28 聖剣の主と反乱軍
数日後。
俺はガルディア南部にいた。
南に川を渡り、リディアの領土をひたすら東南東に行くと、一つの小都市に到着する。
ロザベルというその都市は、ロザベル子爵という人物に統治されている。
岩塩と鉄の鉱山を持ち、独立色の強い領主である。
王家含む三大勢力とも対等に交易をして、誰にも頭を下げないという気風がある。王家としては若干困った存在だが、彼があからさまな敵対をする訳でもない限りは、丁重に扱うことになっているのだ。
その、ロザベルに俺は向かっていた。
公式訪問ではないが、公的な任務ではある。
そう、ここは中立域なので都合がいい場所だった。
ゲーマンと戦い続ける農民反乱の指導者と会うことになっているのだ。
ついてきているのは、ケヴィン、ミレーヌ、ジョラーの弟子のダニエロ・ラディス。
ダニエロはイスカニアで政治学の研究をしていたというが、あまり大学の覚えがよくなかったのか、追放されたという。
「何度も決闘してましてね。女たらしのバーラチールという男とやり合ったのが運の尽き。奴はとある大貴族の御婦人を篭絡していてその御婦人の逆鱗に触れたんです」
「頭脳だけじゃなくて、腕前もあるんですね。それは心強い。僕なんて、王子なのに剣の腕前はからっきしなんですよ」
「大英雄アモン様のお弟子を前に、剣の腕自慢なんてはずかしくてできませんよ」
ニヤリと笑う快活な男。二十代後半の栗色の髪の美丈夫である。
「そのバーラチールという奴はとんでもない奴ですね、大の男がご婦人のスカートに隠れるとは」
「いや、その、彼は女たらしですが、腰抜けではないですよ。決闘は長時間打ち合って決着つかずでしたし、彼は逃げませんでした。女性が勝手に激怒したというのが真相なのです。逃亡先のアーロンで彼から謝罪の手紙を貰いましたよ」
「その御仁にも会ってみたいですね、先進国のことをいろいろと教えてほしいですよ」
「彼は友人には手厚いという評判です、王子とも気が合うかもしれませんよ。ミレーヌさんは隠しておいた方がいいですが」
「ミレーヌ、そのイケメンにあってみたいかい?」
「僕は男には興味ありません」
「え、そうなんですか、残念です」
ダニエロは心底残念そうにいう。
まあ、奴の目が彼女を見ていたのは知っていた。
「ミレーヌは無理ですが、遠慮なくケイさんやダナさんにトライしてください。ダニエロ殿」
「そ、そのお二方はちょっと……」
「若くて、美人ですよ」
「ハハハハハ。いつか機会があったら」
笑ってごまかすダニエロだった。
ロザベルは確かに小都市だったが、街壁は石壁、堀もあり、こじんまりとしながらも非常に頑強な防御のある城塞都市だった。
仮の身分を告げ、街に入る。
「公館でロザベル子爵と会うことになっています」
ケヴィンが事務的に告げる。
俺の目が面白そうに街を見ていることに気が付いたのだろう。
鉱物で潤っている街だ。特に最近は岩塩の売れ行きがいい。河の漁業拡大のおかげで好調なのだ。川魚を保存するのにどうしても塩がいる。需要は一時期よりは落ちているが、それでも岩塩は飛ぶように売れる。海から塩が採れないのがガルディアの現在の弱点。海岸付近は危険すぎるのだ。
街並みも整い、行き交う人々も貧相な人間はいない。俺たちとすれ違っても、「ごきげんよう」「こんにちわ」と挨拶してくれる。
公館も街と同じく小さいが豪華であり、王宮より調度は立派だった。
「王宮の方がみすぼらしいですね」
モフオがふかふかのソファーでくつろぐ。
「王宮は質素倹約。いい家具を一個置けば、農民からその分税を取らないといけないんだよ」
「王子、素晴らしい見識ですよ。小さなことかもしれませんがそれは本当に大事なことです」
ダニエロがほめちぎってくれる。
「ぐぬぬ、王子の方が正論だったとは」
じたばたするモフオ。
モフオをやりこめるとは気分がいい。
「このような鄙びた屋敷で申し訳ありません、王子」
ロザベル子爵がやってくる。四十代くらいのこざっぱりした男だ。儲かってる商人のような雰囲気である。
