18 正義と正義
翌朝。
全身ボロボロだった。
殴られた跡が顔面にいくつか。背中はひっかき傷。膝で何度か腹を蹴られ、太腿を殴られ……。
(プロレス? そうだ、これがプロレスごっこだ)
頭の中でゴングが鳴り響き俺は着替えて外に出る。
見張りの兵が二人、ニヤリと笑っている。
「あー、おっほん。昨夜のことは黙っておくように。頼んだぞ」
一握りづつ銀貨を与える。
嬉しそうに受け取る兵士たち。
「いいか、くれぐれも黙っておけよ」
「ええ、もちろんです」
年長の兵士が答える。
にやつきながら。
俺が去ると、後ろで微かに笑い声がした。好きにしてくれ。
「無理っぽいねぇ、人の口に戸は立てられぬか」
モフオのつっこみ。
朝食を取り、アンドラ卿と面会。
「王子、もうすぐ、返答の使者が来ます。同時に兵が向かっているはずです」
自信なさげに少年は答える。
俺はうなずくだけで何もいわなかった。
冒険者たちとジョラー、主だった屯田兵の隊長が集まったところで、騎士が三人やってくる。
クレメンテと友人二人。
ローランドの甥。今はゲーマンに仕えている。
「これは王子、ご機嫌うるわしゅう」
クレメンテが全く感情のこもらない挨拶をくれる。
「クレメンテ殿か、アンドラ卿の兵は連れてきていないのか」
こいつに挨拶する気も起きないが、会釈しながらいう。
「アンドラ卿ケヴィン殿。というか、今は単なるケヴィン殿ですな。御父上のお手紙を持ってまいりました」
クレメンテが笑いながら手紙を渡す。
ケヴィンは読んでいたが、そのうちに顔面蒼白になった。
「こ、これはどういうことなんですか。私は嫡男ではなくなったのですか!」
「手紙の通りです。御父上はあなたの敗北に非常に落胆されております。アンドラ卿代理の任を解き、廃嫡されるそうです。家督はあなたの弟に譲られます。そして、あなたは家から追放されます」
俺は何かいいかけたが、ジョラーが首を振る。
「クレメンテ殿、父にまだ私は負けていないと申してもらえませんか」
「申し訳ないが、私は連絡とあなたの武具の回収、残兵の撤退、この任務を承っております。余計なことは、あなたの家のことなので私には何もできません」
「しかし……」
ケヴィンは泣きそうな顔になっている。
「鎧を素直に脱いでいただけませんかな。御父上の財産ですから。私もやりたくてやっているわけではない」
ケヴィンは無言で鎧を脱ぎ始める。
下着姿で武器も持たないケヴィンは呆けたように立っていた。
「実父がやることと思えない。本当にこんな残酷なことをアンドラ卿は申されたのですか」
俺は思わず、クレメンテに食い下がる。
「王子、手紙が全てですよ。私には関係がない」
肩をすくめるクレメンテ。
「やめてください、王子。僕は捨てられたのです。父は新しい妻を娶ってから、僕を目の仇にしていました。追放の機会を狙っていたのです。今わかりました……」
クレメンテと仲間は鎧を取り上げケヴィンの兵をまとめると、さっさと引き上げてしまう。
「ケヴィン殿はこれからどうされますか」
俺は呆然とする少年に声をかける。
「僕に何ができるのでしょうか……」
「あなたは騎士の子、追放されたとしても、士族身分ではあります。よかったら、このまま従軍しませんか。武具は差し上げます」
俺は余りに彼が可哀想で彼を助けたいと感じた。
「しかし、何も持たない僕が……」
「遠慮は無用です。鎧と武器の予備は多少ありますから」
ストックの中から、まともな武具を持ち出してくる。
ラメラ―アーマーなので、彼の元の鎧とほとんど変わらない。武器は上古人が作った武骨な剣。闇の魔力を付与しておいたもの。これに斬られると敵は精力を吸われて、力を失う。
「これはかなり高価なもの……ありがとうございます王子。王子、僕は王子に忠誠を捧げます」
膝まづいて、剣を捧げるケヴィン。
俺は忠誠を受ける。
「わかりました。これからは僕の近侍武士として仕えてください。ケヴィン、立って」
俺は彼を立たせる。背はあまり高くなく力も弱い。戦士としてはこれから頑張るしかないだろう。顔は美しかったが、ミリアの方が美少年だった。
彼はミリアに勝ってる部分はないかもしれない。礼儀作法があるぐらいか。
そういえばミリアはどこに行ったのだ。
援軍が来ないことがはっきりしたので、軍は急ぎ出発することになる。
屯田兵が主体なので無理はできない。極力急ぐというだけで、推測では三日後に合流する予定だった。
