修正

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