20 雨と光
雨が降り、ぬかるみの中を俺は馬を疾駆させた。
目指すはゲーマン領。
随行するのは、アモンとケヴィン、エリン、ジョラー。陽光騎士団員五人。
アモンは巨大な灰色の馬に乗っている。真天神教の教祖の乗馬だったようだ。女王から下賜されたという。
ジョラーは俺の大声に何かを察したのか、無言で同道してくれている。
ロムにはエリンから事情を話させて、兵は彼に任せておく。
雨でじわじわと増水するティラシス川を渡るときも、船に乗りながら俺たちは無言だった。
俺は頭の中で自分を責め続けていた。
ミリアが失踪した時になぜもっと真剣に探さなかったのか。
ゲーマンが裏切った農奴をどう扱うのか、知っていたはずだ。少なくとも、非常に冷淡なのはわかっていた。
俺の顔を見て、皆無言だったが、
「王子、思い込み過ぎてはいけませんぞ。全てがあなたの責任ではないのです」
ジョラーが部下の思いを代表してくれる。
心配する気持ちなのだろう。
ありがたいが、今は自分が許せなかった。
「……ありがとう、ジョラー殿。しかし、自分のふがいなさが……」
「面識はありませんが、ミリア殿は王子の懐刀。ゲーマンも農奴は侮っていますが、王子への交渉カードになるのは理解しているでしょう。命を取られることは無いと思います」
「拷問されて、正気でいられるのだろうか……」
殴ったり、鞭打ったりなんてよくあるようなものでも、俺には耐えられそうもない。
「噂に聞くミリア殿は肝の据わったお方、希望はあります」
「……」
ジョラーが俺を心配してくれているのは痛いほどわかるが、それでも、彼の言葉は希望的観測だろう。
船が北岸に付いたと同時に俺は馬にまたがるとゲーマン領を目指す。
「ゲーマンは今、北岸近くの臨時の砦に滞在しているわ。公式には演習だけど、実際はそこで農民反乱と戦っているの」
馬で大体一日の距離だったが、ぬかるみが酷く、馬でもあまり早く行けない。
途中、小さな町で一泊すると、翌朝からその地に向かう。
気持ちは焦りぬいていたが、雨と大地が俺を無理やり長時間の苦渋に合わせ続ける。
日本人なので、自然に嘆かない。自然には文句をいうべきではないと思う。
責めるなら自分にしておこう。
俺はそう繰り返し考えながら目的地に向かった。
その砦は草原の小さな丘陵の中にあった。
簡単な柵がぐるりと取り囲み、多くの天幕がある。兵が大勢駐屯し、五千程度の兵力が滞在しているようだった。
俺はつまらないことは考えないことにした、正面から行って、ミリアを取り返す。
これは俺への罰だ。
「アモン殿、もし、俺に何かあれば、この国を率いてくれないか」
「……」
アモンは無言。
「無責任に聞こえるかもしれないが、これは本心だよ。君が最も王にふさわしい」
「王子、何をいっているの!」
エリンが驚いて話に割り込む。
「そうです、僕の王は王子一人です」
ケヴィン。気持ちはうれしいが……。
「この国にはクリサレス王子が必要だ。俺にいえるのはそれだけだ」
アモンの重いが優しい言葉。
「……ありがとう、しかし、一人で行くよ。君たちは少し離れたところで待っていてくれ」
全員が止めようとする。
しかし、俺は制する。
「敵は、五千はいる。多少随行がいたからといって変わらない。一人で油断させた方がましだよ」
「私は行きますぞ、寸鉄帯びぬ老人を恐れる者はおりませんから」
ジョラーの言葉。さすがに彼ほど年上の人物の意向となると断るのも失礼に感じた。
「……わかった、じゃあジョラー殿だけは来てください」
まだ何かいいたげな、エリンとケヴィンを制して、砦に向かう。