腰に剣すら挿していない。
「ロザベル子爵、素晴らしい豪邸ですよ。お招き感謝します」
「王子にそのようにおっしゃっていただけると鼻が高い……」
ここからは社交辞令が続く。
彼の親族を紹介され、俺は従者たちを紹介する。
今は昼食前くらいの時間である。昼食会の会場で「偶然」反乱軍の指導者たちと出会い、その後別室で話し合う段取りになっている。
「昼食会は私的な集まりですから、衣装などは気になさらずに」
ロザベル子爵が俺たちの服をチラ見していう。
俺はいつも鎖帷子とハーフプレートを着ている。
この鎧なら、大型武器でガンガンブっ叩かれないと死ぬことはない。重いが、これを着る価値はあった。
装備をいい加減にして暗殺されたとなれば、あまりに無責任だからだ。
一応、王子らしい高級な服もあるが、ファッションより魔法で防御という武骨スタイルである。この国では社交はまだ未熟で、生存の方が重要なのだ。
しかし、彼のような人間相手には多少の背伸びも必要だった。
ケヴィンはいつの間にかそれなりに洒落た服装に着替えている。
「ケヴィン君。その服は?」
「王子、紳士淑女の集まりで、仮にカジュアルだとしても礼儀は必要ですよ。王子の服はぎりぎりですけど、ミレーヌさんは……」
ミレーヌはどう見ても農民のおばさんみたいな服装だった。確かにこれではイケてない。
「そうそう、せっかくの美人なんだから、お洒落しないと勿体ないですよ」
ダニエロ君、鼻の下が伸びてますよ。
「ぼ、僕はこの服でいいですよ」
「決まった、すぐに服屋に行く」
というわけで俺たちは服屋に行く。
特に淑女の行くブティック的な店だ。
「いらっしゃいませ、あらー、何ですの、この田舎娘は」
カマ臭いおっさんの経営する店だが、置いているドレスなどはいい感じだ。
「田舎娘じゃない。あの七剣筆頭ミレーヌだ。恐れ多いぞ!」
突然、モフオが怒りだす。
「うわ、ね、猫がしゃべったわ!」
「ミレーヌがいい服を買いたいと来たのだ、さっさと用意、さっさと用意」
モフオ、はたきでカーテンを叩く。
「は、はい、じゃあ、こちらに来て、採寸するわね」
「時間がないから、今日の昼食会に着られるのを一着。普段着その他二着くらいは出発までに用意すること」
「猫のくせに偉そうに……わかったわ、でも、そうねこの子ほっそりしてるから目先有り合わせのでも着られるわよね」
というわけで、ミレーヌは白いワンピースを着ることになる。
かなり露出多い。
今まで田舎娘丸出しな雰囲気だったが、衣装が変わるだけで、まるでお姫様のようになった。
「おお、素晴らしい。最高にゃん」
普段使わない猫語を使うモフオ。
「ほう、均整の取れた筋肉が見えて、とてもグッドですよー」
ダニエロ、エロ目線の親爺丸出しだろ。
「ぼ、僕は、恥ずかしい」
「もう、最高!」
俺、若干悶絶する。
「王子、キモいぞ」
モフオの指摘。
「王子様がそういうなら……」
「王子様、あと何着か購入されるのですよね……」
ケヴィンが出費に渋い顔。
「明日には帰還すると思う。オーダーメイドは無理だよね……有り合わせの服でよさそうなのを買うよ」
というわけで、ミレーヌは急速にお洒落力が向上することになる。
このような騒動もあったが、無事昼食会になる。
多少時間もあったので、ミレーヌの服に大地の魔力を付与する。大地の魔力は着用者の体力と防御力を増すのだ。ナイフで刺されたとしても重傷が軽傷で済む程度の魔力である。あるいは、素肌部分が小傷から守られる。
限度はあるが、非常に有用な魔力だった。
昼食会は和やかに進んだ。
メインのテーブルには貴族が。
その他のテーブルには町の有力者。
そして、隅の方のテーブルには、目つきの鋭い三人の男。
彼らが反乱軍の指導者である。
大勢の人間の紹介を受け、正直いって覚えられないが、彼らは当該の連中なので忘れることはなかった。
ジョゼ、アルベール・キュベリエ、ジュスタン。
