19 栄光と絶滅
翌日。
朝日の中、女王軍とリディア軍が整然と縦列で並ぶ。
女王が四百、リディア軍は千五百。
別動隊はすでに動き出しており、今、山岳を移動しているはずである。
一応、ピースケを上空監視に出しているので、何か有ればすぐにわかるだろう。
「王子、別動隊はコレットの魔術とアモン以下冒険者の武勇で、敵の応急陣地を突破しました」
別動隊の動きは敵に読まれており、即席の陣地を作って対処されたのだが、アモンと冒険者があっさり突破したのだ。
コレットはほとんど俺に挨拶もなく、ロムと合流している。以前より更に魔術の研鑽に努め、強力な術も使えるようになったという。
彼女には弟子を取ってもらって、国民の魔術教育もやってほしいところだ。
「正面の敵の様子はどうだ」
「兵は動きがありませんが、伝令などが動き回っております」
望遠鏡で監視している兵の報告。
敵は柵に張り付いていない、柵の後ろに更にバリケード的なものを作って、矢を警戒している。
別動隊が突破してから一時間。
敵に動きはなかった。
「王子、なぜ敵は動かないの? 背後から襲ったのではないのですか」
珍しく、女王がイライラしている。
そろそろ種明かしをするか。
「女王、別動隊は背後には襲い掛かりません」
「どういうことなの」
「別動隊はこのまま、がら空きの敵の本拠を叩きに行きます」
「まさか……罠だらけではないの?」
「真天神教団の支配域、耕作地面積から換算して、敵兵の動員数を計測した結果、先日壊滅した伏兵とサマルの侵略軍で概ね兵は出尽くしております」
「そんなことをいつ、調べたの」
「耕作地の面積は地形から判断しました。換算はジョラー殿が行って、多めに見ても出払っているだろうという推測です」
尚、敵の領土地形に関しては、元から情報がある。
歴代の王も密偵は放っていたのだ。
「危険すぎるわ。間違っていたら……」
「戦争という時点でギャンブルなのですよ、母上。分がいい方に賭けるしかありません」
「……」
無言になるミランダ女王。
「敵が引き始めたぞ!」
監視兵の叫び声。
「今です、行きましょう。全軍移動開始です。捕虜を助けるのです!」
俺は女王に進言する
「わかったわ。全軍、捕虜を解放しろ! 衛兵は敵の反撃に備えよ」
女王軍とリディア軍は一斉に動き始める。
昨日の射撃大会のおかげで敵は柵を放棄気味だった。
普段なら撤退時に捕虜の首を掻き切ってから引くのだが、下手なことをしたら射殺される恐怖のためか、敵は何もせずに去った。
女王とリディアの軍は簡単に柵まで到着する。
リディアは捕虜解放に全く興味がないのか、適当に道を開けると、騎兵を突撃させて敵に猛進する。
「捕虜に水を飲ませろ!」
俺は兵に命令する。
女子供老人、弱者を人質にするとは本当に許し難い。
息も絶え絶えな子供なども多く、俺は珍しく怒りが湧いてきた。
いつもどこか他人事なのに。
「敵を捕らえる必要はない。ホーリー軍は抹殺せよ!」
サマルの惨状は筆舌しがたいが、とりあえず、今は構っていられなかった。
住民も全滅したわけではないので、彼らの自助努力に任せ、敵を追う。
サマルの背後はごつごつした山岳ルートである。広がって戦うこともできず、少数の小競り合いでケリをつけるしかない。
道にはそこかしこにホーリー軍の死骸が転がっている。
別動隊の強さは折り紙付きだ。敵が作った即席の砦などは文字通り粉砕されている。
山道を一時間程、重い武装を持って移動する。
兵も俺も息が上がったが、一歩遅れたら、別動隊に犠牲が出るかもしれない。
「別動隊の勇者を助けるのだ! 皆頑張れ」
俺は必至に声を張り上げる。
俺が辿り着いたときにはすでに戦端は開かれていた。
別動隊は敵の本拠の城門前で、背後に迫った敵と戦う。
組織的に戦うホーリー軍と優秀な指揮官を主軸に戦う別動隊。
