23 七人の剣士と王子
俺はその日、北平原城に視察に来ていた。
様々な政治的な懸案はあったが、アモンがこの城で道場を開いて弟子に伝授していたのだ。
俺も一度顔を出す義務がある。
それにここにはホーリー教団から救出した子供たちが保護されていた。状態を確認する義務もあるだろう。
俺はお菓子、玩具、服、オムツ等々、首都で大量に買い込んでから向かう。
城に騎乗したまま入る。
「いらっしゃいませ、ここは北平原城です」
門兵が無表情にいう。
やはり、ファースト住民の「ここは~です」というセリフはファンタジー必須だろう。指示はしっかり守られているようだ。
気分よく中庭に入ると、いかにもむさくるしいおっさんが、涙と鼻水を流しながら俺のブーツにしがみつく。
「うわ、なんだ! 汚い!」
「こら! 離れろ!」
ケヴィンがおっさんを引きはがそうとするが、頑丈なおっさんなのでなかなか離れない。
「確か、ドカーだな。今度は何なんだ!」
「王子! あっしは決して悪事などはやってません。それなのに、あのゲヒンの野郎、悪霊になって城に出没しやがるんです。これも不思議な力で呪い殺されたのはあいつの自業自得。あっしを逆恨みするなと王子が奴にいって聞かせてください!」
ゲヒンはこの城で頓死した森エルフである。
「わかった、とりあえず冷静になれ。ケヴィンが聞くから」
「ありがとうごぜいやす! ありがとうごぜいやす!」
土下座するドカー。
「うわー……僕が相手するんですか」
非常に嫌そうな顔をするケヴィン。
「ついでに、この鼻水付いたブーツも洗ってくれないか」
「……ええ、はい」
「ついでに、猫トイレの確認も頼む」
モフオが前足をなめながらいう。
「……はい」
だんだん、無表情になるケヴィン君だった。
ケヴィンを置いて、俺は城の練兵施設に向かう。
兵士の訓練場を間借りして、アモンが弟子に教えていると聞いた。行くと、確かに裂ぱくの気合、木の棒の打ち合う音が聞こえる。
訓練場に入ると、かなりごちゃごちゃとした障害物の中で、七人の弟子が打ち合いをしている。
鉄の仮面を被り、ゆったりとした服を着たアモンが練習用の木剣を持って座っている。
「アモン殿、弟子の仕上がり具合はいかがですか」
「王子、よくぞ来られた」
「彼らは確かに凄い動きですね、さすがアモン殿の弟子だ」
「ふぅむ。正直申しまして、まだまだです。ミレーヌだけが多少マシです」
七人は障害物の中、短い武器や格闘、あるいはその中で無理やり長柄の武器で戦っている。
俺には早すぎて何をやっているのかわからなかった。
「なんだか、既に、全員超人レベルのような気がするよ」
「低いところで納得していては、突き抜けた存在にはなれません」
「……正論ですね」
「低いところで満足している王子には痛い言葉ですな」
モフオ、余計なお世話だ!
「それまで! 皆ここに来るのだ」
アモンは弟子を集める。
ケイ、ルキノ、サンディ、ビルマン、ミレーヌは面識がある。
エルネッドとローセン・デディンジャーこの二人はあまり知らない、ダナに紹介されただけだ。
アモンは一人一人に的確なアドバイスをする。
細かいし、よく見ている。
「ケイ、お前は左側が疎かだ、敵の動きへの集中が足りていない。格闘に入るタイミングは的確だ。しかし、もっと姿勢を低くしたら……」
ケイは珍しく大人しく聞いている。
何かいわれると不満顔になるようだが、我慢しながら冷静にしているようだ。
一人相手するのに十分はかかるようなので、ぼんやり座っていると、道場の端にキャッキャいいながら子供たちがのぞき見をしているのに気が付く。
「君たち、僕が連れ帰った子達だよね」
俺は暇つぶしに子供の相手をする。
可愛い女の子と男の子二人づつ。
「あ、吹き矢の王子さんだ。猫ちゃんもいる」
可愛い幼女さんのお言葉。
「どこで聞いたんだ吹き矢の噂」
「吹き矢で敵をバッタバッタと倒したって、皆いってるよ」
賢しげな感じの少年。
「フ、それは事実だ。向かうところ敵なし王子といいなさい、今度から」
「吹き矢ってカッコわりぃ」
わんぱく少年の手加減の無いお言葉。
「か、勝てばいいんだよ、勝てば」
「やっぱり、アモンのおじさんみたいに凄い大男になって敵をばっさばっさ斬り倒すのが一番カッコいいよね」