姓を持つキュベリエのみが身分のある出身だろう。他は農民出だ。
しかし、ジョゼが反乱軍のリーダーで、非常に頭が良い印象である。
アルベールは細身だが、異常に発達した腕を持っている。傭兵部隊「黒狼」の百人長だという。
ジュスタンは片目の黒髪の男、眼帯を左目に付けている。穏やかな風貌の男で、アルベールとは真逆の存在だった。カルディという聞いたこともない女神の神官。現地の農民たちは信者が多いらしい。
「女神カルディは僕の両親がよく穀物を捧げてましたよ。穀物が芽吹く力をもたらすって」
ミレーヌが小声で教えてくれる。
本人はあまり気が付いていないようだが、ミレーヌの美貌は群を抜いており、誰もが彼女に注目している。この場にそぐわない聖剣を背負っているのも目立っている。
ちなみ、俺はあのルナーから奪った剣を持っているが……いつもながら、抜いたこともなかった。
腰には例の種蒔きバッグを取り付けてある。これは武器の側面が大きいものなのだ。
和やかに食事が始まる。
食事、談笑、少し酒が入ったところで、反乱軍と別室で面会する予定になっている。
自然に振舞うのが味噌なのだ。
「こちらはあの有名な七剣筆頭のミレーヌ様です」
嬉しそうにロザベル子爵が皆に彼女を紹介する。
「ほう、聖剣の主になられたとか」「若いのに魔物を倒しているんですよね」「すごい剣ですね、披露して頂けませんか」「美人過ぎる」「ハァハァ……う!」
……色々な声が聞こえる。
「この女は、……というか、こいつは元は男なんですよ」
突然、大きな声でアルベールが発言する。
がやがやとしていた人々が何事かと驚き、無言になる。
「この、偽女は、元は男です。あのゲーマン公の息子ドナルスの妖術で女に替えられた浅ましい奴なんです。しかも、王子が買い戻すまで奴らの慰み者だったのだ。そんな汚らわしい奴がこの場にいていいのですか」
アルベールは厭味たっぷりに、皆に訴える。
東部では一部真相が流れているとエリンから聞いていた。
ゲーマンが故意に流したのだ。
「君、それは敵が流したネガティブキャンペーンだ。騙されてはいけないですよ」
俺はかなり頭に来ていたが、何とか冷静を保ってアルベールにいいかえす。
俺はアルベールの上司になるジョゼをみるが、にやにや笑っているだけで止める雰囲気はなかった。ジュスタンは穏やかな顔で座っている。彼も無言。興味もないという雰囲気。
ミレーヌを見ると、顔面蒼白になっている。
知られたくない秘密を暴露されたのだ、ショックは大きいだろう。
「裸になればわかるだろう、暴いてやるぜ、こいつの本性を」
ミレーヌに近寄るアルベール。
俺は思わず立ちふさがる。
少し細い奴だが、背は俺より頭一つくらい大きい。
「王子か何か知らんが、俺の邪魔するならぶっ飛ばすぜ」
握りこぶしを見せるアルベール。
「やめろ、貴様!」
ダニエロが俺とアルベールの間に割って入る。
彼は決闘好きだった男らしく、奴とも体格に遜色がない。
「やめてください! 今は親睦会なのですよ。喧嘩なさりたい方は退席してください!」
たまらず、ロザベル子爵が大声を出す。
警備兵もやってくる。
「ちっ」
舌打ちすると、アルベールは会場から出て行ってしまった。
気まずい雰囲気だけが残る。
「気にするな、敵はお前を警戒しているのだよ。口で姑息にネガキャンやって。馬鹿な奴が真に受けただけだ。ゲーマンのせこいやり方見てると追い詰められているんだよ。それにしても、奴らはこちらの味方じゃないのか……」
俺はミレーヌを慰め話題を変えるが、彼女は無言だった。
一応、それでも昼食会はそのまま続行される。
ミレーヌはショックを受けているようだったので、俺は控室に連れて行って休ませることにした。
「モフオ、彼女をみていてくれ」
「おう、任せろ」
モフオはそういうと、ミレーヌの膝の上でゴロゴロする。
「王子、僕は……」
「今から、反乱軍と会議してくるよ。君はここで休んでいるんだ」
「そ、そうはいきませんよ。僕も」
「いいから、座っているんだ、イイネ」