千五百対三百二十。
一見不利のようだが、狭い山道では展開できる兵に限りがあるため、一騎当千の冒険者が立てば、敵は攻めあぐねるようだった。
得意の光魔術も、コレットのカウンター魔術で効果がないらしい。それどころか、ファイアーボールを密集場所に叩きつけられて、敵は大損害を受けている。
最後尾を捕らえようとしたとき、敵の城門が開く。
ガルディアの主力が来る前に別動隊に止めを刺そうということなのだろう。
しかし、それが彼らの誤算であり、滅亡の最大のきっかけとなる。
今まで指揮に徹していたアモンが開いた城門に突撃を開始したのだ。
巨剣ナルドリスが一閃するたびに、敵は塵のように飛ばされていく。
アモンは城門の前に血と肉の池を作ると、まるで無人であるかのように城門を突破する。
「敵の城門は落ちました! 全軍突撃!」
女王の声が木霊する。
敵は完全に浮足立った。
狂信者なのに、背中を見せて逃げるようなものまで出る。
そして、恐ろしいことに、敵の指揮官たちは山道の戦いの中、次々と崖から飛び降り自殺している。
厳密には自殺ではなく、カナンの精神錯乱攻撃を喰らったのだ。
狭い山道で狂信者たちはうろたえ始める。
やがて、武器を捨てて投降する奴まで出る始末だ。やはり、彼らの心はあまり強くなかった。
俺はその頃には理性を取り戻し、この狭い空間では逃げ場がないので降伏させた方が安全だと思った。
が、その考えをリディアの兵は全く持っていなかった。
彼らは武器を捨てた兵も迷わず抹殺し、結局、敵は投降をあきらめ戦い始める。
山道の戦いは無駄に時間がかかることになる。
女王側の軍はリディアの兵が最も精兵なので、彼女の兵が先頭に立って敵を追い立てるが、降伏を認めない。
「リディアに敵の降伏を認めるように指示してもらえませんか」
俺は女王に進言する。
「……王子、リディアの兵は狂信者共への憎悪で煮えたぎっています、家族を柵に縛られた者もいるのです。リディアは彼らを止められないわ」
わかっていてやっているなら仕方がない。俺は無言で見守ることにした。
女王の元を離れるときリディアと目が合ったが、彼女も厳しい目で戦いを眺めるだけだった。
その間、別動隊はアモンと冒険者が城に突入している。
千五百を押しとどめているのは陽光騎士団。そして、コレット。
コレットはファイアーボールだけではなく。ライトニングストームという新たな魔術まで駆使している。一番敵を抹殺しているのは彼女かもしれない。狂信者は彼女を恐れて突破をあきらめ、下から上がってくるリディアの虐殺軍に向かって行き、殺される。
「そうだ、ロムとコレットが奴らの降伏を受け入れさせたら早く終わる」
俺はそう思ってピースケに伝令をさせる。
しかし、
「王子、コレットが断りました」
ピーピーいいながらピースケは報告する。
「え? どういうこと?」
「真天神教団の戦士は、彼女の村を虐殺した犯人の一部だそうです」
「しかし、皆殺しにすることは……ロムはどういってる」
「狂信者を生かしておいてもいいことはない、と仰ってました」
あの二人ががそう決めたら、止めようがないな。
俺は思わず、長いため息をつく。
結局、城門にたどり着いたのは二時間後だった。
敵はこちらが絶対殺すという意志を持っていることに諦めたのか、最後の方は一方的に殺されるだけだった。泣きわめいて死を拒む敵兵もいたが、リディアの兵は無言で首を刎ねる。コレットもこれが本性なのか、武器を捨てて命乞いする奴にも無言で火炎を叩きこむ……見たこともないような冷酷な視線だった。
憎悪とは恐ろしいものだ、人間を変える。
そして、狂信者共は長年の暴力と残虐行為の報いを清算する時が来た。奴らにとって最悪の形で。
「見ろ、敵の城が燃えている」
誰かの声が聞こえる。
敵の本丸が炎上しているのだ。