賢い少年のご意見。
「うんうん」「あたし、アモンさんのお嫁さんになる」
幼女ズ。
「君たちも大人になったら、王子の渋さが分かるよ」
俺は無理やりカッコいい顔になる。
「一緒にいる俺でもわからんよ、王子」
モフオ、黙ってろ。
「キャ、猫がしゃべった」
そんな話をしていると、
「メアリー、アーサー、あなたたちまたのぞき見してたの。ダメじゃない、お昼寝の時間よ」
美しい女性の声。声だけでも惚れ惚れする。
もちろん、姿形も女神。
そう、俺のリーンさんだ。真のハイエルフ。
例のあれとは違う。
「リーンさん! いやあ、最近ご無沙汰です。本当にお美しい。あなたこそ真のハイエルフ」
「あら、王子様。いらっしゃったのですね」
リーンは若干引き気味ではあるが、美しいから全てが許される。
今はエプロンと三角巾をつけて保母さんみたいな感じだ。大人の女性なのに可愛い。そんな彼女の魅力が子供たちに伝わるのか、彼女の周りには子供たちがいる。
「リーンさんは子供たちの世話を?」
「ええ、冒険仕事も暫くないみたいですから、家事の手も足りてないみたいだし…」
「そんなこ……」(としなくていいですよ、手が荒れる)
と、いいかけた矢先、
「おお、いつも本当にお美しい。リーンさんお手伝いしましょうか」
後ろからおっさんの声。振り向くと、ローセン・デディンジャーというアモンの弟子だった。三十代後半くらいの冴えんおっさんである。
なんでこんなのが弟子なんだ。
「あら、ローセンさん、今は手は足りていますわ」
こちらに対しても若干引き気味である、当然だ。
「リーンさんのような美しい方は、家事などをしてはいけません。手も荒れてしまいます。その辺のおばはんにでもさせておけばいいんですよ。本当に美しい手だ」
ローセンはいつの間にかリーンの手を取っている。
何気に考えていることが同じでイラッとする。
「あ、おま、何リーンさんに触ってるんだよ。離しなさい」
俺は思わず、おっさんを押しのけようとする。
「邪魔が入っているようですが、私の心はあなたの物です、リーンさん」
「冴えんおっさんの分際で……リーンさん、あなたには僕というイケメンがいますよ」
「あら、そういえば、私ちょっと用事がありましたの、では」
そういうとリーンはスルッと人々をすり抜けると、どこかに去ってしまう。
「王子のせいでリーンさんが逃げたじゃないか」
ローセンが俺に文句をいう。
「その言葉、そのまま君に返すよ」
「彼女は俺と結婚する運命にあるのです。王子は嫉妬しないで頂きたい」
「どう見ても勘違いだろ! 彼女は俺と運命の出会いをしたのだよ」
「どう見ても、どちらも脈なしだろ」
モフオ。ごろっと寝ころぶ。
「ローセン! あんた、またサボってるの?」
背後から女性の声。
振り向くと、エルネッド。
小柄な女戦士で美人。小剣と短剣を使う。もちろん、凄い腕前だ。ぴったりした服装で余り露出はない。
「師匠の話は終わっただろう。今日の練習は終わりだよ」
「また、リーンさんにちょっかい出そうとしてたでしょ。彼女が迷惑してるのわからないの?」
「俺の真の愛を邪魔しないでほしい」
「何が真の愛よ。風俗に入れ込んでたおっさんが」
「待て、その話はするな」
焦るローセン。まあ、薄汚いおっさんだからなぁ。
「木剣を持ちなさい。その腐った根性叩き直してやるから」
エルネッドは木剣と短い木剣を構えて、戦闘態勢を取る。
「ち、無視もできんか」
ローセンはそういうと、口笛を吹く。
すると、どこかから三本の木剣がやってきて、彼の前で空中に静止する。
こいつは浮遊する剣の使い手なのだ。魔術なのか超能力なのか。
三本の剣が稲妻のように動き始める。ローセンは口笛と何らかの印を手で結びながら、剣を自在に動かす。普通に考えて、こんなの相手に勝ち目はない。
しかし、エルネッドは曲芸師のような目にも止まらない動きで飛ぶ剣を回避し続ける。受けや払いはほとんどしない。驚愕の身体能力だった。
「はぁ、あんた全然師匠の言葉耳に入ってないでしょ、隙だらけよ」
エルネッドはそういうと、テレボーテーションのようにローセンの懐に入っていた。
「う、うげ!」
そして、わかりやすく腹を撃たれて悶絶するおっさん。
超、ザマアァアア!
