21 聖剣と主
あれから一年以上の時が経過した。
今は冬の手前の季節で、この世界に来て収穫期を二度経験したことになる。
ガルディアは冬を経験して分かったが、かなり温暖な気候である。
真冬は雨季で、日本の十一月より寒くなることはない。
雪も降らないし、上着も簡単なのでいい。
当然、夏は暑く、夏の日中は暑すぎて労働に向かない。
レイド王国から来た難民たちは、気候の違いに苦戦していたが、ジョラーが去年連れてきた農学者のルネリウスという人物の指導のおかげでかなり大きな収穫を上げるようになった。
彼は似た気候のアーロン王国南部で働いていたので、初手から失敗のない人物だった。
彼のおかけで首都の穀物倉庫は満杯になり、急ピッチで増設されているが、野ざらしになる収穫物も出る始末だ。
「農学者なんて誰も価値を認めてくれませんから、王子とジョラー先生に呼ばれたときは天にも昇る気持ちでしたよ」
ルネリウスの言葉である。
ジョラーはその長い放浪人生の中で、かなりの時間を私塾講師を務めていたらしく、学者のネットワークを持っている。
彼の紹介からルネリウスのような人物を何人も雇っている。
主に下級の役人だが、貧困だった彼らに高給を与えて水を得た魚のような活躍をして貰っている状態である。先進国では学者が余っているのだ。発展した社会の権力者は社会がこれ以上進歩しないと考え、学問の進展を無駄と考える。そして、権力闘争に熱中する。熱い情熱を持った学者なんて彼らの眼中に入らない。
彼らが捨てるなら、俺は拾うだけ。
俺は、開墾された農地を馬上から眺めながら、そう考えていた。
「王子……」
ミリアの声。
彼というか彼女はすっかり女になってしまった。
ミリアも諦めがついたのか、女として生きるつもりらしい。
馬を寄せると、彼女は俺にすり寄る。
地獄から解放され、ミリアはすっかり変わってしまった。
今はミレーヌと名乗っている。
一応、ミリアの妹という設定で世間に受け入れさせるが、ミリアの仕事を彼女が受け継ぐのは無理だった。やはり、女では農民たちを纏めるのは難しい。ミレーヌも粗っぽい難民や農民の言動に恐怖を覚えるのか、前と同じようにはできなかった。
結局、今はイーサンが農民たちを代官として統括している。首都の衛兵下士官から抜擢した形にしている。
そう、イーサンは特に何のお咎めもなかった。
表向きには、逃亡農奴を通報しただけなのだ。法には何も違反していない。
罪があるとするなら、俺の仲間を裏切っただけ。
彼に対して怒りはある。しかし、彼は嫉妬に狂ってつまらない愚行をやったのだ。金を貰って裏切ったわけではなかなった。エリンの調べでは間違いない。イーサン自身の財産は慎ましい物であり、金の受け取りは拒否したようだ。
彼は一見冷静沈着でそのような愚行から遠いような人物だが……人はわからない、同性愛ということでもないらしい。
女王は顛末を知ると、彼の追放を望んだが、俺は彼を使いたいといった。女王は驚いていたが、俺やミリアが許すならよいという裁定を得た。しかし、彼女のそばには置けない。
裏切りの実績がある人間を女王の近くには置けなかった。
イーサンはミリアの代わりを務めさせることにした。
直轄地の代官として、形としては栄転させたのだ。
彼の代わりに、王子直属の衛兵隊は元冒険者のトーラスが率いている。彼は戦争でもそこそこの実績と見識を示し、信頼できる中堅冒険者だった。ドワーフの衛兵は初だったようだが、実力がある人間を登用しないでいるのは愚かだろう。女王も彼と話してすぐに気に入ったようだった。今は彼女の指揮のもと、警備に勤しんでもらっている。
尚、俺直属の衛兵は今百人になった。
代官になり、役人色が強くなったイーサンはそれこそ身を捨てるようにして働いている。彼はほとんど自宅に帰ることもなく、ルネリウスと共に農業指導し、灌漑工事、洪水対策、農民同士の揉め事への対処……休む暇もない。
俺はミリア=ミレーヌがイーサンを許すのなら、もう、何もいうつもりはなかった。
もしかしたら、最も怒っているのは女王かもしれない、あれから女王は一度もイーサンとは会っていないらしい。
「王子、師匠が王子の剣技を見たいと仰ってましたよ」
ミレーヌはミリアの頃の溌溂とした可愛さはなくなったが、物静かで陰のある女になった。