降り注ぐ雨、どろどろの地面。
ぬかるみを踏みながら、砦を囲う木柵の外門に向かう。
「王子、私は七十四歳ですが、まだ死にたくないですな」
ジョラーの言葉は緊張をほぐすためなのか。
「この期に及んで。フフフ。面白いお方だ」
「愚直に行きましょう。ゲーマンは高慢な男。人を侮ります」
「ありがとう、そうするよ」
俺は番兵に身分を示し、ゲーマンとの面会希望を告げる。
程度の低いごろつきのような奴だったが、俺の顔は知っていたのかもしれない。慌てて上司に報告に行く。
そこから一時間ほど待たされる。
雨の中、二人で震えながら立っていた。
「公爵がお会いなされる。ついて来い」
傲慢な物言いの騎士がやってきて、俺たちに告げる。
身体をチェックされ、俺は剣と短剣を取り上げられる。ジョラーは本当に何も持っていないので何も取られない。
ゲーマンは簡略な木製の砦の広間にいた。
濡れそぼった俺たちだったが、俺は胸を張ってゲーマンと対峙する。
小太りの男は簡易の玉座のようなものに悪い姿勢でふんぞり返っていた。木の床は長雨の所為で泥まみれになっている。
玉座の両脇には、太った三人の男、うわさの凶悪な息子たちだろう。確か名前は長兄ドナルス、次男ギュー、三男オーガス。そして、ローランドの甥クレメンテ・ガウテル。友人のデヴィド・ガラバー、パトリック・バーシルの軽薄な顔も見える。
それ以外は王宮で見たこともある顔がちらほら。
ゲーマンの横に壮年の男が控えている。
見たことはない奴だったが、側近なのだろうか、身なりはよい。
「王子、遠路はるばるようこそ。一体何の御用ですか。我々は演習で忙しいのです」
髭をひねるゲーマン。
「単刀直入に申します。僕の部下、ミリアを返していただきたい」
「ミリア? はて、何のことやら」
とぼけた顔をするゲーマン。
知らないはずがない。
「首都であなたの部下がさらったことは調べが付いています」
これはエリンの報告によるものである。
ミリアが冒険者を雇う告知を出した後、何らかの理由で一人引き返した。そこを待ち構えたように、数人の武装した男にさらわれたのだ。
わずかな情報から、足跡を捉え、ミリアが監禁拷問されていることまで突き止めたのだから、エリンは本当に優秀だった。
「そのようにいわれましても……私は逃亡農奴を回収しただけだ。そうだな、ウォルス」
「はい、法的にも問題のない行為です。領主は逃亡農奴を捕らえる権利があります」
横に控える側近の男が答える。
「ミリア殿は王国から正式に衛兵として迎えられておりますぞ。その法解釈は無理がありますな」
ジョラーの反駁。
「何者だ、この爺さんは」
ゲーマンがむっとして問う。
「イスカニア出身の賢者ジョラー殿です」
イスカニアといわれると、若干、腰が引けるのがガルディア貴族のよくある反応である。
ゲーマンもやや慌てた様だ。
「身分を与えたら農奴を略奪できるというのも乱暴な話ではありませんか。我々は非難される謂れは有りません」
ウォルスは頭が切れるようだ。
「ならば、対価を支払いましょう。農奴を引き渡していただく対価です」
ジョラーも負けてはいない。
尚も反論しようとするウォルスを制し、
「では、支払っていただきましょうか、王子」
ニタニタと厭らしい笑いをするゲーマン。吹っ掛けるつもりなのだろう。
「……」
「確か、あの小僧は大金をかけたのだな、ドナルス」
「ええ、面白い『変化』を与えてやりましたよ」
気持ち悪いデブ男、長男ドナルスが答える。
「あの農奴を王子が買い取りたいと仰っている」