「ああ、こりゃ、見てらんねぇ。ローセン、全然進歩してないじゃん」
ケイがやってくる。前より更にマッチョになり、水着みたいな服装である。
「ぐ、ぐぅ。しかし、真の愛は不滅だ!」
「諦めてないよ、こいつ」
ケイのあきれ顔。
「そうだ、女に愛なんて存在しない、女は男の年収が全てなんだよ」
モフオ、なぜ達観してる?
「何をいうか駄猫。愛は真実なんだよ」
思わず俺は叫ぶ。
「そうだそうだ、愛は幻なんかじゃない!」
なぜかローセンと意見が合った。
などと話していると、師匠と弟子たちがやってくる。
アモンの両側は、サンディとビルマン。サンディはアモンと並ぶと赤い顔をしている。ミレーヌは俺を見ると優しく微笑む。
ルキノは陽気に俺に手を上げる。まあ、こいつは嫌いではない。ラテンのノリだ、腕前も超一流になっている。
「王子、時間を取らせた、今日はどのような用件だ?」
俺はうなずくと、場所を変え、小さな会議室に誘う。
皆が着席すると、すぐに本題に入る。
「端的にいうよ、アモン殿。海賊退治に手を貸してほしい」
「……海賊」
「我が国には海軍がない。まともな港がないからね。海賊とやり合うには少数精鋭で敵陣に乗り込んで撃破するしかないというのが僕の考えだ。ジョラーとローランドも賛成している」
まあ概ねの賛成だが。
「『港』の解放に必要なのだな」
「そうだ。海賊があからさまに『港』の魔物勢力に手を貸している現状では、明らかに不利だ」
ロムとオーベは『港』攻略に態勢を整えているが、海賊が補給している状態では、攻略の糸口がない。
敵の防壁に肉弾で挑んでも、次から次へと有利な位置に敵兵が補充されるようでは勝ち目がないのだ。
「海賊の元締め、ガンド子爵に外交攻勢かけたらいいのではないですかな」
ローセンの意見。意外と小賢しい。正論ではあるが。
「彼とはほとんど外交関係がないんだ。というか、何度も使者が斬られているらしいよ。交易商人だけは受け入れるんだけどね」
「そこまで敵対的とは驚きですな」
ローセンは腕を組む。
「リディアが悪いというのもあるけどね、あのお姉さんは、中立勢力は獲物に見えるらしいから」
俺は苦笑していう。
「南は戦争のやり過ぎで、民心がリディアさまから離れているという噂よ」
エルネッド、さすが元冒険者、噂にも詳しいようで。
「新しい白エルフ領はいかがですか」
ローセンはいろいろと思いつく男らしい。無能ではない。
「彼らはまだ入植したばかりだからねぇ」
「ダナ様は?」
エルネッドがローセンに聞く。彼女とローセンはダナの知り合いなのだ。
「白エルフの話以来、音沙汰ないんだよ。あの方だから、どこかでふらふらしてると思うよ」
代わりに俺が適当に答える。
「あの『滅殺魔女』がいたら、海賊なんて消し飛ぶんですが。そういえば、『滅殺魔女』の二つ名は私が命名したんですがご存知ですか?」
ローセンがにやつく。
知らねーよ、んなこと。というか命が惜しくないのかこのおっさん。
「確か、『歩く大災害』もあなたよね。ばれたらダナ様に殺されるわよ」
エルネッドもあきれ顔だ。
「外交は無理なんだ。とにかく難易度が高い。交易商から伝えて貰ってるけどね。なしのつぶてだ。冒険者を雇ってもいいけど、玉石混交の冒険者じゃ不確実だ。だから、君たちに手を貸してほしい」
「全員は……」
アモンがいいよどむ。
「まあ、無理はいわないよ」
「私は無理だ、顔が不安定な時は感情も不安定になり、隠密行動には向かない。突然悲しくなったり、苦しくなったりする」
「……すまない、光の力を使った時からだね」
「王子の責任ではない」
「ふむ、師匠のお顔のことはお聞きしましたが、今、光・闇・炎の魔力で体を癒したと。普通に考えて、あと残りの元素が必要なのではないですかな。残りは、大地・風・水」
ローセンは術者なのだ、知識は深い。一応、年の功ともいえる。
「アモン様が残られるなら、私も残ります」
サンディが顔を赤らめる。何なんだ、この娘。
「あたしは行くよ、水泳もできるから」
ケイは当然行きたがる。
「冒険の機会は逃さないの」「同じく」
エルネッドとローセン。
「俺も同じくだ」
ルキノもようやく喋った。
ビルマンはアモンを見る、アモンはうなずく。