城門に入ると眼下にいくつも集落がある。そこかしこに火の手が上がっている。
挟み撃ちに敵を押しとどめていた冒険者と陽光騎士団の部隊と合流すると、城門に突入する。既に冒険者部隊が蹂躙した後だが、敵の残党は多く、乱戦が始まる。
敵の本丸が突然光り輝く、人々が何事かと目を向けると、同時に、地域一帯からすさまじい悲鳴が上がる。
一斉に、甲高い悲鳴。
女子供の悲鳴だろうか……。
これは後で判明したことだが、敵の教祖ホーリー十二世が信者の女子供全員に自殺を命じたのだ。
敵には渡さないということなのだろう。
魔術で精神支配し洗脳されていたらしく、彼らは特定の光を合図に一斉にナイフを胸や喉に突立てたのだ。
本丸に向かうと、焼け落ちる城からアモンが出てくる。
漆黒の鎧は全身に浴びた血で赤黒くなっている。
彼の片手には冠を被った男の生首。
「王子、この男が敵の教祖だ」
アモンはそれを差し出す。
慌てて、ケヴィンがそれを受け取ると、俺に見せる。
どこにでもいるような中年男の顔だった。年齢は五十くらいか。
冠には白く輝く珠がはめ込まれている。
「先ほどの悲鳴は何かわかるか」
「……すまない、王子よ。こいつの暴挙を……止められなかった」
珍しくアモンがいい淀む。
ここで、敵の女子供が一斉に自殺したことを知る。
「アモン殿、あなたの責任ではないよ……憎むべきは狂信者の教祖だ。こいつが全ての元凶だ!」
俺は憎悪の余り、敵の首級を踏みつける。
冠を踏みつけると、黄金製なのでぐにゃっと曲がり、額中央の珠が転がり落ちた。
俺は何も考えずに、それを拾う。右手で。
珠は俺の右手、小手の中ですさまじく光り輝いていたが、やがて、その姿を消し、手の甲に宿る。手の甲の珠は白い光を帯び、その瞳が俺を見る。
「……」
アモンは何かいいたげだったが、俺を見つめるだけだった。
ズン!
俺の魂に重い何かが宿る。俺はふらふらとしゃがみ込み、光の焼き尽くす力に狼狽するだけだった。
俺が呆然としていたのは十分くらいだろうか。その間、アモンとケヴィンが俺を心配そうに見ていたが、邪魔をするようなことはなかった。
「はあ、はあ、すまない、凄まじい力が俺に宿ったようだ……アモン、『ナルドリス』に光を与えるよ」
うなずくアモン、俺はいつもの魔術付与儀式をその場で行う。
「王子、あなたは魔術師なのですね」
ケヴィンの問いに答える余裕もなく、敵の城、死骸が散乱する地獄の中で大剣に魔力を与える。
大剣に光が宿り、焼け付くような破壊を剣は得る。
「王子、この剣は……既に人智を超える破壊力を得た様だ。私がこのようなものをふうるべきなのか……」
俺は何か熱に浮かされたように、魔力に満ちた小手からすべてを注ぎ込んだ。俺は意識がもうろうとする。
「かまわない、狂信者共に天罰を与えてください」
アモンはうなずくと、残党が抵抗を続けるホーリー領内の居住区に赴くのだった。
俺が正気を取り戻すのは一時間ほどかかった。
ふと、見ると、ロムが心配そうにのぞき込んでいる。
「ロム、僕はどうしたんだろう」
「酒に酔ったみたいに倒れていた」
端から見たらそうなのかもしれない。
光の珠を得た結果なのだが。
「もう大丈夫だ。状況を教えてくれ」
「ホーリー軍の主力は壊滅した。後は一般人の居住区だが、掃討は着実に進展している。生きているのは去勢された男の兵士と、六歳以下の幼児。兵士以外の一般人七歳以上は全て自殺した」
おぞましい話だ。しかし、ロムがいうなら真実なのだろう。
「その、幼児や赤ん坊はどうなってる」
「女王が保護するように指示したが……リディアの兵は暴走している」
リディアの兵は南方の住民で、ホーリー領への憎悪に煮えたぎっている。
「すぐに動ける兵をまとめて、子供たちを保護しよう。せめて、助かる命くらいは助けよう」
「王子、感謝する」
この発言が初めてロムの感情を聴けた瞬間だったかもしれない。