俺は一人と一匹を残して小さな会議室に向かう。
ロザベルの執事に声をかけると、案内してくれた。
俺、ダニエロ、ケヴィンで入ろうとすると、後ろにミレーヌがいる。
「心配おかけしてすみません、王子の護衛なのに……」
俺は休ませようと思ったが、勇気を振り絞ってやってきてくれたのだ、無下にはできないと思い直す。
部屋には、先ほどの三人、ジョゼ、アルベール、ジュスタン。目つきの鋭い男がさらに二人。筋骨たくましいので『黒狼』の構成員かもしれない。
ちなみに、全員武器は持っている。
「王子、先ほどはこちらのアルベールが失礼をいたしました。我ら三人のは紹介はいいですね、この二人は……」
ジョゼは自信たっぷりに話す男だった。若い。貴族の若者のような服装をしている。農民の雰囲気はなかった。
席に着く。
「王子の御意見は伺っております。我々ジレスト同盟は条件しだいによっては王家との約定を取り決めたいと考えております」
条件しだいとはね、要は、ただ結ぶだけでは物足りないということか。
尚、ジレスト同盟というのは彼ら反乱軍の自称である。
「ただ、結ぶだけ……」
俺が発言しようとすると、
「我々としては現在逆賊ゲーマンとの戦いに有利に戦いを進めています。この戦いは燎原の火のように広がり、ゲーマンのような貪婪な貴族を滅ぼすのです。王子、我々は勝利のために更なる物資を得たいと考えています。そのためにも王家は我々に資金を援助して頂きたい」
人が話そうとすると、被せてくる奴だった。しかも、大したことはいわない。
金が欲しいだけなのか。
「アーロンから資金を得ているのでは?」
「……それは、アーロンからは人的援助は有りますが、資金援助はないのです」
きっと目を据えてジョゼはいう。
最初の戸惑いを俺は見逃さなかった。たぶん嘘だ。
「王家の要求はご存じのはず、王権を認める、納税、軍役。この三つを確実に果たすと約束して頂きたい」
ダニエロのフォロー、当然の意見だ。
「我々は悪逆を討つ聖なる戦いを遂行しているのです、王家と結ぶことに異議はありませんが、義務には賛同できません」
こいつ、何しに来たんだ。対等の権力として認めろとでも?
「三つの義務を果たされないのなら、単なる山賊と変わらないですよ、ジョゼ殿」
俺は冷たくいい放つ。
こいつらは何か重大な勘違いをしているように思う。
「フフ、手厳しいですな」
ジュスタンが初めて発言する。
「ガルディア王家が我らを見捨てても、アーロンが我々にはついています。王子が手ぶらで帰るのなら、私は止めません」
ジョゼが脅迫めいた言葉を吐く。
ダニエロが俺を見る、俺はうなずくと、
「ジョゼ殿、少し協議したいので、数分待ってくれないか」
「少しならいいですよ、我々も忙しいので、その辺りはご考慮願いたい」
俺たちは中座すると、控室で相談する。
「王子、奴らは勘違いしているようです。アーロンは野望を持っていないと思います。しかし、奴らはアーロンの先兵気取りだ」
「マルセロ殿の話を聞けばそうだが本心となると……」
「ここは冷静になってください、もしアーロンの野望が本当なら、反乱の援助をしているとばれたら、宮廷世論は一気に硬化します。今までの努力は水の泡になります。アーロンの目的は親イスカニアの筆頭ゲーマンを叩くことのはず」
「こことアーロンの首都は滅茶苦茶離れてるからね。遠征軍送るには相当の覚悟がいるよ。僕はそう思うから信頼していたのだが」
「ジョゼという男、戦勝に気分をよくして、妄想に取りつかれたのかもしれませんね」
「それはありそうだな。しかし、どうする」
「愚か者にはしっかり踊らさせてやるべきですよ。私はそういう主義なんです」
「じゃあ、結ぶのか」
「口約束だけです、基本的には持って帰って協議すると」
「わかった。いいだろう」
というわけで、玉虫解決で終わることになった。
「王子、結論は出ましたか」
ジョゼはふんぞり返っている。
ケヴィンが何かいいたげな顔をしているが、今は相手をしていられない。