「ほう、それは困りましたね。……高いですよ、王子」
気持ちの悪い会話をする親子だった。
「……」
俺は無言で見つめる。
「どのぐらいが妥当だ」
「そうですねぇ。あれは高値で売れますから……そうだな、金貨十万で手を打ちましょう」
ドナルスがそういうと、ゲーマンの下僕たちはくすくすと笑う。
「十万! 農奴一人にそこまで……」
ジョラーが抗議の声を上げる、しかし、俺は彼を制した。
「十万だな。わかった、支払おう」
笑いが収まる。
素直に支払うと思わなかったのだろう。
「王子、大きく出ましたな。そんな金がどこにあるのです」
「持ち歩くのは無理な額だ。しかし、借用書なら書ける」
顔を見合わせるゲーマンとその仲間。
「いいでしょう。王子の署名ならその価値があると判断します」
ウォルスが答える。
「まて、だが、これでは私の気持ちが収まらない」
ゲーマンはまだ何か嫌がらせがしたいらしい。
「……」
「私の農奴を盗んだことを謝罪して頂きましょうか、王子」
「わかった」
無表情に答える。
「ただ、謝罪させるのはつまらないですな、公爵の靴に口づけさせ、泥を落として謝罪させるべきです」
クレメンテのクソご意見。蛇のような目をして俺を睨んでいる。
「さすがにそれは……」
ウォルスが止めようとする、が、
「面白い。王子、私の靴に口づけをし、泥を落としていただきましょうか」
ゲーマンは笑いながら、クレメンテの意見を取った。
俺は無言でうなずく。
ジョラーも無言。
よく見ると、手がプルプルと振るえている。激怒しているのだ。
俺は無言でゲーマンに近寄る。
両脇から兵士が近寄り、俺を膝まづかせる。
「まずはサインだ」
羊皮紙に名前を記入する俺。
確かに十万の借用書だった。
「『農奴を盗み申し訳ありませんでした叔父上』そういうのだ、田舎者」
クレメンテの声。
「農奴を盗み申し訳ありませんでした」
俺はお経のように棒読みでいう。
俺の顔に泥まみれのゲーマンのブーツが押し付けられる。
先ほどまで外にいたのだろう、かなり湿った泥が付いている。
俺は泥を舌で舐めとり、口づけをする。
泥は……味は覚えていない、口いっぱいに泥の匂いが広がった。
「本当にやりやがった。こいつ、誇りも何もないな。ハハハハ!」
デヴィドの声が聞こえる。大笑いする連中。
「しっかり泥を飲み込んでもらおうか」
ミリアを何としてでも取り返したかった。
彼が受けた屈辱を思えば小さいことだ。泥でも石でも飲んでやる。
俺はしっかり飲み下した。
喉にとても苦い。
馬糞でも混じっていたのだろう。
「ぐえ。ゲホゲホ!」
「王子は約束を果たされた! ミリア殿を返していただこうか!」
ジョラーの怒声。彼が俺を抱える。
ゲーマンはちらっと側近を見る。
後ろの扉が開き、ぼろぼろのミリアが出てきた。
俺はほっとした、少なくとも生きている。
「……ミリアは少年だろう。これは別人ではないのか」
ジョラーが疑問を呈する。
「爺、こいつがミリアだ。私の錬金術で今は女になったがな」
ドナルスの声、同時に笑い声が起きる。
「こいつは傑作だ、王子が必死に助けた奴は売春婦だ。十万も払って売春婦を買うとはね。ハハハハ!」
デヴィドが大笑いしている。
他の奴らも。
「……王子、見ないでください」
ミリアは確かにミリアだったが、同時に、どう見ても女だった。
ぶるぶると震えている。
俺は体は何ともない。泥を喰っただけだ。
怒りに、若干、震えてはいたが。
いつもながら、どこか他人事だった。
ミリアをぐっと引き寄せると、鎖をつかんでいた兵士から奪い去る。