兵は既にまとめられていた。
ロムは俺の指示を待っていたのだ。
兵を走らせる。陽光騎士団、屯田兵。
居住区を見ると、リディアの兵が木造二階建ての屋敷を包囲するように集結している。
屋敷の周りには、薪が積まれ、今にも火がつけられようとしている。
建物の中から、子供たちの泣く声が聞こえる。
「やめろ! クリサレス・ガルディアの名において、このような残虐行為は今すぐ中止せよ!」
俺は松明を持つ兵士を止めようとする。しかし、
「王子、騙されてはいけません。奴らは狂信者の子供でまともな人間ではないのです」
リディアの将軍なのだろう。
五十代くらいの男が俺を止めようとする。
「子供に罪はない! 今すぐ中止だ!」
俺は吼える。
腹の中の光が俺を駆り立てる。
「我々はリディア様の兵士。王子の命令は聞けません。邪魔をするなら排除しますがよろしいか」
すっと剣を抜く将軍。俺の兵も剣を抜く。
兵士たちは味方同士で殺意を向け睨みあうことになる。
俺も剣を抜きかけたが、やめた。
俺は剣と短剣を捨てると、すたすたと彼らの間に入っていく。
「王子!」
ケヴィンが止めようとするが、俺は手を振りらう。
丸腰であることを見せながら行けば、さすがに斬られることはなかった。唖然とする彼らの間を通り、俺は今にも火をつけられそうな家に進むと、薪の上に座る。
「王子、何のつもりだ」
ドスの効いた声でリディアの将軍が詰問する。
「火をつけたければつけろ! 何があっても幼児を殺したいような奴らの王になりたくない!」
リディアの将軍は冷たい目で俺を見ていた。
多少苛ついているようだ、目に迷いがある。
暫くにらみ合っていたが、将軍は。
「かまわない、火をつけろ」
部下に命じる。
(え、ここにイケメン王子がいるのに、火をつけちゃうの? やばい、逃げようかな)
その時、俺の周りが暗くなり、何か、巨大な羽の音が聞こえる。
兵たちが動揺し、空を指さす。
「ドラゴンだ!」
俺はぎょっとして空を見上げる。
確かに、巨大な魔物が空にいた。伝説の魔竜というほどでもないサイズだったが、その家をすっぽり覆うほどの大きさではあった。
ドラゴンは羽ばたきながら家の上にとどまると、無言で俺たちを見つめる。赤く、メタリックな鱗を持っている。
「火を、火を放て!」
松明を持った兵が家に火をつけようとする。
子供を殺すためなのか、竜を焼き殺したかったのか、その時の彼らの動機はわからない。
しかし、
竜の巨大な瞳がギロっと松明を睨むと、火は消えてしまう。
「見ろ! 神威は下された! あの竜は神の使者なのだ! 証拠に火が消えたぞ。もう、戦は終わったのだ!」
俺は本当に適当に叫ぶ。
この場を収められるなら、嘘でも何でも構わない。
「な、何をいうか! 王子、これは悪竜ですぞ……」
将軍の声は消え入るようになった。
確信が無くなったのか。
「グスタフ、もうやめなさい。戦いは終わったのです」
突然、女性の穏やかな声が響く。
憎悪に燃えていたリディアの兵たちの目が戸惑いに変わる。
一人の少女が前に出てくる。
カナンだ。
にこやかに前に出てくると、グスタフと呼ばれるリディアの将軍の手を取る。
「つらかったでしょう、でも、もう敵の大人は皆死亡したわ。もう終わったのですよ。真天神教団は今日で滅んだのです。あなたの子供や奥さんのことを思って静かに暮らすべき時が来たの」
グスタフは戸惑っていたが「子供や奥さん」という言葉を聞くとぽろぽろと涙をこぼしはじめ、やがて、子供のように嗚咽する。
「や、奴らは私の子供を、妻を、柵に張り付けにして……う……飢え死にさせたのです、奴らだけは許せない……可愛い私の子を」
カナンはグスタフの頭を胸に抱くと、優しく撫でる。
「辛かったでしょう、でも、もう終わったのよ。ここにいる子供たちを殺せば、あなたは狂信者と同じになってしまう。この子供たちはまだ洗脳されてないわ」