「ジョゼ殿のお気持ちはよく理解した。女王と相談の上連絡しよう」
微妙な顔になる奴ら。
「是非をはっきりしてただけませんか、王子」
「そちらが新しい提案をされたことをお忘れかな、ジョゼ殿。国家の重要問題で即決はできないのです」
ダニエロがいい放つ。
「それでは子供の使いではないか、王子。ゲーマンの靴を舐めた男だ、やはり」
アルベールが罵る。
「否定する気なら、元々会いに来ない。双方に利があると考えたから、僕はきたのだ」
もちろん、内心イラッと来たが顔には極力出さない。
「王子の御心を疑ってはならない。よい結果になると思っていただきたい」
ダニエロが更に助け舟。
「私を愚か者だと思っているのでしょう。騙されませんよ、王子。はっきり同盟を結ぶかどうか決めて頂きたい」
ジョゼ、食い下がってくる、まあそうだわな。
「真の決定権は女王陛下の物だ。僕は女王に奏上するのみ。女王は僕の奏上に否定なされない」
「それならば……」
「くどいですぞ! ジョゼ殿」
ド迫力の一喝で、小賢しい奴を黙らせるダニエロ。さすが決闘屋だ。
「我々はゲーマンの横暴に苦しむ同志ではありませんか。小さなことより、大きな結びつきです、共に反ゲーマンとして戦い抜きましょう」
適当な一般論にすり替える姑息な俺。
「ええ、まあ、それはそうですが……」
ジョゼが目をきょろきょろさせる。何か俺を従わせる言葉を探しているのだろうか。
「ご賛同いただけて、こちらとしてもありがたい」
俺は席を立つ。
まだいいつのってくるジョゼとの会話を無理やり断ち切り、俺たちはこの会議を去る。
会議場の外では例の執事が待っていた。
「……夕食会のご用意があります、是非ご参加ください王子」
「ああ、わかった、できたら、あの連中とは距離を置いていたいのだが」
会議室にまだ残っている連中を示唆する。
「承りました。準備が整うまではごゆるりと」
俺たちは少し離れた応接間で休息する。
「モフオ、猫聴覚で会議室の奴らの声が聞こえるか」
「……微かに聞こえます……『無能め、同盟の確約を取り付け約束文書を取れないとは』『王子を侮ってはいけない』『王子の懐剣を苦しめるのです』『お前は賢い、お前は天才。皆がお前をほめたたえる』なんだか、一人がしゃべってるよ」
「なんだそれ、誰だ」
「多分、ジュスタン『お前は強い、お前は無敵だ……』あとはちょっと聞こえない。凄く小声でささやいているよ」
「奴らの真のリーダーはジュスタンなのか……訳が分からないな、ジュスタン以外の奴らは異常に自信満々だったけど」
そこに執事がやってくる。
「王子、食事の用意が整いました」
俺たちは食事に向かう。
昼と似たようなものだったが、今回は吟遊詩人の詩吟演奏などがあった。
食事の席には、やはり、反乱軍の連中も来ていたが、今回はこちらを無視するような雰囲気だった。
表向き交際はしないので都合がよかったが、時折、ジュスタンがこちらを見て笑みをこぼしている。気持ち悪い奴だった。
食事会は和やかに終わりそうだったが、そうならなかった。
「もう我慢ならん、なぜ我々のように地位のある人間がそのような下衆な奴と同席せねばならんのだ!」
アルベールが突然立ち上がり、ミレーヌを指さして吼える。
「彼女は王子の従者ですぞ、意味の分からない批判はおやめなさい」
ロザベル子爵が大声を出す。
中立を心掛けていたようだが、いい加限界が来たようだ。
「俺だけじゃない、皆が、全員が名誉を傷つけられたのだ!」
「いい加減にしろ!」
ダニエロが激怒して立つ。
「何だ、やる気か優男」
ぎろっとダニエロを睨むアルベール。
「決……」
「決闘を申し込むぞ、アルベール殿」
俺がダニエロを制して宣言する。
人々は顔を見合わせる。
王子の俺が決闘を申し込むのもあれだが、どう見ても貧弱な俺が彼に勝てるわけがない。
「王子、なんと無茶を」
ダニエロが呆れる。まあ、俺もそう思う。
アルベールは思わずジュスタンの方を見る。