ホーリー軍の残していった荷馬車などがあったので、多少は効率よく進めたが、結局、概ね予定通りの合流になる。
俺は女王の陣幕を訪ねる。
「王子、アンドラ卿。援軍はどうなったのかしら」
「母上、援軍はありません。アンドラ卿は廃嫡されました。ゆえに、彼は単なる士族身分のケヴィンであり、今は僕に剣を捧げる近侍の者です」
俺は事の顛末を手短に説明する。
「申し訳ございません、女王陛下。どのような罰もお受けいたします」
ケヴィンは深々と頭を下げる。
「あなたは十分に罰を受けましたわ。御父上のなさりようは少し度が過ぎます。しかし、家内統治に関して王が直接口は出せませんから……それに、王子のために働いてくれるなら、私はそれで十分です。今後も王子をよろしくね」
にっこりとほほ笑む女王。
「は、命に代えて承ります」
ケヴィンは答える。
そこまで頑張らなくてもいいと思う俺。
「何だ、やっぱり、北方諸侯の腰抜けどもは来なかったのかい」
傲慢オッパイで俺を威圧しながらリディアが女王の天幕に入ってくる。
ケヴィンは無言だが、「腰抜け」といわれて気分は良くないだろう。
「姉上、ケヴィンは徒手空拳で従軍してくれたんだ。少なくとも彼は腰抜けではないですよ」
あまり、良いフォローが浮かばなかった。
「ふーん、まだ、坊やじゃないか」
リディアは必要以上に近寄ると、体を密着させるレベルでケヴィンを圧迫する。
ケヴィンは目の前に巨大なおっぱいがあり、思わず赤面する。
「リディア! やめなさい」
女王が止めた。
にんまり笑って、リディアは離れる。
「と、ところで、サマルの現状はいかがですか」
俺は話題を変えて、少年を俺の後ろに置く。
リディアの玩具にされるわけにはいかない。
「土壁木柵の小都市ですけど、あの悪逆なホーリー軍は市民を柵に縛り付けて、後ろから弓を撃つという卑怯極まりない戦術を取ります。ローランド殿の進言で王子が駆け付けるまで動かずにいました」
女王が教えてくれる。
「多少の民間人の犠牲なんて気にしても仕方がないと思うがね。あたしは過去に無視して攻撃したことがあるけど、奴らはあの防御が好きらしくて、毎回やってる」
リディア。彼女らしい厳しい意見ではある。
「狂信者というのは本当に邪悪ですね」
俺の元の世界の奴らも酷かったと思う。
原理主義という人間だ。
「しかも、負けそうになったら、腹いせに柵の人間を殺して去っていくのよ」
リディアは肩をすくめる。
「……」
返事しようがない話だった。
「……本当に酷い話。とにかく、敵は都市にこもって動きませんわ。密偵の話では人々に改宗を迫って、断った者が柵に縛られるということです」
女王もため息をつく。奴らは残虐すぎて交渉の余地もほぼない。
「まあ、いつものことさ」
リディアは何度も彼らと戦っているので手の内は知っているのだろう。
「まだ我々も到着したばかりですので、再編を行う時間が必要です。その間に少し憂さ晴らしでもしませんか」
「憂さ晴らし、何をするんだ王子」
リディアが面白そうな顔をする。
「まさしく、憂さ晴らしですよ。卑怯者共に多少痛い目を見てもらおうかなと」
「ふーん、面白そうね、私も見学したいわ」
「私も行きます」
女王、なんか目が輝いている。
一時間後に最前線の櫓に集合することになった。
俺は陽光騎士団のロムの元を訪れ、
「ロム、至急、長弓強弩を得意とする奴を集めてくれ、十人だ」
用件だけ伝える。
「わかった」
二つ返事である、本当に得難い奴だ。
五分も待つと、長弓と強弩を持った兵が十人やってくる。男女五人づつで、武装はいつもながらまちまちである。
「コレットはいないのか」
「ああ、魔術の訓練が長引いている。しかし、そろそろ到着する筈だ」
俺は彼らを率いて、櫓に向かう。
同じ指示を冒険者たちにも出していたので、冒険者たちも居る。
アモン、アラン、ローランドとルキノこの四人が選抜されたようだ。他の冒険者は見学である。ちなみに、一般の兵卒たちも何事かと集まってきている。
エリンはいない。
彼女にはここに着いた時点で、隠密任務を依頼している。
櫓の近くにはひょろっと背の高いハゲ老人ジョラーが待っていて、俺にうなずく。
「ところで、何が始まるんだい」
リディアがにやにやしながら聞く。
「弓の大会かしら」
女王。彼女は警戒を怠らず、軽装鎧をつけたようだ。