「わ、私の子供たちは……本当に天使みたいに可愛い、それを、あんな酷い……」
慟哭する将軍。
「ええ、そうね。本当に可愛いわ。でも、もう終わったの」
リディアの兵士たちにも感染したのか、涙を流し始める。
唖然と見つめる、俺と俺の部下たち。
カナンが俺を見てうなずく。
「将軍、さあ、もう帰りましょう。もう、残酷なことは全て終わったのですよ。この子供たちはどこか遠くに連れて行きます。将軍が気になさることはないのです」
俺は優しく彼に言葉をかける。
「……はい、わかりました」
しばらく泣いていた将軍は、涙をぬぐうと自軍に帰還命令を出す。
静かに去っていく兵士たち。
俺とその仲間たちは安どのため息をつく。
ふと、振り向くと、ドラゴンは消えてアランが無言で立っていた。
穏やかな青年は微笑をたたえている。
彼はカナンにうなずいた。
「カナンさん、今のはあなたの力ですよね。心を操ったというか」
「ええ。否定はしないわ。あの将軍は怒り狂っていたのよ。でも、同時に辛くて悲しくて仕方がなかった。後者の家族を思う気持ちを強くしてあげたの。復讐なんてもうどうでもいいって気持ちに」
「あなたは凄い魔法使いだ。ダナさんとは違う意味で。それに正しい使い方ですよ」
戦闘中に敵を自殺させまくってたことを思えば格段にまともな使い方だ。
「あら、あの凄い人と同列にしていただけるなんて光栄ですわ。でも、私なんて心術が使えるだけだから」
ふっと笑顔になる。
先ほどの笑顔はグスタフのために無理やり作った笑顔だったが、今の笑顔は一瞬だが本物だろう。とても、美しい笑顔だった。
アランがやってきて、カナンの肩を抱く。
俺は早速、中に閉じ込められた子供たちを出す。
赤ん坊から幼児ばかり、生存者に大人はいない。
世話係の女は皆自殺し、男は別の場所で皆殺しにされたのだろう。
陽光騎士団を思わず見るが、彼らの顔に当惑が浮かぶ。倒すべき敵が相手なら野獣のような連中だが、しくしく泣いている子供の世話なんてできないのだ。
「大体、百人くらいですかな。王子」
ジョラーがやってくる。思わずほっとする。
年の功で彼ならなんとかしてくれるかもしれない。
「ジョラー殿、可愛い子供相手に、僕はなすすべもないですよ。何か知恵をお願いします」
「屯田兵の中から子の世話をしたことがある兵と、女兵士、女王陛下の侍女、そういった人たちを集めてお願いするしかありませんな。それと、速やかに子供たちをここから去らせるべきです。あの将軍やその仲間が、やはり許せないといって殺しに来る可能性は否定できません」
「……そんなに恨みは強い物なのか、相手は子供だぞ」
「甘い考えは禁物ですよ、王子。リディアの兵は長年彼らとの血みどろの抗争で恨みの塊になってます。急ぐべきです。そして、兵もつけるべきですな」
「この地はもう平定されていると思う。しかし、誰が統治するのかとか色々と問題が残っている。女王とリディアと会談するよ。その間、僕の兵は子供たちを守っていてほしい。アモン、指揮をお願いできないか」
この騒ぎを聞きつけて、いつの間にかアモンがいる。
「王子、承った」
子供たちはアモンを見ると泣き止んで、びっくりして目を見開いている。
怖がる子供がいないのが不思議だった。
俺はケヴィンとジョラーを連れて女王の天幕を目指す。
リディアの親衛兵がいるので、彼女もいるらしい、都合が良かった。
「王子」
天幕を前にして、廃屋の陰から声をかけられる。
女の声だ。
俺は振り向くと、一人の女がいる。
目隠しをした背の高い女。確か……
「ディア、『見る者』ディアです」
「ああ、あの時の……(どこだったか?)体は治りましたか」
確か、ゴブリンを退治した時助けたはず。その後、首都で静養していたような。
「……今からこの地は女王の直轄領にすべきです」