片目の男は一瞬気まずそうにしたが、微かにうなずく。
「勇気だけは褒めてやるぞ王子。俺は何度も実戦を潜り抜けた男だ。俺の精妙の剣は鎧を着た男の目を貫く。鎧があるからといって勝てるわけじゃないと教えてやるぜ」
今は鎧は着ていないが、俺の鎧は一応立派だった。どこかで見たのだろう。
「御託はいいから、さっさと中庭に出るんだ」
俺はズイズイと皆を引き連れ、外に出る。
人々は興味津々だ。
王子が不作法者と決闘すると聞いて、少なからず夕闇の中庭にギャラリーが集まった。
ロザベルが心配そうに俺を見るが、
「ロザベル子爵。立会人をお願いできますか」
「ええ、構いません。両者ともただの言い争いなのだ。殺すことはまかりならない。軽傷を負わせた方を勝ちとする」
子爵は良識人のようで助かる。
「俺は構わんぞ」
ニヤッと笑って細い剣を抜く。流行りの先進国製細剣だ。
見た感じ、魔法もかかっている。
「僕も問題ない……では先生こちらです」
俺は剣を抜くと見せかけて、ミレーヌに場所を譲る。
うなずくミレーヌ。
譲ってくれてほっとしたという顔。
「自分でやらへんのかーい!」
モフオが盛大に突っ込みを入れるが、
「決闘は代理を立てていいのが常識だ。王子ともなれば当然の権利なのだ」
俺はしれっといい抜ける。
ギャラリーからは多少ブーイングが来たが、命がかかっているのだ、知ったことか。
「王子の行為は正当だよ。つまらぬいいがかりで王子の御身に怪我でもさせる気か」
ダニエロがブーイングの奴らに釈明する。
「俺はいいぜ、ヘタレで有名な王子に勝ったところで名誉にもならんからな」
アルベールが馬鹿にしきった顔で吐き捨てる。
「王子どうしましょう」
ミレーヌが俺を見る。聖剣を抜こうか迷っているのだ。
「確かに、狗を打つのにその剣ではやりすぎだな。僕の剣を貸すよ」
鞘ごと抜いて、ルナーから奪った剣を渡す。
ミレーヌがその三日月刀を抜くと、恐ろしい切れ味なのは一目でわかる。
青光りしていた。
「王子、大丈夫なのか、あの刀」
モフオがミレーヌを心配している。意外と優しい奴だ。
「心配するな、確か、よく切れる以上の効果はなかったはずだ」
ミレーヌはいつもより軽くて短い刃物なので、じっくり検分している。
「もういいか!」
焦れたアルベールが声をかける。
うなずくミレーヌ、彼女は三日月刀を片手で正眼に構える。
アルベールは警戒したのかいつの間にか短剣も抜いて二刀流の構え。
間合いも長い、普通に見てアルベールの方が武装は有利だ。
「ではいいな、両者始め!」
ロザベルが開始の合図をすると、打ち合いが始まる。
というか、打ち合いはなかった。
始め! の合図で構えた次の瞬間には、引っ付くようにミレーヌがアルベールの目の前にいたのだ。
そして、瞬きした次の瞬間には、彼の後ろにミレーヌがいる。
アルベールは無言でゆっくりと崩れ落ちる。
彼の剣と短剣ががらんと音を立てて地に転がる。
「何が起きたんだ」「おい、今の見えたか!」「わからん、何が起きたのやら」「魔術か何かじゃないのか」人々は口々に議論するが、気絶したアルベールが地を這っている現実に変化はなかった。
「一瞬で、両腕と後頭部を叩いたみたいですね」
ダニエロが目を細めてつぶやく。
「わかるんですか、さすがダニエロさんだ」
「ぎりぎりですよ、何とかかすかに見えただけです」
「勝者ミレーヌ! 決着はついた。両者とも遺恨は残さないように」
ロザベルはすぐに医者を呼んで、アルベールの手当てをさせる。
ジョゼは舌打ちすると、去ってしまう。人々も三々五々帰っていくようだった。
「フハハ! 正義は勝つ!」
俺は宣言するのだった。
「あんた何にもやってないだろ」
モフオのつっこみ。
「王子、刀を返します……」
「ミレーヌ、よくやった。あいつも多少反省するだろう」
「あんなことをしてよかったのでしょうか」
「ミレーヌ、そこが君の最大の欠点だよ。悪人に同情したら元から何も悪いことをやっていない善人の立場はどうなるんだ。罰を与え、悪事を止めてから悩むべきだよ」