「用件は済みました。僕は退席します」
俺はそういうと出口に向かう。
笑い声が止む。
顔を見合わせる連中。
ウォルスが何か騒いでいる。
「公爵、王子をこのまま生かして帰してはいけません! ここまで屈辱を与えて、王子は必ず報復に来ます!」
俺の背後でウォルスが大声で進言している。
(まあ、そうなるわな。このままゲーマンが俺を殺す可能性は高い)
「金も剥ぎ取り、名誉も叩き潰したのだ。あのような腑抜けに何ができる」
ゲーマンの間延びした声。
「衛兵! 王子を帰すな!」
ウォルスが叫ぶ。こいつは優秀だ。
衛兵が道をふさぐ、万事休すか。
「いいのか、借用書は無効になるぞ、王子が死ねば」
ジョラーも当然そこには気が付いている。
「衛兵、王子を帰してやれ。金を払ってもらう必要があるからな」
ゲーマンが面倒くさそうに兵に手を振った。
「ウォルス、父上の仰る通りだ。王子はこれから金策に走り回らないといけないんだぞ」
ドナルスがにやにやしながら父の言葉を応援した。
衛兵は引きさがり、俺たちは雨のぬかるみに出る
生きて出られた。
一瞬安どのため息をつく。
「王子、気を抜いてはいけません。可能な限りの速度で逃げましょう」
ジョラーが小声で進言。彼は一切気を抜いていない。
俺はうなずくと、ミリアを抱きかかえて歩く。
歩きながら、びっこを引く足に治療を施し、破れた皮膚を治し、出血を止める。
「王子、これは……」
ミリアの驚きの表情。
「気にするな、とにかく早く歩け」
「王子、僕は農奴でしかないのです、あなたが自ら助けに来るなんて……しかも、あんな屈辱を……」
ミリアもどこかで見ていたのか、いや、たぶん無理やり見せられていたのだろう。
「細かいことを気にするな」
馬に乗り、ミリアと二人乗りで門を抜ける。
番兵は無言で俺たちを通した。
砦を出ると俺達は加速する。
すぐに、待ち構えていた仲間たちが迎えてくれた。
「王子大丈夫だったの」
エリンの心配そうな声と顔。
「……」
「王子は金貨十万枚の証文を書いてミリアを買い取った。そして、ゲーマンの靴に口づけをして謝罪させられたのだ」
ジョラーは包み隠さずにいう。
口止めすべきだったが、忘れていた。というか、たぶん、ジョラーはあえてこのことを皆に伝えるつもりなのだ。
一瞬、息をのむ仲間たち。
「なんて奴だ、ゲーマンを殺してやりたい!」
ケヴィンが激怒している。
「命はある、今は気にするな。それより、ゲーマンの気が変わるとまずい。殺しに来るはずだ」
「王子の仰る通りです。全員、全速でゲーマン領を出ましょう」
ジョラーがうなずく。
「王子、俺がしんがりを務める」
アモンの重々しい声。
俺は皆を促すと全員で駆ける。
小一時間、雨の泥道を駆けた。
俺の馬は二人乗っているので、かなり疲れている。首を振って駆け足を拒否しようとしている。
「今朝宿泊した町で馬を代えましょう」
ジョラーはすぐに気が付いたようだ。
「アモンの馬は無理だ。どうする」
「俺の心配はいらない。この馬は名馬だ」
アモンの言葉。確かに、彼の大馬は全く疲れた様子を見せない。
「凄い馬だね。君にふさわしいよ」
「何らかの魔法……奇跡が施術されているようだ」
アモンが馬をなでる。
元はホーリー教祖の軍馬だから、ただの馬ではないのだ。
あと、十分ほどで町に着くというところで、背後から気配がある。
「王子、敵が迫っています。二十騎程」
槍使いのサンディの警告。
俺が何か答えようとすると、突然馬が立ち止まる。
「あれ、おい、動けよ!」
拍車をかけても馬は首を振って動こうとしない。