彼女を見ると、いつもゾクゾクする。
「俺の剣技? いや、まあ、なんだ。俺は現状で大丈夫だから」
「別に見るまでもないよ、わかりやすいへっぽこ剣士だよ」
モフオのいつもの減らず口。俺の鞍の前で寝ころんでいる。
「フフ、ダメだよ、モフちゃん、王子様にそんなこといったら」
軽くモフオをつねるミレーヌ。
モフオはミレーヌの細い指に猫パンチを入れようとするが、ミレーヌは綺麗に回避する。
「君の師匠は様子に変わりないか」
「ええ、本当に凄い人です。王子の治療を受けてからも様子は変わらないですね。変わらず凄い」
ミレーヌの師匠はアモンである。
光の魔力を顔に注入した結果、ようやく、何らかの顔が現れるようになった。
しかし、そこだけフォログラフのように安定しない。時折何者かの顔になる。同じ顔はない。まだ不完全なのだ。不思議なことにメフメトと思われる顔は一度も現れていないという。
そして、俺にはわかっていることがある、アモンがやがてこの国を去るということを。
彼の心にはレイド王国の悲劇がある。たぶん、今すぐでも走って行って農民のために戦いたいと思っている。しかし、俺に恩を返すといい、彼はここに滞在している。
だから、俺は彼に弟子を取ってもらうことにした。彼の剣技を受け継ぐ人間が居たら、彼は心残りなくこの国を去れる筈だ。
彼自身に弟子を見繕ってもらい、毎日火の出るような鍛錬を彼らに授けている。
弟子は元冒険者のケイとルキノ、陽光騎士団のサンディとビルマン、ダナの紹介でエルネッドとローセン・デディンジャー、この二人はダナと暫く冒険していたという。そして、ミレーヌである。
たった一年の修業だが、彼らは既に『ガルディアの七剣士』という称号を得ている。
この『七剣士』は俺の陪臣という形で仕えて貰っている。冒険者だとふらっとどこかに消えるかもしれない、衛兵や騎士に取り立てると、公務という義務が発生して魔物討伐に使い難いので、俺直属の無役の士族という形である。
毎日早朝からの修業、定期的に行う魔物討伐。
既に、吸血鬼、グリフィン、巨大蛇、騎馬盗賊団等を討ち取り、オークゴブリンは数知れずという大活躍なのだ。その中でも特に、ミレーヌの剣技は図抜けているという。訓練でアモンが本気で打ち合うのは彼女だけらしい。
「ミレーヌは凄く強いと聞いたけど、師匠を超えられる?」
「王子、それだけは絶対無理ですよ。桁が違います」
笑顔で答える。剣の話題では笑顔が多い。
「顔の件もあるから、またアモン殿に会うよ。しかし、僕の剣技は忘れてくれ。無駄だから……伝えてくれないか」
「ええ、わかりました」
「王子ここにいらっしゃったのですか」
ケヴィンの声が聞こえる。
彼はあれから俺の側近としてついて回っている。
アモンの弟子になりたがったが、アモンは彼に普通の師匠についた方がいいとアドバイスして終わった。まあ、そうなるわな。俺から見ても、彼に剣の才能はない。愚直で可愛い奴だが、どこかドン臭いのだ。
「王子、商工会から荷物が届いてますよ」
ケヴィンが部下を見る。
部下の男が長い箱を持っていた。
ケヴィン自身に剣の才能はないが、彼は信頼できる人間を見繕って俺の護衛隊を率いている。彼は人を信頼させる才能がある、かつてのミリアのように。部下は全員士族身分のものである。
「王子、ボ……私は師匠の下に帰ります」
ミレーヌは遠慮してそう告げると馬首を返す。
護衛達の何人かは思わず振り返って眺めてしまう。仕方がない、美女なのだ。
ミレーヌは農奴出身とは思えない馬術で稲妻のように去ってしまった。確かに、どこか異常な俊敏さが彼女には有った。邪悪な錬金術の副作用なのだろうか。女になる前には無かった。
「その箱は?」
俺はケヴィンに問う。
「剣ですよ、例の、あの聖剣です」
「お、出来上がったのか……これはちょっと、こんな農地の片隅で見る物じゃないな、景色の良いところで太陽にかざして見たいぞ」
農地を馬鹿にするわけではないが、あぜ道の傍らには馬糞などの堆肥が積んであるのだ。
これにはちょっとふさわしくないだろう。
「それなら、首都近くの河岸はどうですか。首都から徒歩で行ける風光明媚な観光スポットとして、女子に人気なんです」
「女子って……そういう軽佻浮薄だから、アモンから弟子入りを拒否されるんだよ。ケヴィン君。反省した方がいい」