「……」
「力の使い方に悩むなら、僕を信じてくれたらいい。僕は王子だからね、国のためをいつも考えているから」
「ええ、はい」
返事はするが、まだ悩んでいるようだった。
日も暮れたので、俺たちは寝室に向かう。
夜中、ふと、目が覚める。
「ちょっと夜空でも見るか」
俺は屋敷の屋上に向かう。
この屋敷は屋上からの眺めが自慢だとロザベルがいっていたのだ。
ちょっと眺めたくなった。
屋上に出ると、地上は外壁に松明がともっているが、あとは闇だった。
夜空の星はとてもきれいだ。
「俺の世界より、星は綺麗だな」
俺は思わずつぶやく。
「王子、やはり噂は本当のようですね」
ぎょっとした、背後から声をかけられたのだ。
振り向くと、片目の男、反乱軍のジュスタンが一人たたずんでいた。
「君はいつからそこに……」
「フフフ、待っていたのですよ。それより本題に入りましょう。あなたは異世界の人間ですね」
「な、何をいうか、馬鹿なことを」
狼狽する俺。
「いいのです、隠さなくて。それより、あなたの目的をうかがいたい。王子になって、なぜ、この国の人間を助けようとしているのですか。あなたに縁もゆかりもないし、仮にあったとしても、どうでもいいことではないのですか。彼らから税を搾り取れば、もっとぜいたくして楽に生きられるはずだ」
「ぜいたくに何の意味があるんだ。僕は生きのびたいだけだ」
「生きのびるだけなら、ゲーマンに妥協して、ミレーヌを見捨てたら簡単でしたよね。国を富ませる必要すらない」
「じゃあ逆に聞くけど、君の存在には何の意味があるんだ? 僕の存在の意味は?」
「さあ……」
「僕は自分の生存の証が欲しい。多分二通りあると思う、破壊と創造。僕は創造を取るよ。国が強くなる方が楽しいので。それに、少しでも幸福な人が増えるとうれしいじゃないか」
「でも、苦しい思いをしてまで成し遂げる価値があるのですか」
「楽をしても、苦しい思いをしても、人生は一度きり。やってみようと思うことを僕はするだけだよ」
「……面白い人だ、私が子供の時にあなたに会っていたら、人生は大きく変わったでしょうね」
「子供? ……じゃあもう一度聞くけど、君は自分のやっていることに意味があると思っているのか」
こいつはたぶん、黒幕。
かなり気持ち悪いことをやる奴だ。
「フム、難しい質問ですね。……私の原点は怒りです。そして、今は義務のように感じます」
「義務……何をする気なんだ」
「全てを変えることです。この腐った世界。この世界を一度無にして、最初から作り直すのです。そのためには……」
「王子!」
血相を変えて、ミレーヌが屋上に駆け上がってくる。
「王子! ご無事で」
「ああ」
ミレーヌは聖剣を抜くと、ジュスタンに対峙する。
「貴様……ただものではないな」
ミレーヌから緊張がビシビシと伝わってくる。
ジュスタンはそれでも先ほどと何も変わらないようではあったが、気が付くと、少し宙に浮いている。
すさまじい気配だった。
「聖剣の主か……やはり、お前は敵になるようだ」
「貴様何者だ!」
ミレーヌの問いに、ジュスタンはにやりと笑うだけだった。
「王子、そして、聖剣の主よ。いつかまた相まみえよう。さらばだ」
ミレーヌがジュスタンを剣で突き刺す、確かにとらえた様だが、ジュスタンは笑って虚空に消える。
「手ごたえはありましたが……」
「やったのか、あまり倒した雰囲気ではなかったが」
「倒したのに倒していない、不思議な感触です」
「何かの魔術じゃないか。とにかく奴は去った。朝になったら首都に帰ろう」
うなずく、ミレーヌ。
翌朝、少し事件があった。
反乱軍の『黒狼』のメンバーが一人死亡していたのだ。死因は不明だった。
そして、ジュスタンは行方不明。
ジョゼは無言で荷物をまとめると、さっさと撤収してしまう。
俺やロザベル子爵に挨拶はなかった。
すれ違った時、アルベールが穴が開くほどミレーヌを見つめていたが、憎悪の感情ではないように思った。