「預言者の割には、結構、あからさまな提言だね。もっとどちらとでも取れるような漠然なことをいうのじゃないの」
「……」
ディアは皮肉に無言。
「ジョラー殿、どのように思う?」
「かなりの難問ですな。リディアは長年ホーリーと抗争し恨み骨髄。この地を支配する権利は主張するでしょう。女王のお考えはわかりませんが、リディアが拡大することは望まれないと思います。援軍の活躍で勝ったことは明白ですから、その点では主張できるでしょう」
「うーん、弱いなぁ」
「あと、リディアの弱点としては、もう既に拡大しすぎてこの地を守る兵は無いということです。ガンド子爵、野盗、魔物、敵対領主……こういったものに対処することを真面目に考えれば、この地まで兵を割く余裕はありません」
敵対領主……あまり話題に出ないが、中小の封建領主たちも思惑は様々で、南部の地方領主だからといって、素直にリディアを主と認めているわけではない。女王に熱く忠誠を誓うようなのもいるのだ。或いは、誰も主と認めないような独立主義の領主など。
「女王の命令をリディアが素直に聞いてくれたらいいのに。他の国は上手くいってるのか、ガルディアだけなんじゃないの? こんなの」
「他の国も似たり寄ったりですよ、王子。王に逆らう大貴族、大貴族に逆らう中小貴族。中小貴族に逆らう士族や農民。どこでも見られる光景です。綺麗に一枚岩の国なんて、存在しないのです」
「レイド王国も、抑えても抑えても反乱ばかりだからねぇ、ジョラー殿の仰るとおりかな」
「とにかく、ホーリー領は殺し尽されて、ほぼ無人になりました。リディアには旨味がない土地です。開拓のノウハウも首都の方が上でしょう、人口も爆発的に増えています。人を送り込む余地があるのです。リディアにはその余裕はありません」
「その線で行くか……でも、やっぱり、領土問題だから都合よくいかないだろうね。ディアさんには申し訳ないけど、ご期待には沿えないかもしれないよ」
「王子が戦う気持ちを捨てなければ、自ずと見える地平が広がるでしょう」
ディアの精神論。
まあ、気休めぐらいにはなるか。
改めて、俺たちは天幕に向かう。
尚、ディアは連れて行くことにした。一人でこんなところまで来て、命が惜しくないのだろうか。とりあえず保護する必要がある。
女王の天幕に入ろうとすると、何か女同士で激しく口論する声が聞こえる。
「リディア! いい加減にしなさい! 私の命令が聞けなかったのだから、この地は渡せません」
「女王! 私の兵が納得しませんわ、そんな話。ホーリーの奴らのために、どれだけの血が流れたか。女王はわかっていない」
「落ち着いてくださいお二人、この地のをどうするか、冷静に話し合いましょう、ジョラー殿の話をお聞きください」
俺の言葉が耳に入ったのか、よくわからないが睨みあう女二人。
「うおっほん。とにかくですな。まず、この土地は南の脅威、ジャングルに散在する南方諸国と異種族魔物、そういったものの防波堤になります。ホーリーは憎き敵でしたが、同時に、そういったものをせき止める存在でもあったのです。今彼らは駆逐され、ここは無防備になっています。王国の守りとして、当然ここは廃墟にはできません。リディア殿はここを領有されたら責任をもって守って頂けるのですか」
ジョラーはリディアを見た。
南方諸国とは所在もはっきりしない野蛮な人間の国家群である。
「当然よ、何なのあなた」
ムッとするリディア。
「ジョラー殿は僕の代弁者でもあります。すみませんがお聞きください」
俺はフォローを入れる。
「私の所見ですが、ここを守るのに五百から八百の兵が必要になります。当然、領土化して耕作させつつ維持しないと、出兵という形になりますから維持費が莫大になります」
「……」
リディアの顔色が変わる。あまり考えていなかったのだろう。