「今から、腕自慢たちによる射撃大会を行う。人質を取って女子供老人の後ろに隠れる卑怯者を射殺する競技だ。人質を傷つけず、敵だけ殺す。上位成績にはこのマジックアイテムを進呈する」
幾つか並べる。
過去の戦いで手に入れて、あまり行き場のなかったアイテムだ。
使えなくても売れば相当な金になるので賞品として問題は無いだろう。売れば金貨五百枚以上はする。射手たちも気合が入ったようだ。
「一個売るだけで二年は遊べますね」
ルキノが珍しく発言する。
「装備を買うのだぞ、甥御よ」
ローランドが苦笑いで訂正する。
「ああ、いいなぁ。私も欲しい」
ケイが不必要な露出的装備で腕を組んでみている。
「ケイ、あんたは参加しないのか」
俺は思わず聞く。
「王子、あたしにも得意分野ってのがあるからね。ダーツと投げ槍は得意だけどね、弓はあまり好きじゃない」
「俺ほどの戦士でも、弓は使えないからな」
モフオ君。君に聞いてないから。
「あんた戦えるのかよ、モフ公」
「城のネズミは俺が一掃した」
眼光鋭くモフオが断言する。
「一応、褒めておくよ。ネズミなんて汚いし」
ケイはモフオを抱っこしてもふる。
選手たちは複数の櫓の上に立つ。
敵の射程はぎりぎり届かない位置だ。尚、櫓はゆっくり前進できる。五歩前に動かして競技開始である。
盾を持った兵士が櫓を引き、俺はその間、『太陽の盾』で敵を照射して攻撃をけん制する。
案の定、敵の矢が飛んでくるが、得意の光攻撃を逆に喰らって犠牲は無かった。
「よし、射撃開始!」
すさまじい剛弓が矢を発射する。望遠鏡で見ると、本当に女子供が柵に縛られており、その陰から卑怯者たちが弓を構えているのだ。
そして、彼らは次々と、頭、目、腕、肩、足そういった飛び出した場所を射抜かれ転げまわっている。
「五人やりましたよ! 王子!」
ルキノ、彼は口を開けば陽気な男だった。
俺は手を振って称賛する。
敵は腰が引けたのか、射程内から徐々に引いている。
「一斉目は終了だ。成績を調べる」
概ね四から五発命中といったところ。好成績はアランの七、陽光騎士団の二人が七、ルキノが六。他は人数が少ない。
アモンは十三人だった。
「アモン殿には不得意分野というものは無いのですか」
「卑怯者どもに鉄槌を下したいだけだ、王子」
アモンの成績にどよめきが湧き、拍手喝采が起きる。
柵の人質に怪我をさせた者は居なかったが、難易度が高いのは事実だ。
柵を見ると、敵は反撃をあきらめ、盾をかざして守りにだけ付くという形を取る。
がら空きにしておけば、こちらに突撃される可能性があるからだ。
見ていると、ガラガラと攻城兵器のようなものが引っ張り出され、柵の後ろに配備される。固定式の巨大弓だ。数人で操作する古代の砲台とでもいえばいいか。
「アモン、この弓が使えるか」
リディアがやってきて一張の弓を見せる。
金属製で巨大である、敵が配置した固定式とあまり遜色ないが、形状は人力で引くようになっている。
アモンは無言で受け取ると、軽々と引く。
「使えるようだ」
やはり、人間のレベルは超えている。
競技が再開される。
今度は敵は防御に徹し、射程外から固定式が反撃してくるという厳しい状況になった。
それでも、何もいわず、彼らは敵を討ちはじめる。
敵の固定式はアモンの射程に入ってしまうらしく、次々と射殺され、すぐに無力化される。その間、盾をかざした卑怯者たちがじわじわと他の者に射殺されていく。アモンは固定式に取りつく奴だけを狙っているらしく、今回はあまり成績は上がらないようだ。
二十分ほどの攻撃の後、競技は終了する。
敵は被害甚大だが、それでもあきらめず前線に張り付き続けた。その執着心だけは見上げたものである。所業には反吐が出るが。
「アモン二十八、アランが二十、陽光騎士団フランとナナが十八、ルキノ十二…上位はこの四人とする」
俺が発表すると、拍手喝さいが起きた。
「アモンから順番に好きなアイテムを取ってくれ」
アモンは無言で一番安い短剣を取る、あまり良い小型武器を持っていないのも事実だが、謙虚な奴ではある。
アランは辞退。謙虚どころか欲がないのだろうか。
騎士団の二人は魔法の防具を取る、兜と小手である。
ルキノは電撃ロングソード。鎧を超えられる強力な武器だ。
女王とリディアが称賛を送り、拍手喝さいが終わってからお開きになった。
「アラン殿、何もいらないのですか、せめて現金だけでも受け取って下さい」
俺は金貨の入った袋を渡そうとする。