唖然としたような不思議な表情だった。
俺たちは首都に帰還する。
ジョラーを訪ねて、宮廷の控室に入り、顛末を話す。
「結局、彼らとの同盟は失敗に終わりましたか……対等の存在にはできませんからな。王子の御判断が正しいと思います」
ジョラーが俺を擁護してくれる。
「ダニエロ殿がいなかったら、そうはいかなかったと思います。さすがジョラー殿の弟子。ところで、マルセロ殿は彼らの考えを知っているのですか」
「多分、知らないでしょう。彼は我が国を親アーロンにすることだけを模索しています。怪しい動きはありません。いくつか東高原の部族を懐柔していますが、アーロンが出兵のために街道整備してるという話は聞いていませんから」
ジョラーはそういうことまで手を回しているのだ。
「じゃあ、ジョゼの独断だろうか……ところで、ジョラー殿は魔王について何かご存知ですか」
「魔王、魔王ですか……世界規模の戦乱が起きるときに悪と認定されたものがそう呼ばれるのは知っています」
「魔力を使って恐ろしい術を掛けたり、魔神を呼んだりとか」
「大昔の魔王はそういう存在だという話ですね。最近のはそこまでの力はなかったと思います」
「最近のって、最近もいたのですか、記憶が……」
初期の設定を思い出してもらおう。
「魔王を認めるか認めないかは、イスカニアの歴史学者の間でも論争になってますから。私はどちらかというと否定派ですな。政治的に悪役になったものを貶めるだけの称号ですよ」
「僕は、実は、何度か魔王の存在に関して警告を受けているのです。来るべき魔王との戦いのために国を強化しておけと」
「ふぅむ。それは興味深いお話ですな。お伺いしても……」
「預言的なものはジョラー殿は好まれるのですか」
「預言も良識に裏打ちされた物なら決して無価値ではありませんぞ。悪用され過ぎて信頼が消えつつありますが」
俺はヴァリーの警告を話す。
まだ、俺が転生者であること話さない。
「ヴァリー……聞いたことがあります。謎の魔術師で世界のために働いているとか、魔王と人知れず戦っている。伝説ですな」
「ジョラー殿、実は反乱軍のジュスタンが魔王かそれの幹部クラスか、そういう疑いがあるのです。ヴァリーの話が一つ裏打ちされたような」
「ほう、それは……」
俺はロザベルでの一幕を話す。
「死亡した男は何らかの呪術でジュスタンの身代わりにされたのですな、たぶん。王子、私は面白い話を聞いています。レイド王の側近に片目黒髪の男がいたと」
「まさか、じゃあ、世界の悲劇は……」
「彼の者の陰謀……とは決めつけ過ぎですな、そいつが来る前からレイド王は感情的で他人に同情しない性格でしたよ」
そこまで話したところで、人がやってくる。
「ジョラー様、ウォルス様の代理の方が……」
隠密風の女性が入ってくる。
よく見るとシフだった。
前と違いボンテージな衣装。
「ウォルスは、確かゲーマンの側近……」
「王子、声が高いですわ。どこに聞き耳が潜んでいるか」
シフがにっこりとほほ笑む。
「そういうことです王子。私は友達を増やしたいのです」
ジョラーがにんまり笑う。ウォルスを篭絡しているのだ。喰えない爺だった。
「シフは隠密に転身したのかい」
「ええ、エリン様にスカウトされました」
「ありがとう、エリンを頼んだよ。ちょっと向こう見ずなところがあるから心配なんだ」
「エリン様も同じように王子を心配されてましたわ」
にっこり微笑むシフ。
何という美しさ。
「王子、いずれ海賊に関して話をしますぞ」
「ああ、頼んだよ」
俺は宮廷の控室を後にする。
ミレーヌが待っていた。
前とは違う露出の多い衣装を着ている。
あの後、例のブティックの親爺が首都に移転してきたのだ。二号店進出といっていたらしい。
国もじわじわと発展していく。
ミレーヌの服装がその証拠だ。
2021/5/9 文章リニューアルしました。読みやすくなったでしょうか。尚、ジョゼは農民出身です。記述に間違いがありました。
2023/4/26 微修正