「騎士団員として王子の命に従います」
ビルマン。こいつの発言は初めて聞いた。ちょっと主体性がないとも思う。
「私は王子に助けられた命。王子のために使います」
ミレーヌが古びた剣を軽く掲げる。
「話は決まったようだな」
「では、アモン殿はこの北平原城の将軍としてしばらく守って頂けませんか」
今までは単に滞在していただけなのだ。
「承った」
話が終わるのを待っていたのか、一人の伝令が入ってくる。
「王子、リーン様がお子達の一部が行方知れずになっていると申されています」
「え、どういうこと?」
俺たちは慌てて、リーンの元に向かう。
リーンとドゥリン、ケヴィン、ドカーが深刻な顔をして話し合っていた。
「おお、これは心の友王子殿。拙者、子供たちが心配でたまらんでござる」
ドゥリン、君に聞いてないから。
「王子様、私の子供たちが……」
ちょっとうるんだ瞳でリーン。
涙を流す姿も美しい。
思わず心の虚を突かれる。
「王子、見とれてる場合か」
尻をケイにつねられる。
「あ、は、そうだ、子供たちはどうしたんだ」
「どうやら、ドカーさんが見たという謎の霊体が子供たちを攫ったそうです。攫われた子供は二人、メアリーとアーサーです」
ケヴィンの説明。
「おらぁみただ! 森エルフの悪霊が、あのゲヒンの野郎が、子供たちを眠らせて壁をすり抜けやがっただ!」
叫ぶドカー。
「どちらの方向に逃げた?」
「あちらです」
ドカーが指した方向は北東だった。
城壁に上って、北東を見る。
曇天。
眼下には急速に広がる耕作地。山岳丘陵、そして、その向こうにははるかな山脈。
動く人間はいないが……。
「あ、居たわ!」
リーンが指さす。
俺は急いで望遠鏡を出すが、全く見えなかった。
「何を見ました?」
「人を抱えたような数人の人影が、凄い速度で北東に……多分、森エルフだと思うわ。雰囲気だけど」
「幽霊ではなく、隠密の類ではござらんか?」
「すぐに追跡しよう、真偽は後だ!」
俺は叫ぶ。
「承…」
承知といいかけて、アモンは膝をつく。
アモンが膝をついたのを見たのは双頭リザードマンとの対決以来だ。しかもあれは演技だがこちらは虚偽ではない。
「アモン様。どうしよう」
おろおろするサンディ。ビルマンも慌てている。
「二人はアモン殿についていてくれ」
恋する乙女を引き離すほど野暮じゃない。ビルマンも忠誠は師匠に感じているのかも。
「私も行きます」
リーンのありがたい申し出だが、
「子供たちは動揺しています。傍にいてあげてください」
やや批判気にリーンに見られたが、動揺している彼女なんて初めて見たので、ちょっと不安になったのだ。
馬に乗ったのは、俺、ケヴィン、ローセン、エルネッド、ミレーヌ。
そして、ドゥリン。
「拙者も同行するでござる」
「え」(…別に来なくてもいいけど)
「王子と心友が危機に馬を並べないとかありえないでござるよ。王子の想い伝わったでござる」
全くないから、そんな想い。
「無理しなくてもいいよドゥリン殿。政治の仕事も溜まってるでござるでしょ」
「多少なら心配いらないでござるよ」
小柄な馬に鞍をつけるドゥリン。要は冒険に行きたいだけなのかもしれない。
「はぁ、まあいいか、元冒険者だからね」
ケイとルキノは敵の侵入に対する防衛を任せる事にする。残った人間に冷静な人間が必要だからだ。
がら空きになったところに敵が来るという可能性はある。
ケイは大いに不満気だった。
「あんた、あたしを連れて行かないとか後悔するよ」
「ケイ様しかいないでしょ、今ここを任せられるの」
おだてておこう。
怖い。
「そうそう、ミレーヌがでて、師匠も病気。一番偉いのは君しかいない」
ルキノがフォローしてくれる。
こいつも苦労人なのだ。目で理解し合う俺たち。
「ところで王子、いつまでその駄馬で行くんだよ」
モフオが突っ込みを入れる。
「あ、そうか、そうだよな。ケヴィン君いい馬持ってきて」
俺はカッコいい馬に跨ると、さっそうと出発する。
「子供たちを助けるヒーロー出撃!」
「まあ、たぶん、この中で一番弱いんですけど」
モフオの余計な一言。
俺たちは雨の降りそうな中、城から飛び出した。
2021/4/3 文章リニューアルしました。
2023/4/26 微修正