俺はしたり顔で説教する。
「ええ、まあ、すみません。でも、王子がよく『この店は新しいスイーツで女子に大人気だ』とか、よく紹介されてましたから……」
「墓穴ですな、王子」
モフオの突っ込み。
などと会話をしながら、俺たちはそのスポットに向かうことにした。
昼頃、その岩場に到着する。
確かに、ここは風光明媚だった。
晴れ渡る空に、奇岩の列。
ティラシス川が永い年月をかけて彫り込んだ岩が、至る所にある。
よく見ると、岩を採取した後がある、上古人の採石所だったのかもしれない。今は草木が生え、ピクニックなどに最適の場所だ。
見ると、女性の集団と護衛兵がいた。
アデラ姫だ。
親しい友人たちと御茶会という風情である。
伝令が向かい、王子の到着を告げる。
彼女たちは居住まいを正して俺に挨拶をする。
「これは、淑女の皆さま。ご機嫌麗しゅう。どうぞ、お構いなく、今日は偶然通りかかっただけなんですよ」
女性たちの社交辞令は正直いって精神的に疲れる。
アデラ姫の様子をうかがう。にっこり微笑む彼女。
本当に美しい。
メルとカリファもいる。可愛いメイド服を着せられて、静かに座っていた。
アデラ姫の趣味なのだろうか。二人とも美少女なので似合うといえば間違いないが、目が怖い。怖い顔では可愛い衣装が台無しだ。
「王子はどのようなご用件ですの? 私たちはちょっとピクニックに」
アデラ姫の深くて美しい声。
久しぶりに彼女の言葉を聴いた。
もちろん、この婦女子の会はつまらない「ピクニック」ではない。
レイド王国派の夫人たちを篭絡して、反レイドに導く政治的な闘争なのだ。女性たちの粘り強くてわかり難い戦いが目の前で起きている。俺は邪魔するわけにはいかない。
「聖剣『エルヴァルド』がようやく修理されたので、この地で初お目見えしようと思いましてね。武骨な武器の話ですから、ご婦人方の邪魔にならない場所に退散いたしますよ」
「聖剣!? ぜひ拝見したいですわ、ねえ皆さん」
アデラ姫が女性たちに声をかけると、彼女たちも興味津々の模様。
結局、彼女たちを引き連れ、日当たりのいい場所で箱を開封することになる。
「ケヴィン、箱を開けてくれないか」
ケヴィンが木箱を割り、剣を取り出す。鞘に納められている。俺は受け取ると眺める。
鞘は基本シンプルな作りだが、宝石が埋め込まれている。
注文にない装飾だが……。
「サービスで装飾を豪華にしたとメモがありますよ」
ケヴィンがすかさず補足してくれる。そういうところは優秀なのだ。
美しい日差しの中、剣を抜く。
光り輝く刀身。若干細身で長い。乳白色であり、普通の金属ではない。上古人の鍛えた金属なのだ。
俺が持っていた時は永年水中にあって汚染が酷かったが、今はまるで宝玉のような身を晒している。
「本当に美しいですわ、王子様が持つ剣にふさわしい……」
アデラ姫も感心している。
皆が息をのむ美しさだった。
長い剣で片手半剣に相当する。俺にはでかい感じがするが、上古人は大柄だったらしく、これで標準サイズだという。
この剣は異様に鋭い剣なのだ。ほんのちょっと触れるだけですっぱり切れる。草なんて感触もなく切り落とせる。
しかも、何かの魔力で、持ち主には怪我を負わせない。
「これなら、吸血鬼も一撃だ」
惚れ惚れとする。
イケメン王子にふさわしい剣だ。
俺はその時、無駄な演出がしたくなった。
岩の上に登ると、剣を太陽にかざす、
光り輝く刀身。
「おお、王子、素晴らしいです!」
ケヴィンが感動の声を上げる。
「ウム、やはりそうか。イケメンが圧倒的な力を得る、これは当然なのだ。感じる! 力を感じるぞぉ!!」
聖なる力を俺は感じた。
その時は。
(岩でも割れるだろう、この剣なら)
俺は思わずそう考えて、杖のように剣先を岩に立てる。剣はまるでバターに刺さったかのように、ずぶずぶと岩に沈み込むのだった。
「すっごい! なんという切れ味だ。岩すらも」
俺は感動の声を上げる。
「噂に聞く先進国のアーティファクトのようですわ、王子。これは凄い剣よ」
アデラ姫も感心しきりだった。
俺はこの剣の力を誇示するかのように岩に突立てたままにしておき、女性たちと歓談する。
「さすが王子ですわ、王国の頂点にふさわしい剣です」