「疲れすぎです、王子、私の馬を……」
ジョラーが馬を降りる。
「敵が来た、王子は木の陰に隠れてください」
アモンの声、俺はミリアを抱えて太い木の幹の後ろに隠れる。
俺はその時気が付いたのだが、剣を受け取るのを忘れていた。丸腰だったのだ。
アモンは道の真ん中で馬を降り、剣を抜く。
ナルドリスは黒い刀身に微光を放つ。前には無かった特徴だ。
敵は確かに二十騎程の集団だった。
俺たちを確認すると敵は停止する。
ここは狭い場所だった、敵は包囲できない。二騎が去る、援軍を呼びに行ったのだろう。
そして、同時に二騎が突撃してくる。
一人は剣を抜き、一人は鎗。
アモンの剣が一閃。
槍が先に到達するが、槍は折れ、槍の男は右肩から切り落とされる。同時に、剣の男が盾ごと叩き潰される。
二人は上半身を叩き潰され、光が体をむしばむ。
体が柔らかい煉瓦のように割れて死ぬ。
次の二人は馬の首ごと首を刎ねられ、血を噴水みたいに吹き出しながら絶命する。鎧もほとんど意味をなさない。当たれば鎧は割れ、人体は切断面から光を発して砕け散るのだ。血が爆発的に飛び散る。
あまりの凄まじい破壊力に恐怖した敵はクロスボウを準備し始める。
アモンは剣を大地に刺すと、リディアから貰った強弓を取り出し、矢を射る。
弓とクロスボウでは準備時間が違う、敵は準備までに手間取り、次々と射抜かれて地に転がった。
「早く準備しろ! 化け物を殺せ」
敵の隊長が叫ぶ、しかし、それは大いなる油断だった。
陽光騎士団とエリンが徒歩で忍び寄っており、その男は片目に小さな手裏剣が突き刺さる。野獣のような咆哮を上げてその男も落馬する。びくびくと痙攣して死ぬ。毒手裏剣なのだ。
「伏兵だ!」
陽光騎士団とエリンが肉薄し、敵が狼狽している間にも、次々とアモンの矢が敵を射殺す。
速やかに敵は全滅する。
短い戦いだったが、敵にほとんど勝ち目はなかった。
「急いで敵の馬を奪え! すぐに敵が来るぞ」
ジョラーの指示。
長旅と全速力で疲労しきった馬を捨て、敵の馬に乗ると俺たちは急ぎ脱出する。
そのようなことをやっていても、敵はぐんぐん迫ってきているようだった。
もう、多少の反撃でどうにかなる数では無い。
ただ、まっすぐ逃げるだけだ。
暗くなっていく雨の中。あと少し、この平原を抜ければ助かる、という場所で、俺たちは百騎以上の敵兵に囲まれつつあることを知る。
ゲーマンの兵は中原の最新式鎧に身を固め、練度も高い。
正直いって万事休すだった。
「くそ、こんなところで防御なんて……」
何の守りもない平原だった。
俺は剣が下手糞、一応、敵の剣を拾ったが気休めだ。ミリアは怪我は治したが、力が入らないという。
「心配するな、僕がみんなを守る」
俺は投降するつもりだった。アモンがいくら強くても、これは多勢に無勢だ。包囲されては剛剣でも守り切れるものではない。
ミリアとケヴィンは俺を心配そうに見る。
「王子、妙な考えはやめてください」
ジョラーが首を振る、この人を騙すのは至難の業だ。
敵兵が続々と押し寄せる。
もう駄目だろう。
俺は剣を捨て、ハンカチを取り出す。
白旗代わりだ。
「王子様、心配いらないよ」
サンディがにっこり微笑む。陽光騎士団の女戦士なのでとても美しい。俺も思わず微笑み返す。彼女も必ず守る。
「王子、後ろを見てください」
にんまり笑顔のジョラー、彼の笑顔は今日初めてだ。
ふり向くと、白い犬に乗ったホルス人を先頭に、勇猛な騎兵軍団が並んでいる。
「ロム! 陽光騎士団!」
俺は崩れ落ちそうになった。助かった!