「王子、私は先日かなり無礼なことをしました。この褒美でもって、あなたにお返ししたいのです」
「あれは、ケイも無礼でしたからね。あなたは責任を感じる必要はないですよ」
「しかし、自分を失ったのは事実。これは恥じるべきことです」
妹がやってきて、アランの腕をさする。
慰めているのだ。ちょっとうらやましい。
「そういえば、カナンさんはどのような技を得意とされているのですか。あまり話す機会もありませんでしたが」
「私は心術よ。一応魔術師で登録していますが、私の術は生まれつきの特殊能力がほとんどね」
にこりともせず答える少女。
「では、敵の心を操ったり、幻覚を見せたりということですか」
「ええ、やろうと思えばできますわ」
「それなら、あの卑怯者どもの心を操って、人質の縛めを解けますか」
「……そうね、一度に操れるのは十人くらいだから、一部を短時間だけ解放できるわね、理屈で行くなら」
さらりといってのけるが、これはかなり強力な術だろう。テレパシーという奴か。もしかしたら、俺が不埒な妄想とかしたら、彼女に筒抜けなのか。彼女はどんな下着かな、ウへへとか。
「王子、今、変なこと考えたでしょう」
「え、ええ、何となく。やはり、心も読めるのですか」
ヤバいなぁ考えてみたらあの秘密も彼女に筒抜けになる。
「王子の顔がなんだか厭らしい感じだったからよ。別に心は読んでいないわ。心は読めるけど、呪術として発動しないと無理よ」
「僕の心は読まないでください。底の浅い男だとばれてしまう」
にっこり微笑む。
「興味ありませんわ」
肩をすくめて、立ち去ってしまう。
「王子、脈なしですな」
モフオ君、余計なお世話だ!
その夜、夕食会と称して軍議が始まる。
「今、サマルはホーリー軍の支配下にあります。連中は弱者を柵に縛り付け、弾除けにするという暴挙で我々をけん制しています」
女王が最初に発言した。
「ちなみに、隠密で近寄るのは無理。奴らは光の魔術に通じていて、奇襲はかなりの率で看破される」
リディアの説明。
「ジョラー殿献策を」
俺はジョラーを見る。
「サマルの背後は山岳地で容易に背後に回ることはできません。そのため町は半包囲となり、なかなか落とせない状況が続いております。敵は全面の防御に集中しています。私の策はシンプルに背後を衝くということになります」
「獣道はあるけど、木とか草は焼き払ってサマルの監視塔から丸見えだし、険しいから、歩兵だけしか行けない、練度の低いのは全然ダメな道だ」
リディアが肩を竦める。
「背後に回る兵は、陽光騎士団と冒険者です。サマルの背後に敵の予備兵はいません。騎士団は敵の背後を扼して敵の動揺を誘います」
「そんなことをしたら、各個撃破されてしまうわ。背後に出たら一本道よ」
「確実に敵を倒すにはそれしかないかと」
「王子はどう考えているの」
女王が鋭く問う。
「僕はジョラー殿を信じています。僕がこの遊撃隊を指揮します」
「駄目よ」「王子自重しろ」
女王とリディアが異口同音に否定する。
「重要なことは人任せにしては駄目でしょう? 兵を死地に送るのに、責任者がのほほんとはできませんよ」
「王子は次世代を担うのよ。まだ世継ぎもいないじゃない。絶対駄目」
女王の意志は固いようだった。
「アモンが率いたら早々簡単には負けないわね。王子がやらなくていい」
リディアまで心配してくれるとは有り難いねぇ。どこまで本心かは疑わしいが。
「アモン殿、別動隊を指揮して頂けますか」
女王の丁寧だが有無をいわせない言葉。
「承知」
「俺も同行する」
ロムが珍しく発言する。この手のことは絶対やりたがる男なのだ。
「私も行きますぞ。献策した責任がありますからな」
ジョラー、放浪していただけあって健脚だという。
しかし、せめて皮鎧ぐらい着てもらおう。
「頼もしい部下だねぇ。私も同行したいぐらいだけど、ここは王子の部下に譲るよ」
リディアのお褒めの言葉。
「ありがとう、すまない」
「王子は僕が守ります」
ケヴィンの頼もしい言葉。腕の筋肉は頼もしくないが。
エリンが居ないので非常に不安だった、しかし、ここはケヴィンで我慢するか……仕方がない。
作戦はすぐに発動する、別動隊は明日未明に出発することになった。
柵の捕虜たちも水は与えられているようだが、そろそろ限界のはずだ。明日に決着をつける。
狂信者共に相応の報いを受けさせる時が来たのだ。
2021/1/18 文章リニューアルしました。
2023/4/26 微修正