「その点、女王直轄地にされたら、入植はスムーズに行えます。開拓農民は常に首都に集まり続けておりますから。その者たちと首都で浪人している士族を雇い、この地を速やかに領土に還ることができるでしょう」
「私が問題にしているのは、金や効率のことじゃないわ」
リディア、まあそうなるわな。
「ならば、分割統治はいかがかな。ホーリー領は大きな峡谷だが、北と南に城があり、そこに領主を立てて、片方を直轄地の代官を置き、片方をリディア殿の信任地にすれば」
尚、南の城は無人だった。
最終決戦で本当に全軍出払っていたのだ。
「なぜそこまで直轄に拘るの? 距離もあるし、豊かでもないわ、この土地は」
リディア、ある意味当然な反撃をくれる。
「女王陛下も出兵された戦いなのです。大いに手柄も立てました。手ぶらで返すということはないでしょうリディア殿」
「しかし、私の部下が納得しないわ……」
分割案を聞いたときにリディアも心が動いたようだが、踏み切れないようだ。
そこに、一人の人物が訪れる。
女王とリディアが揉めているのは天幕の外からも丸聞こえなのだ。仲裁に来たのだろうか。
その人物はリディアの将軍グスタフだった。
「重大な会議の中、申し訳ありません。南部住民の代表として、申し上げたく参上いたしました」
「……いいでしょう。申しなさい」
「我ら、南部住民はホーリー領の狂信者と長年血で血を洗う戦いを繰り広げていました。しかし、ようやく奴らを根絶やしに倒すことができたのです。我らはこれ以上は望みません。住民もほとんど死に絶えたのです」
「……」
皆無言で彼の言葉を聞く。
後で知ったが、彼は土豪のリーダー格であり、彼の言葉は民草に近い。
「この地に入植するものはいないでしょう。高地にあり、石高も低く、更なる南には魑魅魍魎が住んでいます。我々に託されたらなら結論は領土の破却です。リディア様。我らはもっと豊かで無人の土地を持っております。ここは女王陛下にお任せしてはいかがでしょうか」
グスタフは真剣な目をリディアに向ける。
「……あなたたちがそう望んでいるなら、私は従うわ。私の望みは南部域住民の幸福」
彼女の真剣な顔で答える。
これがリディアの本心なのだろう。彼女の動機を考えると、王になることではなく、南部の発展であり、覇権ではなかった。
そこはあからさまにゲーマンとは違う。
「リディア、国の金庫は空に近いわ。だからあげられる褒美もないの。しかし、首都からこのホーリー領まで、街道は整備します。流通も盛んになるでしょう」
「供給する魚肉などの食料品も価格を下げますよ」
俺は可能限りの申し出をする。
「はあ、けち臭いわね」
苦笑いと共にリディアが酷評する、が、いつもの皮肉な笑顔に戻る。怒りは沈めたのだろう。
「ありがとうございます、女王陛下、王子」
グスタフはすかさず礼をいう。
こいつはできた男だ。
「戦いの戦利品は女王とリディアで正確に半分に分けますね」
ここで揉めないように金の話はつけておこう。
「それでいいわ、細かいことはこのグスタフと話しておいて」
そういうと、リディアは去ってしまう。
「王子、後のことは任せるわ。私はすぐに首都に戻ります」
女王も疲れたのか弱い声で退席を伝える。
俺とグスタフは残り、事務的な話し合いをする。
一段落した時、
「王子、私は感謝しているのです」
「……」
「王子が強引でもあの子供たちを助けたことです」
俺はうなずく。
「あそこで子供を殺していたら、レイド王と同じような人間になっていたでしょう。血を見て、次の血を見たくなる。心の平穏は二度とこない……兵を皆殺しにし、女どもの死骸の山を見ても私の心は納得しなかった。でも、あそこで王子に私の選択を否定された時から、何かの納得を得たのです」
「……」
カナンの心術の影響かもと思ったが、口には出さない。