「王子様が発見されたのですよね、次世代の英雄王ですわ」
「王子様、以前のア……とは全く違いますわね」
などという女性からの褒め言葉を貰って有頂天になる俺。
「いやーそれほどでもないですぞ。ウワハハハ!」
暫く歓談したが、彼女たちも満足したのか、そこで昼食会になる。
俺はその時は本当に気分が良かった。
岩に突き立った剣を時折眺め、サンドイッチなどを頬張る。
ふと空を見ると曇ってきたようだった。
「じゃあ、そろそろお開きにしましょうか、王子様ごきげんよう」
そういうとアデラ姫と淑女たちは立ち去ってしまう。
「俺たちも帰るか、さて、剣を回収……」
俺は部下たちに片付けを命じて、岩に登る。
柄を握ると、剣を抜く……あれ、抜けない。
「おい、抜けないぞ、これ」
「王子、どうされました?」
ケヴィンが心配そうな声を出す。
「岩にしっかり刺さりすぎたのか、全く抜けないのだ」
押しても引いてもびくともしない。
「私が試しましょうか」
「ああ、頼む」
ケヴィンがが同じく剣を抜こうとするが、全く抜けない。びくともしない。
ケヴィンの部下たちは腕に覚えがある連中なので、腕力はある。しかし、彼らに頼んでも全く同じだった。
弱い雨が降ってきた。
「まずいな、せっかくの剣を濡らしてしまう」
「岩を砕けば……」
ケヴィンのつぶやき。
しかし、岩は種類は知らないが、異様に頑強そうだった。理科とかまじめに勉強しなかったなぁそういえば。
「下手に岩を砕けば剣を壊すかも」
「油を流せばどうです」
ケヴィン、いいことを思いつく奴だ。
というわけで皮革手入れ用の油を流し込んだが、全く変化がなかった。
雨が強くなってくる。
一旦引くしかないのか。
「王子!」
突然声をかけられる、女だ。
婦人の一人かと思ったが、違った。
預言者ディアがいつの間にか現れる。
「ディアさん、いつも唐突に現れるね」
「王子、その剣は主を欲しています」
「主? じゃあ主が引っ張れば抜けるというのか」
「真の主であるなら、抜けるでしょう」
これではまるで、エクスカリバーじゃないか。え、ということは……。
「抜けない人は真の主じゃないんだね」
「はい」
全く迷いのないディアの断言。
「じゃあ、抜けないイケメン王子は、真の主じゃない」
「はい」
無言になる俺たち、雨が俺たちを打つ。
「ま、まあ、よかったじゃないか。この剣を抜ける奴が聖剣の主。この国を救うヒーローになる。いずれ現れるということだよ」
俺は無理やりでも、前向きに考えることにした。
「王子の仰る通りです。強力な兵器を王や王子が振るう必要はないのです」
ディア、もしかして、慰めてくれているのか。
エクスカリバーだと剣の主=次の王ということだけど、どうやらそこは違うらしい。
多少ほっとする。
「そうだよ、剣の主は英雄であって王ではない。国を救うヒーローは王である必要はないのだ。誰にでもヒーローになるチャンスはある。つまり、これは僕たちに与えられた可能性なのだ」
凄い早口で俺はまくしたてる。
「ぷぷぷ、王子苦労して聖剣を拾う、王子大金かけて聖剣を修理する、王子聖剣を岩に突き立てる、ナウ」
モフオ。笑い過ぎ。
「と、とにかくだ、この剣の主が見つかるまでは、ここに放置することになる。見張りを立てよう。ケヴィン、手配してくれ」
「御意」
俺はずぶぬれになりながら、首都に帰還する。
非常に心残りだったが。
その夜。
自室で大きなくしゃみをした時、扉をノックもなくあける人物がいる。
「王子、今日は災難でしたね」
ミレーヌだ。
「ああ、あの剣、僕を主とはしないようだ。王族が持つものではないとディアはいっていたが……」
「彼女のいう通りだと思いますよ。あれは強力な魔力を持っています。前線に立たない貴人が持つものではありませんよ」
「はあ、イケメン王子に似合うと思ったのに」
「僕が今度抜いてみますよ。王子の剣になるのが夢なのです」
「アモンの方が主に向いているんじゃないか」
「師匠はナルドリスがありますから、あれほど強力な剣は他にないですよ」
「ところでミレーヌ……今日は何の御用でしょうか」
「……」
ミレーヌは微笑み無言。
黒髪がとても美しい。
俺も微笑み返した。
2021/1/31 文章リニューアルしました。
2023/4/26 微修正