よく見ると、五百騎はいる。
敵は手練れの騎士団だとわかったのだろう、にらみ合いをしたが、捕捉はあきらめ、撤退した。
闇に消える金属の群れ。
俺は安どのあまり、鞍に突っ伏した。
「ロム、ありがとう、助かったよ」
「王子、無茶をし過ぎだ」
「それにしても、数が多いね、陽光騎士団だけじゃないのか?」
「イーサンが近郊の騎士を招集した」
首都近郊の騎士は王権の強化に呼応して、再軍備化を進めているという。それまでは腑抜けだったのだ。
「イーサン……」
確かに、イーサンがいる。
俺は彼を見る。
彼は目を伏せた。
「王子、よくぞご無事で」
イーサンの消え入るような声。
「ミリアも無事だよ、イーサン」
「……」
俺は小手を脱ぐと地面にたたきつけ、イーサンの胸ぐらをつかむ。そして、イーサンを渾身の力で殴った。
「なぜ、裏切った! ミリアを売るとは!」
俺は二度三度と殴る。
イーサンは無言で俺に殴られた。
正直いって、拳が痛すぎて、それ以上はきつかったが、それでも追加で二発殴る。
「す、すみません、王子……」
「もうやめてください」
ミリアが止めに入る。
「お前が、ゲーマンにミリアの居場所を教えたのだろう。なぜだ、なぜそんなことをする!」
「王子に寵愛されるミリアがうらやましかった、の、です」
最後の方はむせるイーサン。
ボロボロと泣き始める。
「嫉妬だけだというのか、金は貰ったのか!」
「か、金は貰っていません」
本当かどうかはわからないが、信じたい気持ちがあった。
「王子! イーサンを許してください!」
ミリアが思わぬことをいう。
「……」
俺は唖然とした、こいつの裏切りでミリアは拷問され、女性に改造されたのだ。
しかし、ミリアはこいつを許せという。
「彼は王子に必要な人間です」
「お前はこいつを許すのか……こんなにひどい目にあったのに」
俺はミリアの拷問跡を指さす。
「もう終わったことです。もう」
笑顔の無くなったミリアだが、優しさは消えていなかった。
「イーサン、とりあえず、自宅謹慎しろ。沙汰は追って伝える」
イーサンは馬に乗ると、静かに去った。
背中は丸まって小さく見える。
皆無言で帰路につく。
雨の中、騎兵たちは三々五々散っていった。
ゲーマンはこれ以上追撃する気配はなかった。
しかし、ピースケを飛ばし、警戒は怠らない。
ミリアは荷馬車に乗せて看護をつける。横になった瞬間ミリアは気を失った。
その様子を見ながら、ゆっくりと馬を駆る。俺は心底疲れ切っていた。
首都に入る前にふと足を止める。
門の前に一人の女が待っていた。ディアだ。
「彼女徒歩でしたよね、馬車に乗ったとしても先回りなんて……」
ケヴィンが不思議そうにつぶやく。
俺は馬に乗って、彼女の前まで行く。
「王子、ゲーマン公は大地を差し出し、あなたは受け取りました」
「……」
泥を喰ったこといっているのか。
「神から与えられたものは断ってはいけません。それが何であっても」
「……わかった……じゃあ、僕がここにいることもか?」
転生してきたのも神の意向だというのか。
「ええ、偶然ではないのです。そこには見えぬ意思があるのです」
「記憶がないこともか?」
「ええ、そうです。呪いであり、恩恵なのです」
俺は何も答えられなかった。
自分が駒だとして、駒に何ができるだろう。ただ、突き進むだけだ。
見捨てて去ろうと思ったが、彼女が少し雨に震えていることに気が付く。
「ディアさん、風邪ひくよ。一緒に帰ろう」
彼女はうなずくと、俺の後ろに乗る。
夏の前、雨季が始まっている。
もし、区切るなら、第一部完といったところでしょうか。
2021/1/24 文章リニューアルしました。
2023/4/26 微修正