「王子、ありがとう、私は人として踏みとどまれたのです。私はこの戦を最後に引退して、農民に戻るつもりです」
「リディアは優秀な人を失う。思い止まれませんか」
彼のような良識的人物は彼女のそばにいてほしい。
「私はもう戦や殺人を見たくないのです。兵としてはもうポンコツですよ」
ニヤッと笑う。良い笑顔だった。
俺とグスタフは話し合いの結果、旧ホーリー領を直轄地兼リディア委託領土としてとりあえず、運営する事にする。
正式な代官や領主が決定次第、入植者の募集と領土化の促進、同時に委託を速やかに撤廃する。それまでの防衛費はリディアと女王で折半することも決まった。
「本当に南方の民はここが女王の土地になって満足なのか?」
俺は別れ際に彼にもう一度考えをぶつけてみた。
「民の戦いを忌む感情は最高潮に達してます。リディア様は人気ですが、民は疲れているのです。この地が南方の蛮族を止める砦になってくれて、自分たちが守らなくていいなら、民としては願ったりかなったりでしょう」
農民や商人が領土の拡大を望む存在ではないという。
まあ、それはそうだ。農園を守っている人間からしたら、フロンティアが増える意味などない。何も持たない人間は希望を持てるが、既に持っている者には遠い他所の話なのだ。
約二週間ほど滞在し、女王の直属騎士率いる防衛部隊との交代を待って、この地から引く。
最後まで残ったアモンとロムと俺は、陽光騎士団を率いて帰還する。
冒険者たちは戦闘終了直後に帰還しており、アランとカナンの兄妹はレイド王国を見聞するといって、ガルディアから去ったと聞く。
尚、例の子供たちは帰還する冒険者たちに任務と報酬を与えて、俺の北平原城まで送り届けて貰った。
とりあえず、子供たちはそこで住んでもらおう。
復興始まったサマルを越えて、丘陵地帯を北上する。
久しぶりに、ロムと馬を並べて進む。
「ロム、コレットはいないけどどうしたんだ」
そういえば、戦場で見かけたのが最後だった。
「彼女はホーリー十二世の生首に何か用件があるといって、一足先に帰った」
「生首って……大丈夫なのか、彼女。ちょっと今回は度が過ぎていたような……」
「何か喋らせることができるようだ」
「生首に?」
「ああ」
「なんかヤバ目の術みたいだな」
「あの男は彼女の仇だ、それで気が済むなら、俺は何もいわない」
まあ、普段から喋らないが、この男は。
その日の夕方、野営準備をしているとエリンが珍しく馬に乗って現れる。
「王子、話があるの!」
声を荒げている。
これも珍しい。
しとしと雨が降ってくる、俺は彼女を天幕に迎え入れた。
「慌てて、珍しいね。どうしたんだい」
今、エリンは国内向けのスパイ活動を統括してもらっている。
「ミリアが、彼の居場所が分かったわ」
俺はその言葉に緊張する。
「今どこにいるんだ」
「ゲーマンのところに」
暗い目をして答えるエリン。
「彼は……生きている……よね? 僕の配下なのは間違いないし」
彼はゲーマンが所有権を持つ農奴だったのだ。しかし、今は俺の配下として地位もある。滅多なことはできないはずだ。
「酷い拷問を受けているわ」
俺は思わず、ふらふらと雨の外に出る。
俺の甘さを誰かにぶん殴ってほしい。
「ケヴィン!」
怒鳴る俺。
「は、はい! 王子」
俺の剣幕に驚いて慌てて飛び出してくる。
「速い馬を持ってきてくれ」
「しかし、王子……」
俺の技量が心配なのだろう。
「王子、ダメよ、落ち着いて!」
エリンが心配そうに俺に声をかける。
「俺は絶対ミリアを連れて帰る!」
ひったくるようにケヴィンから手綱を奪うと、俺は少数の人間と共にゲーマンの領土に向かった。
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2021/1/24 文章リニューアルしました。
2023/4/26 微修正




